■不夜城奇談〜始動〜■
月原みなみ |
【1564】【五降臨・時雨】【殺し屋(?)/もはやフリーター】 |
――こんばんは。今夜も『ミッドナイト・トーキング』が始まります。担当は僕、アキです。六十分間、最後までお付き合い下さい――………
日中の蒸し暑さが残る夜。
少年は十二階建てビルの屋上から足元の遥か下方を見つめていた。
深夜に近い時間帯だというのに人工の光りは星よりも多く、これほど無駄に明るい世界に生きながら、どうして自分の周りだけが暗いままだったのか不思議でならない。
今も、光りは遠い。
ここには闇しかない。
あの明るい場所に飛び込みたいなら、あと一歩、宙に進まなければならないのだ。
「……」
少年は息を吸った。
閉じたままの瞳で空を仰ぎ、自分の闇を思い知る。
ここから逃げ出すには、一歩、踏み出せばいいだけだ。
――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 東京都在住の十七歳の男の子…『僕はいま、死んでしまいたいと思っています』――
「っ!」
不意の言葉に、少年の足は止まった。
慌てて辺りを見渡すが、その声の出所と思われるものはない。
「ぇ…?」
だが確かに聞こえてくる声は、ラジオ番組のものだろうか。
――『学校に行くとクラスの奴らに暴力を振るわれて金を取られるし…』――
――…うーん…随分、辛い思いをしているんだな…誰にも話を聞いてもらえないってのは、すごく辛いよな…――
「…っ…」
ラジオの声が、少年の進行方向を変えさせる。
もっと近くでこの声を聞きたいと思った少年は、屋上にあるはずの機器を捜し歩いた。
この声の主が読んでいた手紙が誰の投書かなど知らないが、語られた身の上は、まるで自分のことのようだった。
「どこ…」
少年は探した。
誰が置いていったのか、小さなラジオがフェンスの傍に落ちていた。
***
「いいかげんにしてくれ! もううんざりだ!」
「なによ! 自分ばっかり我慢しているような顔しないで!」
狭い室内に男女の怒声が行き来する。
時には雑誌が宙を飛び、グラスが割れては絨毯の上に乱れ散る。
市営住宅の四階。
二人の幼い子供達は、逃げ場所もなく、泣き喚くことも出来ず、ただ二人抱き合って両親の怒りが過ぎるのを待つしかなかった。
その瞳に大粒の涙を溜めながら。
「さっさと出て行け!」
「――! えぇ出て行くわ! もうアンタなんかと一緒にやっていけない!」
聞こえてくる二人の声に、子供達は顔を上げた。
お母さんがいなくなってしまうと、青ざめた顔を。
――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 埼玉県在住の五歳と七歳の女の子達から…『助けてください。大好きなパパとママがケンカをしています』――
「!」
「え…?」
突然、居間に置いてあるオーディオの電源が入り、大音量で流れ出したラジオ放送に夫婦は驚いて言葉を途切れさせた。
廊下にいた子供達も顔を見合わせて立ち上がる。
――『おばあちゃんのことで、パパとママはいつもケンカになっちゃうんです。おばあちゃんのことは好きだけど、でも、私達はパパとママの方がもっと好きなのに…』――
――…そっかぁ…五歳と七歳じゃ、ケンカ止めたくても止めれないよな。…もしかしたら、今もご両親のケンカで泣いたりしているのかな? ――
「ぁ…」
「あの子達……」
夫婦はハッとして子供部屋に向かった。
だが居間の扉を開けると、二人の娘がそこにいた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で両親を見上げていた。
「…っ……」
母親は娘達を抱き締めた。
父親は抱き合う彼女達を見つめ、そのうち、妻の腕についた傷に気付いた。
割れたグラスの欠片で切ったのだろうか。
「…済まなかった…痛くないか…?」
触れた腕。
彼女の瞳からも涙が毀れる。
***
――誰かに殺意を抱く、…って、実は誰にも有り得ることだと思う。――
――…ただ、本当に誰かを傷つけてしまったら、その後で幸せな恋愛をするのは、とても難しいことだよ……――
「…っふ…ぅっ…うぅっ…」
彼女は自分の部屋で泣き崩れていた。
先ほどまで右手に握っていた包丁を、いまは地面に手放し、その手で口元を覆いながら涙を流し続けた。
突然、鳴り出したオーディオが流したラジオ番組。
読まれた手紙は、自分のまったく知らないものだったが、語られる内容は正しく自分の現状だった。
このラジオを聴かなければ、彼女は包丁を手にして隣の部屋に住む女子大生を襲いに行っていた。
自分の恋人を奪った憎い女を。
――…人を愛することが出来る綺麗な心を、一時の怒りで、駄目にしてしまうのは勿体無いよ。浮気をした男は、その程度の男だったんだと思って新しい世界に目を向けてみない? 俺は、君に本当に幸せになって欲しいと思うんだ。――
