■願いのノート■
氷邑 凍矢 |
【0883】【来生・十四郎】【五流雑誌「週刊民衆」記者】 |
どこからともなく現れる謎の店『幽玄堂』。
店主の香月那智と居候の夢現、化け猫の鈴童は居間でお茶を飲みながら話していた。
「あなた達は、自分がこうありたいと願ったことはありますか?」
那智の質問に「?」な夢現と鈴童。
「こうありたい、とはどういうことだ? 貴様の言っている意味が良くわからん」
「ですから、こうなりたいという願望ですよ。有名人になりたいとか……」
「有名人!? おいら、なりたい! そしたら、美味い菓子食い放題だ!」
大喜びの鈴童。
「要は、変身願望……というやつだな」
「そのとおりです」
三人が楽しんで話している最中、お客様がやって来た。
あなたを出迎えたのは、一冊の古びた日記帳を手にした那智。
「いらっしゃいませ。これは、あなたが書いた願いが現実になる『願いのノート』という商品でございます。お試しになりますか? お試しですので、お代は結構です」
那智の屈託の無い笑顔に負け、お客様であるあなたは試してみることにした。
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願いのノート
●何を書きましたか?
来生・十四郎(きすぎ・としろう)は、取材の帰りに偶然『幽玄堂』を訪れた。
「何だよ、ここ。骨董品屋じゃねぇか。俺は、こんなものに興味ねぇんだが……」
そう言いながらも、十四郎は煙草のフィルターを噛みながら店内にある骨董品の数々を見ていた。
この壷、高そうだなぁと白磁の壷をじーっと見ていた時、店の奥から店主の香月・那智が現れた。
「いらっしゃいませ。お客様、当店は禁煙なのですが……」
十四郎が銜えている煙草を見て、那智は申し訳なさげに言う。
「そ、そうか。すまねぇ。って、おまえ、那智じゃないか! ここ、おまえの店か?」
「はい、そうです。骨董品の他にも、お香も取り揃えておりますが。おひとつ、いかがですか?」
いや、結構ときっぱり断ろうとしたが、禁煙の店で喫煙した非礼を詫びるため、何か一点購入することに決めた。
「この店で、一番安い商品は何だ? 喫煙の詫びに、何か買っていこうと思ってな」
「お気遣いは無用ですよ、来生さん。あ、お試し商品があるのですが使ってみませんか?」
ちょっと待っててくださいね、と言うと、那智は店内にある机の引き出しから、赤い革表紙のノートを十四郎に差し出した。
「これは『願いのノート』という商品です。まだ実用化されていないので、正式な売り物ではありません。これに願い事を書けば、24時間、その願いが叶うというものです。いかがですか?」
「何でも叶うのか!?」
制限時間内であれば、何でも叶いますよと、那智は微笑んで答えた。
「面白そうだな。それじゃ、早速……」
十四郎は、胸ポケットから愛用のペンを取り出すと、サラサラとノートに願い事を書いた。
「来生さんの願い、叶いますように……」
那智は目を閉じ、静かに祈った。
●十四郎の願い
現在の自分と180度違う人間になりたい。
これが、十四郎がノートに書いた願い事だった。
真面目で穏やか、規則正しい生活と自己管理の出来るまともな大人になりたい。
(「まぁ、少しの間なら真人間になんのもいいかなーと……」)
そう思って、何気なく書いた願いだったが、効果は早速現れた。
「これで、本当に俺の願いが叶うんですか?」
「早速、叶っていますよ。口調がいつもと違いますし」
「何だか、不思議な気分です……」
真人間になった十四郎は、何気なく窓に映った自分を見た。
「こ、この格好は……!」
普段着である汚れたシャツに膝の抜けたジーンズに、声を出して驚いた十四郎。
「このような格好でお邪魔して、大変失礼しました。まだ仕事が残っていますので、社に戻ります。お邪魔しました!」
深々と頭を下げ、十四郎は幽玄堂を出て行った。
