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■GATE:06 『流星降下』■

ともやいずみ
【6145】【菊理野・友衛】【菊理一族の宮司】
「こんにちわ」
 と、あの少女は言った。唐突に現れて。
 まるで、それがわかっていたかのようにフレアは彼女の真正面に立っていて。
「で、さようなら。もうフレアとおいかけっこするの、あきちゃった」
 フレアが顔をしかめる。だがそれは一瞬のことだった。
 彼女の肢体がぐしゃ、と潰されたのだ。衝撃で飛んだ帽子は圧死させられた主人の血を被って、ゆっくりと地面に着地する。
 まるで肉の塊のようだった。
 四方から一気に力が注がれるとこうなるのかという見本である。
「じゃ、いただきまーす」
 その塊が地面に落ちる前に。
 ムーヴは。
 文字通り。
 フレアを、『喰った』。
「なあんだ。もっといい味がするかと思ってたけど、意外とつまんない味ー」
 吸い込んだように見えた。体に取り入れたようにも見えた。だがそれは、誰が見てもおぞましい光景にほかならない。
 ムーヴは抱えていた時計をよいしょと持ち直す。
「ふ〜ん、ふふ〜ん、たらんたんっ」
 軽やかな鼻歌と共に彼女はきびすを返して歩き出した。
 残されたのは白かったはずの、真っ赤な帽子だけ――。
GATE:06 『流星降下』 ―後編―



 フレアが死んでから三日は経過したその日……空は見事に晴れ、穏やかな時間が流れていた。誰かが一人亡くなっても、世界は変わりはしないということだ。
 病室の窓からミッシングは外を見下ろした。正面の自動ドアから出て行く梧北斗の姿がある。彼は病院を見上げて何か呟いた。
「……アイカワラズモンクガ、オオイ」
 ミッシングは読唇をし、それから窓枠に手を添え、走り去る北斗を見て微笑んだ。
 背後を振り向き、ベッドに横たわる人物を見る。近寄り、見下ろした。
 その細い首。力を入れれば簡単にへし折れるものだ。
「…………」
 自分を作り出したフレアが死んだのはわかっている。この世界にムーヴが来たことも。
「…………」
 ミッシングは奈々子の首を見据えたまま、動かない。
 室内は奈々子の心臓が停止していないことを告げる音が、絶え間なく続いていた。



 化生堂に一番に現れたのは菊理野友衛だった。彼を出迎えたのは店主である女将だ。
 奥に通されると廊下でばったり維緒に会った。
「おや。真っ直ぐここに辿り着けたんかいな」
「そんなことより、フレアはどうだったんだ」
 街中で遭遇した維緒はフレアが死んだと言って先に帰ったのである。その後の様子を知りに友衛はここに来たのだろう。
 ビルとビルの間の狭く、細長い隙間に無理に入ったかのような駄菓子屋風の店……化生堂。店の場所が固定されていないので探すのはかなり面倒だった。
 維緒は露骨に嫌そうな顔をする。
「ホンマあいつはアホやで。一人でウロウロしくさって。挙句に潰されて喰われるとか、バカらし」
「……そうか。フレアは本当に死んだのか。
 なあ維緒、おまえの相方も潰されて喰われたのか?」
「なんでそんなこと訊くん?」
「ワタライが人間じゃないのなら、人間にとって致命傷でもなんとか回復する術を持っているのかと思ってな」
 維緒は腕組みし、右側の壁に体重を預ける。
「人間じゃなくても、ベースは人間や。首がもげたら死ぬし、潰されれば死ぬ。人間より頑丈やけど、不死ってわけでもないんやで? 致命傷はどうやっても回復できん」
「……そういうものか」
「万能なもんなぞおらへんわ。オレかて腕や足はもげても死にはせんし、失血死も可能性は低いけど、それでも司令塔の頭が刎ねられたら死ぬわな、どうやっても。
 なんや、ともちゃん、あんまり悲しんでないな」
 その通りである。北斗や成瀬冬馬ほどフレアに感情を傾けていないせいもあるのだが……。
「悲しむのは……無理だな。いつか、こうなるって感じていたというのもある。まるで……昔の自分を見ている気がしたんだ」
 形振り構わず目的を達成させていた自分と似ていた、と苦笑すると維緒は目を見開き、そうかなぁ、とぼやいた。
「ああ見えてあいつものすごい感情の起伏が激しいんやけど。性格悪いしな。人前でわざと感情を抑えたりしとったけど……。
 なんつーかさ、あいつはハッピーエンドが好きやねん」
「ハッピーエンド?」
 場違いな言葉に友衛は片眉を上げる。
「そ。ものすっごいウソくさいし、イメージと合わんのやけど、昔っからそうなんやで? ともちゃんとはタイプ全然違う」
「……どういう意味だ」
 ムッとして言うが、維緒は気にせず続けた。
「そうやって変に暗く落ち込んだりせぇへんてこと。事態が深刻になってるから気分は沈んどったけどな、最近は」
 友衛が認識しているフレアからは想像がつかない。
 店のほうで話し声がする。誰かがこちらにあがってきたようだ。
 友衛が振り向くと、冬馬と目が合った。ああなんだ、と友衛は思う。
(顔色いいな……)
 瞳に生きる力が戻っていて、強い。なんだかこちらが圧倒されそうな感じがした。
 死んだと思われていた『彼女』に会わせてもらったのだろう。良かったな、と友衛は心の中で冬馬に言う。聞こえるはずはないのだが。