「…ぅっ…ありがと…、ありがとう……っ!」
涙しながら、この誰とも判らないラジオ番組のDJに何度も「ありがとう」を繰り返す彼女の心に、もう殺意は欠片も存在していなかった。
その後、行方不明者が続出する。
とある学園の暴力的な少年が。
ある家の老婦人が。
そして、若い女性が。
消えていく、怨まれし人々が――。
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■ 不夜城奇談〜始動〜 ■
「十二宮(じゅうにみや)ねぇ…」
ぽつりと呟き、口元に淡い笑みを浮かべた男は、その名に“懐かしい”と思いを語る。
「十二宮と言えば、昔の…、あの組織のことですよね…?」
「君も覚えていたんだね」
確認するように問うて来る相手に男は微笑う。
もう何年前になるのか。
数えるのも億劫になるほどの年月を経て、再び「十二宮」の名を聞くことになるとは流石に予想もしなかったが。
「まったく…。今生の狩人は様々な出逢いをもたらしてくれる」
クックッ…と喉を鳴らして笑う男の頭上に輝くのは細い三日月。
古代の人々が数多くの物語を描いた星空の中心には北極星。
北国の山中。
彼らの住居以外の灯りは皆無の土地で、大宇宙の輝きは何に阻まれることも無く地上を照らす。――この環境に慣れた彼らを、不夜城はどのように迎えてくれるだろうか。
「どれ…俺達も東京とやらに行ってみようか?」
屋内には彼を含めて四人の人物が居た。
その内の一人、まだ学生服を着ていて然るべき年頃ながら鮮やかな金髪の少年は、男の視線が自分に向いているのを知って目を瞬かせる。
「俺!?」
「当然」
「何でだよっ、黒天獅(こくてんし)を連れて行けばイイじゃねーか!」
「明後日は朔の日だよ、彼を白夜(びゃくや)から離すわけにはいかないね」
「だからって何で俺…っ」
「雷牙(らいが)」
問答無用という強い語調で制されて、金髪の少年は思いっきり頬を膨らませる。
「贔屓だ!」
「適材適所だよ」
にっこりと告げた男は、雷牙を手招きして庭に出す。
「行こう」
命じれば、少年はぶつぶつと文句を言いながらも結局はその姿を変化させた。
人型から鳥型へ。
男一人を背に乗せても飛行可能な大きさは、翼を動かすだけで辺りに強風を起こしたほどだ。
「じゃ、行って来るよ」
「…くれぐれも影主や光君の邪魔はしないで下さい」
「邪魔とは心外だね、俺は彼らの始祖として責任を果たしに行くだけさ」
笑顔で返された言葉を最後に、白夜と黒天獅、二人に見送られて彼らは夜空に飛び立った。
「十二宮、か…」
東京に向かう彼らの姿が見えなくなった頃、初めて黒天獅が口を開く。
「…俺は名前しか知らないが…、聞いた話が繰り返されなければいいな…」
「うん…」
祈るような呟きは夜闇に掻き消されて、世界には届かない。
人間の負の感情を糧に生きる魔物。
それらを滅するために彼らが興した一族、闇狩。
いま、時代は動き始めようとしていた――。
■
「うん、知ってる知ってる!」
「すごいよね、嘘みたいだけど」
唐突に聞こえて来た陽気な会話に、深く沈んでいた意識を引き寄せられるようにして目覚めた五降臨時雨は、ダンボールの天井に頭をぶつけつつ、大きな体を器用に移動させながら箱の外に出た。
ぼぅっとした目で近くの公共時計を見上げると針は八時を少し過ぎた頃。
空は青く、風は温かく、どうやら先ほどの陽気な会話は出勤途中の女性達のものらしいと察せられた。
「…今日も…天気は…良さそう…?」
ぽつりと呟き、安堵の表情。
都内、某公園の敷地内にダンボールを集めて組み立てた簡易ハウス、此処で寝泊りするようになってから、今日で何日目だろう。
雨に降られると色々と大変なため、彼にとって今日の天気予測は非常に大事なものなのだ。
と、不意に背中に当たった温もり。
「うん…?」
振り返ると、顔馴染みになった白い猫が甘えるように華奢な体を擦り付けている。
「あぁ…おはよう…」
ご飯の時間なんだと気付くと同時に、自分のお腹も空腹を訴える。
だが如何せんお金が無い。
本当に、そろそろ何とかしなければとは思うのだが。
「わー、お兄ちゃん、いつもここにいるんだね」
「こらっ、そんなこと言うんじゃありません!」
自分が話し掛けられているのかと、振り返るより早く、青い遊戯服を着た園児二人を母親らしき女性が叱り付けて足早に去る。
「…はぁ…」
そんな会話を聞くのも一度や二度ではなく、最近は己の不甲斐なさに涙まで零れ落ちそうだ。
「…なんとか…しなきゃ…」
がっくりと肩を落としつつも擦り寄ってくる猫の頭を撫でていた。
と、そこにまた別の女性達の会話が届く。
「聞いた? 例のラジオの話」
「知ってるよ、いまそれ知らない子はいないってば」
「ねーっ、嘘みたいだけど本当なんだってよ!」
これも女性二人の会話だったが、時雨はそれに既視感のようなものを感じた。
確か、先ほどの女性達も似たような会話をしていなかっただろうか。
