■不夜城奇談〜始動〜■
月原みなみ |
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】 |
――こんばんは。今夜も『ミッドナイト・トーキング』が始まります。担当は僕、アキです。六十分間、最後までお付き合い下さい――………
日中の蒸し暑さが残る夜。
少年は十二階建てビルの屋上から足元の遥か下方を見つめていた。
深夜に近い時間帯だというのに人工の光りは星よりも多く、これほど無駄に明るい世界に生きながら、どうして自分の周りだけが暗いままだったのか不思議でならない。
今も、光りは遠い。
ここには闇しかない。
あの明るい場所に飛び込みたいなら、あと一歩、宙に進まなければならないのだ。
「……」
少年は息を吸った。
閉じたままの瞳で空を仰ぎ、自分の闇を思い知る。
ここから逃げ出すには、一歩、踏み出せばいいだけだ。
――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 東京都在住の十七歳の男の子…『僕はいま、死んでしまいたいと思っています』――
「っ!」
不意の言葉に、少年の足は止まった。
慌てて辺りを見渡すが、その声の出所と思われるものはない。
「ぇ…?」
だが確かに聞こえてくる声は、ラジオ番組のものだろうか。
――『学校に行くとクラスの奴らに暴力を振るわれて金を取られるし…』――
――…うーん…随分、辛い思いをしているんだな…誰にも話を聞いてもらえないってのは、すごく辛いよな…――
「…っ…」
ラジオの声が、少年の進行方向を変えさせる。
もっと近くでこの声を聞きたいと思った少年は、屋上にあるはずの機器を捜し歩いた。
この声の主が読んでいた手紙が誰の投書かなど知らないが、語られた身の上は、まるで自分のことのようだった。
「どこ…」
少年は探した。
誰が置いていったのか、小さなラジオがフェンスの傍に落ちていた。
***
「いいかげんにしてくれ! もううんざりだ!」
「なによ! 自分ばっかり我慢しているような顔しないで!」
狭い室内に男女の怒声が行き来する。
時には雑誌が宙を飛び、グラスが割れては絨毯の上に乱れ散る。
市営住宅の四階。
二人の幼い子供達は、逃げ場所もなく、泣き喚くことも出来ず、ただ二人抱き合って両親の怒りが過ぎるのを待つしかなかった。
その瞳に大粒の涙を溜めながら。
「さっさと出て行け!」
「――! えぇ出て行くわ! もうアンタなんかと一緒にやっていけない!」
聞こえてくる二人の声に、子供達は顔を上げた。
お母さんがいなくなってしまうと、青ざめた顔を。
――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 埼玉県在住の五歳と七歳の女の子達から…『助けてください。大好きなパパとママがケンカをしています』――
「!」
「え…?」
突然、居間に置いてあるオーディオの電源が入り、大音量で流れ出したラジオ放送に夫婦は驚いて言葉を途切れさせた。
廊下にいた子供達も顔を見合わせて立ち上がる。
――『おばあちゃんのことで、パパとママはいつもケンカになっちゃうんです。おばあちゃんのことは好きだけど、でも、私達はパパとママの方がもっと好きなのに…』――
――…そっかぁ…五歳と七歳じゃ、ケンカ止めたくても止めれないよな。…もしかしたら、今もご両親のケンカで泣いたりしているのかな? ――
「ぁ…」
「あの子達……」
夫婦はハッとして子供部屋に向かった。
だが居間の扉を開けると、二人の娘がそこにいた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で両親を見上げていた。
「…っ……」
母親は娘達を抱き締めた。
父親は抱き合う彼女達を見つめ、そのうち、妻の腕についた傷に気付いた。
割れたグラスの欠片で切ったのだろうか。
