■不夜城奇談〜始動〜■
月原みなみ |
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】 |
――こんばんは。今夜も『ミッドナイト・トーキング』が始まります。担当は僕、アキです。六十分間、最後までお付き合い下さい――………
日中の蒸し暑さが残る夜。
少年は十二階建てビルの屋上から足元の遥か下方を見つめていた。
深夜に近い時間帯だというのに人工の光りは星よりも多く、これほど無駄に明るい世界に生きながら、どうして自分の周りだけが暗いままだったのか不思議でならない。
今も、光りは遠い。
ここには闇しかない。
あの明るい場所に飛び込みたいなら、あと一歩、宙に進まなければならないのだ。
「……」
少年は息を吸った。
閉じたままの瞳で空を仰ぎ、自分の闇を思い知る。
ここから逃げ出すには、一歩、踏み出せばいいだけだ。
――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 東京都在住の十七歳の男の子…『僕はいま、死んでしまいたいと思っています』――
「っ!」
不意の言葉に、少年の足は止まった。
慌てて辺りを見渡すが、その声の出所と思われるものはない。
「ぇ…?」
だが確かに聞こえてくる声は、ラジオ番組のものだろうか。
――『学校に行くとクラスの奴らに暴力を振るわれて金を取られるし…』――
――…うーん…随分、辛い思いをしているんだな…誰にも話を聞いてもらえないってのは、すごく辛いよな…――
「…っ…」
ラジオの声が、少年の進行方向を変えさせる。
もっと近くでこの声を聞きたいと思った少年は、屋上にあるはずの機器を捜し歩いた。
この声の主が読んでいた手紙が誰の投書かなど知らないが、語られた身の上は、まるで自分のことのようだった。
「どこ…」
少年は探した。
誰が置いていったのか、小さなラジオがフェンスの傍に落ちていた。
***
「いいかげんにしてくれ! もううんざりだ!」
「なによ! 自分ばっかり我慢しているような顔しないで!」
狭い室内に男女の怒声が行き来する。
時には雑誌が宙を飛び、グラスが割れては絨毯の上に乱れ散る。
市営住宅の四階。
二人の幼い子供達は、逃げ場所もなく、泣き喚くことも出来ず、ただ二人抱き合って両親の怒りが過ぎるのを待つしかなかった。
その瞳に大粒の涙を溜めながら。
「さっさと出て行け!」
「――! えぇ出て行くわ! もうアンタなんかと一緒にやっていけない!」
聞こえてくる二人の声に、子供達は顔を上げた。
お母さんがいなくなってしまうと、青ざめた顔を。
――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 埼玉県在住の五歳と七歳の女の子達から…『助けてください。大好きなパパとママがケンカをしています』――
「!」
「え…?」
突然、居間に置いてあるオーディオの電源が入り、大音量で流れ出したラジオ放送に夫婦は驚いて言葉を途切れさせた。
廊下にいた子供達も顔を見合わせて立ち上がる。
――『おばあちゃんのことで、パパとママはいつもケンカになっちゃうんです。おばあちゃんのことは好きだけど、でも、私達はパパとママの方がもっと好きなのに…』――
――…そっかぁ…五歳と七歳じゃ、ケンカ止めたくても止めれないよな。…もしかしたら、今もご両親のケンカで泣いたりしているのかな? ――
「ぁ…」
「あの子達……」
夫婦はハッとして子供部屋に向かった。
だが居間の扉を開けると、二人の娘がそこにいた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で両親を見上げていた。
「…っ……」
母親は娘達を抱き締めた。
父親は抱き合う彼女達を見つめ、そのうち、妻の腕についた傷に気付いた。
割れたグラスの欠片で切ったのだろうか。
「…済まなかった…痛くないか…?」
触れた腕。
彼女の瞳からも涙が毀れる。
***
――誰かに殺意を抱く、…って、実は誰にも有り得ることだと思う。――
――…ただ、本当に誰かを傷つけてしまったら、その後で幸せな恋愛をするのは、とても難しいことだよ……――
「…っふ…ぅっ…うぅっ…」
彼女は自分の部屋で泣き崩れていた。
先ほどまで右手に握っていた包丁を、いまは地面に手放し、その手で口元を覆いながら涙を流し続けた。
突然、鳴り出したオーディオが流したラジオ番組。
読まれた手紙は、自分のまったく知らないものだったが、語られる内容は正しく自分の現状だった。
このラジオを聴かなければ、彼女は包丁を手にして隣の部屋に住む女子大生を襲いに行っていた。
自分の恋人を奪った憎い女を。
――…人を愛することが出来る綺麗な心を、一時の怒りで、駄目にしてしまうのは勿体無いよ。浮気をした男は、その程度の男だったんだと思って新しい世界に目を向けてみない? 俺は、君に本当に幸せになって欲しいと思うんだ。――
「…ぅっ…ありがと…、ありがとう……っ!」
