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■Dice Bible ―cinci―■

ともやいずみ
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
 ダイスには「知覚範囲」というものがある。『敵』が出現すれば感知できる自分の領域のことだ。
(ん?)
 『敵』の気配に気づいて意識が浮上したが、行方がわからなくなる。
(隠れた……?)
 では、相手はこちらを察知したのだ。
 遅かれ早かれこういう事態になることはわかっていた。わかっていたくせに……。
 できるなら、ぎりぎりまで粘ってから敵を殲滅に向かいたい。ただでさえ自分の消費は激しいのだ。
(相当頭が回るということですか……。ならば、人間の情報網はどれも信用できないということですね)
 まあいい。自分が出ればいいのだ。今までと変わりはしない。
Dice Bible ―cinci―



 必要ない、と言われてしまった。
(そう言うなら口にしないけど……。感謝がいらない、か……)
 夜神潤は頬杖をつく。
 アリサに指摘されて気づいたこと……それは、彼女が自分を人間にしたということだ。だがそれは、潤にとっては結果に過ぎない。
(特別なことされてなくても、俺にとってはアリサは存在してくれる事が嬉しいんだけど)
 彼女が彼女として生きていく中で、潤の感情が動かされる瞬間というのは確かにある。
 アリサが窓から無事に戻って来た時も、その瞬間の一つだ。まぁ窓から、というのがちょっと困るが。
 本当になんでもない、些細なことだ。戻って来たのがアリサだから感情が動く。それはとても身勝手で、一方的な感情だ。
 けれどもそう思ってしまうのだから仕方がない。
 テレビを眺めていた潤は目を細める。
 たいしたニュースはない。普通の事件ばかりだ。
 最近は車を使って遠出している。200歳以上生きている潤ではあるが、免許証の年齢は「アイドルとして生活している今の自分」のものだ。実年齢で取れるわけがない。免許を取るために用意した書類も大半が嘘だ。
 遠出をするのは理由がきちんとある。最近は年配の人からも話し掛けてもらえることが多いので、流れで世間話をするのだ。
 敵に関することや、ヒントになることがわかったら、色んなところに行ってみようと思う。とはいえ、仕事優先なので、それ以外での時間でのことだ。
「ミスター・ヤガミ」
 背後から声をかけられる。座ってテレビを観ていた潤は、振り仰いだ。立っているアリサは、一体いつの間に本から出てきたのだろうか?
「敵? アリサ」
「……そうですが、敵の気配が……消えました」
 言い難そうにしつつ、彼女はそう告げる。潤にはわけがわからない。
「消えたって?」
「気配を隠したか……」
 アリサはそのまま口ごもる。考え込むように厳しい表情だ。
「とりあえず感じていた地点まで行ってきます。あなたはここに居るように」
「車とか出すよ?」
 潤のセリフに彼女は動きを止め、首を傾げた。
「車を所持しているのですか。お金持ちですね」
「え? そうかな」
「マンションの家賃、光熱費、食費だけでも一人暮らしは大変なものでは? それに加えて車などと……維持費もかなりかかるでしょうし」
「……やけに詳しいね」
 意外だ。超人のようなアリサから、こんな細かいコメントが聞けるとは。
「車は結構。自分より遅いものに乗る必要はありません」
 そう言うや、彼女は颯爽と窓の外に出て行ってしまった。
 置いていかれた潤は瞬きする。
「……相変わらずというか。せっかちなのかな、アリサは」



 建物の上を跳躍しながらアリサは顔をしかめる。
(気配を消した……。最悪な予想が当たらなければいいですが)
 場合によっては最悪を想定しなければならない。だとすれば……。
 不安が胸に掠めた。

「ここ……ですか」
 アリサは広い公園を見回した。本の中で感じたのはこの辺りのはずだ。
 残滓を感じる。
 ついさっきまでは確かにここに居たはずだ。なのになぜ居ない? 移動したのか?
 ……アリサは息を呑んだ。
 暗闇からこちらを見ている者がいる。それがナニかを、理解した。
 こんなところで、と正直思う。どうしてこんな時に、とも思う。そして…………自分の予想が、最悪の予想が当たったのを理解した。
「なあ、なんでそんなに弱ってるんだ?」
 闇の中から軽く声をかけられた。アリサは周囲を警戒しながらうかがう。
「当ててみせようか?」
「隠れていないで出てくればいいでしょう」
 静かに言うと、公園に植えられていた木々の間から男が出てきた。
 長い黒髪は地面に届いている。いや、地面に少し広がっている。褐色の肌の、外見が二十歳前後の青年だ。黒の拘束衣というのが不気味ではあるが、似合っている。
 前髪さえも長いためか、目がこちらからは見えない。顔もほとんど隠れたようになっている。
「そんなツンツンすんなよ。今のオレはあんたを攻撃する気はねぇからよ」
「……それを信用しろとでも?」
「オレはなくても、オレの相棒はそうは思わないかもしれねぇな」
 薄く笑う男は顎を軽くあげた。腕が固定されて動かせないためか、顎で示したらしい。
「先月、おまえさんを見たぜ。敵をぶっ倒した後だったがね」
「…………覗き見とは悪趣味な」
「おいおい、誤解すんなよ? オレはオレで仕事してたんだ。たまたまおまえが目に入った。それだけのことさ。
 ……今日もだが、本の所持者はどうした?」
「あなたに関係ありません」
「ふふっ。あぁそう。わざと隠してるってことか。だがよぉ、それもいつまでもつかわかんねーだろ?
 なぜ一人で行動する? そんなに弱ってるのは、所持者のせいなんだろ?」
「ワタシの落ち度です」
「今のは所持者を庇った言葉じゃねぇな? 自分のミスだから、所持者には関係ねぇってことか?
 だが、オレから言わせればおまえの主はクソだな。ここに居ないってことは、本とシンクロすらできてねぇってことだろ。暢気に生活してるんじゃねえのか?」
「あなたには」
 アリサの声が尖った。
「関係ありません」
「……主をバカにされて怒ったって風じゃねえな。露骨にこういうこと言われるのがキライってタイプか。すまんね、耳を汚しちまって」
「…………」
「ヌルいことしてねぇでさっさと契約破棄して捨てたほうが身のためだぜ? これ、最後の忠告な」
「最後……?」
「オレの愛しい主人が帰ってきたぜ」
 男の言葉に、アリサは振り向く。
 17歳くらいの少女が立っている。派手に染めている髪を少しだけ結んでツインテールにしていた。
 赤のチェックの短いスカートを穿き、じゃらじゃらとアクセサリーをつけている。パッと見た感じはパンクファッションだ。化粧は派手ではないので、幼さが強く残っていた。
(まずい……)
 アリサは本気で冷汗をかいた。これは危険な状況だ。逃げるというのは無理だ。自分よりはこの男のほうが疾いだろう。
 なら。
(……できるだけ体を護るように力を尽くさねば……!)
 少女はアリサを眺め、言う。
「みすぼらしいダイスね」
「どうする? マチ」
「邪魔だし……あ、そうだ。このコのご主人のところにご挨拶に行ってみたいカモ。だって本を持ってるのはソイツなんでしょ? お土産必要だから、お願い、タギ」
 にっこりと微笑むマチはついでとばかりに男に投げキッスをする。
「帰ったら早くベッド入ろうよ〜。あたし疲れちゃったぁ」
「へいへい。優しく相手をさせていただきますよ、マチ」
 ふざけた会話だ、とアリサは思う。だが二人とも本気だ。
 薄く笑う少女の瞳は、本気だった。あの瞳を自分は何度も見ている。自分の前の主たちも、ああいう目をしていたのだ。