「…済まなかった…痛くないか…?」
触れた腕。
彼女の瞳からも涙が毀れる。
***
――誰かに殺意を抱く、…って、実は誰にも有り得ることだと思う。――
――…ただ、本当に誰かを傷つけてしまったら、その後で幸せな恋愛をするのは、とても難しいことだよ……――
「…っふ…ぅっ…うぅっ…」
彼女は自分の部屋で泣き崩れていた。
先ほどまで右手に握っていた包丁を、いまは地面に手放し、その手で口元を覆いながら涙を流し続けた。
突然、鳴り出したオーディオが流したラジオ番組。
読まれた手紙は、自分のまったく知らないものだったが、語られる内容は正しく自分の現状だった。
このラジオを聴かなければ、彼女は包丁を手にして隣の部屋に住む女子大生を襲いに行っていた。
自分の恋人を奪った憎い女を。
――…人を愛することが出来る綺麗な心を、一時の怒りで、駄目にしてしまうのは勿体無いよ。浮気をした男は、その程度の男だったんだと思って新しい世界に目を向けてみない? 俺は、君に本当に幸せになって欲しいと思うんだ。――
「…ぅっ…ありがと…、ありがとう……っ!」
涙しながら、この誰とも判らないラジオ番組のDJに何度も「ありがとう」を繰り返す彼女の心に、もう殺意は欠片も存在していなかった。
その後、行方不明者が続出する。
とある学園の暴力的な少年が。
ある家の老婦人が。
そして、若い女性が。
消えていく、怨まれし人々が――。
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■ 不夜城奇談〜始動〜 ■
「十二宮(じゅうにみや)ねぇ…」
ぽつりと呟き、口元に淡い笑みを浮かべた男は、その名に“懐かしい”と思いを語る。
「十二宮と言えば、昔の…、あの組織のことですよね…?」
「君も覚えていたんだね」
確認するように問うて来る相手に男は微笑う。
もう何年前になるのか。
数えるのも億劫になるほどの年月を経て、再び「十二宮」の名を聞くことになるとは流石に予想もしなかったが。
「まったく…。今生の狩人は様々な出逢いをもたらしてくれる」
クックッ…と喉を鳴らして笑う男の頭上に輝くのは細い三日月。
古代の人々が数多くの物語を描いた星空の中心には北極星。
北国の山中。
彼らの住居以外の灯りは皆無の土地で、大宇宙の輝きは何に阻まれることも無く地上を照らす。――この環境に慣れた彼らを、不夜城はどのように迎えてくれるだろうか。
「どれ…俺達も東京とやらに行ってみようか?」
屋内には彼を含めて四人の人物が居た。
その内の一人、まだ学生服を着ていて然るべき年頃ながら鮮やかな金髪の少年は、男の視線が自分に向いているのを知って目を瞬かせる。
「俺!?」
「当然」
「何でだよっ、黒天獅(こくてんし)を連れて行けばイイじゃねーか!」
「明後日は朔の日だよ、彼を白夜(びゃくや)から離すわけにはいかないね」
「だからって何で俺…っ」
「雷牙(らいが)」
問答無用という強い語調で制されて、金髪の少年は思いっきり頬を膨らませる。
「贔屓だ!」
「適材適所だよ」
にっこりと告げた男は、雷牙を手招きして庭に出す。
「行こう」
命じれば、少年はぶつぶつと文句を言いながらも結局はその姿を変化させた。
人型から鳥型へ。
男一人を背に乗せても飛行可能な大きさは、翼を動かすだけで辺りに強風を起こしたほどだ。
「じゃ、行って来るよ」
「…くれぐれも影主や光君の邪魔はしないで下さい」
「邪魔とは心外だね、俺は彼らの始祖として責任を果たしに行くだけさ」
笑顔で返された言葉を最後に、白夜と黒天獅、二人に見送られて彼らは夜空に飛び立った。
「十二宮、か…」
東京に向かう彼らの姿が見えなくなった頃、初めて黒天獅が口を開く。
「…俺は名前しか知らないが…、聞いた話が繰り返されなければいいな…」
「うん…」
祈るような呟きは夜闇に掻き消されて、世界には届かない。
