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■Dice Bible ―cinci―■

ともやいずみ
【6678】【書目・皆】【古書店手伝い】
 ダイスには「知覚範囲」というものがある。『敵』が出現すれば感知できる自分の領域のことだ。
(ん?)
 『敵』の気配に気づいて意識が浮上したが、行方がわからなくなる。
(隠れた……?)
 では、相手はこちらを察知したのだ。
 遅かれ早かれこういう事態になることはわかっていた。わかっていたくせに……。
 できるなら、ぎりぎりまで粘ってから敵を殲滅に向かいたい。ただでさえ自分の消費は激しいのだ。
(相当頭が回るということですか……。ならば、人間の情報網はどれも信用できないということですね)
 まあいい。自分が出ればいいのだ。今までと変わりはしない。
Dice Bible ―cinci―



 自分はダイス・バイブルの所持者だ。アリサの主として、役立たずのまま、というわけにはいかないだろう。
(ある程度自由に……使えれば)
 嘆息する。テーブルの上には本がある。目の前だ。
 どうすれば敵の気配を感知できるのだろう?
(……とりあえず、やれるだけやってみよう)
 深呼吸を一つ。
 心を落ち着けて、集中する。
 気配気配……。って、気配ってどうやって見分けるんだ? いや、感じ分ける、か?
(武術の達人でもないのにそんなのわかるもんなのか……?)
 異質なものを感じるしかない。いつもとは違うものを見つけ出すのだ。まるでそう――。
(間違い探しみたいなものかな)
 少なくとも、感じた記憶はある。気分が悪くなったあの時だ。密集した濃いモノを、感じ取るしかない。
「ミスター」
 耳元で声がして「わあ!」と悲鳴をあげてのけぞる。右耳をおさえた。
「い、息を吹きかけないでよ!」
「……申し訳ありません」
 きょとんとした表情のアリサに、書目皆は「あ」と洩らしてから「ごめん」と呟く。
「気にする必要はありません。敵の気配を探っていたようでしたが……」
 バレていた。
 お見通しかと皆は内心がっくりしつつ、頷く。
「なかなかうまくいかないもんだね」
「……気に病むことはありません。人には向き、不向きがあります」
「あのさ……」
 訊いてみかったことが、ある。
「ほら、料理を一緒に食べた時……僕の顔を見て複雑な顔していたけれど……何故かな」
「……さあ。もう忘れました」
 彼女は無表情に言い放つ。
(本当、かな……? アリサさんは優しいから、本当に厳しくて辛いことは言えないんじゃないかって思ったんだけど)
 これはきっと、恋、というやつだ。自分は彼女に恋をしている。
「アリサさん」
「なんでしょう?」
 視線を一度伏せてから、皆は彼女を真っ直ぐ見つめた。
「きみの帰る場所はここにある。アリサが現れるのをいつも待ってる。僕のために……僕を守るために戦って欲しい」
 これは我侭ではなく、告白だ。遠回しな言い方だ。照れ隠し、とも言う。
 アリサは神妙な顔をしている。
「そこまで信頼されているとは……。その言葉、深く心に刻んでおきます」 
「…………」
 なんだろう。違った意味で受け取ったみたいだ、また。



