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■Dice Bible ―patru―■

ともやいずみ
【6678】【書目・皆】【古書店手伝い】
 夏ももう終わる……。
「…………」
 坂井遊馬は静かに見下ろす。
 彼の前に横たわる死体は、無残と言ってもいい。だが遊馬はそれに対してなんの感情もない。
「当然の報いだ」
 遊馬はそう言うと、ふ、と息を吐き出した。
 目の前の、人の残骸が一瞬で凍りつく。遊馬はそれを足で踏み、砕いた。
「悪人はそれ相応の報いを受けた。それだけのことだ」
 彼の表情には喜びも悲しみもない。
 路地裏から出てきた彼は空を見上げる。不気味な色の月がそこに在る――。
Dice Bible ―patru―



 書目皆の生活は、ダイスのアリサに出会ってから変わった。
 規則正しい生活。日常を騒がせる記事をスクラップし、ダイス・バイブルの表紙を磨いて過ごす。そんな毎日だ。
 その傍ら、自分の仕事である「店番」もこなしていた。
 自分や、自分の周囲の人たちがストリゴイの脅威にさらされる事はこれまでなかった。それは、アリサのおかげだろう。
(アリサさんが戦ってるから、被害は最小限に食い止められているってことだ)
 店番をしつつ、皆はぼんやりと店内を見回しながら思う。店内に今、客はいない。
 アリサのしていることに関われることを、本気で誇りに思う。だからこそ、自分にできることはしたいのだ。
(でも)
 でも。
 戦うためだけに現れて消えるのは、やはり……少し寂しい。戦いが終わればすぐに本に戻って眠る。その繰り返しの日々。
 戦いだけではない記憶を持って、眠りについて欲しいと思うのはワガママだろうか?
「ミスター」
 背後から呼ばれてビクッ、と皆は反応する。どうしてこう、耳元で囁くか!
 振り向くと、桃色の髪を後頭部でおだんごにしているアリサが立っていた。
「アリサ」
「敵が出ました」
「うん……」
 アリサが出てきている理由は他にはないだろう。だが、めぼしい事件はないはずだ。
 皆はしばしアリサを見つめ、それから「あー」と声を出す。
「えっと、スクラップしてるファイル、見る?」
「いいえ。その必要はないでしょう」
 はっきりとアリサは言い放つ。どういうことだと皆は首を傾げた。すると彼女は目を細める。
「敵の気配がはっきりとわかります。感じませんか?」
「…………」
 感じない。
 ダイス・バイブルを毎日綺麗にはしているが、それだけだ。
 答えに困っていると、アリサは嘆息した。
「それほど困った顔をなさらなくともよろしいです。今回の感染は適合者のようです。これほど強く存在を知らせているとは……」
 アリサは顔をしかめる。
「昼間は活動を控えるでしょうし、能力を発揮できるのは夜ですから……夜になったらもう一度出てきます」
「あ、ま、待って!」
 消えないで! と皆はアリサの手首を咄嗟に掴んだ。彼女は驚いたようにこちらを見てくる。冷たい手に皆は怯まない。
 戦いだけではない記憶を……。
 そう思って咄嗟に手を掴んでしまったのだ。このままではアリサは本に戻り、夜になって敵を退治に行き、そしてまた眠るだけだ。
 風鈴の音を一緒に聴いて、夏の名残の一時を過ごすとか。何か、もっと心穏やかな時間を……。
「――何か?」
 彼女は怪訝そうにしつつこちらをうかがっている。
「戦うことばかりじゃなくて……たまには息抜きも必要だと思うんだけど」
「…………」
「奥で涼まない?」
 店番はどうしたと言われそうだ。
