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■Dice Bible ―patru―■

ともやいずみ
【3593】【橘・瑞生】【モデル兼カメラマン】
 夏ももう終わる……。
「…………」
 坂井遊馬は静かに見下ろす。
 彼の前に横たわる死体は、無残と言ってもいい。だが遊馬はそれに対してなんの感情もない。
「当然の報いだ」
 遊馬はそう言うと、ふ、と息を吐き出した。
 目の前の、人の残骸が一瞬で凍りつく。遊馬はそれを足で踏み、砕いた。
「悪人はそれ相応の報いを受けた。それだけのことだ」
 彼の表情には喜びも悲しみもない。
 路地裏から出てきた彼は空を見上げる。不気味な色の月がそこに在る――。
Dice Bible ―patru―



 新聞にも載らず、ニュースにも出ない……けれども噂話は聞く。人の口に戸は立てられないというのは本当だ。
 あの嫌なヤツが行方不明になった。
 そんな感じで、橘瑞生の耳にもその話は入ってきた。

(連続殺人ではないか、という見方もあるみたいだけど)
 被害者は全て悪人だという。けれどもこれはあくまでネットで噂されていることだ。本当かどうかは定かではない。
(表面に出ないように悪事を働く輩もいるわ。そんな相手をどうやって探り出し、近づき、手を下しているのかしら……)
 タクシーの窓の外を眺めつつ、瑞生は頬杖をつく。
 人が、個人の力だけでできるとは思えない。なんだか気になることだった。
 モデルの仕事の最中も気にしていて、後輩の少女に「やだ、気にしすぎですよぉ」と言われたほどだ。
(わかっているけど、気になっちゃうんだもの)
 おそらくこれは、ダイスのハルと出会ったせいもあるのだ。
 被害者を調べることは容易ではない。だから、被害者たち全てに関連があるかどうかも判断しにくい。
 人の域を超えている気がする。だとすれば、なんらかの形でそんな超常の力を得たのかもしれない。例えば……。
(感染して、異能を得たとか)
 人は、力でも道具でも、自らが持つものしか使おうとはしないのだから。
(……ハルに話を聞けばわかるのかしら)
 ダイス・バイブルの中に眠る狩人の少年を思い浮かべ、瑞生は流れていく景色をぼんやりと眺めた。



 家に帰ってから洗濯物を片付けていると、ダイス・バイブルからハルが出てきた。
「あ、ちょっと待って」
 なぜそんな声をかけたのかわからない。下着が干してあるせいだろうか?
 ハルは気にした様子もなく、「お気になさらず」と言うや瑞生に近づいて来た。
「手伝いましょうか、ミス」
「えっ、いいわよ」
 慌てて洗濯物を集めてハルの目に届かないようにする。彼は軽く首を傾げ、不思議そうにしていた。
 22歳の自分を大人だとは思わないが、16歳の外見をしているハルを「子供」と認識してしまう部分もある。けれどもハルは実際のところ16歳ではないし、言動も落ち着いている。だから、調子が狂うのかもしれない。子供だと言ってあしらうことができないから。
「そういえばね」
 瑞生はハルを座らせてから話を切り出した。
「最近よく聞くの。本当に噂で、実際どうなのかはわからないんだけど」
「……聞かせてください」
「連続殺人じゃないかって、言われていて。悪人だけを裁く、セイギノミカタ、がいるみたい」
「……なかなかいい趣味をお持ちのようですね」
 表情は真剣なので、皮肉かどうかはわからない。瑞生は続けた。
「ハルはどう思う?」
「どう、とは」
「感染した人の仕業とか」
 瑞生の言葉にハルは沈黙した。そして、ややあってから口を開く。
「おそらく、そうでしょうね」
「そうなの!?」
「かなり強力な感染者であることは間違いないでしょう。はっきりとわかりますから」
 瑞生はぎくりとする。どうやらハルは今この時、敵の所在地を感じているということらしい。
「行ってみましょう。早いほうがいいでしょ?」
「……場所は近いので、徒歩で行けますよ」
「……それ、ハルにとっては、ってことよね」
「一緒に来るのなら止めはしません」
 珍しい答えだった。



