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■不夜城奇談〜邂逅〜■

月原みなみ
【7224】【杉沢・椎名】【学生・蜘蛛師【情報科&破壊科】】
 人間の負の感情を糧とし、人身を己が物とする闇の魔物。
 どこから生じるのか知る者はない。
 だが、それらを滅するものはいる。
 闇狩。
 始祖より魔物討伐の使命を背負わされた一族は、王・影主の名の下に敵を討つ。

 そして現在、一二八代影主は東京に在た――。

 ***

「一体、此処はどうなっているんだ!」
 怒気を孕んだ声音にも隠し様のない疲れを滲ませて、影見河夕は指通りの良い漆黒の髪を掻き乱した。
 一流の細工師に彫らせたかのごとく繊細で優美に整った顔も、いまは不機嫌を露にしており、普段の彼からは想像も出来ない苛立った様子に、傍に控えている緑光は軽い息を吐いた。
 王に落ち着いて欲しいと思う一方、これも仕方が無いという気はする。
 何せこの街、東京が予想以上に摩訶不思議な土地であることを、時間が経つにつれて思い知らされたからだ。
「歩いてりゃ人間とは思えない連中に遭遇するわ、うっかり裏路地に入れば異世界の戸にぶつかるわ…っ…」
「…それも東京の、この人の多さに埋もれて隠されてしまうんでしょうね」
 告げ、光は周囲を見渡した。
 自分達が討伐すべき魔物の気配も確かに感じられるのに、それすら森の奥深くに見え隠れする影のように存在を明らかにしないのだ。
「悔しいですが、…これは僕達だけの手では掴みきれませんよ」
「クソッ」
 忌々しげに吐き捨てる河夕と、こちらも欧州の気品溢れる騎士を連想させる凛とした美貌を苦渋に歪めた光が再び息を吐いた。


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

「失踪者?」
 知人から聞かされた話に思わずそんな単語を聞き返したのは、まだ幼い、十二歳の少年である。
 杉沢椎名という名の彼は、外観に反することなく小学校に通う学生だが、秋の穂を思わせる金の髪は少なからず彼を大人びさせ、長めの前髪の奥に見え隠れする瞳はオッドアイ。
 藍と金、異なる色は少年に不可思議な雰囲気を纏わせていた。
 そんな椎名が頻繁に出入りするのが此処、――ある種の特殊能力を有効的に活用すべく知る人ぞ知る商処。
 蜘蛛師のたまり場であり、ここに居るのは彼自身も仲間であるからに他ならず。
「それ何ナニ、失踪者ってどういうこと?」
 不穏な単語を陽気に紡ぎながら問い重ねる少年に、その話をして聞かせた男は眉を寄せた。
 彼もまた蜘蛛師であり、更に人外という注釈が必要なのだが、それにしても「口が滑った」とは言い訳に過ぎず、失言も甚だしいという自覚はある。
「シーナ、今のは忘れろ。おまえにゃまだ早い」
「えーっ? せっかく面白そうな話だと思ったのに」
「全然楽しい話じゃねぇよ。マジでヤバイ話なんだっつーの」
 周囲で話に参加していた他の蜘蛛師にも釘を刺されて少年は不満顔。
「じゃあ首は突っ込まないから話くらい聞かせてよ。シーナだって情報屋だよ、知るくらいイイよね?」
 しつこく食い下がれば、仲間達も「まぁ情報くらいならな…」と不承不承ながらも口を割った。
 曰く、ここ最近になって東京の至る所で失踪者が続出している。
 警察も懸命に調査しているが、どの失踪者も自ら消息を絶っている節があって捜査は難攻。怪異の類かと地下組織やその他大勢の術者達も乗り出しているが、奇妙なほど何者にも手掛かり一つ掴めないという。
「へぇ、誰にも?」
 目を輝かせて身を乗り出してくる少年に、蜘蛛師仲間達は(マズイ…)と気付く。
 だが時既に遅し。
 誰にも手掛かり一つ掴めない失踪事件と聞いて、好奇心旺盛な少年が素直に引くはずがない。
「シーナ、そこへ調査行って来まーす!」
「待っ…!」
「シーナ!」
 仲間達の制止など、もはや耳には届かない。
 少年の指先から放たれた糸は、その場所に本人以外の目には決して触れない扉を生じさせた。
 扉と言っても開閉する必要はなく、そこを潜れば、出口は目的地。
「あのガキッ…」
「相変わらず鮮やかな転移術だな…」
「感心している場合かっ」
「あのIO2だって犠牲者が出てるって噂のヤマだぞ!?」
「まぁ…シーナもあれで優秀な蜘蛛師だ…そう易々とくたばりはしないだろうが…」
 たまり場に残された仲間達は、好奇心旺盛な少年を思いながら一様に深い溜息をつくのだった。


