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■Dice Bible ―patru―■

ともやいずみ
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
 夏ももう終わる……。
「…………」
 坂井遊馬は静かに見下ろす。
 彼の前に横たわる死体は、無残と言ってもいい。だが遊馬はそれに対してなんの感情もない。
「当然の報いだ」
 遊馬はそう言うと、ふ、と息を吐き出した。
 目の前の、人の残骸が一瞬で凍りつく。遊馬はそれを足で踏み、砕いた。
「悪人はそれ相応の報いを受けた。それだけのことだ」
 彼の表情には喜びも悲しみもない。
 路地裏から出てきた彼は空を見上げる。不気味な色の月がそこに在る――。
Dice Bible ―patru―



 強い力を感じる――。
(誰かが『力』を使用している。この気配は)
 ――敵、だ。
 アリサは意識を浮上させた。
 一ヶ月に一度だけの目覚め。稼動時間は限られている。だからこそ、有効に使わなければ。



 夜神潤の生活は、いつもと変わらない穏やかなものだった。周囲から多少は、前と雰囲気が違うねと言われたが。
 雰囲気が違うのは当然だ。今の潤は、潤とは言いがたい。ただの人間に成り果てた存在なのだから。
 潤の目標は、「一」になる、こと。
(辛って字に「一」を足したら幸になるように)
 雨が降ったら傘を差すように、そんな風に。
(アリサが辛いなって思うことがあった時に必要とされる存在になりたいな)
 それはあくまで自分の希望だ。
 だから、これまで以上に自分自身がしっかりしなければならない。
(とはいえ)
 自分の体調を考えて酷使はしないが、ダイス・バイブルはやはりあまり使えないようだ。もっと慣れたいのに。
 それとは別に仕事を一つ一つこなしていく。まぁ、それは当然のことなのだが。
 部屋でスケジュール帳を眺めていた潤の前に、アリサが出現した。本当に唐突だ。
 空中に「吐き出されるように」出現し、床の上に着地する。黒いスカートがなびいた。
 彼女が出てくるということは、敵がいる、ということだ。
「やあ」
 軽く微笑んで挨拶するが、アリサの無表情は揺るがない。
 彼女は眉間に皺を微かに寄せた。
「…………強い。これは、かなり」
「え?」
「…………」
 腕組みして考え込んでしまうアリサであった。
 頬杖をついて、そんなアリサを眺める潤。
(う〜ん、やっぱり好きだよなぁ)
 異性に対しての、ではない。
 自分にはないものを、彼女は持っている。だから、憧れなのかもしれないけれど。
「……なにを見ているのですか」
 小さく言われて、潤は「ん?」と応える。
「いや、なんか、俺って成果出せてるのかなあって考えてただけだよ」
「はぁ……?」
「ダイス・バイブルに関しても、ってことなんだけど。あ、無理はしてないよ。体壊したら意味ないしね」
「そうですか」
「俺自身も、しっかりしないとって思うしね」
「そうですか」
 アリサはたいして興味がないように頷く。だが潤は気にしない。気にしていては、アリサの相手はできない。
 スケジュール帳を閉じる潤は、アリサを見て微笑んだ。大抵の女の子ならば一撃でメロメロになるものだが、アリサは無反応だ。
「だって俺、アリサが好きだからね」
「……軽々しく口にすべき言葉ではないと思いますが。博愛主義ですね、ミスターは」
「そういうんじゃないけど。
 好きって、たった2文字なんだけど、その実感って他の誰かに対するのとちょっと違っててさ」
 自分で言っていて、わけがわからない。聞いているアリサも不審そうにしている。
 うぅん、と潤は深く頬杖をつく。
「一緒の時間を共有できることがすごく特別で、いつの間にか好きとか大切がどんどん増えてく感じなんだよ」
「それは勘違いだと思います」
 はっきりと言い放ったアリサの言葉に「あはは」と潤は笑った。
「はっきり言うなぁ、アリサは」
「あなたは、ワタシの感想ですが、あなたはワタシという存在を特別視しているわけではないでしょう」
「そんなことないよ」
「そう思い込むのはあなたの勝手ですけど、ワタシの長年の経験と勘からすれば、あなたにとってワタシは過ぎ行く存在の一つであり、踏み台の一つに過ぎません」
「…………」
 それは、アリサにも言えることだろう。アリサにとって潤は、何人もの主の一人であり、過ぎていく存在の一つだ。
 そんなことはないと否定しても、アリサは納得しないだろう。
 今という一瞬一瞬を大切にする潤は、アリサという存在が大切だと思う。そう、判断している。
 だがアリサからすれば、それは「まやかし」だという。
(言葉が足りてないっていうか。言葉ってすごく力があると思うわけだけど……もっとアリサにうまく伝えたいんだけど)
 感謝の気持ちとか、色々な感情とか。
「でも俺は、アリサに感謝してる。ありがとう」
「……意味がわかりません」
「出会えたこともあるけど、たくさんあるから」
「…………ミスター」
 アリサは疲れたように顔をしかめ、嘆息混じりに言う。
「あなたが『いい人』なのはよくわかりました。とてもいい人です。ええ、いい人すぎて、正直気持ち悪いくらいです」
「本当にアリサはズバズバ言うなぁ」
「言ってくれる人は友人の中にいらっしゃらないのですか? 悪いところを注意してくれる友人は居てくれたほうがいいですよ。
 ワタシに会えて感謝している、ワタシと過ごす日々が大切なものが積み重なっていく……ということですか」
「うん」
「……ワタシとあなたが過ごした時間は僅かです。その短い時間でワタシとあなたとの会話は少ないですし、何も特別なこともしていませんが……」
 あ、とそこでアリサは気づいた。
「あなたを人間にしたこと、ですか? もしや」
 確かに潤にとってはとても、大切なことだ。力がないことで、今までと違う経験ができたのだ。だがそれは潤にとってであって、アリサにとっては関係ないことなのだ。
 一方的な感謝。一方的な歓喜。
 感謝していると潤が伝えても、その感謝に対しアリサは理解ができない。感謝されるようなことではないからだ。
 アリサは軽く嘆息し、それから無表情に戻ってしまう。
「なるほど……。
 ミスター、今後ワタシに感謝の言葉は必要ありません」
「どうして?」
「それもわからないようでは、あなたはしょせん、何もわかっていないだけの人ですよミスター。結局周りのことや、他人のことが『みえていない』ということです」
 アリサはそう言うとすたすたとベランダに向けて歩き出す。また窓から出て行くようだ。
 潤はそれを止めない。止めてもどうしようもないし、ついて行く気もない。彼女の邪魔になりたくないからだ。
「アリサ、行くの?」
 テレビも観なかったし、新聞も見なかった。大丈夫だろうか?
 潤の問いかけに彼女は肩越しに顔をこちらに向ける。
「これほど強力ならば必要ありません。適合者です。これほどはっきりとわかるなら、情報収集は必要ありません」
 窓を開けて彼女は颯爽と外に飛び出していってしまった。



