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■不夜城奇談〜要因〜■

月原みなみ
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
「おやぁ…?」
 彼は、ひどく惚けた声を上げて周囲の視線を集めた。
「おっかしぃなぁ…あの家に縛っておいた魂、誰かに取られちゃったよ」
 ざわざわと動揺が広がる空間に、…だが青年の口元に浮かぶのは楽しげな笑みだった。
「この魔都のどんな能力も効かないと確認したつもりだったんだけど、やっぱり宿敵っているんだよねぇ」
 くすくすと薄気味の悪い笑い声を立てながら、彼は上着のポケットから何かを取り出した。
 それはシャボン玉のように弱く薄い膜状に見えて、鉄球のように硬く、それでいて重さはほとんど感じられない。
「…ねぇ、これってフェアじゃないよね。向こうはこっちに気付き始めているのに、こっちが向こうの情報ゼロって言うのは、今後の計画にも差し支えるじゃない」
 周囲から同意するかの如く強い声が上がる。
 彼は目を細めた。
「なら、早速一仕事してもらおうかな」
 すぐに敵となる彼等を倒すわけではない。
 戦うにしてもまずは情報を集めなければ、こちらがどんなに期待しても面白い展開にはなってくれない。
「おまえ、張り込んでおいで。今までに試したことの無い力を見つけたら、後を追って、一つでも多くの情報を仕入れて来るんだ」
 言いながら、彼は自分を囲むそれらの一つに、手元の球体を投げ渡した。
「いいね? 一つでも多くの情報を僕に持って来るんだよ?」
 楽しげに命じる彼に、それは恭しく頭を垂れて後ろに下がり、いつしか姿を消した。
 ざわざわと動揺の広がる空間で。
 ――だが、やはり彼だけは笑っていた。


■ 不夜城奇談〜要因〜 ■

「お母さん! 次はあそこ見に行きたいっ、あの店!」
 多くの人で賑わうショッピングモール。
 ともすれば人混みの中にその姿を見失ってしまわないとも限らないだろう環境の中で、しかし藤田あやこの瞳は常に一人の少女を映していた。
 自分を“母”と呼ぶ少女は、あやこの大切な娘。
 無邪気な笑顔を浮かべて目的の店へ駆け足に向かう背中を見つめながら、その胸中に悲しげな息を吐く。
 笑顔と、爛漫な姿。
 子供には、いつまでもそうあって欲しいと心は願うのに。

 ――…貴女は…お母さんにはなってくれないの……?

 脳裏に思い出されるのは数日前に遭遇した少年。
 死して後、孤独に苛まれ苦しんでいた彼のことだ。
 闇の魔物と呼ばれる靄状の黒いものに支配され、家族を想う純真な心を利用されて多くの人間を瀕死の状態に陥らせる手伝いをさせられていた。
 きっかけはどうあれ、この魔都に新たに生じた悪しき物と関わってしまったあやこは、子供までも利用する魔物を憎むと同時、一人の少女の親として、その危険性に恐れをも抱いていた。
(あの子を守れるかしら…)
 娘を見つめて呟く言葉に重なるのは狩人達の姿。
 闇の魔物を狩るのが役目だと言う彼らは、いま何処にいるのか。
(…いつ連中の魔の手が及ぶとも判らないのに…彼らと常に連絡を取り合えるわけでもない…)
 人間に害成すものは許さない。
 どんな手を使ってでも倒したいと望む、今まではそれで良かった。
 だが、今の彼女には一人の母親としての恐れがある。
(独行は危険…それは判る…)
 けれど。
 …けれど…!
「お母さん!」
 娘に手を振られ、あやこはハッと我に返る。
 その瞳に映るのは笑顔。
「……あぁ…」
 たった一つの笑顔が、塞いだ心に羽根をくれたように彼女の表情にも微笑を浮かべさせた。
 無償の愛。
 信頼。
 これに勝る邪気などあるわけがない。
 あやこは予感した。
 