「でも不気味だよね、いきなり電源入るンでしょ?」
「そうそう! で、まるで自分の事みたいなメールが読まれるんだって。しかもその数日後には嫌いな相手が行方不明!」
「うちのお局なんか自分恨まれてるんじゃないかって最近おとなしーの。ラジオ様々!」
朝から笑い話のように口にする内容とはとても思えなかったが“行方不明”という単語が気に掛かった。
数日前に知り合った闇狩と名乗った青年達。
彼らから預けられた深緑色の石の欠片。
それをポケットから取り出した時雨はしばし思案する。
これを持っていれば、次に会うのは必ず魔物との戦場になると彼らは語った。
「力見せて…雇ってもらって…ダンボールハウス脱出……」
言っている内に更に悲しくなる。
それを慰めるように、背に寄りかかる猫が一声鳴いた。
***
時雨は午前中の都会を行くあても無く歩いていた。
否、あてがないわけではなく、その手に狩人の欠片を握り締めながら感覚に任せて街を歩いていたのだ。
そこで、二人の少年少女、杉沢椎名と白樺夏穂に出逢った。
元来、子供には好かれる性質の時雨であるが、その時ばかりは勝手が違った。
子供達は彼らなりに、何かに気付いて時雨に目を止めたらしかった。
「…蒼馬…?」
少女が左肩に声を掛け、次いで少なからず警戒した表情を時雨に向ける。
「…貴方…闇狩の彼らと知り合い…?」
「……君…」
夏穂に問われて、時雨はしばらく無言。
その間に、椎名が怪訝な顔で、少女を背後に庇わんと前に出た。
が、そうして時雨から出た言葉は。
「…だれ…?」
「っ…」
誰と問う、それまでの間に椎名の中で何かがずれた。
「あんたこそ何者!?」
思わず声を荒げれば、時雨はゆっくりと小首を傾げる。
「ボクは…」
そうして再びの間。
夏穂がじっと見ているのに対して、椎名は元来の好奇心もあって、時雨から返答が来るのを今か今かと待ちながら無意識の内に身を乗り出しており。
「…何だっけ…」
「!」
有り得ない答えに顔から転びそうになる。
「ちょっと!」
「シーナ」
落ち着いてと夏穂に制され、椎名はググッと自分を抑える。
「私は白樺夏穂、彼は杉沢椎名。…私の左肩には…、見えないかもしれないけれど…」
「見える、よ…」
その反応は今までに無く素早かった。
「…動物と…子供には……、好かれるんだ…」
好かれるかどうかで九尾の子が見えるのかというと些か疑問だが、そうして向けられる笑顔のあどけなさには、さすがの夏穂も軽く驚かされた。
今までに見た事がないと断言出来るほど大きな体をしていながら、目の前の大男は赤ん坊のように無邪気に笑う。
悪い人間ではないと確信し、同時に、蒼馬が見えると聞けば、彼もまた能力者であると知れる。
「この子…。蒼馬と言うのだけれど…、貴方から闇狩の匂いがすると言うの……彼らを知っている…?」
「…知って…いる…かな…?」
「魔物のことは…?」
魔物と聞いて時雨の顔つきも変わる。
「…うん…魔物…探している……」
「探しているの?」
「力…見せたら…雇って貰える…約束で…」
雇う云々のくだりは夏穂達には意味不明だったが、目的が同じであることに間違いはなさそうだ。
「私達…、これから魔物に関わっていそうな人に話を聞きに行くの…。一緒にどう…?」
「…それって…もしかして…ラジオの…?」
確認に彼らは互いの顔を見合わせた。
闇狩に関係した三人が、揃って同じ現象に魔物の関与を疑っている。
それは一つの答えでもあった。
■
祖母が失踪したという幼い姉妹の自宅を訪ねた少年少女は、そこで時雨のもう一つの特殊能力を目の辺りにした。
例のラジオで両親の喧嘩が止まったという“不思議”を興奮気味に語っていた姉妹のもとには、祖母の失踪以後、様々な大人が出入りするだけでなく、学校中の子供達から奇異な目で見られるなどしていた。
そのためにすっかり人間不信になっていた少女達だったが、しばらく時雨と話しているうちに、気付けば表情を綻ばせるようになっていたのだ。
もちろんそのような環境下で少女達の両親が二人に会わせてくれるかという問題もあったが、こちらは夏穂と椎名が本来の年齢に相応しい物言いで親の警戒心を解くことに成功。
更に、椎名は途中から独自の情報網を用いて、この近隣に他にもラジオを聴いて救われた人、失踪した人がいるかどうかを確かめることにした。
結果として――。
「ラジオだな」
「…ラジオの電波塔とか…」
椎名と時雨が微妙な違いの生じる言葉を口にし、夏穂は軽い息を吐く。
「オーディオ機器に憑いている…という可能性は低いわね…」
夏穂は、つい先日に敵の一人から尾行されていたこと、その相手から引き出した「十二宮」の名前や魔物の特性、悪意など負の感情には異常な程敏感だという情報も含め、それらを椎名、時雨と共有した。
以上を合わせて考えてみても、各々の家庭にあるオーディオ機器に憑いていると言うよりは、負の感情に引き寄せられたと考える方が、無理がない。
