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■夢狩人 〜始まりの夢〜■

蒼井敬
【7149】【瀬下・奏恵】【警備員】
 ある者は草間興信所に現れた。
 アトラス編集部でもその噂を麗香は耳にした。
 ゴーストネットの投稿にも現れていた。

『昨夜見た夢を思い出せない。夢が──見られない』

 アンティークショップにも、見た夢を思い出せる品を求めに来た者がいたという。
 普通ならばその程度のことと聞き流せる話だが、そう言う者の数がゆっくりだが確実に増えていっている光景はその話を知っている者にとっては何処か薄気味の悪いものに思える。
 そのうちに、ひとつの『噂』が流れ出した。
 誰かが、何者かが、人の夢を奪っているのではないのか……と。


 だが、その噂が流れる前から知っている者は知っていた。
 この現象が最近始まったものではないということを。
 彼らが知らないだけで、それはずっと以前から行われていたのだということを。


「……随分と派手に動き出したものだ」
 薄暗い店の片隅で、黒尽くめの男──黒川夢人──はそう呟いた。
 その顔には、黒川には珍しく不愉快そうな表情が浮かんでいる。
「さっさと見つけ出さなくてはいけないな……無駄とわかっていても」
 言いながら、黒川はグラスを置いて立ち上がった。
 常に浮かべているからかいの笑みはそこにはない。
「あいつを野放しにしていたら、眺める夢がなくなってしまう」
夢狩人 〜 始まりの夢 〜



1.
「そこのキミ」
 突然呼び止められた奏恵が振り返った先に立っていたのは黒尽くめの男だった。
 奏恵は男に面識がなく、よって声をかけられるような覚えもないためこちらか相手の勘違いかとも思ったが、男は間違いなく奏恵のほうを見ている。
「失礼ですが、あなたと何処かで会ったことがあったかしら」
 そう尋ねてから、男は思い出したように「あぁ」と呟いた。
「いや、きちんと会うのは初めてだね」
「きちんと、ということはやはり何処かで会ったことがあるの?」
「なに、夢でね」
 至極当然のことのようにそう言った男の言葉に奏恵は眉を軽く顰める。
 その態度に男はくつりと笑みを零した。何処か意地の悪い人を食ったような笑みだ。
「僕は人の夢を眺めるのが趣味でね。その夢を転々とすることがあるんだが、一度キミの夢にもお邪魔させてもらったのさ」
「それは、覗きということになるのではないかしら?」
 どうやら男が言っているのは眠っているときの夢のことであるということが理解できた。
 非常識な話だと思ったが目の前にいる男が言えばそれは奇妙な説得力を持って聞こえ、しかし勝手に見ているというのは立派な覗きのようにも奏恵は思えたが、男は悪びれる気配を一切見せずくつくつと笑っている。
「趣味が悪いと言われることは多いんだが、これがなかなか楽しくてね。これよりも楽しいことがなかなか見つからないんだ」
「それで、その夢を覗くことを楽しみにしている人が、私に何の御用でしょう」
 どんな夢のときに男が訪れたのか些か興味はあるものの、奏恵は声をかけてきた用件を尋ねるべくそう切り出した。
 途端、男の顔から笑みが消えた。
「力を貸してもらいたい」
 その言葉には、先程までの人を馬鹿にしたような響きは一切なかった。
「名乗るのがまだだったね。僕は黒川夢人という。趣味はさっきも言ったように人の夢を眺めること」
「私は瀬下・奏恵といいます。もしかしてもう名前はご存知でしたか?」
「いや、僕はあまり人の名前は気にしない性格でね」
 夢は覗いてもその相手の名前にはさして興味がないらしい黒川の言葉に奏恵は少々呆れてしまいそうになったが、変わった趣味を持つこの男が助けを請うような事態がいったいどういうものなのかということに対する好奇心のほうが強かった。
「私の力を貸してほしいということですが、何事です?」
「そうだね。キミ、最近こんな噂を聞いたことはないかな」
 そう言って、黒川はひとつの『噂』について語りだした。
 いつの頃からか、この街にある噂が流れ始めた。
 昨日見た夢が思い出せない、夢が見られない。
 そんなことを言うもの達が増えているというのだ。
 たかが夢のことと聞き流すものも多かったが、そう主張する者の数が徐々に増えていることが事実であることを知っている者は少ない。
 そのうちに、もうひとつ『噂』が流れ出した。
 誰かが、何者かが、人の夢を奪っているのではないのか……と。
「馬鹿馬鹿しい話だと思うかい?」
 黒川の問いに奏恵は首を横に振った。
「いいえ、興味深い噂だと思います。夢を眺めることを趣味としているあなたが乗り出しているということが、この現象がただの噂ではないことを示していますしね」
 自分の趣味が関わっており、それが事実であるからこそ黒川が動いているのだろうというのが奏恵の考えだった。
 その答えに、黒川は満足そうに頷いた。
「夢を見られなくなったという者は少しずつ増えていっているという噂は本当だ。そして、僕にとってそれは非常に困ることだ。何せ眺めるものが減ってしまうんだから」
 だから、その現象を食い止めるための力を貸してほしいのだと黒川は言った。
 好奇心旺盛な奏恵にとって、これを断る理由は何もない。
「わかりました。私でよければお手伝いさせていただきましょう。しかし、噂だけでは動きようがないですね」
「そうだね、手がかりはまだあまりない。だから、少々不慣れなことをしなければならないと思って誰かに協力してほしかったんだ」
「何をする気だったんです?」
 奏恵の問いに、黒川は笑いながら答えた。
「『被害者』への聞き込みさ」
 その何処か胡散臭い人を馬鹿にしたような笑みを見ながら、確かに人の話を聞くのには彼は向いてはいなさそうねと心の中で呟いた。


