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■不夜城奇談〜要因〜■

月原みなみ
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】
「おやぁ…?」
 彼は、ひどく惚けた声を上げて周囲の視線を集めた。
「おっかしぃなぁ…あの家に縛っておいた魂、誰かに取られちゃったよ」
 ざわざわと動揺が広がる空間に、…だが青年の口元に浮かぶのは楽しげな笑みだった。
「この魔都のどんな能力も効かないと確認したつもりだったんだけど、やっぱり宿敵っているんだよねぇ」
 くすくすと薄気味の悪い笑い声を立てながら、彼は上着のポケットから何かを取り出した。
 それはシャボン玉のように弱く薄い膜状に見えて、鉄球のように硬く、それでいて重さはほとんど感じられない。
「…ねぇ、これってフェアじゃないよね。向こうはこっちに気付き始めているのに、こっちが向こうの情報ゼロって言うのは、今後の計画にも差し支えるじゃない」
 周囲から同意するかの如く強い声が上がる。
 彼は目を細めた。
「なら、早速一仕事してもらおうかな」
 すぐに敵となる彼等を倒すわけではない。
 戦うにしてもまずは情報を集めなければ、こちらがどんなに期待しても面白い展開にはなってくれない。
「おまえ、張り込んでおいで。今までに試したことの無い力を見つけたら、後を追って、一つでも多くの情報を仕入れて来るんだ」
 言いながら、彼は自分を囲むそれらの一つに、手元の球体を投げ渡した。
「いいね? 一つでも多くの情報を僕に持って来るんだよ?」
 楽しげに命じる彼に、それは恭しく頭を垂れて後ろに下がり、いつしか姿を消した。
 ざわざわと動揺の広がる空間で。
 ――だが、やはり彼だけは笑っていた。


■ 不夜城奇談〜要因〜 ■


 もう間もなく夏も終わろうというのに、痛いほどの熱を帯びた陽射しが降り注ぎ数日振りの猛暑日となったこの日。
 放課後を迎えた校内で、生徒玄関に向かって歩いていた阿佐人悠輔は背後から追って来た少女に呼び止められていた。
「阿佐人君、阿佐人君っ」
 息を切らしながら何度も彼の名前を繰り返すのは、数日前に、越して行った友人の言動が怪しく心配だという相談を持ち掛けて来た少女だった。
 結果としては、最近になって新たに魔都に流れ着いた“闇の魔物”と呼ばれる異種が関与しており、それらを通じて知り合った二人の狩人と共に原因を除去。
 彼女の友人や、その家族も魔物から解放されたはずだ。
 もちろん相談をして来た彼女には、決着をつけた翌日の学校で「もう大丈夫だ」と伝えておいたのだが。
「阿佐人君、帰るの早いよ。声掛けようと思ったらもう居ないんだもん、慌てちゃった」
「どうした」 
 立ち止まって振り返り、手を伸ばせば届くだろう至近距離まで近付いて来て肩で呼吸する少女に、そんなに急いでまで何を自分に伝えたかったのかと問えば、少女は屈託の無い笑顔を向けてくる。
「あのね、この間の相談に乗ってもらった友達が、阿佐人君にお礼を言いたいって」
「礼?」
「うん、入院していたお母さんも退院が決まって、明日には家に帰れるんだって!」
「そうか、良かった」
 嬉しい知らせに悠輔の表情も心なしか和む。
 魔物が彼女の友人家族に影響を及ぼしていた根源が、一月前に亡くなった幼い弟の稚い願いだと知った時には交友の無い悠輔もひどく心を痛めた。
 だからこそ、その家族が順調に回復しているという話は何よりの朗報だった。
「でね、その友達が、出来れば直接会ってお礼が言いたいって言うの。別の用事で東京に出て来ているからこの機会に、って。阿佐人君さえ良ければ、これから時間取れない?」
 礼など要らないとは思うが、伝えたいと考えてくれた相手の気持ちを無下には出来ない。
「わかった、会うよ」
「ありがとう!」
 悠輔が承諾すると、少女は本当に嬉しそうに笑う。
 鞄を取ってくると言う彼女を待ち、揃って生徒玄関まで下りた二人だったが、靴を履き替えようと鞄の向きを変えたと同時、視界の端に淡い光りが掠った。
(この光り…)
 まさかと鞄を開けて取り出したのは先ほども話題になっていた魔物を除去する際に協力した狩人に渡された腕輪だ。
 魔物の気配にのみ反応するもの、――となれば、魔物がこの近くに居ることになる。
 いつから反応していたのだろう。
 狙われているのは、誰だ。
「お待たせ」
「ああ…」
 声を掛けられて応えはしたが、鞄の中から自分の手首へと移動した腕輪は、二人揃って学校を出た後も変わらずに輝き続ける。
 尾けられているのは自分か、…彼女か。
「ごめん」
 悠輔は意を決して謝る。
 気付いてしまったからには放っておけない、魔物の卑怯な手段を知っているからこそ、そう思う。
「急用を思い出したんだ、一緒には行けない」
「えっ」
「友達には“元気になってくれて良かった”って伝えておいてくれ。それを聞けただけで充分だから」
 それを早口に。
 だが、真っ直ぐな視線に不安を与えてはいけないと気遣う穏やかな眼差しを添えて告げれば少女は素直に頷く。
「う、うん…」
「じゃあ、また明日」
 軽く手を上げて別れ、悠輔は彼女と別方向に向かった。
 幸か不幸か、その後の少女が一人身悶えていた事を彼が知ることはなかった。