 フレアが死んだというのは北斗から聞かされたことだ。にわかに信じられないが、相手がムーヴならば可能性は否定できなかった。
 なにより、北斗はその現場を見てしまったのだという。
 フレアに隠されるように死角に居たので、ムーヴには気づかれなかったのか、それともフレアがなにかしていたのかもしれない。とにかく北斗はムーヴに気づかれなかった。
 フレアが一瞬で潰され、ムーヴに吸収されたらしい。むごい、と思うしかなかった。
 奈々子が目の前で天井に押し潰された記憶が脳裏を掠めた。何も出来ずに、その光景を見ることしかできなかった自分。悔しくて、辛くてたまらない。
 そして事実を確かめるために冬馬はオートに会いに来た。そして友衛もそこに居合わせた。このままでは北斗も来るかもしれない。
(なんだかんだいって、ボクたちって縁があるのかもね)
 この化生堂に。そして、フレアとオート、維緒という三人に。
 奈々子にはミッシングがついているから大丈夫だろう。安心できるのは、やはりフレアの分身だからだろうか?
「本当に、死んだんだね」
 確認するように言った冬馬の言葉にオートは頷いた。
「ボクの予知にはありません。ですが、フレアと契約しているボクにはわかります。フレアは、死んでます」
「以前キミたちから説明してもらったよね。ムーヴは食べたものを消化しないって。……なら、ムーヴを完全に破壊することでフレアちゃんを取り戻すこともできるんじゃないのかな」
「丸ごと吸収しているならまだしも……殺した後に吸収しているのではどうしようもありません」
 目を伏せて言うオートは渋い表情だ。信じたくはないが、事実なのだと理解している顔だった。
「なんで!」
 冬馬は目を吊り上げて怒った。その様子に友衛と維緒も驚く。
「どうしてそんなに簡単に諦めるんだよ! 奈々子ちゃんがああなっても諦めなかったじゃないか!
 彼女が戻って来ても……キミたちが欠けたら意味がない! どんなに確率が低くても、可能性があるならボクは……いや、俺は、協力は惜しまない……!」
 決意した表情の冬馬から視線を外し、維緒は「うへぇ」と肩をすくめた。
「愛の力は偉大や……。ついていけん」
 小声の呟きは横に座る友衛の耳にだけ入った。本当にコイツは……と友衛は苦く思う。
「ミッシはフレアちゃんの半身なんだろ? だったら狙われる可能性もあるってことだよね?」
 冬馬の言葉にオートは首を振った。
「半身といっても、大部分はフレアにあったんです。言ってみればフレアの外側を真似て作った空っぽの箱のようなもの……。ムーヴが狙うとは思えません」
 本体であるフレアが殺された今、わざわざムーヴが狙う価値はないのだろう。
 その時、障子が開いた。そこに立っていたのは北斗だ。手には深紅の帽子と、彼の武器であろう弓を持っている。
 あ、と冬馬が声を詰まらせた。だが北斗はいつもと同じように明るい。
「よ! ズルいぜ。俺だけ仲間外れなんてさ!」
 彼はそう言って室内に入ると、障子戸を閉めた。