2.
 何処で聞きだしたのか、黒川が奏恵を案内した場所は彼が縁があるとはあまり思えない極普通のアパートが並ぶ住宅街だった。
「此処に、『被害者』がいるっていうんですね」
「ああ。間違いなく此処にひとりはいる」
 確信を持ってそう答えた黒川の態度に奏恵が訝しそうな目を向けると、黒川はひょいと肩を竦めてみせた。
「協力してもらおうと思っているんだから、多少の下調べくらいは面倒でもしてあるさ」
 自分で頼んでおきながら面倒と言い切る黒川の態度は別としても、奏恵には彼はもっと情報を持っているのではないかという気がしたが尋ねたところでとぼけられるだけだというのは容易に判断できた。
 しかし、どう切り出したものだろうかとここで早速ひとつの問題にぶつかってしまった。
 まさか、最近夢を見れなくなって困っているのではないかなどということを見知らぬ人間が突然尋ねたところで相手にする者もあまりいないだろう。
「どうやら彼のようだ」
 思案を巡らしている奏恵など無視したように黒川はすたすたと公園の中に入り、ベンチに座り込んでいる少年を指差した。
 被害者の特徴などというものを知るだけの材料を奏恵は持っていないが、少なくとも黒川が指差した少年に悩み事があるということだけはわかった。
 目の下に大きな隈を作ってる姿は子供にはあまり似合わないものであり、疲れきった雰囲気も外見にそぐわずひどく老け込んだ印象を与えられた。
「キミ、随分と疲れているみたいじゃないか」
 どう切り出すべきかと奏恵考えている間に黒川はすたすたと少年の元へ寄っていくと、躊躇いなくそう尋ねた。
「……おじさん、誰?」
 おじさんという言葉に黒川は心外という顔を一瞬してみせたが、すぐに気を取り直したらしく笑みを浮かべたが、その笑みを見た途端少年が警戒心を増したことに奏恵はすぐに気付いて急いで少年と黒川の元へと近付いた。
「突然ごめんなさいね、私たちは怪しいものじゃないわ。あなたに聞きたいことがあるの」
 優しい口調でそう奏恵が話しかけてから黒川のほうをちらと見たが、黒川のほうは我関せずという態度を取っている。
「私たち、いまある事件を調べてるの。それで、あなたから話を聞きたいと思って」
「事件? どんな?」
 奏恵の言葉に対する少年の反応は、奏恵の予想していた以上に大きなものだった。
 自分に関係のあるものであろうかというよりも、あって欲しいという期待を込めた目を奏恵にじっと向けるその表情に、奏恵は真面目な顔をして少年に尋ねた。
「おかしなことを聞くようだけど、あなたは最近夢を見るかしら」
「夢? お姉さんたちは夢のことを調べてるの!?」
 切羽詰ったような少年の声にやや驚きながらも奏恵は頷いてみせた。
「えぇ、そうよ。夢のことを調べているの」
「どんなこと? ねぇ、夢って見るときの夢だよね? それを調べてるならお姉さんたちは僕の言うこと笑わないよね?」
 少年の態度に奏恵は気圧されそうになりながらも、どうやら少年の悩みが夢のこと、そして夢ということで周囲から相手にされずにいたという事情が窺えた。
「笑うわけがないでしょ。私たちはそれを調べているんだもの。じゃあ、あなたはやっぱり関わってるのね? 夢が見られなくなるという事件に」
「見られなくなったんじゃない、盗られたんだ!」
 大きな声で少年はそう言った。
「お母さんもお父さんも忘れてるだけよって言うけど、そんなはずない。だっていくら眠っていてもずっと真っ黒い場所が見えるだけなんだ。見えるはずのものがなくなっちゃったんだ。なのに皆そういう夢を見ていたんだって……」
 いままで誰にも相手にされなかった言葉を矢継ぎ早に捲くし立てる少年を制しながら、奏恵は事情を聞く前に少年を落ち着かせなければならなくなってしまった。
 黒川のほうを見ても手助けをする気がまったくないらしい。良いようにその行動を判断すれば自分が下手に口を出せば少年にとって良くないだろうというために思えなくもなかったが、どちらかといえば面倒だからなのではないかと穿ってしまいそうになる。
「落ち着いて、私たちは事件の調査をしているの。そして、あなたはその事件の被害者であり大切な証人のひとりよ。だから、焦って話さなくても私たちは最後まできちんと話を聞くわ」
 ゆっくりとそう言い聞かせると、ようやく少年は落ち着くということを思い出したように大きく息を吐いた。
「ゆっくり、あなたに起こったことを話してちょうだい」
「あれは、いつからかな……」
 そして、ゆっくりと少年は自分に起こった『事件』を語り始めた。