更に、負の感情を抱くからにはその相手がいるわけで。
引き寄せた本人ではなく、その敵と成り得る相手が消えてしまうからこそ、これだけ多くの失踪者が出るまで事態が動かなかった。
何故なら今回の失踪者――嫌悪を抱かせる相手に共通するのは、他者との関わりを自ら減らす傾向にあったことだからだ。
「知能的ね…」
加えて、失踪者の消えた先を追うことも出来なかった。
これは椎名の蜘蛛師としての特殊能力が収拾してきた情報の一つだが、失踪者はその場から煙のように消えてしまったらしく、直前には不可思議な黒い靄――つまり闇の魔物が何もかもを隠してしまった。
「…可能性は一つ一つ潰していかないと…」
「なら次は放送局に行く?」
椎名が興味津々の様子で身を乗り出す。
その時だった。
「夏穂さん」
上空から呼び掛けられ、三者三様の速度で空を仰いだ彼らは、件の狩人、緑光が木の上から降り立つのを見た。
栗色の髪に、異国の雰囲気を醸し出す顔立ちで優雅な動作。
「これはまた…驚きの顔ぶれですね。時雨さんや、そちらの少年ともお友達でしたか?」
「シーナは相棒…、時雨さんは、ここに来る途中で会ったの…」
「ここに…」
少女の言葉を復唱して、眼前に建つ集合住宅を見上げる。
「あぁ…あの幼い姉妹のお宅ですね」
「…貴方も来たの?」
「来る予定でした」
にっこりと微笑む狩人は、微妙にその表情に疲れを滲ませている。
「…何かあったの」
夏穂が重ねて問うと、光は肩を竦める。
「少々、面倒な事になって来たんですが、――皆さんが此処にお集まりということは、例の姉妹からお話は伺えたのでしょうか?」
「ええ…、次は放送局に行こうかと思っていたところだけれど…」
「それは良いタイミングでした」
少なからず安堵した表情で、三人は狩人に促される。
「放送局は別の方々が調べて下さったところです。もしよろしければ、これから僕と一緒に来て頂けませんか。そこで姉妹から聞いた内容もお話し下さい。皆さんのお力を貸していただきたいんです」
物言いは今までに接してきた柔らかな調子と何ら変わらなかったけれど、その表情は真剣そのもの。
何かが起きたということを痛切に感じさせるものだった。
だからこそ時雨、夏穂、椎名、闇の魔物の暴走を止めようと動いている彼らが光の頼みを断わる理由はなかったのだ。
■
東京を象徴すると言っても過言ではない総合電波塔の正面に、目的の人物・影見河夕が二人の男女と真剣な面持ちで言葉を交わしていた。
「河夕さん…」
夏穂が呼びかけると、河夕は振り返ると同時に頭を抱えて空を仰ぐ。
「おまえ達までどうして…っ、光、おまえ何のために」
「僕は無駄な遠慮はしない主義ですから」
にっこりと笑う彼に、夏穂が軽い息を吐いた。
どうやら河夕としては、個々に探り始めた彼らの行動を止めるべく光を寄越したつもりだったようだが、もし止められたとしても、関わる事を避けようとは思わない。
そういう意味では「無駄な遠慮」と表現した光の言い分は正しいだろう。
「…ったく」
河夕は額を押さえて呟く。
誰一人、関わる事を止めようとしないならば道は一つ。
「どうなっても責任は持たないぞ」
「もちろん」
「…うん…大丈夫…」
一人ひとりの顔を順に見遣って、諦めの息を一つ。
先に此処へ辿り着いていた二人の男女は、それぞれに阿佐人悠輔、天薙撫子と名乗り今宵の協力者であることを確認し合った。
「なら状況を説明する」
そうして時雨達もまた、自らの得た情報を報告し合う。
悠輔と撫子によれば、どの局にも問題のラジオ番組が放送されていた形跡はなく、視聴者側も、DJの名や聞いた時間など一切が曖昧で、共通するのは“夜”ということだけ。
更に、失踪した側の共通項は時雨達の結論と共通しており、では、なぜ敵は敢えてラジオという媒体を使ったのかという疑問が残るわけだが。
「電波だろう」
悠輔が言い、狩人は「そうだ」と低く返した。
いまこの瞬間にも辺りを流れる見えない波。
魔物はこれに潜むことで人間の負の感情を捕らえ、闇の声を届ける。
その憎しみの行き先を探る。
「救われた」と人は思う。
だが、逆に憎んだ相手、殺意を持った相手が消えたとなれば、それを知った本人はどうなるだろう。
「…祖母が失踪したという幼い姉妹は…、心を閉ざして…、人と関わる事を避けるようになっていたわ…」
時雨のおかげで笑顔を取り戻したようだったけれど、これが続けば再び失われてしまうほどに脆い、幼い感情。
姉妹ばかりではない。
ラジオを聴いて救われたと感じた人々が、しかし自分の嫌いな相手が失踪したと知り、その内にラジオの噂が流れてくる。
あれのせいで相手が消えたと考える。
その結果、人々の心はどうなっていくか。
「それが魔物の狙いですのね…」
負の感情の一掃など有り得ない。
時雨もそうして敵の思惑を知る。
「十二宮の狙いは人間そのものを滅することではないのでしょうか…」
「恐らく」
撫子の言葉に河夕が頷く。