 ■

 腕輪は現在も悠輔の手首で魔物の存在を感じ取っていた。
 彼女と別れた後も変わらないということは、魔物の狙いが彼女ではないということ。
 それを確信して安堵する。
 そのうち、背後に聞こえて来た足音。
 悠輔が試しに歩調を速めれば、それも早まり。
 緩めれば同じように緩やかに。
(…狙いは俺か…)
 自分が標的だと知り、悠輔は表情を改めた。
 身近な誰かが傷つく恐れは、とりあえず回避できたと考えて良い。
 ならばやるべき事は一つ。
(人気のない場所まで…巧く誘導出来ればいいんだが…)
 胸中に呟くと、悠輔は何気なくを装って帰路を外れた。


 学校から歩いて十五分程の場所にある寂れた工場跡を目的地として歩く内、背後の足音や歩幅などから相手が男一人だと察せられた。
(…それにしても…)
 奇妙だなと思う。
 その尾行に気付いてからは特にだが、こうもあからさまな敵意を向けられればどんな凡人にだって尾けられていることは知れるだろう。
 それとも尾行している当人が完全な素人なのか。
(とにかく目的を聞き出さないことには推測の域を出ない…)
 悠輔の目付きが変わる。
 目的の廃工場、その閉ざされた門扉の前で足を止めると躊躇うことなく背後を振り返った。
「そろそろ出てこないか? もう俺があんたの存在に気付いているって事くらいは分かるだろう?」
 人気のない土地に、その声が響く。
 少し離れた電柱の奥に、影が揺れる。
 刹那の風。
「!」
 悠輔は懐から取り出した銀のバンダナを瞬時に硬化させ構えた、直後。
「っ……!」
 まるで金属同士が衝突し合うような音が鳴り響き、彼の眼前に現れたのは、この時期に合わない黒スーツの男。
 三十代半ばと見られる面立ちに大柄な体躯。
 悠輔の能力によって硬化したバンダナと打ち合うのは、その腕だ。
(強い…!)
 人のそれとは思えない豪腕に顔を歪めると、突如、それに呼応するかのごとく白銀の腕輪が強烈な光りを放った。
「なっ…」
(今だ…っ)
 怯んだ相手に対し、悠輔は武器の強度を緩めてバランスを崩させ、直後にゴムのような跳躍力を伴わせたそれで男の巨体を廃工場の中へ吹き飛ばす。
「――!」
 悠輔も後を追うように自ら門扉を乗り越え、同時に視界を過ぎったそれは木材を覆っていた布。
(使える…!)
 端を握り、最初は羽根のような軽さに。
 次いで男の落下地点に移動させ、とりもちのごとき粘りを。
「なに…!?」
 何の変哲も無い布だったはずのそれの上に落ちた男は四肢の自由を完全に奪われて驚愕の表情を浮かべた。
「なんだこれは……!」
「…それはこっちの台詞だ」
 うろたえる男に対し、悠輔は眉間に深い皺を刻みながら返した。
「あんた何者だ」
 狩人から預かった腕輪が反応した、ならばこの男は闇の魔物であるはずだ。
 だが、今までに対して来た魔物とはあまりにも違い過ぎる。
 敵意や驚きといった感情、表情、――人間臭いと言うべきだろうか。
 それとも、これが狩人の言う元来の魔物の姿なのか。
「何の目的で俺を尾けていた」
「…っ」
 重ねて問う悠輔に、自由を奪われた男は顔を歪めた。
 それはまるで、子供の癇癪のように単純で激しい怒り。
