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■不夜城奇談〜要因〜■

月原みなみ
【7182】【白樺・夏穂】【学生・スナイパー】
「おやぁ…?」
 彼は、ひどく惚けた声を上げて周囲の視線を集めた。
「おっかしぃなぁ…あの家に縛っておいた魂、誰かに取られちゃったよ」
 ざわざわと動揺が広がる空間に、…だが青年の口元に浮かぶのは楽しげな笑みだった。
「この魔都のどんな能力も効かないと確認したつもりだったんだけど、やっぱり宿敵っているんだよねぇ」
 くすくすと薄気味の悪い笑い声を立てながら、彼は上着のポケットから何かを取り出した。
 それはシャボン玉のように弱く薄い膜状に見えて、鉄球のように硬く、それでいて重さはほとんど感じられない。
「…ねぇ、これってフェアじゃないよね。向こうはこっちに気付き始めているのに、こっちが向こうの情報ゼロって言うのは、今後の計画にも差し支えるじゃない」
 周囲から同意するかの如く強い声が上がる。
 彼は目を細めた。
「なら、早速一仕事してもらおうかな」
 すぐに敵となる彼等を倒すわけではない。
 戦うにしてもまずは情報を集めなければ、こちらがどんなに期待しても面白い展開にはなってくれない。
「おまえ、張り込んでおいで。今までに試したことの無い力を見つけたら、後を追って、一つでも多くの情報を仕入れて来るんだ」
 言いながら、彼は自分を囲むそれらの一つに、手元の球体を投げ渡した。
「いいね? 一つでも多くの情報を僕に持って来るんだよ?」
 楽しげに命じる彼に、それは恭しく頭を垂れて後ろに下がり、いつしか姿を消した。
 ざわざわと動揺の広がる空間で。
 ――だが、やはり彼だけは笑っていた。