涙しながら、この誰とも判らないラジオ番組のDJに何度も「ありがとう」を繰り返す彼女の心に、もう殺意は欠片も存在していなかった。
その後、行方不明者が続出する。
とある学園の暴力的な少年が。
ある家の老婦人が。
そして、若い女性が。
消えていく、怨まれし人々が――。
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■ 不夜城奇談〜始動〜 ■
「十二宮(じゅうにみや)ねぇ…」
ぽつりと呟き、口元に淡い笑みを浮かべた男は、その名に“懐かしい”と思いを語る。
「十二宮と言えば、昔の…、あの組織のことですよね…?」
「君も覚えていたんだね」
確認するように問うて来る相手に男は微笑う。
もう何年前になるのか。
数えるのも億劫になるほどの年月を経て、再び「十二宮」の名を聞くことになるとは流石に予想もしなかったが。
「まったく…。今生の狩人は様々な出逢いをもたらしてくれる」
クックッ…と喉を鳴らして笑う男の頭上に輝くのは細い三日月。
古代の人々が数多くの物語を描いた星空の中心には北極星。
北国の山中。
彼らの住居以外の灯りは皆無の土地で、大宇宙の輝きは何に阻まれることも無く地上を照らす。――この環境に慣れた彼らを、不夜城はどのように迎えてくれるだろうか。
「どれ…俺達も東京とやらに行ってみようか?」
屋内には彼を含めて四人の人物が居た。
その内の一人、まだ学生服を着ていて然るべき年頃ながら鮮やかな金髪の少年は、男の視線が自分に向いているのを知って目を瞬かせる。
「俺!?」
「当然」
「何でだよっ、黒天獅(こくてんし)を連れて行けばイイじゃねーか!」
「明後日は朔の日だよ、彼を白夜(びゃくや)から離すわけにはいかないね」
「だからって何で俺…っ」
「雷牙(らいが)」
問答無用という強い語調で制されて、金髪の少年は思いっきり頬を膨らませる。
「贔屓だ!」
「適材適所だよ」
にっこりと告げた男は、雷牙を手招きして庭に出す。
「行こう」
命じれば、少年はぶつぶつと文句を言いながらも結局はその姿を変化させた。
人型から鳥型へ。
男一人を背に乗せても飛行可能な大きさは、翼を動かすだけで辺りに強風を起こしたほどだ。
「じゃ、行って来るよ」
「…くれぐれも影主や光君の邪魔はしないで下さい」
「邪魔とは心外だね、俺は彼らの始祖として責任を果たしに行くだけさ」
笑顔で返された言葉を最後に、白夜と黒天獅、二人に見送られて彼らは夜空に飛び立った。
「十二宮、か…」
東京に向かう彼らの姿が見えなくなった頃、初めて黒天獅が口を開く。
「…俺は名前しか知らないが…、聞いた話が繰り返されなければいいな…」
「うん…」
祈るような呟きは夜闇に掻き消されて、世界には届かない。
人間の負の感情を糧に生きる魔物。
それらを滅するために彼らが興した一族、闇狩。
いま、時代は動き始めようとしていた――。
■
気持ちの良い青空が広がっていたこの日、しかし阿佐人悠輔の心境は晴天に反して薄暗い雲が広がっているような、何か非常に良くないことが起こりそうな…、そんな表現の仕様がない重たい何かを胸に抱えていた。
と言うのも、最近になってあるラジオ番組が日増しに身の回りに広がっていたからだ。
最初は、たまたま聞いていたラジオで悩みが解消されたという、偶然が招いた幸運という程度の他愛ない話題だった。
それが、同じように救われたという生徒が一人、また一人と増えるにつれて、ニュースやネット上に行方不明者の記事が目立つようになった。
無断欠席を続ける生徒に、影で「俺あいつ嫌いだったしラッキー」と囁く者がいた。
(また失踪者…)
悠輔は内心に呟き、ここ最近の失踪事件に関わる都度、顔を合わせてきた狩人達を思い出す。
鞄の中にしまってある白銀の腕輪が反応しているかどうかを確認するも、今は何ら感知するものが無いらしく、そこで静かに保管されていた。
(校内に魔物が居るわけじゃない…)
ならば、何故こうも学内でラジオの話題が皆の口に上り、不穏な単語が聞かれ、それを喜ぶ者まで現れるのか。
「なぁなぁ」
不意に声を掛けられて顔を上げると、割りと親しく付き合っている友人が前の席に座って悠輔の顔を覗きこんでいた。
「阿佐人も例のラジオ聞いた?」
またその話かと思いつつも左右に首を振る。
気になるようになってから色々と調べてはいるのだが、聴いたという同級生の話を聞いても、気持ちが興奮状態にある場合が多く、番組名や放送時間などを正確に記憶している者がいないせいもあって、いまだ確かめられずにいるのだ。
「なんだ、阿佐人も聞いた事ないのか」
どうやら、そう言う彼も聞いた事がないらしく。
「別に何に悩んでるわけでもないけどさ、これだけ話題になってるなら、一度くらい聞いてみたいよなぁ」
そう言って笑う表情には屈託のない朗らかさ。
向けられた悠輔までも笑顔にさせそうな相手を見ていると、確かに悩みは無さそうだと思えて、無意識に笑ってしまう。
「あ、今の笑いはバカにしたな?」