人間の負の感情を糧に生きる魔物。
それらを滅するために彼らが興した一族、闇狩。
いま、時代は動き始めようとしていた――。
■
「死なないでお母さん!」
娘、玲奈の懇願を意識の遠くに聞きながら藤田あやこは自らの死を予感せずにはいられなかった。
失敗したな、と思う。
まさかこんなにあっけなく人生が終わりを告げようとは。
「お母さん!」
必死に自分を呼ぶ少女は、これからどうなってしまうのだろう。
大事な娘。
愛しい存在。
この子を一人残して、この世を離れなければならないとは――。
「お母さんっ…これも前に言っていた魔物の仕業なの…っ!?」
少女の言葉にドキリとする。
「魔物がお母さんをこんな目に遭わせたの……っ!?」
悲しみと、それ以上の怒りから溢れる涙を湛えた瞳に見つめられて、病床にあったあやこの体に電撃が走った。
「お母さん……!」
海老反るあやこに、玲奈はしがみ付く。
その姿を意識の遠くに見遣りながら、あやこは涙を溜めた。
玲奈は魔物の存在を知っている。
狩人の存在も知っている。
危険が常に隣り合わせならば、その恐ろしさを自覚して欲しくて全てを話した。
得た知識が、そのまま魔物からの自衛手段になると狩人達も言ったからだ。
しかしそれが、このような形で意に反した未来を手繰り寄せようとしている。
何てことだろう、この少女だけは守りたかったのに。
「お母さん…っ…」
「ちが…違うわ……」
あやこは必死に言葉を紡いだ。
彼女を守るために。
「…違う…っ…どうか…憎しみなんて抱かないで…っ」
「お母さん!」
「誰も…ぇも…悪くないの……」
だから誰も責めないで。
憎まないで。
――魔物が求める負の感情を、その内に抱かないで。
それが、あやこが娘に伝えられた最後の言葉だった。
これが死後の世界か、と。
あやこは不思議な気持ちで自分の焼けた頭蓋を火箸が割り、壷に納まっていく光景を眺めていた。
彼女は風になっていた。
そして、まだその心に意思があることを確認した。
自分の骨壷を抱いて絶叫する娘の頬を撫で、伝わらないと知りつつも語りかける。
どうか悲しまないで。
私はまだ、貴女を守れるから。
――……
そうして彼女は動き出した。
この子が魔物に関わることのないようにと神に祈るくらいならば、自分がやってみせる。
風となったこの身だからこそ出来ることがあるはずだ。
最後まで諦めない。
どんなに些細な可能性だとて確かめもせずに捨てたくない。
それは生きていようが、死んでいようが、決して変わらない、あやこの信条だった。
***
風の中、あやこは地上の動きを感じていた。
大気がひどく騒がしく、その身に纏わり付く異質の魔物を確かに感じ取っていた。
――……闇の魔物がこんなにも広がっていたなんて……
人間の視覚でも、エルフの視覚でもなくなった視界に広がるのは、大気に混じり、薄く広がる魔物の群れ。
人々の感情を探るように。
人間そのものを覆うように、それは魔都一帯を覆っていた。
そしてその中。
慌しく動く人々の気配を闇狩一族のものであるとあやこは正しく察していた。
彼女が接してきた二人だけではない。
十、二十。
百、二百。
都の東西南北に散った彼らは“その時”を静かに待っているようだった。
更に、動き出す一族とは異なる能力者達。
中にはあやこが顔見知りの人物もいる。
「私は白樺夏穂、彼は杉沢椎名――」
幼い外観ながらも不可思議な能力を秘めた少年少女が、二メートルを超えようという長身の男、五降臨時雨と遭遇し、魔物を追うべく動き出した。
一方で、狩人の力をその腕にはめた阿佐人悠輔、天薙撫子は一族の者の言葉を拒み、自ら魔物討伐に立つことを宣言した。
「ショーと言うからには、観客が大勢いなければ成り立ちませんわ」
「電波の発信元は電波塔…、観客が大勢集まる塔と言えば…」
そういうことなのね…とあやこは納得する。
更に他にも大勢の協力者がいる。
