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■不夜城奇談〜邂逅〜■

月原みなみ
【6589】【伊葉・勇輔】【東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫】
 人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
 どこから生じるのか知る者はない。
 だが、それらを滅するものはいる。
 闇狩。
 始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。

 そして現在、一二八代影主は東京に在た――。

 ***

「一体、此処はどうなっているんだ!」
 怒気を孕んだ声音にも隠し様のない疲れを滲ませて、影見河夕は指通りの良い漆黒の髪を掻き乱した。
 一流の細工師に彫らせたかのごとく繊細で優美に整った顔も、いまは不機嫌を露にしており、普段の彼からは想像も出来ない苛立った様子に、傍に控えている緑光は軽い息を吐いた。
 王に落ち着いて欲しいと思う一方、これも仕方が無いという気はする。
 何せこの街、東京が予想以上に摩訶不思議な土地であることを、時間が経つにつれて思い知らされたからだ。
「歩いてりゃ人間とは思えない連中に遭遇するわ、うっかり裏路地に入れば異世界の戸にぶつかるわ…っ…」
「…それも東京の、この人の多さに埋もれて隠されてしまうんでしょうね」
 告げ、光は周囲を見渡した。
 自分達が討伐すべき魔物の気配も確かに感じられるのに、それすら森の奥深くに見え隠れする影のように存在を明らかにしないのだ。
「悔しいですが、…これは僕達だけの手では掴みきれませんよ」
「クソッ」
 忌々しげに吐き捨てる河夕と、こちらも欧州の気品溢れる騎士を連想させる凛とした美貌を苦渋に歪めた光が再び息を吐いた。


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

 魔都、東京。
 人工およそ千三百万人。
 日本国民の一割が、国土にして一パーセントにも満たない土地に集まっているのだから奇妙な話である。
「まったく本気か冗談か判んねぇ街だよ東京は」
 呆れるのにも近い吐息と共に呟くと、伊葉勇輔は終わりのない車の行き来を眺めていた歩道橋の上を移動し、軽い足取りで階段を下りていく。
 取り出した箱から煙草を一本。
 しかし此処ではまずいかと、近くの公園に寄り道した。
 ベンチを目の前に火をつけようとしたのだが、どのポケットにもライターが見当たらない。
「…ンだ、どっかで落としたか?」
 自問しても答えは出ない。
 さてどうしたものかと周囲を見遣った、その時だった。
「――何でこんな場所に、こんな多くの人間が集まるんだ」
「逆ですよ、河夕(かわゆ)さん。これほど多くの人間が集まるから、こういう土地になるんです」
 勇輔が寄った公園は、さほど広いものではない。
 だが子供が三十人集まっても困らないだろう数の遊具や広場は設けられており、付き添いの大人が寝転がれる芝もある。
 その芝の奥に立ち並ぶ木々の合間から、こちらに近付いてくる声は、意図せず勇輔の耳に入ってきた。
「何でもいいが…参ったな…。これじゃあ下手に十君(じっくん)を呼び寄せても逆に探り難くなるだろう」
「ええ。せめて魔物の片鱗くらいは掴んでからでないと…」
 普通であれば不審極まりない単語の数々に、だが勇輔は火のついていない煙草を咥えながら、その唇に弧を描く。
 率直に面白いと思った。
「悪ぃ」
 芝から出てベンチに座り込んだ彼らに近付きながら声を掛ける。
「煙草の火、貸してくれ」
「火、ですか」
 最初に答えのは栗色の髪を持つハーフらしい顔立ちをした青年。
「悪いが貸せる火はない」
 先ほどの会話からして、虫の居所が悪そうな漆黒の髪の青年が冷淡な物言いで突き放そうとしてくる。
 それが更に勇輔を楽しませるとも知らずに。
「別にライターの火じゃなくても構わないんだが」
「…どういう意味ですか」
「おまえさん達なら火を生むことも出来そうだからさ」
 告げる彼に二人が目を見開く。
 勇輔は笑う。
「俺は東京が好きでね。この都に良くないモンは見過ごせないんだ――おまえ達が探している魔物とやら、俺なら知っているかもしれないよ」
 そうして向けられた驚きの顔は勇輔を満足させるに充分なものだった。