「いや…、そういうのも良いなと思っただけだ」
「ホントかよ〜」
疑わしそうに、だがそれすら笑顔で言える彼は、恐らくラジオを聞くことは無い。
「――」
聞かないという、それは根拠のない直感でしかなかったけれど。
「阿佐人?」
唐突に黙ってしまった悠輔に、友人は不思議そうな顔を向けてくる。
それに笑って誤魔化しつつも、彼は決意した。
嫌な予感がする。
根拠など無くとも構わない。
確かめないことには何も判らないと、悠輔は一つの決意を固めるのだった。
***
「――阿佐人様?」
「っ」
放課後になってすぐ、帰宅途中にあるネットカフェでラジオ番組の情報を集めていた悠輔は、パソコン画面に集中し過ぎていたために、不意をつかれた形になって息を呑んだ。
しかし振り返った先に立つのが彼女だと知って、安堵すると同時に驚いた。
「天薙さん?」
「ご無沙汰しております」
「ぁ…どうも…、ところでどうして此処に」
「実はこれを」
そうして見せられた手首には、彼と同じ銀の腕輪。
「それ…、もしかして闇狩の」
「ええ。いま外から阿佐人様の腕にも同じものがあるのを拝見しまして、…もしかして同じ魔物を追っているのではないかと思ったものですから」
「――例のラジオの」
互いの顔付きが変わる、それが答え。
悠輔は撫子に席を進め、どちらともなく互いが持つ情報を開示し合った。
撫子が、とある放送局から祓いの依頼を受けて訪ねたが、そこには何ら異変のなかったこと。
これから別の局も訪ねようとしている事を伝えると、悠輔は「それは無意味だと思う」と自分がいま開いていたネット掲示板を指し示す。
「いま情報を集めている最中なんだが、そのラジオを聴いて「救われた」と感じた人達が日頃聞いていたラジオ局が、天薙さんがいま行っていた局なんだ」
「それで抗議文もそちらに集中なさったのね…」
「けど、その局で噂の番組が放送されているという事実はないし」
「ええ」
「他の局にも存在しない」
「一つもですか?」
「そう。しかも、ラジオを聴いたという相手に何時に聞いたのかと質問しても、DJの名前、番組名、正確な時間すら誰一人覚えていない。共通しているのは夜ということだけなんだ」
あまりにも曖昧な大勢の記憶に、撫子はしばし思案する。
「……阿佐人様。最近、何者かに監視されていたことがお有りですか?」
「…十二宮のことだな」
「ええ。あの男性が言っていたこと…、闇の魔物は負の感情に異常なほど敏感だと」
「ああ」
そうして重なる視線の先で互いの思考は一致していた。
放送局ではない。
十二宮が利用しているのが闇の魔物の特性であれば、むしろ存在しているラジオ番組は必要ないのだ。
それが聞けるのは「救い」を求めている視聴者だけ。
だから「救われた」者しかラジオを聴くことは無く、代わりに、憎まれている相手を攫う。
「失踪している人達だけれど…一人暮らしのお年寄りだったり、大学生だったり、居なくなったことにすぐには気付かない人達ばかりなんだ。いま判っているだけでも三十人近くが失踪している」
だからこそ、これだけの人数が失踪するまで事態は動こうとしなかった。
「敵も考えているということですわね…」
では、あえてラジオ番組という媒体を使った理由は、どこにある?
「ラジオってことは…電波だ…」
今この瞬間にも目の前を漂う見えない波。
それだけではない、様々な情報、心情があらゆる媒体を経て大気を伝う。
ラジオ、テレビ、メール。
これら全てが人間の思念と取れるなら。
もしもこれに、闇の魔物が潜んでいるならば――。
「この東京中の人間が魔物の手の中ってことにならないか…?」
まさか、と言葉を失う。
だが、そう考えれば納得のいく事由は多い。
「十二宮はわたくし達をショーに招待すると言っていましたわ…」
――…もう間もなく…皆さんを楽しいショーに御招待しますよ……
――……人間の感情とは…脆くも遊び甲斐のある玩具ですから……
人間の感情を玩具だと。
この世から負の感情を一掃すると。
「そんな真似、させてたまるか…!」
「ショーと言うからには、観客が大勢いなければ成り立ちません」
「電波の発信元は電波塔…、観客が大勢集まる塔と言えば…」
二人は顔を見合わせる。
その条件に当てはまる場所は、ただ一つ。
「参りましょう」
「あの二人を呼んでおかないと…」
慌しく席を立ち、店を出る。
悠輔はその途中で携帯電話を取り出し、教えられていた光の番号を鳴らそうとしたが。
「阿佐人様、天薙様」
不意に背後から名を呼ばれて振り返ると、立っていたのは彼らと同じ年頃の少女だった。
「あんたは…」
悠輔が問い掛ける。
それに応えるように、少女はおもむろに膝を折った。
「えっ…」
この雑踏の中で、まるで貴人を敬うように膝をついた少女に二人の驚きは大きい。
さすがに周囲の視線も気になった。
だが、対する少女は何のその。
落ち着いた物腰で二人に言葉を紡ぐ。
「影主より言伝を預かって参りました」
「えいしゅ…?」
聞き返す悠輔と、ふと思い当たることがあった撫子。