「このへんなの? アリサさんが感じた敵の気配が消えたっていうのは」
「はい……」
 アリサの知覚できる範囲でとらえた獲物の気配が消えたというのだ。
 ストリゴイに近づくことはしないつもりだが、アリサが現場に来れば何か感じるかもしれないと気を利かせたのだ、皆が。
 来たのは広く、大きな公園。
(あまり気持ち悪くならないし……いや、でもなんか少しだけ『異臭』みたいなものを感じたりするような……)
 園内を、そう思いながら見回した刹那、アリサがざわりと警戒するのを感じた。本当にそれは、一瞬のような短い時間で。
「ミスター、退がって!」
 叫んだアリサの体が一瞬で浮き、すぐさま吹っ飛ばされた。強力な拳を腹部に食らい、衝撃を受けてそのまま後方に飛ばされてしまったのだ。
 公園の敷地内にある木にぶつかってアリサは地面に落ちた。ぶつかられたせいで、木のほうも傾いている。
「アリサ!」
 振り向いて皆は駆け寄ろうとする。だが、できない。
 ゾッとした。寒気が背筋に走る。
 どくんどくんと心臓が鳴る。
「よぉ、あんたがそいつの主? 本の所持者だよな?」
 闇の中で声がした。アリサを攻撃した相手だ。
 男だ。背が高い。髪は黒で、足もとまで伸びてぼさぼさ。お世辞にも綺麗なストレートとは言えない。
 漆黒の拘束衣の彼はにこにこと笑顔だ。
「なるほどなるほど。こうして直に見ると全然違うな。ウン。本とシンクロがあまりできてないってことか。こりゃ、ダイスが苦労するわけだ」
「……誰だ」
 だれだ、こいつは。
 皆は頬を流れる汗に気づく。感染者ではない。違う、と頭の中で本が訴える。
 男は片手をひらひらとさせた。
「そんなこともわからねーのかよ。ひでぇなぁ。もうちょっと本の扱い方を勉強しなよ、坊ちゃん」
「我が主に無礼な口をきくのはやめなさい!」
 皆の目の前に着地したアリサが、彼を庇うように立つ。いつもきっちりと結ってある髪が解けてしまっていた。
 男は薄く笑う。
「主ぃ? そんなのが本当に主と言えるのかぁ?
 本も使えない、敵のいる場所もわからない……なにより、『何もわかってない』ってツラが気に入らねぇな」
「あなたには関係のないことです」
「そうだな。変に仲間意識出すほうが変か。いや、おまえみたいに弱ってるダイスを見ると、あまりにカワイソーになってさ」
 そんな同情など一切ない口調だ。
 仲間、という言葉に皆は反応する。仲間……仲間って……。
(アリサと同じダイス!?)
 本が一冊しかないと、勝手に思い込んでいた。そんなわけはないのに。
 敵は感染で増えていく。だったら、アリサ一人でなんとかなる数じゃない。
「主が来るまで暇なんだよ。迎えに行ってもいいんだけどさ、もうすぐそこだし、あんまり気遣ったらあとで怒られちまうんだ」
「……本の主が近くに?」
 アリサの顔色が変わった。皆はそのただならぬ様子に息を呑む。状況はわからないが、悪い方向に転がっているのはわかった。
 男はまた笑う。
「今のおまえさんの状態でオレに勝てるなんて思わないよなあ? 言っとくけど、オレのご主人様はかなり容赦しないぜ?」
「……………………」
 アリサは唇を引き結ぶ。皆はどうすればいいのか判断に困っていた。
「……ミスター、合図をしたら走って逃げてください」
 小声で囁いてくるアリサに視線を遣ろうとするが、してはいけない気がしてそのまま聞く。
「振り向いてはいけません。一刻も早くここから去ってください。ワタシから離れればあなたを感知できないはずです……。うまく隠れてください」
 アリサはぐっ、と拳を握りしめる。
「――――行って下さい」
 囁き声と同時に彼女は足を踏み出す。地面が窪んだ。
 皆はためらうことはしなかった。彼女の足手まといになるのは嫌だった。だから、背を向けて走り出した。