 ■

 仲間達に見送られたつもりで失踪があったという場所まで瞬時に移動して来た少年は周囲を見渡し、まずは近隣の情報集めだと動き出した。
 様々な術者達が探っても掴めなかった手掛かりならば、人間に聞いて回ったところで大した収穫はないだろう。
 その点、蜘蛛師である椎名には彼固有の情報網がある。
 その名の通り、蜘蛛達だ。
 都会には数少ない土の地面を歩き、足元に感じられるささやかな気配を頼りに蜘蛛を見つけ話しかける。
 近頃、この辺りで起きた失踪事件。
 被害者達が通った道や、その時の姿、格好、もしかすると同行していた不審者がいなかったかどうか。
 しかし十、二十と数を重ねて同じ質問を繰り返しても、有力な情報は何一つ得られない。
 さすがに今までどんな術者にも尻尾を掴ませない事件なだけはある。
「んー…」
 椎名は不満そうな表情を浮かべた。
 と、その時に話を聞いていた蜘蛛が思い出したように声を届けてくる。
 失踪事件とは関わり無いと思うが、奇妙な気配ならば覚えがあると。
「奇妙な気配?」
 聞き返せば、指先に乗る程度の小さな蜘蛛は続ける。
 ここ数日、周囲の木々が騒がしい古びた家屋。
 人に忘れられて久しい木造の家は風など吹いていないのに不気味な音を立てて揺れ、時には近くを通った人間の生気を吸い取ってしまうという。
 その場で倒れた人々は、同じく通り掛かった住民の通報によって病院に運ばれたが、現在も意識不明の昏睡状態が続いているという。
「それは奇妙な話だね…、ありがとう!」
 少年は早速と指先から糸を放つ。
 二度目の転移術。
 目的地は当然、その木造家屋。
 距離はそれ程ないけれど時間を無駄には使いたくなかった。
 だが、そうして潜ろうとした矢先。
「この辺りのはずなんだが…」
 若い男の苛立ちを含んだ声が聞こえた。
「魔物の気配は確かに感じられるんですけどね」
 もう一つ、別の若い男の声。
 その内容に興味を引かれた椎名は、近くの木に登って彼らの姿を見遣る。
 一人は漆黒の髪に、全てを見透かすような不思議な色の瞳を持つ青年。
 もう一人は異国の雰囲気を漂わせる風貌の栗色の髪の青年。
「河夕(かわゆ)さん、少し休んで気を落ち着けてから改めて探してみませんか」
 栗色の髪の青年が、漆黒の髪の青年をそう呼ぶ。
「一息つくか…光(ひかる)、何か買って来い」
「仰せの通りに」
 微笑と共に返して、近所のコンビ二に向かうのだろうか。
 光と呼んだ青年を見送って、河夕は近くの公園に入り、そのベンチに腰を下ろした。
(…あの二人の気配も、なんかビミョー…?)
 椎名は興味津々に、指先から放つ糸を使って枝から枝へ素早く移動した。
 しばらくして戻ってきた光の手には軽い食事と飲み物。
 それらを口にしながら交わされる彼らの話を聞いていれば、非常に興味深いものばかりだった。
 彼らは追っている相手を“闇の魔物”と呼び、東京に入ってから確実に変化していると語った。
 負の感情を持つ人間に憑くはずのものが、人に憑かない。
 従来の理を外れたが故に探し難くなっている気配。
「変化した連中が憑くのは人間の残留思念か…?」
「ここ数日間の現象から考えれば、そうでしょうね…。そこは変化しても、必要とするのはやはり人間の生気のようですし」
(人間の生気…)
 光の言葉に、椎名は蜘蛛の言葉を思い出す。
 人に忘れられて久しい木造家屋。
 その前を通った人々が次々と倒れて昏睡状態に陥っている。
(それって、あの人達が言っている魔物の仕業…?)
 そう思うとわくわくして来る。
 ここは巧く彼らを誘導して問題の木造家屋に向かわせようと考えた、と。
「うわっ」
 不意の現象に足元が揺らぐ。
 空を仰げば陽が沈みきった直後。
(時間見てなかったーっ)
 ドスンっと音を立てて地面に落下した椎名に、話をしていた彼らも驚いて振り返る。
 だが、少年の突然の登場に加えて、更に驚きの現象が彼らの眼前で起きていた。
「なっ…」
「そんな…!」
 木から落ちた椎名は、陽の沈みきった空の下で、その体を成長させていたのだ。
 実年齢相応の幼い体躯が、今は十代後半の、大人と呼ぶには未成熟な身体つきに変化し、その風貌からは子供の愛らしさが抜け落ちて精悍な雰囲気を新たに醸し出す。
「…しまった」
 口調や声の音域までもガラリと変えて呟く。
「おまえ何者だ…っ?」
 驚きの表情で聞いてきたのは河夕。
 その傍では、光も目を瞬かせている。
 椎名はしばらく黙って彼らを見遣り。
「……あんた達が探している魔物、たぶん知っている」
「は?」
「君は…」
 三者三様の表情の下、椎名は日中のシーナに一つ呆れた息を吐いた。