「影主とは、あなた方闇狩一族の御当主ですわね?」
「はい」
肯定する少女に、撫子は確信する。
「きっと影見様のことですわ」
「影見って…、河夕さん? あの人、一族の主なのか?」
「そのようですわね…」
それぞれに軽い動揺を見せた二人に、少女は小さく笑う。
「その河夕様からの言伝です。どうぞ、お二人はこのままご自宅へお戻りになられますよう、お願いしたいと」
「家に?」
「この件には、これ以上関わるなと。お二人に預けられた河夕様の欠片――ご家族と共に居て下されば、今宵の争いがお二人に害を及ぼすこともございません」
つまるところ家で隠れていろという意味に取り、悠輔は眉を寄せ、撫子も表情を改めた。
「冗談じゃない、ここは俺達の街だ」
「人の暮らしに害成すものの存在を知りながら背を向けるなど、出来るはずがありません。それは影見様もご承知下さっているものと思っておりましたが」
躊躇ない反論に、しかし少女は微笑った。
「では、くれぐれもお気をつけて」
意外にもあっさりと退き、再び頭を垂れると、それきり姿を消した。
二人はしばし沈黙し、顔を見合わせ。
だが「行こう」と歩を進める。
目的地は、ただ一つ。
そこに狩人が居る事を彼らは信じて疑わない。
■
東京を象徴すると言っても過言ではない総合電波塔の正面に、目的の人物・影見河夕が数人の男女と真剣な面持ちで言葉を交わしていた。
「影見様」
撫子が呼びかけると、河夕は振り返ると同時に目を丸くする。
「おまえ達、どうして…っ」
「どうしても何もない」
悠輔が即座に言い放つ。
「ここまで関わらせておいて、最後の最後に手を引けはないんじゃないですか」
「しかし」
「危険は百も承知です」
更に言い募ろうとする河夕を制し、撫子も悠輔の側に立つ。
「だからこそ、わたくし達も十二宮に背を向けるわけにはまいりません」
はっきりと言い放つ、そんな二人に、今まで河夕と話していた男女が失笑した。
「――では河夕様、我々はこれで」
「ぁ、ああ。頼む」
河夕に一礼し、更に悠輔、撫子、二人にも頭を下げて去って行く彼らは、今までの情報を総合的に考えれば一族の狩人であり河夕の部下ということなのだろう。
更に彼を驚かせたのは新たな来訪者。
緑光と共に現れた白樺夏穂、杉沢椎名、そして五降臨時雨である。
「おまえ達までどうして…っ、光、おまえ何のために」
「僕は無駄な遠慮はしない主義ですから」
にっこりと笑う彼に、夏穂が軽い息を吐いた。
どうやら河夕としては、個々に探り始めた彼らの行動を止めるべく光を行かせたつもりだったようだが、もし止められたとしても、彼らも関わる事を避けようとは思わなかっただろう。
そういう意味では「無駄な遠慮」と表現した光の言い分は正しい。
「…ったく」
河夕は額を押さえて呟く。
誰一人、関わる事を止めようとしないならば道は一つ。
「どうなっても責任は持たないぞ」
「もちろん」
「…うん…大丈夫…」
一人ひとりの顔を順に見遣って、諦めの息を一つ。
「なら状況を説明する」
そうして、全員が自らの得た情報を報告し合った。
悠輔と撫子によれば、どの局にも問題のラジオ番組が放送されていた形跡はなく、視聴者側も、DJの名や聞いた時間など一切が曖昧で、共通するのは“夜”ということだけ。
更に、失踪した側の共通項は時雨達の結論と共通しており、では、なぜ敵は敢えてラジオという媒体を使ったのかという疑問が残るわけだが。
「電波だろう」
悠輔が言い、狩人は「そうだ」と低く返した。
いまこの瞬間にも辺りを流れる見えない波。
魔物はこれに潜むことで人間の負の感情を捕らえ、闇の声を届け、その憎しみの行き先を探る。
「救われた」と人は思う。
だが、逆に憎んだ相手、殺意を持った相手が消えたとなれば、それを知った本人はどうなるだろう。
「…祖母が失踪したという幼い姉妹は…、心を閉ざして…、人と関わる事を避けるようになっていたわ…」
時雨のおかげで笑顔を取り戻したようだったけれど、これが続けば再び失われてしまうほどに脆い、幼い感情。
姉妹ばかりではない。
ラジオを聴いて救われたと感じた人々が、しかし自分の嫌いな相手が失踪したと聞いて何も感じないわけがなく、その内にラジオの噂が流れてくる。
あれのせいで相手が消えたと考える。
その結果、人々の心はどうなっていくだろう。
「それが魔物の狙いですのね…」
負の感情の一掃など有り得ない。
悠輔もそうして敵の思惑を確信する。
「十二宮の狙いは人間そのものを滅することではないのでしょうか…」
「恐らく」
撫子の言葉に河夕が頷く。
「俺達が魔物の気配を掴み切れなかったのも、この都に流れる、電波という見えない物質に魔物が混じっていた為だ。いまこの瞬間にも東京中の人間が人質同然の状況にある」
だからこそ河夕は、一族をこの街に集め、東京全土に結界を張り、そこから逃すこと無く敵の一斉消滅を狙った。
だが、見えない魔物が狩人に対抗すべくいつ牙を剥くとも限らない。