 夜の闇の中――明るい街の光が届かない路地裏で、彼は男を追っている。
「ひいぃぃぃ!」
 中年のサラリーマンは喉から引きつった悲鳴を出していた。どうして自分がこんなことになっているのか理解できない。
 背後から追いかけてくる彼は、人差し指を男の足もとに向ける。男の走っていた道が突然凍りついた。男は足を滑らせ、派手に転倒してしまう。
 彼は追いついた。男を見下ろす。
「や、やめてくれ……! なんだおまえは! な、なんだ!? 金がいるのかっ?」
「……おまえを裁くだけだ」
 短く彼が言い放った直後、
「おまえが、適合者――感染者ですね」
 アリサの声に、彼は振り向いた。
 彼が追い詰めていた男が、その隙に逃げようとする。だがそれは――。
「逃がすわけ、ないだろ」
 短い青年の声。彼は男のほうを見なかった。だが男は一瞬で凍りつき、動くことすら、呼吸することすら、できなくなってしまう。心臓もすぐに止まってしまうだろう。
 アリサは青年から視線を外さない。
「やはり。しかも、かなり強力ですか」
「……おまえは、俺の敵だな?」
 確認するつもりのない口調。青年は首を傾げる。
「じゃあ、おまえも『悪人』か」
「アクニン?」
「俺は、悪人しか裁いていない。後ろの男だって、女子中学生を買ってた。エンコー、だよ。結婚してるくせに」
「…………」
「今まで殺したのだって、みんな悪人だ。万引き常習犯、痴漢、すぐに相手に暴力を振るう、色々あった。ま、殺すことも『悪』だけど」
 虚ろな瞳で淡々と言う青年に、アリサは応えない。
「俺はいつも思ってた。クズみたいなヤツらを排除してくれる存在を。人の迷惑にしかならないヤツらは死ねばいいんだ」
「ワタシには――」
 アリサは同じように冷えた瞳で言う。
「関係ありません。誰が死のうとも、誰が苦しもうとも」
「でも、おまえは俺を殺しに来た。なぜだ」
「ワタシは役目を果たすだけ」
 アリサはゆっくりと青年に近づく。青年は微動だにしない。
「なぜだ。俺は正しいことをしている。どこかに居るはずだ、俺みたいな存在を待ってたヤツが。それなのに、おまえは俺を排除しようとするのか」
「例えあなたが正義の味方でも」
 一度瞼を閉じ、開く。薄い氷の色の瞳が青年を捉えた。そこには一瞬だけ、揺らぐような色が浮かぶ。
「ワタシは感染者を殺すだけ」
「…………そうか」
 青年は静かに頷く。
「じゃあやっぱり、おまえは『悪』なんだな。俺の敵だから。
 俺は坂井遊馬」
「名乗る名など、持ち合わせておりません。呼びたければ『ダイス』と呼べばいいでしょう」
 あなたを滅ぼす者です。



 遊馬を破壊したアリサは溜息をつく。
 正義だ悪だと言われても、どうしようもない。
 悪人を裁いているだけ。
 今までだって、居た。理性が残っている者は、能力の使い方も様々だ。良いことに使う者とて、居た。
 だが、アリサは問答無用でそれらを踏み躙ってきたのだ。ならば、
(ワタシは、確かに『悪』だろう)
 人間の為に、この世界の為に戦っているわけではない。自分が存在するために、必要なことだからだ。なんという自分勝手な。
 遊馬との戦いは簡単なものではなかった。苦戦はしていないが、遣り難い相手だったのは確かだ。
「セイギノミカタ、か……」
 アリサは一人ごちて歩き出した。
 帰ろう。待っているであろう自分の本の持ち主のもとへ。

 そんなアリサを観察している者たちが居た。とはいえ、遠いビルの屋上からだが。
 四つの瞳はただ真っ直ぐにアリサに向けられている。
 その視線に気づかない彼女は軽く跳んでそのまま去っていく。
 追うべきかどうか、悩むような反応をする。だが、やめた。今はまだ、その時ではない。
 ただ一言、洩らす。
「――あんなに弱いダイスは、見たことがない」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の子】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、夜神様。ライターのともやいずみです。
 前回からあまり進展はないようですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!