 ■

 最初こそ不審な目を向けて来た男達だったが、椎名が木造家屋の異変を話すと黙って聞き、それは間違いなさそうだと現場までの案内を頼んできた。
 影見河夕(かげみ・かわゆ)と緑光(みどり・ひかる)、そう名乗った二人は椎名と同様に自らの素性を話すことはなかったけれど、魔物の所業に対して見せた苛立ちに偽りは感じられず、とりあえず敵でないことだけは確認出来たように思う。
「付いて来い」
 椎名が先導するのを、狩人達は素直に聞き入れた。
 そうして辿り着いた木造家屋の前で、二人は椎名が「ここだ」と言う以前にその足を止めていた。
「…ここも変異型か…」
「今までの状況から察するに、最後にこの家に住んでいた人間の残留思念に悪いものが混じっていたというところでしょうか」
「……最後の住人は夜逃げしたと聞いた」
 椎名ががポツリと告げると、青年達は納得したように頷いて見せた。
「それで決まりですね」
「ったく、厄介な変化しやがって…」
 すっかり暗くなった辺りに河夕の低い声が響く。
「光、結界を」
「御意」
 返す応えは、主への言葉。
(この二人、主従なのか…)
 椎名が胸中に呟く間にも光の空に広げた手の平が深緑色の輝きを帯び始めていた。
 それは次第に深みを増して宙を舞い、問題の家屋を包み込む。
 更に、それらを見ていた河夕の手には日本刀が握られていた。
 鞘から抜かれた刀身が帯びるのは白銀の輝き。
 現実の物ではない。
 力を武器に変え、凝縮させた能力で日本刀を象らせているのだ。
「どうぞ、河夕さん」
 結界を張り終え、家屋を下から上まで深緑色の光帯に包んだ光が声を掛けると、河夕はその間近、家屋の門扉に手の届く位置まで歩み寄ると、足元の地面に刀を突き刺す。
「…頼むから壊れるなよ」
 どこか情けなくも取れる言葉。
「壊してしまったら即逃げましょう」
 苦笑交じりに光が言う。
 そうして、一瞬の能力の解放。
「………っ!」
 深緑の向こうに白銀の輝き。
 いまだかつて感じたことの無い力の波動が辺りに吹き抜け、椎名の髪を揺らした風には春のような温もり。
 それはほんのわずかな時間でしかなかったけれど、疑いようも無い。
 魔物は滅せられた。
 後に残るのは、静寂に包まれた古き木造家屋、ただそれだけだった。


 ■

 すっかり穢れの祓われた家屋を前に狩人は語る。
 この家に生気を吸い取られていた人間も、根源が絶たれたいま、時間が経てば意識を回復させるだろうと。
 そして自分達が結界を張って行くから新たな魔物が侵入する心配はないとも。
「…あんた達、何者だ」
 低い問い掛けに、彼らは笑う。
「僕達としては目の前で成長された君の方が不思議なんですがね」
「おまえも特殊な能力を持っているらしいが、さっきの魔物には手を出すなよ。あれをどうにか出来るのは俺達だけだからな」
 言われて思い出すのは、昼間に聞いた蜘蛛師仲間達の話だ。
 どんな組織も、術者も、尻尾すら掴めないという失踪事件。
 今回のこれは失踪事件とは別物だったけれど、今までに感じたことのない邪気と、彼らの能力。
 もしもこれが同じ魔物の仕業だとしたら…?
「…おまえ達、何者なんだ」
 同じ問いを繰り返す椎名に、彼らは顔を見合わせ、微笑った。
「俺達は闇狩だ」
「やみがり…?」
「機会があれば、またお会いしましょう。今日はありがとうございました」
 光が言い終えるとほぼ同時、二人の姿はその場から消えていた。
 まるで風に吹き消された炎のように、跡形も無く。
「…闇狩…」
 一人残された椎名は教えられた名を呟きながら、闇に覆われた空を仰ぐ。
 おそらく近い内に再びまみえるだろう。
 自分が、謎の失踪事件を追い続けていれば、いつか確実に、彼らに――……。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
・ 7224 / 杉沢・椎名様 / 男性 / 12歳 / 学生・蜘蛛師【情報科&破壊科】 /


■ ライター通信 ■
こんにちは、初めまして。
今回は狩人達との縁を結んでくださりありがとうございます。
今回の物語は如何でしたでしょうか。
PL様のイメージを崩さない描写が出来ていればよいのですが…。

何かありましたらリテイク等でお知らせ下さい。誠心誠意、対応させて頂きます。
それでは再び狩人達とお会い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝
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