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■玩具のお医者さんと花街巡り?■

清水 涼介
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
「困りましたねえ……一人じゃ面白くないんですけど」

 玩具屋『落葉のベッド』の店内でううんと唸る人影が。
店主らしきその人影は先程から何やらお悩みの様子だ。

「新宿巡りと言っても私、あまり都会に明るくないのですよね……」

 それがこの新宿に居を構えている者の言うことか。
 ともあれ、彼は一緒に新宿(歓楽街)巡りをしてくれるお相手を募集中らしい。
そこへ、また絶妙なタイミングで扉が開く。

 ――からんころん。

 「ああ、丁度良かった。実は……」
『玩具のお医者さんと花街巡り?』

「ふう……やっぱり新宿はいつ来ても人が多いわねえ」

藤田あやこ。
法律上は難病患者とされているが、れっきとしたエルフ族の娘である。
表立ってその事実を公表することはないが、隠すこともしないので周囲にばればれている。
所は新宿、時刻は正午過ぎ。彼女の突拍子もない出で立ちに、道行く人々はコスプレか?と
訝しんだ目を向けては足早に過ぎ去る。
そんな周囲の目には全く興味も無い……どころか近くに良い男でもいないかな、と
あやこはキョロキョロ落ち着き無く辺りを見回す。

「おっと、いけない。お仕事お仕事〜」

彼女がわざわざ人目につく新宿くんだり出てきたのは別に普段通りお買い物、というわけではない。
数多く持つ肩書きの一つ、IO2科学者として調査及び解決のため作戦に参加しているからだ。

「しっかし」

あやこは再び獲物を探すようにぐるっと見回す。
この無数の人、その中に混じって怪奇現象が起きるという点は分かる。
怪談諸々の類は得てして人がいる所で起きる。人が多ければ多いほどその伝達スピードは加速度的に増す。
ゆえに《信じるものが実現する》などという馬鹿げているようで、大真面目な現象が起きたりするわけだが……。

「本当に《出る》んでしょうねえ?」

地元住民(とは言ってもその道のプロ達)からIO2に通報があったのは、一週間ほど前。
突拍子もない内容が来ることは日常茶飯事なだけに、今回の件も割と可愛いもんだとIO2は
胸をなで下ろしたが、あやこは違った。
《こんな楽しい現象調査しなくてどうするんだ》……と。

「ええっと……現象の詳細は、と」

フラフラとアルタ前を歩きながらファイリングされた怪奇現象のレポートをぺらりとめくる。

事の発端は酔っ払いが目撃した《幽霊》である。
丁度夕飯時、呑みに行くならこれからという時間帯の新宿に、どこからともなく鯛の幽霊が出るというのだ。
どこの怪談だ、と言われればそれまで。しかし、そういった現象を逐一調査するのがIO2だ。
噂を噂で留めるためには、大元の現象を解決しなくてはいけない。

「ふむふむ……目撃者はみんな酷い寒気を訴える……か。幽霊だけに?ふふ、面白そうじゃない」

絶対原因を突き止めてやるわ!と意気込んで作戦参加をいの一番に名乗ったは良いが、
今回は地元からの要望もあって、その鯛幽霊の供養も兼ねた食べ歩き取材……ということになっている。
派手な動きはかえって幽霊を取り逃がすことにもなりかねない。
なので、あやこは予めファイリングしたレポート諸々をガイドブックに模したり、
格好だって大人しめの、いかにも観光客です〜とアピールしているものをチョイスしてきた。
どうあっても隠せないエルフの耳や羽は……まあ、新宿だし大目に見てくれるよね!と開き直りである。
こういう時、都会の程良い冷たさが便利ではある。

「……っとと!あれ?ここ、どこだろう?」

ふふんと息巻いていたあやこだったが、いつの間にか見知らぬ風景の中に入り込んでいた。
これが怪奇現象の兆しか、と瞬間考えたが……どうやらそうではない。
そこは何処にでもあるような路地裏。しかし今の日本が失ってしまった古き良き路地裏。
ノスタルジックとほんの少しのカタストロフが感じられる、狭い路地は二十メートルも行くと行き止まりで。
そこには、古めかしい建物がぽつねんと建っていた。

「こんなところ、まだ新宿にあるんだあ……」

懐かしさに惹かれて建物の前まで足を進める。どうやら何かの店らしい。
入り口のドアに申し訳程度付けられているガラス窓は、磨り硝子になっていて中がよく見えない。
しかし建物の古さに相応の《防音対策》であるせいか、中の音が筒抜けであった。