 アリサは片眉をあげる。
「店番はどうするのですか」
「あ、そうだね。じゃあ、座って本でも読む? 日本語、というか、漢字と平仮名は読める?」
「読めます。ですが、店先では邪魔になるでしょう? ワタシの外見は目立ちますから」
「じゃあ俺の後ろとかどうかな」
 丸イスを持って戻ってくると、彼女は少し困った顔をする。こんな顔をさせたいわけじゃない。
 皆はアリサの笑顔が見たいのだ。彼女の笑顔を見ると、とても幸せな気分になる。例え、ほんの些細なことでも。
「……座っている分には消費はしないと思いますが……できれば眠らせてもらえますか?」
「え? そのほうがいい?」
「起きていてもいいのですが、本を読んでいるだけではミスターの邪魔になるでしょう。そもそも今は、仕事の最中でしょう?」
「邪魔にならないよ!」
 こうした、アリサの実直なところが皆は気に入っている。
「いいえ、邪魔です。ミスターは集中できないと思われます」
 本当に。
(気持ちいいくらいはっきり言うなぁ……)
 丁寧な口調なのにきっぱり言う。それがアリサの持ち味でもあった。
 アリサの、気持ちに正直でまっすぐなところが、皆は好きだ。学生生活で見た同学年の少女たちとは一味も二味も違うのだ。
 異性に対する気持ちなのだろうか。そこははっきりしない。好意は持っている。けれどそれははっきりと何の気持ちだとは、わからない。
「集中できるって。気にしなくていいよ、平日だからお客も少ないし、夏が終わるってのにまだかなり暑いし、ここで涼んでいく人はいないから」
「…………」
「そんなにジッと見なくてもきちんと店番するから」
「責めるような目はしていません。なぜそれほどワタシを傍に置きたがるのですか?」
 わけがわからないというアリサは目を伏せる。
「ワタシの存在はストリゴイを退治するためにあるのです」
「……戦ってばかりで、アリサは平気なの?」
「そのためにワタシは居ます」
 彼女は皆の背後の丸イスに腰掛ける。ちょこんと座った彼女は目を閉じて動きを停止した。
「何かあったら起こしてください」
「やっぱり寝るの?」
「人間の言う『仮眠』のようなものです。後ろで本を読むよりは良いかと思いますので」
 そっちのほうが集中できないような……とは、思っていても口に出さない。
 完全に動かなくなったアリサはまるで人形だ。
 目の前で手をひらひら動かしてみるが、反応はない。長い睫毛だと間近で見て思う。
 皆は自分の座っていた場所に座りなおす。店内は相変わらずひと気がない。
 背後のアリサを肩越しにうかがって見る。彼女は完全に沈黙し、動くことすらない。
(夜になったら戦いに行くんだろうな……)
 店先に飾ってある風鈴が揺れる。その音を彼女は聴いているだろうか?
 ひょいと店の出入り口をくぐって客が入ってくる。「いらっしゃいませ」と皆は声をかけた。よくここに訪れる老人だった。
 彼は皆のほうを見て微笑む。
「皆君は今日も店番かね」
「はい」
「……その背後にある大きな人形は皆君のかい?」
 びく、と皆は硬直する。やはり人形に見えるのか。人形ではないが、どう説明していいのかわからない。
「あ、えっと、ハイ……」
「へぇー」
 珍しそうに眺める老人は皆とアリサを見比べた。もしかして、変な誤解をされたかもしれない。

 数時間後、目覚めたアリサに皆は尋ねた。
「起きて否定するかと思ったよ、人形って言われたこと」
「なぜですか。否定する必要性はありません。ワタシが本にいれば、会うことのない人ですから」
 そういうものかなあと皆は思った。