3.
 少年は、眠ることが好きだった。
 眠ればいつだって楽しい夢が見れたからだ。
 時には怖い夢を見ることもある。だが、それだって目を覚ました後はハラハラしたことを思い出してほっと息を吐いて済ませられるものだった。
 かといって起きているときが嫌だというわけではない。それでもいつだって、眠ることは楽しいことだった。
 ある日、珍しく少年はその夜に見た夢を思い出せなかった。
 夢を見たはずなのに、それがどういうものだったのか、まったく思い出せなかったのだ。
 疲れすぎて眠ったときに夢を見ないときくらい少年にだってあったから、そのことがおかしなことだとはそのときは思わなかったが、異変は徐々に進んでいった。
 その日からずっと、夢を見ることがなくなった。見たような気はしても、どんなものだったのかまったく思い出せなくなった。
 両親に話しても、彼らはまったく相手にしなかった。
 夢くらい見ないときだってある、疲れているんだろう。そう言うだけだった。
 そのうちに、少年は『夢を見た』という感覚さえも得られなくなっていった。
 自分の中から、何かがぽっかりと抜け落ちている。夢を見るための機能のようなものが自分の中から失われている、そんな思いが少年の中に生まれたのはそのときだった。
 そんなある日、少年はひとつの噂を聞いた。
 自分と同じように夢を見られなくなった人が増えている、夢を盗まれている。
 それだと少年は確信した。自分も夢を盗まれた、そしてその犯人は少年から夢を見るための力も奪い去っていった。
 しかし、そんな少年の言葉を真剣に聞いてくれるものなど誰もいなかった。
 徐々に少年は眠ることも恐れだした。眠ったところで何も見ない、楽しい夢も、悪夢も。