 ■

 勇輔が声を掛けた青年二人は闇狩(やみがり)と呼ばれる一族の狩人で、漆黒の髪が影見河夕(かげみ・かわゆ)、栗色の髪が緑光(みどり・ひかる)と名乗り、狩ろうとしているものを“闇の魔物”と呼んだ。
 これは従来、人間の負の感情に憑いてその肉体を乗っ取り、悪事を働くらしいのだが、この東京に流れ着いて以降、何らかの原因で変異し、その気配を絶ちながら人間に害を成しているようだと彼らは語る。
 この辺りに微かだが邪気を感じるものの、その先が見分けられない。
 どこかで失踪者が続出していないかと尋ねられれば、勇輔には思い当たる件が一つあった。
 彼の表の職務の内にも聞いたが、それ以上に、裏で聞かされた話の方が興味深い。
 今だかつて前例のない異変。
 得体の知れぬ存在が関わっているようだと。
「わかった」
 己の運の良さを自ら称えつつ「じゃあ、案内するわ」とあっさり了承してみせれば、二人は更に驚いた様子。
「あんた何者だ?」とかえって疑いを掛けられてしまった。
 その態度から、彼らもまた悪しき者には容赦しないようだと察する。
 ならば敵にはなりえない。
「“遊び人の勇さん”とでも呼んでくれ」
 警戒は不要と判断し、飄々と彼らを先導し始めた。
 その背後。
「…“遊び人”って前に何かで聞いたな…」
「確か岬君の家で拝見した時代劇ですよ…日本の昔話のような…確かお奉行様の通称でしたね…」
 真剣な声音で語り合う二人に、思わず吹きそうになる。
 どうやらこの国――否、地球そのものの知識が些か欠けているのだろう。
 それでは魔物の行方も捜し難かろうと、勇輔は案内がてら東京の予備知識など話して聞かせてやることにしたのだった。


 しばらく歩いている内、彼らは工業団地の一角に辿り着いていた。
 ここ最近、この先の倉庫で仕事をしていた従業員が次々と失踪しており、警察だけでなく様々な機関や人種が捜査したものの原因は全くの不明。
 そればかりか調査を担当した者までが失踪してしまい、現在は完全に立ち入りを禁じられていた。
「東京での探し物は歩いて見つけるのが筋だ」
「歩いて、ですか」
「情報を得ようと思えば何処からでも手に入るのが今の世の中だが、実際に確かめてみなければ嘘か真かは知れない。答えだけを見つけても無駄だ、そこに行き着くまでの確固たる道筋がなければ、それは真実、探し物を見つけたことにはならないからな」
「…つまり、ただ案内されるだけでは、真実、僕達の追う魔物かどうかは判らない、と?」
「別物でも勘弁しろよ」
「それで貴方を責めるつもりは毛頭ありません」
 ここまでの道案内だけでなく、いろいろな知識を与えてくれる勇輔に、こちらも警戒は解いて良さそうだと判断した光が微笑んで返せば、その隣の河夕が微笑。
「それに、どうやらあんたの予測は当たったようだ」
「へぇ?」
「追っていたものが分離したらしい…大きさはたいしたことないが間違い無く奴等だ」
 その表情に鋭さを帯びながら彼の言葉は続く。
「…やはり変化しているな…人間に憑いたわけではなさそうだ」
「これは工場そのものに…? あの倉庫はしばらく使われていなかったんですか?」
「古くなり過ぎたんで、近々改装するという話は聞いていたが」
 勇輔が答えると、狩人達の瞳が変わる。
「なるほど…倉庫そのものに染み込んでいた人間の思念に憑いたってところか…」
「まったくもって謎の多い都ですねぇ」
 言いながらも、彼らの気配が次第に緊張感を伴い、いわゆる戦闘態勢へと変化していくのが勇輔の第六感にも感じられた。
 同時に、倉庫からも漂い始める異質な気配。
 狩人の気に応えたのだろうか。
 問題の倉庫を目の前に(なるほど…)と理解しつつ足を止めると、その横を狩人達が通り抜ける。
「此処からは俺達が引き受ける」
「ああ。俺、喧嘩弱いし頼むわ」
 あっさりと退けば、河夕が僅かに目を瞠り、光が失笑。
「ご冗談を。この邪気を前にしての、その覇気……、僕達の出番がなくなるのではと懸念するほどですが」
「まぁ、見物人の安否は気にしないでいいが」
 そう嘯けば狩人もそれ以上の追及はしない。
「ありがとうございました」
「感謝する」
 直後、二人は空を駆けた。
 勇輔はしばらくその場に止まり、狩人と、そして魔物の気配を探る。
 警察が原因を突き止められなかった時点で、失踪事件の捜査権は現実世界の管轄を離れて裏の組織へと回された。
 だがそこでも原因不明とされた人間の失踪。
 敵の正体を見たという報せも幾つかはあったが、どんな武器も、術も、通用しないと
いう報告を最後に犠牲となった者は数多い。
「“闇狩”か…」
 低く呟く口元に薄い笑み。
 不意に、足元に転がってきたのは黒い靄だった。
 気体のように見えて、だが意思を持つ生物のように蠢く物体。
 今までに見た事の無い、感じたことの無い邪気。
「おまえさんが“闇の魔物”か…」
 直後、勇輔の足元には不可思議な輝きが円陣を描く。
「破ッ」
 一瞬の風撃。
 蹴散らされる黒い靄。
「…なるほど原因不明か」
 靄は消えたが、倒したわけではない。
 吹き飛ばされたに過ぎない。
「また厄介なものが流れ着いたもんだな…」
 その言葉とは裏腹に、火のつかない煙草を咥えた口元は緩やかな弧を描いていた。