だからこそ、連中に目をつけられているであろう彼らには安全な場所に避難するよう伝えるつもりだったのだが。
河夕に睨まれた光は肩を竦めるだけ。
当人達の表情にも迷いは無い。
「今夜こそ連中を狩る」
そうと決めた彼らの心は一つだった。
総合電波塔に一般の観光客が入場できる時間を過ぎたところで、計画の第一弾として外部の人間に異変を悟られないよう、タワー周辺の空間を三次元から切り離す結界を張ることになる。
次いで、東京の四方八方に散った狩人達が魔物の行き来する都の輪郭上に沿って一族の結界を張り、都内に魔物を封じ込める。
そして最後。
この場所から、やはり電波に乗せて闇狩の力を散開させることが河夕の役目だ。
風よりも、水よりも。
この不夜城の全域に及ぶのは、この電波塔から発せられる波だから。
「時雨、夏穂、椎名」
河夕は三人を呼び、それぞれに白銀色の輝きを帯びた腕輪を放った。
悠輔、撫子の腕にあるものと同じそれは、河夕の力の具現化。
「利き腕にはめろ、それでおまえ達の攻撃も連中に効く」
「河夕さん、いま三つも…」
何かを言いかけた光を、河夕の目線が制した。
「連中だって俺達が此処に居ることはとっくに気付いているはずだ。にも関わらず、今まで何もして来ない…、用心しろ」
彼らは警戒しつつ、その時を待つ。
そうして、――巡った時間。
先に動いたのは彼らだった。
***
「やぁ諸君、――初めましての子もいるようだが」
「!」
仰いだ上空に、若い男。
「おまえが十二宮か!」
声を張り上げた悠輔に男は笑う。
「何が可笑しいのですか」
問い返す、その間に。
「光」
「御意」
狩人達の応答。
放たれる力。
「ほぅ?」
上空の男が愉快そうな声を漏らした。
直後に辺りの空気が変わる。
それまでの人で溢れた雑多な空気が凛とした静けさを帯び、辺りから人の姿を隠す。
奇妙な暗がりと、反響する音。
更に。
「来たか」
電波塔を囲う結界に呼応するかのごとく、都の四方から能力の壁が広がる。
「…!」
悠輔達は、その明らかな変化に少なからず驚かされた。
一体、どれだけの数の狩人が集まったというのか。
それほどに厚く、強固な、結界の壁。
「これでおまえが集めた魔物の逃げ場所はなくなった」
「ふふ…、しかし東京中の人間が我々の人質も同然の状況に変化はなかろう」
「魔物が人間に害を為そうとすれば一族が狩る、魔物が大気に混じっていると判れば、それなりに対処の仕様もある」
「なるほど」
十二宮は「ならば」と上空を仰いだ。
地上百五十メートル地点に設けられた展望台。
「彼らはどうかな?」
告げる。
「なっ…!」
同時に起きた爆発。
電波塔の展望台、その周囲を囲うガラス窓が爆発によって吹き飛び、白煙を吐き出す。
彼らの姿は見えずとも、その現象は外も同じ。
「さぁ…これで人間達が大騒ぎ」
「貴様…!」
「場は乱れ、不特定多数の人々が集まり、辺りは騒然となる……それでも君達の結界は揺らがないだろうか」
更に。
「結界の中であろうと、人は死ねる」
まさか、と。
白煙の中に目を凝らして、浮かぶ影。
「あれは…っ…」
「三十四人の失踪者…噂のラジオで消えた人々が、揃ってここから集団投身自殺――世間はどう騒ぐだろう?」
一方、ラジオによって救われたと思った人々は。
彼らが、自分のせいで誰かが死んだと自らを責め始めたら――。
「さぁ…人間達の愛憎劇の始まりだ」
男の言葉に。
その、薄ら笑いに。
膨らむ怒りは、彼らも同じ。
「ふふふ…君達の内側にも滾る憎しみが見える」
「!」
「魔物は君達の負の感情にだって反応する」
「ぁ……!」
結界の中だとて、負の感情を抱えた人間と魔物が共存していれば――。
「阿佐人!!」
「っ…!?」
狩人の声が急激に遠のく。
直後、彼は闇の中にいた。
■
そこは無限の闇。
心の奥底に抱えた傷。
――…負の感情を一掃するなど不可能……
――……人間とはかくも弱く…
――……脆く……
――…扱いやすい玩具……
悠輔は頭上に落ちてくる雑多なものを払うように首を振る。
――…おまえ達とて同じこと…
――…悪しき者を排除しようとする心の奥底で…
――…おまえもまた憎しみを抱えているだろう……
「…っ…」
闇の魔物に囚われて、心を騒がせる言葉を否定することは出来なかった。
そうだ、憎しみなら抱いて来た。
ろくでもない奴は消えてしまえばいいと何度も思った。
そういう存在がいるのは真実だ。
「…けどな…っ」
けれど、そんな存在がいなくなれば世界は成り立たない。
「他人に嫌な思いを欠片も感じさせない完璧な奴なんて存在しないんだ……!」
それを悠輔は知っている。
判っている。
「負の感情を持った人間を消して行くなんて、そんなことを続けて行けば、先には人同士の拒絶と消滅しかない」
幼い姉妹がそうであったように。
消えた彼らが、そうであったように。
「だから俺は…っ…、十二宮、あんたの行いを続けさせるわけにはいかない!」
闇の彼方。
視界には何も映らない。
だが、その焦点を外さずに言い切る心の強さに、手首にはめた腕輪が輝いた。