 夜の道をハルと共に歩く。急いでも仕方がないと彼は言った。
「夜の間は大抵活発に動いていますし、我々ダイスが急ぐのは、我々の稼動時間が短いせいですから」
「でも、それじゃ余計に急がなくていいの?」
「一日くらいは動けますから。それに、ミスは私に訊きたいことがあるのでは?」
 一緒について来るというのだから、そうなのだろうとハルは予想をつけていたらしい。
 読まれていることに瑞生は内心驚いた。
「余計な話かもしれないけど、いいの?」
「どうぞ。主の余興に付き合うのは初めてではありません」
「適合者は、どれくらいの比率で発生するの?」
「さあ。それは検証したことがないのでなんともいえません。肌に合う、合わないのと同じことですから」
「適合しやすいタイプって、いるのかしら?」
「いるでしょう。ですが、私はどのようなタイプが適合しやすいのかわかりません」
 淡々と喋るハルと一緒に歩くと、瑞生は浮いて見えることに気づく。
 彼はいつも燕尾服姿だし、夜の町とはいえかなり異常だろう、この格好は。
 けれどもこの服以外のハルを、瑞生は想像できない。
「あの、ね」
 ためらいがちに瑞生は尋ねる。事件が起こり、敵が現れなければハルには会えないことはわかっている。けれども、もう少し穏やかなことでお喋りがしたいと思ったのだ。
「休眠している間に、活動中のことや、主のことを思い出したり、する?」
「それは、どういう意味でしょう?」
「夢はみるの?」
 自分でも妙なことを訊いているとは思った。だが知りたい。彼は夢をみるだろうか? 自分と同じように。
「いいえ」
 ハルは否定した。
「夢はみません。過去のことを思い出すことはあっても、夢はみたことがありませんね」
「そうなの」
「休眠に入ると意識が深いところに沈みます。完全に体を休めますから」
「……こうして動いていると、疲れる?」
 心配そうな瑞生の言葉にハルは意表を突かれたのか目を丸くし、こちらを見てきた。紅い瞳は暗闇の中でも強い光を持っている。
「目覚めたばかりですから心配いりませんよ、ミス」
 苦笑する彼はなんだか照れ臭いようで、表情が可愛らしい。
 ハルは相手がどこに居るのか正確にわかるようで、足取りに迷いはない。
 酔っ払いに瑞生が絡まれそうになると、相手を軽くはたいた。それだけで相手は信じられないくらい簡単に弾けとんで、地面に強かに体をぶつけていた。これでもかなり手加減をしているのだろう。
「ありがとう、助けてくれて」
「いえ。あなたの次に絡まれるのは私でしょうし、邪魔をされると面倒です」



 夜の闇の中――明るい街の光が届かない路地裏で、彼は男を追っている。
「ひいぃぃぃ!」
 中年のサラリーマンは喉から引きつった悲鳴を出していた。どうして自分がこんなことになっているのか理解できない。
 背後から追いかけてくる彼は、人差し指を男の足もとに向ける。男の走っていた道が突然凍りついた。男は足を滑らせ、派手に転倒してしまう。
 彼は追いついた。男を見下ろす。
「や、やめてくれ……! なんだおまえは! な、なんだ!? 金がいるのかっ?」
「……おまえを裁くだけだ」
 短く彼が言った直後、そこに声が割り込む。
「そこで何をしてるの?」
 声に彼は振り向く。
 細い路地を覗き込んでいるのは女だ。背の高い女で、傍には黒服の少年がいる。