「……た、ねえ……一人でやっても面白くないんですけど……」
「……お店の人かしら」

中からは青年の声。ううーんと何回か困ったと絵に描いた――正確には音に書いた――うなり声。
どうやら一人では解決できないらしい。
あやこは少し迷って、けれど好奇心が勝った。その手は、ギイイという音を立てるドアを押し開く。

「こんにちはー」
「おや……いらっしゃい」
「……?玩具屋さん?」

店内には所狭しとブリキの兵隊だのフランス人形だのが置かれている。
玩具屋……というには最新の玩具が若干目立たない気もしたが、玩具屋?という問いに
目の前の青年はにっこりと微笑んだ。どうやら正解らしい。
青年の背格好はどこにでもいる平々凡々としたもの。年の頃は十代後半といったところか。
顔立ちは人形めいていて赤褐色の目に、漆黒の髪はウルフカットされている。
作業着としては有名すぎる作務衣に、腰巻きをつけているその様は玩具屋というよりもどこかの職人を思わせた。

「当店には玩具の購入?それとも玩具の修理ですかな?」
「あー、いや。何か困ってたみたいだから、入ってみたんだけど……」
「おやおや、まあまあ!それは大変に大変嬉しい。私の困り事を手伝ってくださると!」
「え、あの……そこまでまだ言ってな……」
「では早速お願いします」

少しはこちらの話を聞け。
あやこは思わず青年の強引な口ぶりに内心でつっこんだ。
彼の良いように事を運ばされている気がしてならない。
が、乗りかかった船。もとい、作戦中だというのに好奇心でここの扉を開いてしまった自分も悪い。
仕様がないとあやこは話を聞くことにした。

「私の名は落葉。この玩具屋『落葉のベッド』の店主でございます」
「へー。てっきりアルバイトかなんかだと思ったわ」
「あは。よく言われます」
「で?困ってることって?こっちから切り出しておいてなんだけど、私今仕事中なんだ。一応ね」

これが聞いてみて驚いた。
落葉の言う困り事とは、あやこの調査依頼と全く同じものだったのだ。
そこまできて、ふと思いつく。

「……もしかして、依頼した地元の住民って……」
「おや?IO2の方でしたか?」

なあんだ、とあやこは納得。落葉から事の詳細を聞くが、やはりレポート以上のことはまだ分かっていないらしい。
《食べ歩き取材》再開、というわけだ。
怪奇現象の地理に詳しい落葉もあやこに同行し、まずは目撃情報のあった場所をしらみつぶしに探そうということになった。

「あ、ねえねえ。せっかくだから焼き海老食べていかない?ここ来たら食べようと思ってたのっ」
「どうぞどうぞ。あやこさんのお好きに廻ってください」

すっかりあやこは観光気分で目に入ったえび通りの焼き海老に飛びつく。
依頼したはずの落葉も、いいわいいわでその状況を楽しんでいるようだった。
あやこが「美味しい〜」と海老にご満悦になっていた、その時だ。

「あやこさん、あやこさん」
「え、なにー?落葉くんも食べる?美味しいよ〜」
「頂きたいのは山々ですが《本題》が出ましたよ」
「ん?本題?」
「ほら、あそこ」

落葉の指差した先。人々がひしめき合う通りの奧に、確かにその魚影はサッと物凄いスピードで
あろうことか街中を泳いでいた。
見える者にしか見えないのか、ぎょっとする顔もあれば素知らぬ顔で全く気付かない人もいる。
あやこは、ガタンッ!と派手な音を立てて席を立つと勘定を落葉に任せて、獲物を追った。

「ちょ……っと、何処いったのよ!」
「……あらら、見失いましたか?」
「お、落葉くん居たの」
「ええ。物凄い速さであやこさんが走るもんですから追いつくのに一苦労でしたけどね」

にへら、と笑う落葉は息も切れていない。
対してあやこは全速力で追いかけたにも関わらず、件の鯛を逃がしてご機嫌斜めだ。

「困ったわねえ……目撃情報をまた一から探すわけ……?」

くしゃくしゃと頭をかきながらしっかり持ってきたファイルを開く。
だが、やはりそこには役立ちそうなデータは無い。
途方に暮れている二人に、夕日はどんどんと沈み辺りは夜の住人で賑わい始める。