暗闇を切り裂く白銀の光り。
揺るがない道筋。
「阿佐人!」
河夕の声に引き上げられるように、その意識は開花した。
■
「阿佐人!」
河夕を振り返る、同時に仲間の姿が映る。
皆が魔物の声を振り払ったことは、それぞれの強い眼差しを見れば判った。
「…なるほど、君達のような人間は厄介だな」
上空、男が苦笑交じりに呟く。
「傷を知る者は、我々の計画を遂行するには邪魔な存在でしかない」
ならば道は一つ。
「君達にはここで死んでもらおう、――彼らと一緒に」
「――!」
その言葉が号令であったように、展望台の割れた硝子窓の傍に佇んでいた影が一つ、また一つと宙に足を踏み出す。
「待っ…!」
届かないと知りつつも伸ばした手に、不意に強風が巻きついた。
「!」
何事かと目を疑う彼らの前で、地面に落下するはずだった人々の体を空に浮かせるのは。
「……っ…あやこさん…?」
光が呟いた名前は、他の面々には不可解だった。
だが、自殺させられようとした人々を救った風が味方であることは疑いようが無い。
「次から次へと…!」
そうしていま、男の口調に苛立ちが混じる。
大気から闇の魔物が滲み出す。
「光、宙にいる人間の保護と魔物を!」
「御意」
「阿佐人、天薙、あの男を頼めるか」
振り返る、河夕の手には白銀の輝きを帯びた日本刀。
「俺は魔都全域の大気に滲んだ魔物を一掃する」
「判った」
「お任せください」
悠輔は懐から取り出した銀のバンダナを手に男を見据え、撫子もまたその手に特殊な鋼糸を握る。
「私の相手は君達か」
不敵な笑みと共に、男の右手が握ったのは不気味なまでに濃い闇を抱えた諸刃の剣。
大気を疾走し。
鳴り響くは刃の衝撃音。
「この…!」
自らの能力で鋼鉄と化したバンダナで打ち合う。
その速さは尋常でなく、ついていくのでやっとだ。
だが、その合間。
悠輔の動きを決して邪魔しない抜群のタイミングで十二宮の足を止めるものがあった。
撫子から放たれる妖斬鋼糸だ。
「くっ…煩わしい…!」
「天薙さん!」
悠輔のバンダナを刃で抑え、逆手から魔物の集合体を放つ。
それは一直線に撫子に向かう。
だが彼女もまた正当なる退魔の血筋。
自らの防御手段に落ち度は無い。
「阿佐人様、わたくしへの心配は無用です、どうぞ敵に集中なさって下さい」
余裕すら感じさせる微笑に、悠輔は頷き返した。
視界の端に、時雨の凄まじい斬撃が次々と魔物を滅して行くのが見える。
夏穂と椎名が展望台から投身しかけた人々を次々と保護し。
そして。
「――……っ」
それは来た。
「これは…っ!」
男が顔色を変える。
「バカな…っ…闇狩とはこれ程の破壊力を……!?」
その驚愕は、逆の意味で悠輔にも判った。
電波塔の正面に突き立てられた白銀の刀から広がるのは魔を退ける輝き。
足元に描かれた魔法陣らしき四角の図柄が、何語かも判らぬ河夕の呪によって上昇し、辺りに光りを撒く。
それだけではない。
悠輔の手首にある腕輪までが呼応するかのように輝きを増し、自分の力までも増大させるように感じられた。
だが、一定しない。
腕輪の輝きは不安定に強弱を繰り返した。
「これは…」
明らかに奇妙だった。
撫子も同じように感じていたらしく、重なった視線に含まれるのは戸惑い。
同時に先刻の狩人達のやりとりを思い出した。
――…河夕さん、いま三つも……
夏穂達に腕輪を渡したときだ。
驚いた顔で何かを言いかけた光を、河夕は視線で黙らせて…。
「まさか…」
一つの予感に河夕を振り返り、その表情に焦りに似た色を見て確信した。
この腕輪は河夕の能力の欠片。
自分の腕に輝き、力を増すように、腕輪の数だけ本人の力が分散されるのだとしたら。
「バカ…っ」
急いで腕輪を外し、彼に返そうと考えた。
しかしそれを許さない敵の思惑は。
「こうなれば猶予はない…貴様等と遊んでいる場合ではないようだ!」
十二宮の刃が悠輔を捕え、振り下ろされる。
辛うじて自らの武器で防ぐも、確かに今までとは違った。
敵は、本気だった。
「くっ…!」
腕が震える。
いつしか汗が額から顎に伝い。
「なかなか良い見極めだが…まだ若い」
男は笑み、もう片方にいま再び魔物の弾を生じさせた。
「君のような若人を失うのは痛いがな…、これで終わりだ!」
そうして放たれようとした一瞬。
撃たれたのは、その男。
「阿佐人君!」
光の声がして振り向けば、その肩に乗せられた夏穂が弓を握り、そこから放たれたのだろう矢が男の肩を撃ち抜いていた。
「河夕さんを!」
言葉はそれで充分。
悠輔は男が痛みに体を仰け反らせた隙をついて距離を取り。
「天薙さん!」
「ええ」
撫子と共に河夕の領域に飛び込んだ。
「っ!?」
「あんたバカだろう、この大事の前に力を分散させるなんて」
「攻撃は最大の防御と言いますから、影見様は白樺様達を守るおつもりだったのでしょうけれど」
悠輔、撫子に次々と言われ、河夕は気まずそうに眉を寄せた。
「…だから大人しく家に帰っていろと言ったんだ」
「あら、潔くありませんわね影見様」