今夜が決戦の時なのだと確信した。
同時に、一人残してしまった娘の事が気掛かりだった。
突如鳴り響いたラジオに反発するように外へ飛び出した少女。
――…玲奈……
彼女は、いま疲れ果てたように眠っていた。
許されるならば、そのままずっと眠っていて欲しい。
今宵の争いが過ぎるまで。
■
あやこが見下ろす地上。
東京を象徴すると言っても過言ではない総合電波塔の正面で影見河夕が数人の男女と真剣な面持ちで言葉を交わしていた。
「なら状況を説明する」
そうして、全員が自らの得た情報を報告し合った。
悠輔と撫子によれば、どの局にも問題のラジオ番組が放送されていた形跡はなく、視聴者側も、DJの名や聞いた時間など一切が曖昧で、共通するのは“夜”ということだけ。
更に、失踪した側の共通項は時雨達の結論と共通しており、では、なぜ敵は敢えてラジオという媒体を使ったのかという疑問が残るわけだが。
「電波だろう」
悠輔が言い、狩人は「そうだ」と低く返した。
いまこの瞬間にも辺りを流れる見えない波。
魔物はこれに潜むことで人間の負の感情を捕らえ、闇の声を届ける。
その憎しみの行き先を探る。
「救われた」と人は思う。
だが、逆に憎んだ相手、殺意を持った相手が消えたとなれば、それを知った本人はどうなるだろう。
「…祖母が失踪したという幼い姉妹は…、心を閉ざして…、人と関わる事を避けるようになっていたわ…」
時雨のおかげで笑顔を取り戻したようだったけれど、これが続けば再び失われてしまうほどに脆い、幼い感情。
姉妹ばかりではない。
ラジオを聴いて救われたと感じた人々が、しかし自分の嫌いな相手が失踪したと聞いて何も感じないわけがなく、その内にラジオの噂が流れてくる。
あれのせいで相手が消えたと考える。
その結果、人々の心はどうなっていくだろう。
「それが魔物の狙いですのね…」
負の感情の一掃など有り得ない。
悠輔もそうして敵の思惑を確信する。
「十二宮の狙いは人間そのものを滅することではないのでしょうか…」
「恐らく」
撫子の言葉に河夕が頷く。
「俺達が魔物の気配を掴み切れなかったのも、この都に流れる、電波という見えない物質に魔物が混じっていた為だ。いまこの瞬間にも東京中の人間が人質同然の状況にある」
だからこそ河夕は、一族をこの街に集め、東京全土に結界を張り、そこから逃すこと無く敵の一斉消滅を狙った。
だが、見えない魔物が狩人に対抗すべくいつ牙を剥くとも限らない。
だからこそ、連中に目をつけられているであろう彼らには安全な場所に避難するよう伝えるつもりだったのだが。
河夕に睨まれた光は肩を竦めるだけ。
当人達の表情にも迷いは無い。
「今夜こそ連中を狩る」
そうと決めた彼らの心は一つだった。
総合電波塔に一般の観光客が入場できる時間を過ぎたところで、計画の第一弾として外部の人間に異変を悟られないよう、タワー周辺の空間を三次元から切り離す結界を張ることになる。
次いで、東京の四方八方に散った狩人達が魔物の行き来する都の輪郭上に沿って一族の結界を張り、都内に魔物を封じ込める。
そして最後。
この場所から、やはり電波に乗せて闇狩の力を散開させることが河夕の役目だ。
風よりも、水よりも。
この不夜城の全域に及ぶのは、この電波塔から発せられる波だから。
「時雨、夏穂、椎名」
河夕は三人を呼び、それぞれに白銀色の輝きを帯びた腕輪を放った。
悠輔、撫子の腕にあるものと同じそれは、河夕の力の具現化。
「利き腕にはめろ、それでおまえ達の攻撃も連中に効く」
「河夕さん、いま三つも…」
何かを言いかけた光を、河夕の目線が制した。
「連中だって俺達が此処に居ることはとっくに気付いているはずだ。にも関わらず、今まで何もして来ない…、用心しろ」
彼らは警戒しつつ、その時を待つ。
そうして、――巡った時間。
先に動いたのは彼らだった。
***
「やぁ諸君、――初めましての子もいるようだが」