「何者と言うならおまえこそ何者だ! 嗅ぎ慣れない匂いを嗅いで尾けてみれば妙な光りを放つモノを持って…っ、おまえこそ何の目的があって十二宮様の邪魔をする!?」
「“じゅうにみや”……?」
「っ!」
 初めて聞く名前を問い返せば、男は己の失言に顔色を変えた。
 そのあまりの単純さに、悠輔はイヤな予感がして来た。
「“じゅうにみや”って誰のことだ」
「だっ…黙れ! この世を魔で満たそうとする愚か者がっ」
「――」
 信じ難い言葉を聞き、不本意にも絶句してしまう。
 そんな悠輔の反応もさることながら、自由を奪われ地面に縛り付けられているのも限界なのか、男は自棄になったかのごとく口を割る。
「おまえのせいで、十二宮様の計画は一からやり直しになったんだ! あの家の子供の魂を盗んだのもおまえだろ!? あの方が、この東京から悪しき者を消し去ろうとなさって計画したのをおまえが邪魔したんだ!」
「盗んだ、って…」
 悠輔は目を瞠る。
 相手の発言はあまりにも不可解だ。
「あんなに小さな子供の寂しさまで利用して、十二宮は何を計画しているんだ」
「っ、ふんっ、おまえもいつか必ず思い知る! あの黒い靄の特性も知らずに正義の味方気取りの愚かな人間…っ…この魔都を救うのは十二宮様をおいて他にはない!」
「魔物の特性…?」
「あれの負の感情に対する敏感さは異常だ」
 それ固体では何の力も持たない黒い靄。
 だが負の感情を持つ人間に憑き、それを糧とした時、靄は魔物として計り知れない力を得る。
「あれを巧く利用すればこの魔都の…いや…っ…世界の負の感情が一掃されるんだ!」
 男は断言する。
 その力強さには一片の迷いも無い。
「十二宮様こそが世界をお救いになるんだ!!」
「なっ」
 叫んだ男は、上気し赤くなった顔を更に赤らめながら、力技で悠輔の能力によって形を変えた布から逃れようと、立ち上がる。
「くっ…」
 まだ情報は足りず、今しばらくの時間が欲しいとは思う。
 だが強攻策に出た男の体は膨張を始め、空気の入りすぎた風船のようにその体全体からイヤな音が鳴り出した。
 さらに鼻や口などから噴出する黒い靄は、紛れも無い闇の魔物――!
「仕方ないか…!」
 悠輔が腕輪をした手で布に力を込めると、そこから白銀の光りが布全体に行き渡り、持ち主の意思を通じて四角が男の頭上に集まり、重なる。
「なんだこれは…なんだコレ、ハ…コレハナンダ……!」
「魔物を散らさせるわけにはいかない」
 包まれた布の向こうから男の声。
 この腕輪を手にしてから、悠輔は彼なりに狩人の力の使い方を考えてきたし、慣れるにつれて自分の能力と融合させることも出来るようになっていた。
「俺は、あんな小さな子供を利用して、その家族までも苦しめるおまえ達のやり方は絶対に認めない」
 言い放つ、その手には白銀の光りを帯びた剣。
「そんな計画は必ず止めてやる!」
「ウアアアァアアァァ……――!!」
 強い決意と共に振り下ろされた刃は卵状に包まれた男を完全に両断した。
「…っ」
 しかし布が散開することはなく、保たれる形状。
 悠輔が呼吸を整えた頃にようやく元の布になったそれは軟化して地面に四角を落とす。
 その中央に――男の居た場所に、不気味な黒い球体だけを残して。