「……だから、あんまり眠ってないんだ」
 ぼそぼそと喋っている少年の目は疲れきっていた。
「夢が見られなくなった頃、あなたは普段とは違う場所に行ったり誰かに会ったりはしていないかしら」
 話を聞き終えた上で、奏恵はそう少年に尋ねた。少年の話をきちんと受け止め調査をしているということが相手にもきちんと伝わる態度だ。
 その態度のためもあってか、少年は懸命にその頃にあったことを思い出そうとしている表情になり、やがて奏恵のほうを見て口を開いた。
「お父さんに博物館へ連れて行ってもらったよ」
「そこで、誰かに会った?」
「変な人には会ってない。案内をしてくれたお姉さんだけだよ」
 その言葉に、いままで奏恵に任せきりになっていた黒川が口を開いた。
「そのキミを案内してくれたお姉さんというのは、本当にその博物館の人だったかい?」
 黒川の質問に、少年はじろりと睨んでから考え出した。どうやら黒川のことを信用していないらしい。
「そんなの、僕にはわからないよ。案内してくれたから博物館の人だと思ったんだ」
 その答えも、黒川に対してではなく奏恵に向けて少年は言った。
「では、証言も取れたところで次は博物館に行ってみようか」
「そうですね」
 黒川にそう答えてから奏恵はもう一度少年に向き直りきちんと礼を言った。
「貴重な話をありがとう。けれど、眠らないのは駄目よ。また夢が見れるようになったときに体調を崩していて夢が見られなくなってはおもしろくないでしょう?」
 その言葉に、少年は素直に頷いた。誰も真面目に聞いてくれなかった話を聞いてもらえたことでほんの僅かだが胸のつかえが取れたのかもしれない。
「僕の夢、取り返して。最後にどんな夢を見たのか思い出したいんだ」
 そう言って、少年は頭を下げた。


4.
 ふたりがいま立っているのは少年に教えられた博物館の入り口だった。
「博物館で事件の原因に接触したとは考えられますか」
「なくはないと思うがね、案内嬢はバイトもいるだろうし、さて彼が会ったという人物はまだいるのかな」
 その口振りに、すでに相手がその場にいないことを察しているような気がし、奏恵は黒川に尋ねた。
「黒川さん、あなた、犯人はもう此処にいないと確信しているんじゃないかしら」
「確信はしていないけれど、予感はしている。噂の範囲は随分と広い。その原因がいつまでも一箇所に留まっているとは考えにくいからね」
 そう言いながら、黒川は入り口に並べられているチラシを覗き始めている。奏恵はそれを見ながら気になっていたことを尋ねてみた。
「あなた、『犯人』の心当たりがあるんじゃないんですか?」
「あるといえば、ある。ないといえばないと言ったところかな」
 人を食ったような答えに奏恵が更に尋ねようとしたのを遮って黒川は口を開いた。
「……そいつは、随分と昔から同じようなことをやっているんだ。人の夢を奪うことが好きなようでね、時々こうして顔を出しては飽きるまで続ける。だが、その出す『顔』というものを僕はあまり知らないんだ」
 その様子には、少年が見た案内嬢の線で探っても相手には辿り着けないということを確信しているような気配があった。
「犯人の手がかりが此処にあると思いますか」
「さて、どうかな」
「それならどうして此処に来たんです」
「僕が探していたのは『そいつ』の手がかりじゃない。別のものだ」
 言いながら、黒川は一枚のチラシを手に取り、奏恵のほうへと差し出した。
「彼が最後に見た夢は、もしかするとこれだったんじゃないかな」
 チラシにはひと月ほど前から催されているらしい化石の展示会の内容が載っていた。
 恐竜などの化石は少年にとって夢を見る材料としては適しているようにも確かに思われる。
 もしかすると覗き見れたかもしれない夢がどんなものだったのかを知りたかったのだろうかと黒川の行動について想像していた奏恵は、ふと、それに気付いた。
「黒川さん……これを」
 そう言って奏恵が示したものを見て、黒川は不愉快そうに眉を顰めた。
「成程、成程。きちんと手がかりも残してくれていたわけだ」
 黒川のそんな態度は非常に珍しいが、そのことを知らない奏恵は自分が見つけた『それ』をじっと見た。
 巨大な恐竜の化石の写真の隣に、小さく書かれた『済』という文字。
 その文字から滲み出ている奏恵や黒川に対する相手の悪意が、奏恵には見えるような気がした。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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7149 / 瀬下・奏恵 / 24歳 / 女性 / 警備員
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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瀬下・奏恵様

この度は、当ゲームノベルにご参加いただき誠にありがとうございます。
黒川経由での事件への参加、彼とは初対面でとのことで以前奏恵様の夢へ勝手にお邪魔したことがあるという設定にさせていただきました。
行動項目の指定についてですが、できるだけ指定してくださったものは使用するように努めますが、必ず全てを指定しなければいけないということは今後も含めありません。
進行上解明していない部分が多いですが、お気に召していただければ幸いです。
ゲームノベルの進行ペースはゆっくりしたものになると思われますが、他依頼含めまたご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