「!」
仰いだ上空に、若い男。
「おまえが十二宮か!」
声を張り上げた悠輔に男は笑う。
「何が可笑しいのですか」
問い返す、その間に。
「光」
「御意」
狩人達の応答。
放たれる力。
「ほぅ?」
上空の男が愉快そうな声を漏らした。
直後に辺りの空気が変わる。
それまでの人で溢れた雑多な空気が凛とした静けさを帯び、辺りから人の姿を隠す。
奇妙な暗がりと、反響する音。
更に。
「来たか」
電波塔を囲う結界に呼応するかのごとく、都の四方から能力の壁が広がる。
「…!」
時雨達は、その明らかな変化に少なからず驚かされた。
一体、どれだけの数の狩人が集まったというのか。
それほどに厚く、強固な、結界の壁。
「これでおまえが集めた魔物の逃げ場所はなくなった」
「ふふ…、しかし東京中の人間が我々の人質も同然の状況に変化はなかろう」
「魔物が人間に害を為そうとすれば一族が狩る、魔物が大気に混じっていると判れば、それなりに対処の仕様もある」
「なるほど」
十二宮は「ならば」と上空を仰いだ。
地上百五十メートル地点に設けられた展望台。
「彼らはどうかな?」
告げる。
「なっ…!」
同時に起きた爆発。
電波塔の展望台、その周囲を囲うガラス窓が爆発によって吹き飛び、白煙を吐き出す。
彼らの姿は見えずとも、その現象は外も同じ。
「さぁ…これで人間達が大騒ぎ」
「貴様…!」
「場は乱れ、不特定多数の人々が集まり、辺りは騒然となる……それでも君達の結界は揺らがないだろうか」
更に。
「結界の中であろうと、人は死ねる」
まさか、と。
白煙の中に目を凝らして、浮かぶ影。
「あれは…っ…」
「三十四人の失踪者…噂のラジオで消えた人々が、揃ってここから集団投身自殺――世間はどう騒ぐだろう?」
一方、ラジオによって救われたと思った人々は。
彼らが、自分のせいで誰かが死んだと自らを責め始めたら――。
「さぁ…人間達の愛憎劇の始まりだ」
男の言葉に。
その、薄ら笑いに。
膨らむ怒りは、彼らも同じ。
「ふふふ…君達の内側にも滾る憎しみが見える」
「!」
「魔物は君達の負の感情にだって反応する」
「ぁ……!」
結界の中だとて、負の感情を抱えた人間と魔物が共存していれば――。
■
そこは無限の闇。
心の奥底に抱えた傷。
――……負の感情を一掃するなど不可能……
――……人間とはかくも弱く…
――……脆く……
――…扱いやすい玩具……
あやこは頭上に落ちてくる雑多なものを払うように首を振る。
魔物は、風となった彼女の心にも思念をぶつけてきた。
――…おまえ達とて同じこと…
――…悪しき者を排除しようとする心の奥底で…
――…おまえもまた憎しみを抱えているだろう……
闇の魔物に囚われて、心を騒がせる言葉を否定することは出来なかった。
だが。
たとえ、そうだとしても。
(…拭った悪意をどこに捨てるつもり?)
(闇と光りが立ち回ってこそ風が吹き万物が芽吹く…)
(どちらかが欠ける事こそ宇宙の死…!)
それが真実。
迷わず言い切れる心は、決して魔物の糧になどなりはしない。
その自覚が、彼女の意識は開花させた。
■
「大丈夫か!」
河夕の声が聞こえて下方を見遣ると、彼らの姿が在った。
皆が魔物の声を振り払ったことは、それぞれの強い眼差しを見れば判る。
「…なるほど、君達のような人間は厄介だな」
上空、男が苦笑交じりに呟く。
「傷を知る者は、我々の計画を遂行するには邪魔な存在でしかない」
ならば道は一つ。
「君達にはここで死んでもらおう、――彼らと一緒に」
「――!」
その言葉が号令であったように、展望台の割れた硝子窓の傍に佇んでいた影が一つ、また一つと宙に足を踏み出す。
「待っ…!」
投身自殺に見せかけて殺されようとしていた失踪者。
光が届かないと知りつつも伸ばした手に、あやこはこれだと巻きついた。
「!」
――…これ以上は貴方の好きになんてさせないわ十二宮……!