(フレアは俺に何かを託してくれた……んだと思う。多分だけど)
 病院で親友に辛辣に慰められた後、北斗は自室でそう思い、深呼吸した。ゆっくりと自身の胸に手を当てる。
 自分が何をするべきか、と考えて……決めた。
 フレアが護りたかったものを護りたい。まずはそれだ。
(それに……僅かかもしれないけど、ムーヴを倒すことによってフレアも戻ってくる可能性もあるじゃんか!)
 可能性はゼロじゃないと思いたい。いや、思う! 絶対ゼロじゃない!
 そう思って次の日、北斗は学校が休みなので早速化生堂を探して歩いた。
 フレアを探していた時は見つからなかったくせに、今日はたった一度で着いてしまう。おかしなものだ。
 すでに友衛と冬馬が来ていたようで、北斗は居間に入ってくるや、座った。
 冬馬の心配そうな視線を感じたが、「だいじょぶ!」とブイサインをしてみせた。全く気にしなくなったというわけではない。フレアのことを考えるだけで胸の奥は痛む。
「あの……梧クンはフレアの近くに居たんだよね? どんな様子だった?」
「様子?」
 首を傾げた北斗に、オートは続けて言う。
「我々は、なんていうかな……電気信号みたいなもので『フレアが潰れて死んだ』というイメージしか受け取っていない。その現場に居たんでしょう?」
 持っている深紅の帽子がそのことを示している。
 フレアからは関係を隠せと命じられていた。ウソがうまくつけるはずもない。皮肉なことに、彼女との関係を誤魔化すには今の状況はもってこいだった。近くで彼女の死を見たせいで、大きなショックを受けている、とオートと維緒には見えていることだろう。勿論、冬馬や友衛にもだ。
 小さな関係を大きな事件で覆い隠したという感じだ。そもそも北斗はぐじぐじ悩む性格ではないので、切り替えも早い。
「なんかムーヴが、おいかけっこ飽きたとかって……いや、うん、グシャッと潰しちまった……」
 声を濁す北斗はすぐに表情を引き締める。
「一瞬で俺、なんもできなかったんだ。フレアはムーヴが現れることに気づいてたから、俺を隠したのかもしれないし」
「……変なところで勘はいいからね、フレアは」
 オートは昔を懐かしむように呟いた。
「ムーヴはフレアを体で吸い込むようにして、そのまま消えちまったんだ」
「梧クンは、なんでフレアと会ってたんですか?」
「いや、化生堂に行こうとしてウロウロしてたらフレアに会ったんだよ。たまたまあいつが前に住んでたマンションの近くを通っててさ」
 なるほどとオートが納得する。今のはもしかして何か試されていたのかなと北斗は内心冷汗ものだ。
「フレアちゃんに対する執着がなくなったっていうことは、無作為に食べ始めるってことだよね? 時間がないってことなのかな……」
 冬馬の疑問に友衛は頷いた。
「次に狙うのはこの世界――か」
 戦うべきなんだろうなと友衛は思う。いざとなれば刀を抜いて冬馬と北斗は守りたい。
「俺、フレアが護ろうとしてたものを護る!」
 北斗はそう言って弓を握りしめた。維緒が苦い表情をして頭を抱える。
「もうちょっとなんでそんな結束しとるん? 熱い! なんやのこれ! 熱血は苦手なんや〜」
「維緒は少し黙って。
 皆さんがムーヴを討つ気なのはわかりました。ですが、フレアが勝てなかったのに、我々が勝てるとは思えません」
「何か方法を考えるのは?」
「成瀬サンの言うことはもっともですが、我々はあなたたちより長い間、ずっと考えてきたんです。ムーヴの破壊方法を。
 あるとすれば……一つ。ですが、その可能性もフレアが死んだ今は成功率がかなり低い」
「その方法を言え。無理かどうかは聞いてから判断する」
 友衛の言葉に維緒が面倒そうに応えた。
「オレの相棒のスノウがムーヴの中に居るから、そいつに内側から破壊してもらうんや」
「内側? でも、吸収された連中は身動きとれないんだろ?」
「北斗少年は、オレらをなんやと思っとるんや。人間と違うんやで?
 オレが何度やってもムーヴに勝てんし、フレアでも無理やった、ちゅうことは、外がダメなら内で、って考えるやろ。
 もっとも、内側は無限の胃袋やからな〜。成功するかどうかは謎やけどね」
 だけど、と北斗が口を挟む。真っ赤に染まった帽子を、そっと畳の上に置いた。
「それしか、ないんだろ?」



「流れ星ってさぁ、人が死んだ時に落ちるって聞いたよー?」
 誰にともなく、ムーヴはビルの屋上のフェンスに腰掛けて空を見上げて言う。
 東京は明るい。眩しい、とも言う。夜のはずなのに、明る過ぎる。
「ちがうのかなー? フレアの星、流れないねぇ」
 無邪気な瞳のムーヴは、本気で言っているらしい。
「どれなんだろうねぇ。でもここって、ニンゲンには見え難いねぇ、空が」
 両手に抱えた時計が緩やかに動いている。
「あーあ、フレアならもっとこの時計を動かしてくれるかと思ってたのにぃ」
 期待はずれだー、とムーヴは足をブラブラと前後に動かす。
「前に取り込んだヤツだと、すっごい動いたのに。ニンゲンはクズみたいで動かないからキライー」
 フレアを丸ごと取り込んだことをムーヴは残念に思っていた。圧死させたのは、気まぐれだったのだ。
 ムーヴにとってみれば、この世界、いいや、すべては自分のオモチャだ。できないことはないし、阻むものもない。
 どいつもこいつも紙キレのようなものだ。ちょっと手強いフレアや維緒は、長く遊ぶには丁度いい。
 生き物と違ってムーヴ自身は「死」を理解できない。だから、なるべく長く、楽しく遊べるものは取っておきたいのだ。
 さて。一番の関心事だった『フレア』は手に入れた。じゃあ次は――――?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊理野様。ライターのともやいずみです。
 戦う決意を抱いている……という感じになっています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!