 公園を出てしばらく走った時、誰かとすれ違った。
 赤いチェックの短いスカートに、じゃらじゃらとアクセサリーをつけた少女だった。染められた髪が目立つ。
「ねえ、慌ててどこ行くワケ?」
 ぎくりとして皆は振り向いた。彼女はこちらを見ていない。ただ足を止め、小さく低く笑っているだけだ。
「本は持ってないのかぁ。ザンネン。ねぇ、どうしてアンタのダイスってあんなに弱ってるワケ?」
 明るい声で彼女は振り向いた。
 皆は戦慄する。
(ダイス・バイブルの所持者……!)
 おそらく先ほどの男の主人なのだろう、彼女が。
 腰に片手を当てて彼女は体をこちらに向けた。
「ダイスが戦ってるのに主人は逃げるのか。なんていうか、ダサい。まぁ仕方ないか。だって……『わかってない』っぽいもんね?」
 憐れむように、嘲笑うように、彼女は言う。含まれた意味に皆は悔しくて握っていた拳に力を込めた。
「あたしのダイスにあんたのダイスは勝てない。結束力が違う。信用してる度合いが違う。なにより、本とのシンクロ率が違う」
 そして。
「『敵』への憎悪が、違う」
「……君が『敵』を倒したのか」
 直感でわかった。アリサの感知した敵を倒したのはこの少女と、そのダイスだ。
「感知範囲内に入ってきた敵は殲滅するのが我々、本の所持者の仕事だもの。トーゼンっしょ。あぁそうだった、あんたはシンクロできてないんだよねぇ?」
 わかっていて言う少女はかなり嫌味ったらしい。
「『覚悟』がない証拠ってコトだよ、おにーさん。ま、今晩は見逃してあげる。ちょっと疲れたし。でも次は――」
 彼女は目を細めた。残忍な瞳だ。
「容赦なく殺すから」
 前を向いて歩き出した彼女を見送り、皆はただ佇むばかりだった。
 完全に、見逃されてしまった。格下だと見下され、あんな風に。
(僕だけじゃなくて、アリサさんまで……!)

 公園に引き返すと、そこはひどい有り様だった。
 まるで台風でも通過したような様子で、この公園を利用していた者たちは惨状に驚くばかりだろう。
 戦闘に使われた時間は僅かだろうから、早くここから去らなければ誰かが様子を見に来るだろう。派手な音もしていただろうし。
「アリサ、さ……」
 公園のベンチの上にぼろ雑巾のように打ち捨てられていたアリサに近づく。
 ひどい……。なんでこんな……。
 ダイスは無敵ではない。『敵』には、『感染者』には無敵を誇る。
 だが、ダイス同士では無敵では――ない。
「……やられて、しまいました……」
 苦笑するアリサはゆっくりと起き上がり、笑みを浮かべる。自身を嘲笑っているのだ。
「すみません……」
 彼女はそう言って頭を下げた。
 やめてくれ。頭を下げられるようなことはしてないだろう?
 こんなに衣服をぼろぼろにされて、肌がほとんど露出していて、痣ができて。
 血は出ていないが、かなり重いもので殴り続けられたという様子だ。綺麗な髪もぼさぼさになっている。
「でも、あなたを守れて良かった」
 小さくそう言うと彼女は立ち上がる。
 よろめきつつ、彼女はしっかりと立った。
「本で休みます。……そんな顔をしないでください、ミスター」
「僕のために、なんて言ったから?」
「ミスター?」
「僕を守るために戦ってなんて、言ったから? アリサさんが、こんな……こんな姿で……」
 自分がどんな顔をしているのかわからない。感情の奥底に色んなものがごちゃごちゃと混ぜられて、うまく考えが処理できない。
「違いますよ、ミスター。あなたのは『お願い』であって、『命令』ではありません。ワタシが勝手にしたことです」
「好きなんだ」
 はっきりと皆が言い放った。
「好きなんだ、アリサのこと。そういう意味で、言ったんだよ」
 彼女は、ややあってから顔をしかめた。
「本気で言っているのですか、ミスター」
「本気だよ」
「……………………」
 呆然とするアリサは俯き、短く呟く。
「恐れ多いことです。ワタシはただの道具にすぎません。ヒトではないのです。ワタシは『モノ』なのですから。
 こんなに弱く、無様なワタシにそのような感情を抱いてはいけません、マスター」
 では、と短く言ってから彼女は消えた。拒絶をするでもなく、ただ……告げた。皆の好意を向けられるべき存在ではないと。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6678/書目・皆(しょもく・かい)/男/22/古書店手伝い】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、書目様。ライターのともやいずみです。
 アリサとの距離が縮んだようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!