■ 不夜城奇談〜要因〜 ■

 夏の終わり。
 もう間もなく日付が変わろうという時分には夜闇を流れる風が幾分かの涼やかさを伴い、魔都と言えど緑集まる土地からは秋の虫達が楽を奏でるようになった。
 そんな夜道を、白樺夏穂は心なしか弾んだ足取りで歩いていた。
 頭の上から足先までを純白の衣に包み、左肩にはぼぅっと輪郭が浮かんで見える九尾の子。
 常日頃と変わらない姿ながらも口元が和らいでいるのは、彼女が夜の散歩を楽しんでいるからだ。
 人工的な賑やかさの一切を失った暗闇を恐れる人間は多く、それは自然なことだろうが、彼女にとってはこの静寂が心地良い。
 誰の目に触れることも、五感に感じているものを遮られることもない。
 己の思うままに在れるのが心地良いのは、それこそあたりまえのことだろう。
「――……」
 だからこそ、いま第六感に触れた異質な気配には眉を顰めた。
 左肩で九尾の子も警戒態勢を取る。
「蒼馬、待って」
 唸り声を上げようとする子に制止の言葉を掛け、夏穂は変わらぬ足取りで近くにある公園へと入った。
 気配は尾いてくる。
 一定の距離を取って、ずっと。
「…さぁ」
 自らに都合の良い位置で足を止めて振り返ると、躊躇なく声を上げる。
「何故、つけてきたの」
 彼女の警戒は九尾の子の逆立つ毛と同様、闇に潜む異質の気配を決して逃すまいというように強く辺りを見据えていた。
 しかし、その声音には起伏が無い。
 淡々と告げられる言葉は、それだけなら何の迫力も伴わない。
「出て来て。…貴方は、何者なの」
 少女の声が闇夜に響く。
 一方、返るのはしゃがれた男の声だ。
「…何者はこちらの台詞だ…」
 ぬっ…と現れた姿は、上下共に黒スーツの大柄な体躯。
 年齢は三十代半ばだろうか。
 夏穂には見覚えの無い人物だったが――。
「…良く判らぬ気配を持つ女…、おまえから匂うこの不快なものはなんだ…っ」
「匂い…?」
 自宅で育てている植物が普通でないことを知っている少女は、もしかするとそれのことかもしれないと思うが、男が言うのは別のもの。
「あの家の子供の魂を盗んだのはおまえか…っ?」
「子供…」
 そう言われて咄嗟に思い浮かぶのは、数日前に魔物に囚われていたところを彼女が解放した少年だ。
 この東京に最近になって流れ着いたと聞かされたそれは、元来、人間の負の感情に憑いて害を成すものだったが、魔都の影響で変化し、死霊を利用するようになったと説いたのは、この魔物を通じて知り合った狩人の青年達。
 不慮の事故によって家族と離れ離れになってしまった少年の寂しさを利用して失踪者を続出させた。
 目の前の男が言う“子供の魂”がそのことならば、男は闇の魔物の一味ということになる。
「おまえでないなら十二宮様の計画を邪魔しているのは何処のどいつだ…!」
「じゅうにみや…?」
「っ」
 問い返す夏穂に、男は自分の失言を察する。
 聞かれる前に自分の情報を漏らすようでは、その能力もたかが知れている。
 少女は決めた。
 死霊までも利用する彼らの計画が、この世界に取って良いものであるはずがなく、それが自分の、家族の生活を脅かすものならば放ってはおけない。
「十二宮とは何者なの」
「っ、お、おまえなんぞに話すことは何もない!」
 突如、男の指先に突出した刃は鋭利な爪。
 それを闇夜に煌めかせて突進してくる敵意に、瞬時に応戦したのは九尾の子だ。
「蒼馬!」
 主を守るべく巨大化し、男の視界を遮る。
 次いで夏穂は扇子を取り出して呪を呟き一振り、生じるは炎。
 九尾の子はそれを尾に纏い、散らした。
「!!」
 足元に炎が広がり、男は慌てて退く。
(熱さを感じている…)
 その態度から効果を確信した夏穂は更に攻撃を加えた。
 風の刃に水の鎖。
 男を捕らえ、後方、樹の幹に縛り付ける。
「うぉっ…!?」
「…子供だと思って甘く見ていたの…?」
 捕らえた事に関してはともかく、そのあまりのあっけなさに手を抜かれたのかと眉を顰めたが、男は上気させた顔で声を荒げる。
「何が子供だっ、おまえみたいな子供がいてたまるか!」
 そういえば外見に関してはあの狩人も驚いていたな…と頭の片隅に思い出す夏穂に、男の文句は続いた。
「強い能力者ならそうだと言え卑怯者が!」
 非常に無茶苦茶である。
「…貴方、悪者には向いていないと思うわ…」
 本心から告げれば更に顔を赤くして男は怒鳴る。
 もはや自棄になっているかのごとく次々と口を割った。
「おまえのせいで、十二宮様の計画は一からやり直しになったんだ! あの家の子供の魂を盗んだのはおまえなんだろう!? あの方が、この東京から悪しき者を消し去ろうとなさって計画されたものをおまえが邪魔したんだ!」
「悪を…消し去る…?」
 夏穂は軽く目を瞠る。
 相手の発言があまりにも不可解だったからだ。
「おまえもいつか必ず思い知る! あの黒い靄の特性も知らずに正義の味方気取りの愚かな人間…っ…この魔都を救うのは十二宮様をおいて他にはない!」
「靄の特性…?」
「あれの負の感情に対する敏感さは異常だ」
 それ固体では何の力も持たない黒い靄。
 だが負の感情を持つ人間に憑き、それを糧とした時、靄は魔物として計り知れない力を得る。
「あれを巧く利用すればこの魔都の…いや…っ…世界の負の感情が一掃されるんだ!」
 男は断言する。
 その力強さには一片の迷いも無い。
「十二宮様こそが世界をお救いになるんだ!!」
「っ」
 叫んだ男は夏穂によって生み出された水の鎖を力技で砕こうとした。
 蒼馬が舞い飛び、主を背後に庇う。
「十二宮様こそが正義だぁあああっ!!」
 その動作は、これまでとは比べ物にならない俊敏さと、強烈さ。
「くたばれ!!」
 空高く飛翔し、街灯の明かりに鋭利な爪先が光る。
「あの距離なら…」
 夏穂は蒼馬をその場に止まらせ、距離を取ると両腕を空に向けて構えた。
「…“月弓”」
 呟く。
 その声は大気を揺らした。
 空間が捩じ切られるように形を得て一つの輪郭を描く。
 三日月を思わせる銀の弓は、武器というよりも美術品のように繊細かつ華麗な造りをしており、彼女の手にあって神々しい輝きを帯び少女自身をも包み行く。
「…我の出番か…」
 その言葉と共に笑む表情には、この局面を楽しむ色。
 矢みち弦みち。
 照準は男の心臓。
「容赦はせぬぞ」
 決して逃さないという思いに呼応して、やはり何処から生じた矢は放たれる。
「ぐぁあっ…!」
 矢は射抜く、狙いを正確に。
 だが。
「く…っ…愚かなり!」
「ほう…?」
 胸に刺さった矢を強引に抜いて叫ぶ男の傷口から噴き出すのは、血ではなく黒い靄。
 あの、闇の魔物。
「おまえの能力で俺は倒せん!」
 男が再び爪先を向けて来る。
 彼女も再び矢を構える、その直後。
「では僕達の能力なら如何ですか?」
「!?」
「そなたら…」
 空中に現れたのは深緑色の刃、緑光だ。
 夏穂のつけた傷口にそれを刺し込み、両断。
「ぐあああああああっ!」
 噴き出す靄は、しかしその場で次々と炎上する。
 少女の隣に現れた影見河夕の仕業だ。
「くそぉっ…クソ…っ…ウオォォォッ……!」
 絶叫と共に炎に巻き込まれて行く男は、後に奇妙な球体一つを残して落ち消えた。