 ■

「お疲れ」
 倉庫から出てきた狩人に声を掛けると、二人は意外そうな顔で応える。
「…まさか待っているとは思わなかったが」
「とても暇を持て余す遊び人さんには見えないのですけどね」
 苦笑と共に言ってくるのは光だ。
「あぁ。俺も実は割りと忙しい身の上なんだが、一つ言い忘れていてな」
「言い忘れ?」
 問い返してくる河夕に、勇輔は片手を差し出す。
「ようこそ東京へ」
「――」
「魔都は君達を歓迎するよ。なんせ東京自体がでっけぇ化けモンだしな」
 最初は驚いた様子の狩人達だったが、その言葉の意味するところを察したらしく彼らも微笑う。
 差し出された手に手を重ね、その存在を受け入れる。
「もし我々の力が必要と思われた時にはここに連絡を。いつでも駆けつけます」
 九桁の電話番号は光の携帯のもの。
 闇の魔物に対抗出来るのは闇狩一族の力のみ、それが自分達の存在意義だと語った彼らなら、必ずやその約束を守るだろう。
「あの建物が見えるか」
 遥か遠く、高層ビルの群集の中に向けて勇輔が指差すのは都庁だが、この世界の政に疎い彼らには都庁と言っても伝わるとは思えず、更に、自分の役職を告げたところで大したリアクションも見せはすまい。
 それならそれで構わない。
「俺に会いたきゃ、あそこにいる」
「立派な建物ですね」
「あぁ、見た目はな。気が向いたら遊びに来くるといい」
「ありがとうございます」
 光からの謝辞を最後に、勇輔は片手を振って背を向けた。
 その、別れ際。
「――そうだ、まだ火ぃ要るか?」
 河夕からの言葉。
 勇輔が口に咥えたままの煙草。
「あぁ」
 応えた直後に火が灯る。
 何の術も呪もなく、空気が弾けるような音とともに、熱が。

 彼らは笑みを交わした。
 再びまみえる日もそう遠くはないだろうことを、密かに予感しながら――……。




 ―了―

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【登場人物】
・6589 / 伊葉・勇輔様 / 男性 / 36歳 / 東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫ /

【ライター通信】
こんにちは、初めまして。
「不夜城奇談〜邂逅〜」へのご参加、また狩人達との縁を結んで下さいましたことを心から感謝しますと共に、少しでも楽しんで頂ける物語をお届け出来ている事を願っています。

リテイク等、不備がございましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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