 ■

 それからどれくらいが経った頃か。
「阿佐人」
 残されていた黒い球体を手にして思案を巡らせていた悠輔は、頭上から声を掛けられて空を仰ぎ、工場の屋根を渡っていま地上に降り立とうとする狩人の姿を認めた。
 呼んだのは影見河夕。
 次いで声を掛けて来たのは緑光だった。
「阿佐人君、いまここで魔物の気配が…」
「…ええ。そいつは倒しました」
「ああ。それは気配で判ったんだが、魔物にしては奇妙だったろ」
「…やっぱり」
「?」
 河夕の言葉を肯定するも疑問の残る返答に狩人達は何かを言いかけたが、彼が手にしている黒い球体に目を止めて眉を寄せる。
「阿佐人君、それは?」
「…その魔物を消した後に残っていたんです。鉄のように見えたので重いかと思ったら、ひどく軽くて…」
「見せてもらっても?」
 光に聞かれて、素直に手渡す。
 彼がそれを眺めている間に、悠輔は学校から魔物に尾行されていたことや、十二宮の名前など、自分が得た情報の全てを河夕に伝えた。
「十二宮…? 聞かない名だな…」
「魔物の特性を生かせばこの世界から魔を一掃出来るとか…」
「ぁっ…」
 悠輔と河夕が話している最中だった。
 光が驚きの声を上げて手にしていた黒い球体を遠ざける。
「河夕さん、阿佐人君、伏せて!」
「!?」
「なっ…」
 声と同時にそれは暴発した。
「…………っ!!」
 強大な風に煽られて、悠輔も、狩人達も、腕で顔を覆い、その場に踏み止まるのが精一杯だった。
 時に肌を掠めて行くのは割れた球体の欠片か、大地の小石か。
「…なにが…っ」
 ようやく風が弱まってきたのを確認して目を開けた。
 その視界に。

 ――…君達が魔物の宿敵か……

 靄が人を象り、口をきく。
「…っ…あんたが“じゅうにみや”か…っ?」
 問い掛けに口元が弧を描き、瞳とは思えない瞳が悠輔を見遣った。

 ――……なるほど…、君のような若き剣士までいるとはね……

 それきり質問には答えることなく、声は意味深な言葉を残して消え行く。

 ――…もう間もなく…皆さんを楽しいショーに御招待しますよ………
 ――…それはそれは楽しい…人間ショーに……
 ――…人間の感情とは…脆くも遊び甲斐のある玩具ですからね……

 その意味深な言葉を残してそれは消え行く。
「待っ…!」
 制止の声も届かない。
 残るは暴発して欠片となった黒い球体と、不気味な静寂。
 夏の終わり、西から広がる夕空の赤は、まるでこれから起こる“何か”を予感させるように空全体へと広がっていた――……。




 ―了―

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【登場人物】
・ 5973/ 阿佐人悠輔様 / 男性 / 17歳 / 高校生 /

【ライター通信】
「邂逅」「発生」に引き続きのご参加、まことにありがとうございます。
今回の「要因」は如何でしたでしょうか。悠輔君の能力には実に多彩な用途があり戦闘シーンは書いていてとても気持ち良いです。
また書かせて頂ける機会があることを願っております。

リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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