 ***


「大丈夫ですか、夏穂さん」
 男が消える間際に落とした黒い球体を、地面から拾い上げる少女に声を掛けてきた光は、だが弓を手に、これまでと異なる雰囲気を醸し出す相手に小首を傾げる。
 左肩には普段の大きさに戻った蒼馬の薄青の輪郭が浮かび上がらせ、闇夜に鮮やかな純白の衣装。
 人違いとはとても思えないのだが。
「あの…失礼ですが、白樺夏穂さんですよね…?」
「そなたら、夏穂の知人か」
「は?」
 聞き返してくるのは河夕。
 少女は軽く笑った。
 夏穂にあって彼女に非ず。
 それはもう一つの存在。
「ふむ…、悪いものではないようだな。我は月弓、詳しい話は夏穂本人に聞くが良い」
 言いながら手にした黒い球体を光に手渡す。
「ではな。いずれ機会があればまたまみえようぞ」
「えっ…」
「おい?」
 驚いて聞き返す狩人達を取り残し、瞳を伏せると同時に手の中の弓が消えた。
 一瞬の沈黙。
 そして、再会。
「…貴方達…いつから此処に…?」
「――」
 河夕と光を順に見遣り、夏穂はぽつりと呟いた。
 空を見上げ、辺りを確かめ、先ほどまで対していた男の姿が無いことを知って自ら納得する。
「…そう…月弓が出ていたのね…」
「ちょっと待て…っ」
 自己完結した夏穂に、河夕は慌てて口を切る。
「月弓って誰だ、いまのもおまえだろ!?」
「…さぁ…これでも人格は三重あるから…。別に不便でもないけどね…」
 相変わらずの淡々とした言葉に、しかし今回ばかりは河夕も何かを言わねばと言葉を探した。
 光も同様、自分の頭の中を整理しようと必死だったのだが。
「ぁっ…」
 夏穂と河夕が話している最中だった。
 光が驚きの声を上げて手にしていた黒い球体を遠ざける。
「河夕さん、夏穂さん、伏せて!」
「!?」
「なっ…」
 声と同時にそれは暴発した。
「…………っ!!」
 強大な風に煽られて、夏穂も、狩人達も、腕で顔を覆い、その場に踏み止まるのが精一杯だった。
 時に肌を掠めて行くのは割れた球体の欠片か、大地の小石か。
「…なにが…っ」
 ようやく風が弱まってきたのを確認して目を開けた。
 その視界に。

 ――…君達が魔物の宿敵か……

 靄が人を象り、口をきく。
「…っ…あなたが…“じゅうにみや”…?」
「じゅうにみや?」
「夏穂さん、それは一体…」
 それぞれの問い掛けに人を象ったそれの口元が弧を描き、瞳とは思えない瞳が少女を見遣った。

 ――……なるほど…、君のように不可思議な少女までいるとはね……

 それきり質問には答えることなく、声は意味深な言葉を残して消えて行く。

 ――…もう間もなく…皆さんを楽しいショーに御招待しますよ………
 ――…それはそれは楽しい…人間ショーに……
 ――…人間の感情とは…脆くも遊び甲斐のある玩具ですからね……

 その意味深な言葉を残し、消える。
「待っ…!」
 河夕の制止の声も届かない。
 残るは暴発して欠片となった黒い球体と、不気味な静寂。
「夏穂さん、じゅうにみやとは一体なんですか」
「さっきの男、あれから何か情報を得たのか?」
 聞いて来る狩人達に夏穂はゆっくりと頷いた。
 隠す必要などない。
 むしろ全てを伝えなければ先は見えない。

 人間の感情を弄ぼうという敵の計画の始動を、夏穂とて黙って待つつもりはないのだから――……。




 ―了―

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【登場人物】
・7182 / 白樺・夏穂様 / 女性 / 12歳 / 学生・スナイパー /

【ライター通信】
こんにちは、不夜城奇談〜要因〜へのご参加ありがとうございました。
また夏穂嬢を書かせて頂けてとても楽しかったです。
今回初登場となりました月弓さんの雰囲気や、別人格へのチェンジなど、イメージに合う描写となっていることを願っています。
そしてお礼のお食事は、機会を頂ければ次回必ず!

リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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