何事かと目を疑う彼らの前で、地面に落下するはずだった人々の体を空に浮かせる。
「……っ…あやこさん…?」
何が彼に届いたのだろう。
名前を呼ばれて、あやこは微笑う。
――この人達は私が支えるわ……
――安心して十二宮と戦って……
どこまで伝わるかは判らない言葉。
だが、光は笑みを返してくれた。
「次から次へと…!」
そうしていま、男の口調に苛立ちが混じる。
大気から闇の魔物が滲み出す。
狩人も動き出す。
「光、宙にいる人間の保護と魔物を!」
「御意」
「阿佐人、天薙、あの男を頼めるか」
振り返る、河夕の手には白銀の輝きを帯びた日本刀。
呪を唱える狩人の足元に浮かぶ四角の図形。
それを邪魔させまいと、十二宮に対する悠輔、撫子。
そしてあやこの力で宙に守った人々を夏穂と椎名の術が一人一人大地におろし、こちらを邪魔しようとする魔物を、時雨の凄まじい斬撃が次々と滅していった。
そして。
「――……っ」
それは来た。
「これは…っ!」
男が顔色を変える。
「バカな…っ…闇狩とはこれ程の破壊力を……!?」
その驚愕は、逆の意味で悠輔にも判った。
電波塔の正面に突き立てられた白銀の刀から広がるのは魔を退ける輝き。
足元に描かれた魔法陣らしき四角の図柄が、何語かも判らぬ河夕の呪によって上昇し、辺りに光りを撒く。
「……!」
結界の内側を包み込む白銀の輝き。
そのあまりの眩しさに悠輔や撫子、内側にいた全てのものが目を塞ぎ、強烈な光りに耐えた。
いつしか、辺りに不夜城の騒がしさが戻り始める。
「……あぁ…」
終わったのだと知れた。
上空には星の微かな灯火が煌いていた――。
■
あちらは片が着いたと確信したあやこは、娘の無事を確かめるべく玲奈の姿を探し、とある教会の中にその姿を確認した。
狩人への憎しみを滾らせているかと懸念していたが、すぐにそれが杞憂だと知れた。
少女の周囲には教会特有の清涼な空気に満ち、彼女に安らかな眠りを齎していたのだ。
――……良かった……
あやこは風となった腕に娘を抱き締める。
今後は、本当の自分の腕で彼女を抱き締められるようにと、願いながら。
***
気が付けば、そこは見慣れた薄暗い空間だった。
目の前にはクローン培養槽。
そこに浮かぶのは――。
「ぁ…っ」
いま、縁に手を掛けて上がってくる女の姿。
「…ふぅ…、私は何人目かしら?」
苦笑交じりの言葉に、だが玲奈は首を振って抱きついた。
「私のお母さんはあなた一人だけよ!」
触れ合った肌から伝わる温もり。
鼓動。
玲奈を抱き締めて、今日から藤田あやこの名を受け継いだ彼女の表情には満たされた笑みが浮かんでいた――……。
―了―
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■ 登場人物 ■
【1564・五降臨時雨様/男性/25歳/・殺し屋(?)】
【7061・藤田あやこ様/女性/24歳/女子高生セレブ】
【7134・三島玲奈様/女性/16歳/メイドサーバント】
【5973・阿佐人悠輔様/男性/17歳/高校生】
【7182・白樺夏穂様/女性/12歳/学生・スナイパー】
【7224・杉沢椎名様/男性/12歳/学生・蜘蛛師(情報科&破壊科)】
【0328・天薙撫子様/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
(参加順にて記載させて頂いております。)
■ ライター通信 ■
今回のシナリオへのご参加、まことにありがとうございました。
〜始動〜というサブタイトルにある通り、全4話と予告していた「不夜城奇談」はこれで完結となりますが、同時に、新たな物語が動き始める序章でもあります。
十二宮の真の目的を巡り、狩人達は今後も新たな戦いに身を投じます。
その時には、再び皆様のご協力を頂ければ幸いです。
【藤田あやこ様】
不夜城奇談のシナリオ進行上、プレイング通りに物語を進められませんでしたことをお詫び申し上げます。
前回の「要因」で娘への愛情深さを感じさせて頂きましたので、そちらの方に重点を置いて執筆させて頂きましたが、ご意見・ご感想、その他の指摘など当方までお送り頂ければと思っております。
今回は本当にありがとうございました。
長い物語となりましたが、少しでも皆様の心に何かを残すものとなれることを願っております。
またお会い出来ることを祈って――。
月原みなみ拝
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