「俺達が魔物の気配を掴み切れなかったのも、この都、全域に流れる、電波という見えない物質に魔物が混じっていた為だ。いまこの瞬間にも東京中の人間が人質同然の状況にある」
だからこそ河夕は、一族をこの街に集め、東京全土に結界を張り、そこから逃すこと無く敵の一斉消滅を狙った。
だが、見えない魔物が狩人に対抗すべくいつ牙を剥くとも限らない。
だからこそ、連中に目をつけられているであろう彼らには安全な場所に避難するよう伝えるつもりだったのだが。
河夕に睨まれた光は肩を竦めるだけ。
当人達の表情にも迷いは無い。
「今夜こそ連中を狩る」
そうと決めた彼らの心は一つだった。
総合電波塔に一般の観光客が入場できる時間を過ぎたところで、計画の第一弾として外部の人間に異変を悟られないよう、タワー周辺の空間を三次元から切り離す結界を張ることになる。
次いで、東京の四方八方に散った狩人達が魔物の行き来する都の輪郭上に沿って一族の結界を張り、都内に魔物を封じ込める。
そして最後。
この場所から、やはり電波に乗せて闇狩の力を散開させることが河夕の役目だ。
風よりも、水よりも。
この不夜城の全域に及ぶのは、この電波塔から発せられる波だから。
「時雨、夏穂、椎名」
河夕は三人を呼び、それぞれに白銀色の輝きを帯びた腕輪を放った。
悠輔、撫子の腕にあるものと同じそれは、河夕の力の具現化。
「利き腕にはめろ、それでおまえ達の攻撃も連中に効く」
「河夕さん、いま三つも…」
何かを言いかけた光を、河夕の目線が制した。
「連中だって俺達が此処に居ることはとっくに気付いているはずだ。にも関わらず、今まで何もして来ない…、用心しろ」
彼らは警戒しつつ、その時を待つ。
そうして、――巡った時間。
先に動いたのは彼らだった。
***
「やぁ諸君、――初めましての子もいるようだが」
「!」
仰いだ上空に、若い男。
「おまえが十二宮か!」
声を張り上げた悠輔に男は笑う。
「何が可笑しいのですか」
問い返す、その間に。
「光」
「御意」
狩人達の応答。
放たれる力。
「ほぅ?」
上空の男が愉快そうな声を漏らした。
直後に辺りの空気が変わる。
それまでの人で溢れた雑多な空気が凛とした静けさを帯び、辺りから人の姿を隠す。
奇妙な暗がりと、反響する音。
更に。
「来たか」
電波塔を囲う結界に呼応するかのごとく、都の四方から能力の壁が広がる。
「…!」
時雨達は、その明らかな変化に少なからず驚かされた。
一体、どれだけの数の狩人が集まったというのか。
それほどに厚く、強固な、結界の壁。
「これでおまえが集めた魔物の逃げ場所はなくなった」
「ふふ…、しかし東京中の人間が我々の人質も同然の状況に変化はなかろう」
「魔物が人間に害を為そうとすれば一族が狩る、魔物が大気に混じっていると判れば、それなりに対処の仕様もある」
「なるほど」
十二宮は「ならば」と上空を仰いだ。
地上百五十メートル地点に設けられた展望台。
「彼らはどうかな?」
告げる。
「なっ…!」
同時に起きた爆発。
電波塔の展望台、その周囲を囲うガラス窓が爆発によって吹き飛び、白煙を吐き出す。
彼らの姿は見えずとも、その現象は外も同じ。
「さぁ…これで人間達が大騒ぎ」
「貴様…!」
「場は乱れ、不特定多数の人々が集まり、辺りは騒然となる……それでも君達の結界は揺らがないだろうか」
更に。
「結界の中であろうと、人は死ねる」
まさか、と。
白煙の中に目を凝らして、浮かぶ影。
「あれは…っ…」
「三十四人の失踪者…噂のラジオで消えた人々が、揃ってここから集団投身自殺――世間はどう騒ぐだろう?」
一方、ラジオによって救われたと思った人々は。
彼らが、自分のせいで誰かが死んだと自らを責め始めたら――。
「さぁ…人間達の愛憎劇の始まりだ」
男の言葉に。
その、薄ら笑いに。
膨らむ怒りは、彼らも同じ。
「ふふふ…君達の内側にも滾る憎しみが見える」
「!」
「魔物は君達の負の感情にだって反応する
「ぁ……!」
結界の中だとて、負の感情を抱えた人間と魔物が共存していれば――。
「時雨!!」
「っ…!?」
狩人の声が急激に遠のいた。
直後、彼は闇の中にいた。
■
そこは無限の闇。
心の奥底に抱えた傷。
――……負の感情を一掃するなど不可能……
――……人間とはかくも弱く…
――……脆く……
――…扱いやすい玩具……
時雨は頭上に落ちてくる雑多なものを払うように首を振る。
――…おまえ達とて同じこと…
――…悪しき者を排除しようとする心の奥底で…
――…おまえもまた憎しみを抱えているだろう……
「…っ…」
闇の魔物に囚われて、心を騒がせる言葉を否定することは出来ない。
そうだ、憎しみは誰もが抱えうる。
「…でも…」
けれど、それを一方的に排除しても終わることはない。
「…自分が…正義の…味方…? そんなの…ありえないのに…」
それを時雨は知っている。
判っている。
「悪意を消したら…一方のどこかで悪意が…生まれる……、当たり前の…こと…」