職場である「週刊民衆」編集部に戻る前に、十四郎が真っ先に向かったのは理髪店だった。乱れた髪を整えるためである。馴染みの店だったので、理容師は彼の心境の変化に驚いたが、後で何を言われるのか怖くなったので何も言わなかった。
次に向かったのは紳士服店。ここではスーツとネクタイ、革靴を購入。
スーツに着替え、ネクタイを締めて服装を整えた十四郎は、急いで職場に戻った。
「ただいま取材から戻りました。遅くなってすみません」
十四郎の姿を見た編集長をはじめとする社員達は、彼の変身振りに仰天した。
十四郎は、取材をまとめるため、デスクに向かった。
ヘビースモーカーであるが、仕事中は一切喫煙しない。
行き詰ると、頭を掻く癖がない。
大嫌いである事務処理を迅速かつ、丁寧にこなしている。
普段の十四郎を知る人々は、何か悪いことが起きる前触れかも……と、内心怖がっていた。
「編集長、原稿できあがりました」
「あ、ああ……」
丁寧に原稿を差し出す十四郎に驚く編集長。普段の彼なら「出来たぜ」とバサっと机に置く。
手早く仕事が済んだので、定時に帰宅することができた。
「来生、一杯やってかないか?」
同僚記者に飲みに行かないかと誘われたが、それを断り、まっすぐ帰宅することに。
「家に帰る前に、手土産でも買っていこう」
何がいいかな? と考えつつ、近くのショッピングモールに立ち寄った。
帰宅後、同居人に購入した手土産を手渡し、一緒に夕食を摂った。出されたものは、ひとつ残らず美味しく食べた。
その後、部屋を掃除したり、テレビを見たり、読書をしたりと就寝時間までゆっくりと寛いだ。
「さて、明日に備えて早く寝るとしますか」
布団を敷き、パジャマに着替え、翌日出勤の支度を整え終えると、十四郎は眠りについた。
●夢から覚めて
翌日、目が覚めた十四郎は驚いた。
「な、何だよこれは!!」
散らかっているはずの部屋は見違えるほど綺麗になっていて、ハンガーにはおろしたてといえるスーツがかけられ、机には、出勤準備が整えられていた。
「これ……俺がやったのか!? 夢……だよな……?」
頬を思いっきりつねったが、痛かったので夢ではないようだ。
(「そうか、あのノート……!」)
紙袋に詰められていたいつもの服に素早く着替えると、十四郎は出勤前に幽玄堂に向かった。
「那智、いるか!」
「はい、ここに。朝早くから何か御用ですか?」
十四郎は、那智にノートに書いた出来事を話した。記憶に残っているのが恥ずかしい、と付け加えて。
「そのようなことを書いたんですか。それで、真面目になったご感想はいかがでしたか?」
「同居人は喜んでたが……俺自身は、非常に気持ち悪かった」
今の俺が、一番俺らしい。十四郎は、心の底からそう思った。
「願いのノートですが、またお使いになりますか? お一人様一回、と決まっていませんので」
「もう結構だ! 俺はこのままで十分!」
じゃな! と彼らしい手早い挨拶をし、十四郎は走って出勤した。
願いが叶うノート、あなたも使ってみませんか?
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0883 / 来生・十四郎 / 男性 / 28歳 / 五流雑誌「週刊民衆」記者】
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■ ライター通信 ■
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>来生・十四郎様
お久しぶりです、氷邑 凍矢です。
『願いのノート』のご参加、まことにありがとうございます。
普段とは違う十四郎様を書いたのは良いのですが、上手く変身させることが
できたのかどうか不安です…。
真面目な十四郎様も良いですが、普段の十四郎様が一番ではないかと。
またお会いできることを楽しみにしつつ、ご挨拶を締め括らせていただきます。
氷邑 凍矢 拝
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