撫子が微笑と共に告げて、腕輪を、河夕が握る刀の柄に掛ける。
「あとは任せた」
悠輔の腕輪も同じ場所に。
「……助かる」
低く、それでもはっきりと告げた直後。
それまで安定しなかった波が唐突に津波の勢いを持って辺りに満ちる。
「……!」
結界の内側を包み込む白銀の輝き。
そのあまりの眩しさに、内側にいた全ての者が目を塞ぎ、強烈な光りに耐えた。
「――……っ…!!」
いつしか、辺りに不夜城の騒がしさが戻り始める。
「……あぁ…」
開けた視界に、彼らは終わりを知る。
上空には星の微かな灯火が煌いていた――。
■
その場には三十四人の失踪者が意識を失った状態で横たわり、地上百五十メートル地点にある展望台の窓ガラスは全壊。
それ以前に起きた爆発の件もあって警察や消防の他、メディアのカメラや照明が真昼のような明るさをその場に生じさせていた。
次々と救急隊員によって運ばれて行く失踪者達を、彼らは少し離れた雑居ビルの屋上から見下ろす。
後のことは一般の人々と、無数の狩人達に任せて。
「だから一度に三個も欠片をお渡しになるのはどうかと申し上げたんですよ!」
「まったく…、河夕様は相変わらずですわね」
「もう少し我々のことも考えて行動して頂きたいのですが」
悠輔達の眼前で、光や、彼らをこの場所まで避難させた狩人達が次々と河夕を責めていた。
中には悠輔、撫子の二人に手を引くよう言って来た少女の姿もある。
「貴方に何かあれば悲しむ者が大勢いるのだと、まだ学習して頂けてはいないようですね」
「ああっ、判った! 解ったからおまえ達もさっさと事後処理に行け!」
いい加減に河夕の方も我慢の限界だったらしく、彼の荒々しい声が上がる。
同時に広がる笑い声。
悠輔も、撫子、夏穂、椎名、そして時雨からもゆったりとした笑いが起こる。
「まぁ…何にせよこれで十二宮の計画は阻止出来たのですから、終わり良ければ…というところですか」
光が溜息交じりに語った。
その時だ。
「残念ながら、これで終わりとはいかないと思うよ」
不意の声に誰もが警戒心を露にしてそちらを振り向いた。
視線の先に佇むのは、一人の男。
更に、彼の背後には人を乗せて飛べそうなほど巨大な鳥が一羽。
「あんた…」
河夕が目を丸くして呟き、光も驚きを隠せない様子で瞬きを繰り返す。
「まさか…佳一(かいち)さん…?」
「やぁ影主。それに深緑も、元気そうで何よりだね」
にっこりと微笑んでくる男に、悠輔達はそれが誰かを問い掛けた。
応えたのは光だ。
「彼は…名前は文月佳一さんと仰るんですが…」
「その正体は彼らの始祖」
後を引き継ぐように本人が言い、悠輔に手を差し出してくる。
「やぁ…君が阿佐人君だね? 今回は狩人達に協力してくれたこと、心から礼を言う。ありがとう」
「…いえ…」
唐突な登場に誰もが困惑する中で、文月佳一と紹介された男は全員と握手した後で河夕に目を向けた。
これは後で聞かされる話だが、闇狩一族の始祖は、風火水土をそれぞれに司る四人の里界神(りかいしん)と呼ばれる神々であり、この四人が同時に能力を解放することによって一つの惑星を創造するのだという。
本来であれば、創造した後の惑星の未来はそこに息吹く生物次第として里界神が関わることはないのだが、闇狩一族には魔物の討伐という使命を課したこともあり、親交があるのだと。
佳一が司るのは“水”――彼は水主だった。
その里界神が彼らの前に姿を見せた。
それは、闇狩の彼らにとっても尋常なことではない。
案の定、彼から告げられた話の内容は驚くべきことで。
「影主。十二宮は個人の名ではなく、組織の名だ」
「組織…?」
「それも里族が関わった、ね。何十年か前に私達が一度は壊滅させたはずだったんだが」
その説明で狩人には伝わったようだが、悠輔達はそうもいかない。
「あの、…リゾクとは何ですか」
悠輔の問い掛けには水主自ら答えてくる。
「我々里界神が暮らす世界の民のことだが、――まぁ色々とあって里族の一部が地球に転生しているんだ。転生前の記憶が有る者、無い者、生まれつき能力を保持している者、していない者とパターンは異なるが、過去の十二宮には記憶も能力も保持している者達が揃っていた」
そうして彼は息を吐く。
「彼らの目的は、人類を滅亡させて地球を守ること」
「地球を…?」
「この惑星を存続させるために最も排除すべき存在は人類だというのが彼らの主張だ」
「――」
その場の誰もが言葉を失う。
だが、十二宮の名を口にした彼らの言葉を思い出せば、答えはそこに集約されるのだと、今なら判る。
世界から負の感情を一掃することが人同士の拒絶、人間世界の崩壊であるなら、それはつまり人類の滅亡だ。
魔のない世界。
彼らの理想郷、それは人間のいなくなった地球のこと――。
「里界の能力を持つ彼らは、魔物を滅ぼす力は持たないが、御する能力は持つ、何せ闇狩を興した我々里界神の民だからね」
だからこそ今回、彼らは闇の魔物を利用してこの日本の首都、東京を最初の標的と定めたのだ。
「そんな…」
地球を守るため。