幼い姉妹がそうなりかけていたように。
消えた彼らが、そうであったように。
「…ただ…ボク…は…依頼を…遂行するだけ…」
闇の彼方。
視界には何も映らない。
そんな世界にあっても変わらないのはただ一つ。
「力見せて…ダンボールハウス脱出…」
いまの願いは、それだけ。
「今日の依頼人は…闇狩の彼らだから…」
その焦点を外さずに言い切る心の強さに、手首にはめた腕輪が輝いた。
暗闇を切り裂く白銀の光り。
揺るがない道筋。
「時雨!」
河夕の声に引き上げられるように、その意識は開花した。
■
「時雨!」
河夕を振り返る、同時に仲間の姿が映る。
皆が魔物の声を振り払ったことは、それぞれの強い眼差しを見れば判った。
「…なるほど、君達のような人間は厄介だな」
上空、男が苦笑交じりに呟く。
「傷を知る者は、我々の計画を遂行するには邪魔な存在でしかない」
ならば道は一つ。
「君達にはここで死んでもらおう、――彼らと一緒に」
「――!」
その言葉が号令であったように、展望台の割れた硝子窓の傍に佇んでいた影が一つ、また一つと宙に足を踏み出す。
「待っ…!」
届かないと知りつつも伸ばした手に、不意に強風が巻きついた。
「!」
何事かと目を疑う彼らの前で、地面に落下するはずだった人々の体を空に浮かせるのは。
「……っ…あやこさん…?」
光が呟いた名前は、他の面々には不可解だった。
だが、自殺させられようとした人々を救った風が味方であることは疑いようが無い。
「次から次へと…!」
そうしていま、男の口調に苛立ちが混じる。
大気から闇の魔物が滲み出す。
「光、宙にいる人間の保護と魔物を!」
「御意」
「阿佐人、天薙、あの男を頼めるか」
振り返る、河夕の手には白銀の輝きを帯びた日本刀。
「俺は魔都全域の大気に滲んだ魔物を一掃する」
「判った」
「お任せください」
悠輔は懐から取り出した銀のバンダナを手に男を見据え、撫子もまたその手に特殊な鋼糸を握る。
「時雨さん」
不意に光の声が掛かった。
「僕が夏穂さんと椎名君の力を借りてあの人達を保護します。貴方には、邪魔して来るであろう魔物達をお任せします」
「…わかった…」
話が決まれば、後は行動のみ。
時雨は刀を抜いた。
金剛石をも斬り裂く刀身七尺の妖長刀。
夏穂、椎名の術が、狩人を援護しつつ人間を一人一人大地に下ろして行く、それを邪魔しようと大気から滲み出てくる黒い靄。
「…あれが…魔物…」
無意識に呟かれる言葉と。
一瞬の斬撃。
「えっ…」
「時雨さんて…」
椎名の驚いた顔と、夏穂の意外そうな声が妙に面白かった。
ただ一振り、それだけで。
手首に輝く白銀の光りが手の平全体に螺旋を描き、刀身を通じて放たれる攻撃に狩人の力が混ざる。
それは結界領域の約半分を一掃する力を見せ付けた。
魔物は次から次へと湧いて出たけれど、時雨の敵には成り得ない。
そして。
「――……っ」
それは来た。
「これは…っ!」
悠輔と打ち合っていた男が顔色を変える。
「バカな…っ…闇狩とはこれ程の破壊力を……!?」
その驚愕は、逆の意味で時雨にも伝わる。
電波塔の正面に突き立てられた白銀の刀から広がるのは魔を退ける輝き。
足元に描かれた魔法陣らしき四角の図柄が、何語かも判らぬ河夕の呪によって上昇し、辺りに光りを撒く。
それだけではない。
時雨の手首にある腕輪までが呼応するかのように輝きを増し、自分の力までも増大させるように感じられた。
だが、一定しない。
腕輪の輝きは不安定に強弱を繰り返した。
「これは…」
明らかに奇妙だった。
夏穂達も同じように感じていたらしく、重なった視線に含まれるのは戸惑い。
同時に先刻の狩人達のやりとりを思い出した。
――…河夕さん、いま三つも……
自分達に腕輪を渡したときだ。
驚いた顔で何かを言いかけた光を、河夕は視線で黙らせて…。
「…もしかして…」
一つの予感に河夕を振り返り、その表情に焦りに似た色を見て確信した。
この腕輪は河夕の能力の欠片。
自分の腕に輝き力を増すように、腕輪の数だけ力が分散されるのだとしたら。
「…ぁ…」
これは腕輪を返した方が良いのではと考える。
同時。
「夏穂さん、移動しながらでもあの男を狙えますか」
光が早口に言うのを聞いて、少女は即座に頷いた。
「時雨さん、援護をお願いします」
言うが早いか、狩人は夏穂を肩に担いで飛んだ。
文字通り、その体は宙に浮いたのだ。
夏穂が何処からか弓を生じさせ、矢を構える。
その矛先に、十二宮。
大気から滲む魔物が彼らを狙う。
時雨は構え、刃を放つ。
四百連撃、全て別角度から放たれ標的を斬る奥義。
仲間の狙いに、一切の邪魔はさせない。
「ぐぁ…っ」
夏穂の矢が男を射た。
「阿佐人君! 河夕さんを!」
光の声がして、悠輔と撫子が河夕に駆け寄った。
しばしの間。
二人の腕輪を刀の柄に通し。
「……助かる」
低く、それでもはっきりと告げた河夕の視線が彼らを見遣った。