 勝負の時だ。


 ■

 その夜、空こそ闇に支配されようとも、人工の光りによって決して眠らない彩り鮮やかな地上を、あやこは単独、歩いていた。
 胸ポケットには娘と買い物に出歩いた日に撮った写真を持ち、結わえた髪には銀の簪。
 写真に映る笑顔は護符代わりであり、簪は邪気を感じれば霊剣という武器に変じるのだ。
 更にミニスカートの下には短銃を忍ばせてあり、転送しているのは特殊な弾。――これほどの武装を固めているのには意味がある。
(…まだ付いて来ているわね…)
 今朝方から、妙に不審な行動を取る男が彼女の後ろに居た。
 見た目は一般の会社員と変わらない三十代半ばであろう人物。
 それが、ずっと付いて来ている。
 あの日の少年とは、見た目も雰囲気もまるで違うけれど、根源に感じられる邪気は同じ。
(私も目を付けられたってことかしら…)
 胸中に呟きながら、覚悟を決めたあやこは次第に人気のない裏路地へと入っていった。
 付けて来ているなら好都合。
 試してみたいこともある。
 あれほど下手な尾行をするのなら、それほど賢い相手とも思えない。
(だったら…!)
 あやこは唐突に走り出した。
 同時に、背後の足音が早くなる。
(やっぱり私ね!)
 標的は互いに同じ。
 それが確認されれば迷う必要はなくなった。
 あやこは走る。
 裏路地から更に奥へ。
 人気のない闇夜へ。
 後方から男も走ってくる、誘い込まれているとも知らないで。
(それ!)
 ひっそりと佇む、既に閉ざされた小さな店の突出した屋根に手を掛け、身軽さを利用し、その上に飛び移る。
 角を曲がると同時にそんな行動を取れば、相手は完全にあやこを見失うだろう。
「っ、どこだ…!」
 案の定、唐突に消えたあやこに対して男が慌てて口走った台詞に、彼女の口元が緩んだ。
(やっぱりそんなに賢くないのね、この男)
 内心に笑い、短銃を構えた。
「ここよ!」
「!?」
 声に驚いて振り返る、その男の眼前に発射された弾は標的を捉えるなり銀網を広げた。
 銀は魔を退じる輝き。
 それに囚われて。
「うわあああああ……ぁっ!」
 絶叫が、人気のない暗闇にこだまする。
「お黙りなさい!」
 屋根から飛び降りて言い放つ。
 そうして男を蹴りつけるヒールも銀色。
 魔は叫ぶ。
 その、あまりにも弱弱しい態度に、あやこは些か拍子抜けしてしまった。
「ちょっと…、あなた闇の魔物の仲間じゃないの?」
「まっ…なに…っ…」
「亡くなった子供の霊魂を利用して人間をかどわかしていた連中の仲間でしょう?」
「ぁ…おまえ…おまえやっぱり…嗅ぎ慣れない匂いがついていたから追っていたが…やはりおまえが十二宮様の計画を邪魔している奴だな…っ」
「じゅうにみや…?」
「はっ…」
 問い返すあやこに、男は慌てて口元を手で覆う。
 その仕草に確信した、やはりこの魔物は知能が低い!
「“じゅうにみや”とは何者なの! 正直に答えなさい!」
「だっ…黙れ! この世を魔で満たそうとする愚か者がっ」
「何ですって?」
 信じ難い言葉を聞いた気がして問い返し、再びヒールで蹴り付ければ、男は銀の網の恐怖に我慢も限界なのか、自棄になったかのごとく口を割る。
「おまえ達のせいで、十二宮様の計画は一からやり直しになったんだ! あの方は、この東京から悪しき者を消し去ろうとなさっているのに! それをおまえ達が邪魔したんだ!」
「冗談じゃないわ!」
 あやこも負けじと言い返す。
 男の言葉に同意出来る箇所など何一つ無かった。
「子供の寂しさを利用した計画を立てる奴の何を尊べと言うの!」
「あの子供には理想郷実現の礎となる役目が与えられていたんだっ」
「理想郷実現!」
 完全に呆れた物言いで返せば、男のこめかみが引きつる。
「っ、ふんっ、おまえ達もいつか必ず思い知る! あの黒い魔物の特性も知らずに正義気取りの愚かな人間共…っ…この魔都を救うのは十二宮様をおいて他にはない!」
「魔物の特性ですって?」
「あれは負の感情に対して異常なほど敏感なんだ」
 それ固体では何の力も持たない黒い靄。
 だが負の感情を持つ人間に憑き、それを糧とした時、靄は魔物として計り知れない力を得る。
「あれを巧く利用すればこの魔都の…いや…っ…世界の負の感情が一掃されるんだ!」
 男は断言する。
 その力強さには一片の迷いも無い。
「十二宮様こそが世界をお救いになるんだ!!」
「……っ」
 刹那、男の体が銀網の中で膨張する。
 膨らみ、肥大し、網そのもので輪郭を描くほどに巨大化する。
 そうして暴発。
「…………っ!!」
 強大な風に煽られて、あやこは腕で顔を覆い、その場に踏み止まるのが精一杯だった。
 時には銀網の破片が彼女の腕や足に傷をつけ、流れようとする血液すら風に押されて肌を横断する。
「…なにが…っ」
 ようやく風が弱まってきたのを確認して目を開けた。
 その視界に。