そのための最も排除すべき存在が人類であると言われて、誰が完全否定出来るだろう。
誰であろうと地球破壊の一端を担っているこの世界で、一体、誰が。
「――この地球に育まれた人類が地球を殺すというなら、それは人類の選択であり、地球の選択だよ」
「…っ」
まるで彼らの困惑を読み取ったように水主は言う。
「地球も一つの命。そこには意思が存在し、選択権もあると我々は考える。このように蝕まれてなお人類を育むことを望んでいるからこそ、地球は現在も人間を生かしている」
耳を澄ませれば、その鼓動を感じる。
流れる風も、水も。
大地の温もり、草木の歌。
人工物に埋もれた土地ですらそれらを完全に消すことは無い。
「地球は人間を愛している、その想いをどう受け止めるかは地球人次第だし、そこに他所者が介入する資格など有りはしない」
水主が余所者と呼ぶのは、十二宮を名乗る里族の転生者であり、闇狩も同様。
「我々の意志が、その根源に無関係の地球の未来を左右するなど決して許されないんだ」
そうして微笑む神は、残酷なまでに正直だった。
「地球の未来は地球人の未来だ。我々には関係ない。――だから、ね」
そうして河夕に向ける視線は、表情に反して威圧的なもの。
「君達一族に新たな任務を与えるよ」
「新たな…?」
「組織、十二宮の抹消を命じる」
「――」
「いいね?」
河夕は目を見開き、光も同様。
だが、それが始祖の言葉なら彼らに選択の余地はない。
「……承知した」
「結構」
そうして、その視線は悠輔達にも。
「先にも言った通り、地球の未来に他部族の介入は不可だ。それ故に十二宮の抹消は闇狩一族と我々里界神が責任を持つ」
その言葉と共に、彼らの頭上に生じた薄青色の膜が彼らに選択の余地を与えることなく落ちてきた。
「!」
頭から爪先まで余すことなく浸し、消えていく。
視覚や触覚には水のように感じられたそれは、しかし彼らを濡らすことはない。
「今のは、我々からの感謝の印と、お詫びだよ。それで十二宮の探知能力は完全に君達を見失う。今後、狙われることも無い」
「え…」
「だが、もし今後、十二宮の関わる異変に介入した場合は、里界は君達を戦力と判断するし、十二宮も完全に君達を敵とみなす。彼らにとって敵は敵、その出身など関係ないからね」
選ぶのは、自分自身。
「この地球に生きる君達がどのような選択をしようとも、我々は我々の役目を果たすだけだ」
「…役目…」
「君達は、君達の未来を選びなさい」
水主は告げた。
ただ、静かに。
■
数日後――。
授業中の教室で悠輔は窓の外を見つめていた。
青い空に、校庭に息づく木々の微かな緑が精一杯に両腕を広げている。
その光景に。
あの日の、様々な言葉が蘇えった。
負の感情などではなく、人間そのものを「魔」と呼び、人類の滅亡した地球を理想郷とし、それを目指して動く異郷の民、十二宮。
一方、魂の根源を地球外に持つ者達が地球の未来を左右することは許されないと、それを阻止すべく動き出した異郷の民、闇狩。
他部族の介入は不可。
異民の問題は異民が責任を持つと語った里界神。
「……俺は…」
選べと言われた未来。
選択の時はもう間近。
時代は動き始める――。
―了―
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■ 登場人物 ■
【1564・五降臨時雨様/男性/25歳/・殺し屋(?)】
【7061・藤田あやこ様/女性/24歳/女子高生セレブ】
【7134・三島玲奈様/女性/16歳/メイドサーバント】
【5973・阿佐人悠輔様/男性/17歳/高校生】
【7182・白樺夏穂様/女性/12歳/学生・スナイパー】
【7224・杉沢椎名様/男性/12歳/学生・蜘蛛師(情報科&破壊科)】
【0328・天薙撫子様/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
(参加順にて記載させて頂いております。)
■ ライター通信 ■
今回のシナリオへのご参加、まことにありがとうございました。
〜始動〜というサブタイトルにある通り、全4話と予告していた「不夜城奇談」はこれで完結となりますが、同時に、新たな物語が動き始める序章でもあります。
十二宮の真の目的を巡り、狩人達は今後も新たな戦いに身を投じます。
その時には、再び皆様のご協力を頂ければ幸いです。
【阿佐人悠輔様】
今回も悠輔君にはいろいろと助けられ、狩人一同、心から感謝しております。
今回で不夜城奇談は一区切りつき、水主の言う通りに十二宮から悠輔君の存在も消されますが、狩人達から消えることはありません。
また何らかの形でお会い出来る事を願っています。
今回は本当にありがとうございました。
長い物語となりましたが、少しでも皆様の心に何かを残すものとなれることを願っております。
またお会い出来ることを祈って――。
月原みなみ拝
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