「お姉さんタチ、タイの幽霊探してるノ?」
「ええ。そうです。ね、あやこさん」
「え、あ、うん……」

仕方なしに歓楽街で聞き込みか、と大通りに出た時である。
見るからにソッチ系のタイ人の男が人なつっこく落葉にしなを作って話しかけてきた。
落葉は上手くそれをあやこにバトンタッチすると無言の笑顔で「頑張って」とあやこにアイコンタクトする。
依頼人なのだから仕方ないが……無責任にもほどがある。

「あなた知ってるの?」
「ウン。アタシ達の中では一番ホットな話題ヨ。何でも最近ハ十二社池に出るんですっテ!」
「十二社池?あそこ何かあったわけ?」
「昔は池と花街があったんですよ」

あやこの問いに、すかさず落葉が地元の情報を提供してくれる。
こういうタイミングは心得ているらしかった。
情報提供に礼を言い、その足で十二社池まで向かう。
途中、あやこは肩にかけていたスポーツバッグから何やら細長い棒のようなものを取り出して、
組み立て始めた。十二社池はすぐそこである。

「それ、なんです?」
「これ?ふふん、これはね。秘密兵器よ」
「秘密兵器……ですか」

穏便にと頼んだのに、兵器と来たかと落葉は神妙な顔をする。
あやこはそれを見て苦笑した。

「ああ、別に重火器の類じゃないから安心して。魚と言えば……これでしょ!」
「おお。釣り竿ですかっ。……しかし幽霊の鯛が釣れますかね?」
「任せなさい。私が開発した特別製。霊魂を引き寄せるのよ。仕組みについては企業秘密だけどね」

にこっと落葉に自信満々の笑顔を向け、十二社池のめぼしい場所に釣り竿を仕掛ける。

「さーて……どっからでも掛かってらっしゃい!」
「上手いこと言いますね……釣り竿だけに、かかるですか」
「……アンタって面白いところに引っ掛かるのね……お?早速!」

ちょいちょい、と釣り竿の先が何かに引っ張られて動き始めた。
次第に竿のしなりが大きくなる。あやこはタイミングを見計らっていた。
あまり早く引きすぎてもこういう駆け引きにおいては良くないのだ。

「まだ引かないんですか……?」
「もーちょっと…………よし、今!……って、ええええ?!」
「……これは……鮫、ですかね」

ぐいっと二人で竿を引っ張るが、引き上げられたのは獲物の鯛の怨霊…………と巨大な鮫。
無論、鮫も霊魂の類であろうからこの竿に掛かったのだろう。
あやこは、思わず竿を離して後ずさった。

「何で鮫が出てくるのよ!」
「うーん……鯛で鮫を釣るってやつですかねえ」
「それを言うなら海老で鯛を釣るでしょ!……あああっ!逃げたっ」

茫洋とした落葉に気を取られて、二人の手を離れてしまった竿(と鯛及び鮫)から
いとも簡単に獲物は逃げ出してしまう。

「ほら、何やってんの!追うわよっ」

あらあ、と驚きの声――驚いているようにはどだい思えない――をあげる落葉を叱咤しつつ、
あやこは猛烈な速さで逃げていく魚影を追う。今度こそ逃がしはしないと、その足はいつも
以上に気合いが入って地面を思い切り蹴っていた。

「ハァ、ハァ!はや……っ」
「このまま行くと、地下街ですね」
「…………そう、ねっ」

悠々と走る落葉に比べて、あやこは限界に近い。この男の身体能力は化け物か?
と横目にじろっと依頼人を睨み付けつつ、歓楽街から地下街への階段を走り降りる。
と、またしても景色はそこで一変した。

「……ありえないわよ。何、ここ」
「地下街です」
「それは分かる!けど、地下に温泉なんてあるのーっ?!」
「知る人ぞ知る、秘湯ってやつですね!」
「絶対違うっ」

目の前には温泉と湯煙。なんとも風情溢れる場面だが、ここは新宿の地下である。
しかもご丁寧なことにそこにはちんまりと旅館があった。繰返すが、地下、である。
そして、その温泉に鯛の幽霊はフヨフヨと浮いていた。

「まあいいわ……やっと追い詰めたわよ、鯛!あたしの特製釣り竿でめった打ちにされたくなければ、
大人しく投降なさーいっ!」
「……あやこさん、それじゃ何かの犯人ですよ」
「同じ事よっ」