直後。
それまで安定しなかった波が唐突に津波の勢いを持って辺りに満ちる。
「……!」
結界の内側を包み込む白銀の輝き。
そのあまりの眩しさに、内側にいた全ての者が目を塞ぎ、強烈な光りに耐えた。
「――……っ…!!」
いつしか、辺りに不夜城の騒がしさが戻り始める。
「……あぁ…」
開けた視界に、彼らは終わりを知る。
上空には星の微かな灯火が煌いていた――。
■
その場には三十四人の失踪者が意識を失った状態で横たわり、地上百五十メートル地点にある展望台の窓ガラスは全壊。
それ以前に起きた爆発の件もあって警察や消防の他、メディアのカメラや照明が真昼のような明るさをその場に生じさせていた。
次々と救急隊員によって運ばれて行く失踪者達を、彼らは少し離れた雑居ビルの屋上から見下ろす。
後のことは一般の人々と、無数の狩人達に任せて。
「だから一度に三個も欠片をお渡しになるのはどうかと申し上げたんですよ!」
「まったく…、河夕様は相変わらずですわね」
「もう少し我々のことも考えて行動して頂きたいのですが」
時雨達の眼前で、光や、彼らをこの場所まで避難させた狩人達が次々と河夕を責めていた。
「貴方に何かあれば悲しむ者が大勢いるのだと、まだ学習して頂けてはいないようですね」
「ああっ、判った! 解ったからおまえ達もさっさと事後処理に行け!」
いい加減に河夕の方も我慢の限界だったらしく、彼の荒々しい声が上がる。
同時に広がる笑い声。
時雨も、撫子、夏穂、椎名、そして悠輔からもゆったりとした笑いが起こる。
「まぁ…何にせよこれで十二宮の計画は阻止出来たのですから、終わり良ければ…というところですか」
光が溜息交じりに語った。
その時だ。
「残念ながら、これで終わりとはいかないと思うよ」
不意の声に誰もが警戒心を露にしてそちらを振り向いた。
視線の先に佇むのは、一人の男。
更に、彼の背後には人を乗せて飛べそうなほど巨大な鳥が一羽。
「あんた…」
河夕が目を丸くして呟き、光も驚きを隠せない様子で瞬きを繰り返す。
「まさか…佳一(かいち)さん…?」
「やぁ影主。それに深緑も、元気そうで何よりだね」
にっこりと微笑んでくる男に、時雨達はそれが誰かを問い掛けた。
応えたのは光だ。
「彼は…名前は文月佳一さんと仰るんですが…」
「その正体は彼らの始祖」
後を引き継ぐように本人が言い、時雨に手を差し出してくる。
「やぁ…君が五降臨君だね? 今回は狩人達に協力してくれたこと、心から礼を言う。ありがとう」
「…いえ…」
唐突な登場に誰もが困惑する中で、文月佳一と紹介された男は全員と握手した後で河夕に目を向けた。
これは後で聞かされる話だが、闇狩一族の始祖は、風火水土をそれぞれに司る四人の里界神(りかいしん)と呼ばれる神々であり、この四人が同時に能力を解放することによって一つの惑星を創造するのだという。
本来であれば、創造した後の惑星の未来はそこに息吹く生物次第として里界神が関わることはないのだが、闇狩一族には魔物の討伐という使命を課したこともあり、親交があるのだと。
佳一が司るのは“水”――彼は水主だった。
その里界神が彼らの前に姿を見せた。
それは、闇狩の彼らにとっても尋常なことではない。
案の定、彼から告げられた話の内容は驚くべきことで。
「影主。十二宮は個人の名ではなく、組織の名だ」
「組織…?」
「それも里族が関わった、ね。何十年か前に私達が一度は壊滅させたはずだったんだが」
その説明で狩人には伝わったようだが、時雨達はそうもいかない。
「あの、…リゾクとは何ですか」
悠輔の問い掛けには水主自ら答えてくる。
「我々里界神が暮らす世界の民のことだが、――まぁ色々とあって里族の一部が地球に転生しているんだ。転生前の記憶が有る者、無い者、生まれつき能力を保持している者、していない者とパターンは異なるが、過去の十二宮には記憶も能力も保持している者達が揃っていた」
そうして彼は息を吐く。
「彼らの目的は、人類を滅亡させて地球を守ること」
「地球を…?」
「この惑星を存続させるために最も排除すべき存在は人類だというのが彼らの主張だ」
「――」
その場の誰もが言葉を失う。
だが、十二宮の名を口にした彼らの言葉を思い出せば、答えはそこに集約されるのだと、今なら判る。
世界から負の感情を一掃することが人同士の拒絶、人間世界の崩壊であるなら、それはつまり人類の滅亡だ。
魔のない世界。
彼らの理想郷、それは人間のいなくなった地球のこと――。
「里界の能力を持つ彼らは、魔物を滅ぼす力は持たないが、御する能力は持つ、何せ闇狩を興した我々里界神の民だからね」
だからこそ今回、彼らは闇の魔物を利用してこの日本の首都、東京を最初の標的と定めたのだ。
「そんな…」
地球を守るため。
そのための最も排除すべき存在が人類であると言われて、誰が完全否定出来るだろう。
誰であろうと地球破壊の一端を担っているこの世界で、一体、誰が。