 ――…なるほど…藤田あやこさん……エルフの娘ですか……

 靄が人を象り、口をきく。
「…っ…貴方が十二宮…っ?」
 問い掛けに口元が弧を描く。
 それきり質問には答えることなく、声は意味深な言葉を残して消えた。

 ――…もう間もなく…楽しいショーに御招待しますよ、あやこさん………

 その意味深な言葉と、真っ二つに割れた小さく黒い球体をアスファルトに残して。


 ■

 どれくらいその場に居たのだろう。
「あやこさん!?」
 不意の呼び掛けにハッと我に返って振り向けば、建物の屋根を飛んで来たらしい二人の狩人が正に目の前に着地したところだった。
「…っ…貴方達……!」
「今ここで魔物の暴走が…」
 緑光が言い掛けて、彼女の手足に残る傷に目を見開く。
「あやこさん怪我を…どうなさったんですか」
「どうしたもこうしたもないでしょう、遅いのよ来るのが!」
「…何があった」
 唐突に怒鳴り出したあやこに面食らう狩人達だったが、異変があったのは一目瞭然、影見河夕が低く尋ねてくる。
 あやこは全部を話した。
 魔物の仲間らしき男に尾行されていたこと。
 十二宮の名。
 後に残った黒い球体の割れた欠片。
 そして連中の目的は、魔物を利用して世界から負の感情を一掃すること――。
「…もうすぐ…楽しいショーに招待するって…」
「ショー?」
「…何を考えているんだ、その十二宮って奴は…」
 三人は顔を見合わせて考え込む。
 しかし答えなど出るはずも無く、実際に敵と直面したあやこは言い様のない不安に悔しくも体の震えを止められなかった。
「とりあえず、この破片は本部に持ち帰って調べさせるか…」
「それがいいでしょう」
 敵が残していった黒い物体を手に取って言い合う狩人達に、あやこは問う。
「…一つ聞きたいの」
「なんですか」
 光が先を促す、その表情は誰もが真剣そのもの、…だったのだが。
「娘があの魔物に狙われないように、何か自衛方法はない?」
「――」
 狩人は言葉を失う。
 見開いた目であやこを眺め、先に動いたのは河夕。
「……誰の娘だって?」
「私のよ」
「…あやこさん、確か…その…お住まいを持たない…制服を着るのが夢のお嬢さんでは…?」
「あぁ」
 以前に会った時はそうだったかもしれないと思い出し、服を探って一枚の名刺を取り出した。
「いまはこういう仕事をしているの。他にも色々とたくさん。もしよければ利用してちょうだい、後ろに店の住所も載せているから」
 あやこは早口に言い、それよりも娘の自衛手段だと言い返す。
 しかし狩人は自分達の疑問を解消するので精一杯だった。
 どちらも疑問が山のようにあって、その答えを導くにはしばらくの時間が必要のようで。
 その後、三人がそれぞれの欲する答えを手にするためにどれだけの時間を費やしたかは、あえて触れずにおいた方がいいだろう。

 ただ、誰もが忘れてはいない。
 十二宮の名前。
 彼が招待するというショーの始まりを――……。




 ―了―

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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・7061 / 藤田あやこ様 / 女性 / 24歳 / 女子高生セレブ /

【ライター通信】
「邂逅・発生」に引き続き「要因」へのご参加まことにありがとうございます。
今回、お逢いしましたら色々と変化があったようで狩人達も驚いております。
素敵な“お母さん”になられるのでしょうね。
願わくば次回の「始動」でもお逢い出来ますように。

リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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