 夜の闇の中――明るい街の光が届かない路地裏で、彼は男を追っている。
「ひいぃぃぃ!」
 中年のサラリーマンは喉から引きつった悲鳴を出していた。どうして自分がこんなことになっているのか理解できない。
 背後から追いかけてくる彼は、人差し指を男の足もとに向ける。男の走っていた道が突然凍りついた。男は足を滑らせ、派手に転倒してしまう。
 彼は追いついた。男を見下ろす。
「や、やめてくれ……! なんだおまえは! な、なんだ!? 金がいるのかっ?」
「……おまえを裁くだけだ」
 短く彼が言い放った直後、
「おまえが、適合者――感染者ですね」
 アリサの声に、彼は振り向いた。
 彼が追い詰めていた男が、その隙に逃げようとする。だがそれは――。
「逃がすわけ、ないだろ」
 短い青年の声。彼は男のほうを見なかった。だが男は一瞬で凍りつき、動くことすら、呼吸することすら、できなくなってしまう。心臓もすぐに止まってしまうだろう。
 アリサは青年から視線を外さない。
「やはり。しかも、かなり強力ですか」
「……おまえは、俺の敵だな?」
 確認するつもりのない口調。青年は首を傾げる。
「じゃあ、おまえも『悪人』か」
「アクニン?」
「俺は、悪人しか裁いていない。後ろの男だって、女子中学生を買ってた。エンコー、だよ。結婚してるくせに」
「…………」
「今まで殺したのだって、みんな悪人だ。万引き常習犯、痴漢、すぐに相手に暴力を振るう、色々あった。ま、殺すことも『悪』だけど」
 虚ろな瞳で淡々と言う青年に、アリサは応えない。
「俺はいつも思ってた。クズみたいなヤツらを排除してくれる存在を。人の迷惑にしかならないヤツらは死ねばいいんだ」
「ワタシには――」
 アリサは同じように冷えた瞳で言う。
「関係ありません。誰が死のうとも、誰が苦しもうとも」
「でも、おまえは俺を殺しに来た。なぜだ」
「ワタシは役目を果たすだけ」
 アリサはゆっくりと青年に近づく。青年は微動だにしない。
「なぜだ。俺は正しいことをしている。どこかに居るはずだ、俺みたいな存在を待ってたヤツが。それなのに、おまえは俺を排除しようとするのか」
「例えあなたが正義の味方でも」
 一度瞼を閉じ、開く。薄い氷の色の瞳が青年を捉えた。そこには一瞬だけ、揺らぐような色が浮かぶ。
「ワタシは感染者を殺すだけ」
「…………そうか」
 青年は静かに頷く。
「じゃあやっぱり、おまえは『悪』なんだな。俺の敵だから。
 俺は坂井遊馬」
「名乗る名など、持ち合わせておりません。呼びたければ『ダイス』と呼べばいいでしょう」
 あなたを滅ぼす者です。



 遊馬を破壊したアリサは溜息をつく。
 正義だ悪だと言われても、どうしようもない。
 悪人を裁いているだけ。
 今までだって、居た。理性が残っている者は、能力の使い方も様々だ。良いことに使う者とて、居た。
 だが、アリサは問答無用でそれらを踏み躙ってきたのだ。ならば、
(ワタシは、確かに『悪』だろう)
 人間の為に、この世界の為に戦っているわけではない。自分が存在するために、必要なことだからだ。なんという自分勝手な。
 遊馬との戦いは簡単なものではなかった。苦戦はしていないが、遣り難い相手だったのは確かだ。
「セイギノミカタ、か……」
 アリサは一人ごちて歩き出した。
 帰ろう。待っているであろう自分の本の持ち主のもとへ。

 そんなアリサを観察している者たちが居た。とはいえ、遠いビルの屋上からだが。
 四つの瞳はただ真っ直ぐにアリサに向けられている。
 その視線に気づかない彼女は軽く跳んでそのまま去っていく。
 追うべきかどうか、悩むような反応をする。だが、やめた。今はまだ、その時ではない。
 ただ一言、洩らす。
「――あんなに弱いダイスは、見たことがない」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6678/書目・皆(しょもく・かい)/男/22/古書店手伝い】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、書目様。ライターのともやいずみです。
 少しはアリサと一緒に居られた様子です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!