「――この地球に育まれた人類が地球を殺すというなら、それは人類の選択であり、地球の選択だよ」
「…っ」
まるで彼らの困惑を読み取ったように水主は言う。
「地球も一つの命。そこには意思が存在し、選択権もあると我々は考える。このように蝕まれてなお人類を育むことを望んでいるからこそ、地球は現在も人間を生かしている」
耳を澄ませれば、その鼓動を感じる。
流れる風も、水も。
大地の温もり、草木の歌。
人工物に埋もれた土地ですらそれらを完全に消すことは無い。
「地球は人間を愛している、その想いをどう受け止めるかは地球人次第だし、そこに他所者が介入する資格など有りはしない」
水主が余所者と呼ぶのは、十二宮を名乗る里族の転生者であり、闇狩も同様。
「我々の意志が、その根源に無関係の地球の未来を左右するなど決して許されないんだ」
そうして微笑む神は、残酷なまでに正直だった。
「地球の未来は地球人の未来だ。我々には関係ない。――だから、ね」
そうして河夕に向ける視線は、表情に反して威圧的なもの。
「君達一族に新たな任務を与えるよ」
「新たな…?」
「組織、十二宮の抹消を命じる」
「――」
「いいね?」
河夕は目を見開き、光も同様。
だが、それが始祖の言葉なら彼らに選択の余地はない。
「……承知した」
「結構」
そうして、その視線は時雨達にも。
「先にも言った通り、地球の未来に他部族の介入は不可だ。それ故に十二宮の抹消は闇狩一族と我々里界神が責任を持つ」
その言葉と共に、彼らの頭上に生じた薄青色の膜が彼らに選択の余地を与えることなく落ちてきた。
「!」
頭から爪先まで余すことなく浸し、消えていく。
視覚や触覚には水のように感じられたそれは、しかし彼らを濡らすことはない。
「今のは、我々からの感謝の印と、お詫びだよ。それで十二宮の探知能力は完全に君達を見失う。今後、狙われることも無い」
「え…」
「だが、もし今後、十二宮の関わる異変に介入した場合は、里界は君達を戦力と判断するし、十二宮も完全に君達を敵とみなす。彼らにとって敵は敵、その出身など関係ないからね」
選ぶのは、自分自身。
「この地球に生きる君達がどのような選択をしようとも、我々は我々の役目を果たすだけだ」
「…役目…」
「君達は、君達の未来を選びなさい」
水主は告げた。
ただ、静かに。
■
数日後――。
今回の分は約束の内だからと、里界神から手渡された依頼料で食事を取っていた時雨は上空に広がる澄み渡った青に目を眇めた。
息づく木々の微かな緑が精一杯に両腕を広げている。
その光景に。
あの日の、様々な言葉が蘇えった。
負の感情などではなく、人間そのものを「魔」と呼び、人類の滅亡した地球を理想郷とし、それを目指して動く異郷の民、十二宮。
一方、魂の根源を地球外に持つ者達が地球の未来を左右することは許されないと、それを阻止すべく動き出した異郷の民、闇狩。
他部族の介入は不可、異民の問題は異民が責任を持つと語った里界神。
「……ボク…は…」
選べと言われた未来。
選択の時はもう間近。
時代は動き始める――。
―了―
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■ 登場人物 ■
【1564・五降臨時雨様/男性/25歳/・殺し屋(?)】
【7061・藤田あやこ様/女性/24歳/女子高生セレブ】
【7134・三島玲奈様/女性/16歳/メイドサーバント】
【5973・阿佐人悠輔様/男性/17歳/高校生】
【7182・白樺夏穂様/女性/12歳/学生・スナイパー】
【7224・杉沢椎名様/男性/12歳/学生・蜘蛛師(情報科&破壊科)】
【0328・天薙撫子様/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
(参加順にて記載させて頂いております。)
■ ライター通信 ■
今回のシナリオへのご参加、まことにありがとうございました。
〜始動〜というサブタイトルにある通り、全4話と予告していた「不夜城奇談」はこれで完結となりますが、同時に、新たな物語が動き始める序章でもあります。
十二宮の真の目的を巡り、狩人達は今後も新たな戦いに身を投じます。
その時には、再び皆様のご協力を頂ければ幸いです。
【五降臨時雨様】
まずは今日まで随分とお待たせしてしまいましたことをお詫び申し上げます。
労働契約(?)につきましては今後の依頼にお応え下さった都度、水主が契約させて頂くとのこと。協力してもいいという事件がありましたら、また是非とも声をお掛けくださいませ。
今回は本当にありがとうございました。
長い物語となりましたが、少しでも皆様の心に何かを残すものとなれることを願っております。
またお会い出来ることを祈って――。
月原みなみ拝
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