 ベランダにどさっ、と音がした。アリサが帰ってきたのだろうかと潤は思う。
 放っておいてもそのまま入ってくるはずの彼女は、入ってこなかった。
 ベランダに猫でも入り込んだのだろうか? いや、猫よりは鳥のほうが現実味があるか?
 様子をうかがいに窓を開けて出てみると、そこにはボロ雑巾のようになったナニかがあった。怪訝そうにしていると、ソレがゆっくりと起き上がる。
「う……ぐ……」
 折れた腕がぶらりと揺れた。足が震えているようで、うまく立てない。黒の衣服はズタズタにされ、その下の白い肌がかなり露出していた。美しい桃色の髪はほどけて背中にまで伸びている。
「アリサ……?」
 背後からの声に彼女はこちらを振り向く。そして憎悪に染まった目をした。それはすぐに消え、いつもの無表情に戻るが。
「こんばんわー。アンタがそのコのご主人サマ?」
 別の声が割り込む。若い娘の声だ。どこだと潤がうかがう。声は二つほど横のベランダからだった。
「放り投げた先が正解だったってスゴくない? アハ」
 明るく笑う少女に潤は不思議そうな表情だ。あれは誰だ?
 彼女は潤の困惑した様子に気づき、「あれ?」と呟いた。
「アンタどっかで見た顔してる。あ……あぁあぁ! あのタレントかぁ! アハハハハ! こりゃ傑作だわ!」
 ゲラゲラと笑う彼女はベランダの手摺りに腰掛けている。もう少し身を乗り出せばそのまま下の道まで一直線だ。
「テレビで見た時から思ってたけど……ふぅん、実物見るとやっぱスゴイわ。頭空っぽそうで、バカっぽい」
 にやにやしながら言う少女は、ふいに笑顔を消して人差し指を潤に向ける。
「今日はうちのがもう動けないから勘弁してやるけど、次はないわよ。あーもー、ほんとムカつくツラしてるし。超がつくほどダメ男っぽいー」
 初対面の相手にここまで言われる必要があるのだろうか? 潤は怒りはしないが、少々ムッとした。
「……感染者……? アリサをこんな姿にしたのは君?」
 潤の言葉を聞いて彼女は目を丸くし、それから再び大笑いする。
「なにそれ! マジで言ってるワケ? それマジで言ってたら超ヤバイ!
 やー、でもそれ本気で言ってるよね。なるほど。本とのシンクロがほとんどないってコトか。ふーん」
「……ミスター・ヤガミ、彼女はダイス・バイブルの持ち主です」
 アリサが小さく言う。その言葉に潤は驚いた。自分以外にもいるのか!?
 少女は「あーあーあー」と言ってから、不敵に笑った。
「タギの言うようにクソみたいな主人ね。『なってない』わ」
 召喚、と短く彼女は洩らす。背後に長身の男が現れた。
 男はひょいと少女を横抱きにする。彼女は男の首に手を回した。
「また会うこともあると思う。その時にはもっとマシになっといて」
 そう言い残すや、男は彼女を抱きかかえたままそこから跳んで近くのビルに移った。
 残された潤は、アリサに視線を戻す。なぜ言ってくれなかったのか、と思った。だがそれは違う。ダイス・バイブルとシンクロできていない潤に非があるのだ。
 何もできない主であるとアリサに最初から思われていたのはわかっている。だが。
「……本に戻ります。回復しなければ」
「アリサ、さっきの」
「あなたを選んだのはワタシです。あなたは何も気に病む必要はありません」
 ぴしゃりと言い放ち、アリサは姿を消した。
 一方通行な気持ちだと――。
(…………)
 そう、それは文字通り『一方通行』だ。潤はその言葉を痛感した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の子】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、夜神様。ライターのともやいずみです。
 他のダイスが出現しました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!