これだけ走り回らされたのだから、それ相応の結果を貰わなくてはっ。
あやこは肩で息をしながら、鬼気迫る表情でもう跡にも引けない――だって鯛の後ろは唯の壁があるばかりだ――鯛を
追い詰めていく。

「ふふふ……私の研究材料になってもらうわよ、鯛ちゃああん」

しかし、やっとその手が鯛に届くと思った瞬間、漫画みたいに鯛の魚影は《ドロン》した。
まさしく、煙となってその場から鯛は消失してしまったのだ。

「な……!何よそれっ」
「すんません、すんませんっ!謝るから、この通りですから、めった打ちは堪忍してくらはい〜っ!」
「狸、のようですねえ」

のほほん、とここでお茶でもあったら完璧な落葉のフォロー。
そう。煙の中から現れたのは、化け狸。それも、演出に見合うだけのでっぷりと太った人語を解する狸である。
ちまい手を眼前で合わせ、頭が地面につくんじゃないかというくらいにペコペコと謝っている。

「すんませんっ!ほんにっ。俺、ちょっと最近の若者ってやつに新宿は遊びに来るだけの場所やないんだぞって!
ほんと、それだけ言いたくて……っ」
「……へ、へえ……。それで鯛に化けて花街巡りを強制させてたって……それだけっ?!」
「ひぃいいっ!」

散々肉体労働した結果はこれかっ!と今にも狸を食わんとするあやこに、
狸の方はたまったもんじゃないと落葉の足下にすり寄る。

「まあまあ……あやこさん、その辺で。原因も彼の幻覚だと分かったことだし……」
「けどねえ……っ。ああ……もう何か意識が遠のいてきた……」

――――冗談でなく、本当に目の前が真っ暗になった。


「……さん、あやこさん。あーやこさん!」
「ううん……ん?あれ……おちばくん?」
「おはようございます。よく私の名前をご存じで」
「何言ってんのよぅ……さっきまで狸一緒に捕まえて鯛で鮫だったじゃないのー……」
「はい?」

視界がクリアになってくると、此処がどこだったのか朧気ながらもあやこは理解できた。
此処はそうだ。落葉の店だ。玩具が天井までしきつめられた、窮屈ながらも懐かしい場所。
どうやら寝てしまっていたらしい。ん?寝て?

はた、とあやこは身を起こす。

「お、落葉くん!」
「はい?」
「此処、どこっ」
「えーっと……新宿です。ほら」

明確な説明だけでは寝惚け眼のあやこに足りないと察したのか、落葉は窓の外を指差した。
その先には新喜劇、の文字。何となく、この話のオチが見えてきた。

「いや、大変だったんですよ?店の前でいきなりバタンッ!と倒れられまして、
うちに運んだは良いものの、ずうっとうなされてましてね。狸だの鮫だの仰っていましたが、どんな愉快な夢をご覧になったんです?」

クスクスと笑う落葉。うなされていたのだから、良い夢のはずが無いのにそれを笑うなんてどんな神経しているんだ。
あやこは難しい顔をして腕を組む。夢がハチャメチャなのはよくあることだが、狸が鯛に化けて花街巡りまでは
何とか話の筋として通ってるが……。何で最後の最後で狸は、

「……何で、鮫?」
「鮫ですかー……温泉がどうの、とも仰ってましたよね?あやこさん」
「…………!」

夢の内容逐一見てきたんじゃないかという落葉の確信的な笑み。
思い当たらなくても良い、最後のオチにあやこは気付いて叫ばずにはいられない。

「サメはサメでも湯冷めかぁああああああああああ!」


化狸、そのギャグセンスはどうかと思う!と
もう相手にできない相手に叫ぶあやこを、店主は満足そうににこにこと眺めるばかり。



閉幕

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【PC名(整理番号)/ 性別 / 年齢 / 職業】

藤田・あやこ(7061)/ 女性 / 24 / 女子高生セレブ


NPC/落葉


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■         ライター通信          ■
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ご依頼、ありがとうございました。
なかなかに濃い内容でございましたので、再現できているかどうか一抹の不安を抱えつつのライター通信です。
PC様の素敵な花街巡りにご同行させてもらって、店主もご満悦の様子。
賑やかな話を楽しんで頂けたならば幸いです。それでは、またの機会、またのお話にてお会いしましょう。