「やはり適合者です。退がってください、ミス」
「…………」
 ハルの言葉に従えなかった。頭の中で激しく鐘が鳴っている。がんがんと響くのだ。
 佇んでいる青年の姿がぼやける。吐き気がする。ダイス・バイブルからの知識が情け容赦なく瑞生の脳内を掻き回した。
 ハルは身をひるがえすや、瑞生を横抱きにして後方に跳躍した。そのままゆっくりと降ろす。
「すぐに終わります。おとなしくしていてください」
 先ほどの位置に跳んで戻るハルの背中が見えた。
 なんだろうか、と瑞生は地面に座り込んだまま自身を抱きしめた。
 異常な状態だ。神経が過敏になっている。よく『見える』。よく『聞こえる』。
(きもちわるい……)
 視界が広すぎる。あぁ、ハルとあの男の会話が聞こえる。こんなに離れているのに、小さな声まではっきりと。
 ハルが一時的に場を離れた瞬間、青年の背後の男が逃げようとしたが、それを青年は遮ったようだ。一瞬で凍らせてしまう。
 はっきりとした。彼は感染している。
「俺の邪魔をするってことは、おまえは『悪人』か?」
 青年に問われてハルは怪訝そうにした。青年は言葉を続ける。
「俺は何も悪いことをしてるわけじゃない。後ろのヤツだって、エンコーしてた。他にも、無意味に暴力を振るうヤツだって、色んなヤツだって、殺してきた」
 だがそれは。
「誰が見ても、邪魔なヤツだけだ」
「……私には関係ありません」
 ハルは冷たく言い放つ。
「でも、俺の邪魔をするんだな。俺が善いことをしていても」
「そうです」
 ハルの答えに青年は「そうか」と短く洩らした。最初からわかりきっていた答えを聞いた、という感じだった。
「俺は坂井遊馬。おまえは?」
「私はダイス。それだけの存在です」



 瑞生のもとにハルが来るまでそれほど時間はかからなかった。
「気分はどうですか、ミス」
「……だ、大丈夫よ」
 よろめきながら、ハルの手を借りて立ち上がる。彼の手の冷たさにびくりとしてしまった。
 遊馬はハルによって破壊された。そのことに対し、ハルは無表情でいる。何も感じていない、のだろうか?
 悲しいとか、憤るとか、そんなものは。
(ないの……?)
 何一つ。ただ、役目だからと淡々とこなすだけ?
「ミス・ミズオ、なぜそんな顔をするのですか?」
 尋ねられ、「へ?」と間の抜けた声を出す。どんな顔をしているかわからない。
 ハルは困ったように笑った。
「あまり深く気にしないことです。我々のしていることは、少なくとも、『善いこと』ではありませんから」
 帰りましょう、と彼は言って瑞生の手を軽く握って歩き出した。まるでエスコートするように、ゆっくりと。
 一緒に歩きながら、瑞生は改めて考えてしまう。
 感染の被害を大きくしないためにしているのではない。正義のため、世の為にしていることではないのだ。
 ハルは、ハルの役目を果たしているだけ。そこに感情は加わらない。大儀も、ない。
「……また眠りにつきます。夢はおそらくみないでしょうけど」
 彼は短く言ってから、肩越しにこちらを見た。
「無理はしないことですよ、ミス。今の私の主は、あなたです。あなたに無理はして欲しくありません」
(……もしかして、心配してくれてるのかしら)
 遠回しな慰めに、瑞生は小さく微笑んだ。

 そんな瑞生とハルを観察している者たちが居た。とはいえ、遠いビルの屋上からだが。
 四つの瞳はただ真っ直ぐにハルに向けられている。
 その視線に気づかない彼は主と共にゆっくりと去っていく。
 追うべきかどうか、悩むような反応をする。だが、やめた。今はまだ、その時ではない。
 ただ一言、洩らす。
「――あんなに弱いダイスは、見たことがない」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3593/橘・瑞生(たちばな・みずお)/女/22/モデル兼カメラマン】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 ハルからの呼び方が変わりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!