■不夜城奇談〜要因〜■
月原みなみ |
【4345】【蒼王・海浬】【マネージャー 来訪者】 |
「おやぁ…?」
彼は、ひどく惚けた声を上げて周囲の視線を集めた。
「おっかしぃなぁ…あの家に縛っておいた魂、誰かに取られちゃったよ」
ざわざわと動揺が広がる空間に、…だが青年の口元に浮かぶのは楽しげな笑みだった。
「この魔都のどんな能力も効かないと確認したつもりだったんだけど、やっぱり宿敵っているんだよねぇ」
くすくすと薄気味の悪い笑い声を立てながら、彼は上着のポケットから何かを取り出した。
それはシャボン玉のように弱く薄い膜状に見えて、鉄球のように硬く、それでいて重さはほとんど感じられない。
「…ねぇ、これってフェアじゃないよね。向こうはこっちに気付き始めているのに、こっちが向こうの情報ゼロって言うのは、今後の計画にも差し支えるじゃない」
周囲から同意するかの如く強い声が上がる。
彼は目を細めた。
「なら、早速一仕事してもらおうかな」
すぐに敵となる彼等を倒すわけではない。
戦うにしてもまずは情報を集めなければ、こちらがどんなに期待しても面白い展開にはなってくれない。
「おまえ、張り込んでおいで。今までに試したことの無い力を見つけたら、後を追って、一つでも多くの情報を仕入れて来るんだ」
言いながら、彼は自分を囲むそれらの一つに、手元の球体を投げ渡した。
「いいね? 一つでも多くの情報を僕に持って来るんだよ?」
楽しげに命じる彼に、それは恭しく頭を垂れて後ろに下がり、いつしか姿を消した。
ざわざわと動揺の広がる空間で。
――だが、やはり彼だけは笑っていた。
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■ 不夜城奇談〜要因〜 ■
夏の終わりの都内某所。
残暑と言うには少々酷過ぎる陽射しの下、しかし蒼王海浬は普段の取り澄ました表情に汗一つ浮かべることなく、熱せられたアスファルトを悠々と歩いていた。
とは言え、その内面では気になることが無いでもない。
この人で溢れる東京において、これほど強烈な視線を感じるのはいつ以来だろう。
(尾行…監視しているつもりか…)
しかも相手は、それを隠そうともしない。
視線に伴う敵意は敢えて挑発してのものか、もしくは単なる素人か。
(どちらにせよ目的は教えてもらわなければな)
彼もいろいろと事情を持つ身の上である。
探られて喜ばしい事など何一つない。
(……だが、この気配は…)
ここ最近になって東京に流れ着き、幾度か関わる事となった“闇の魔物"の気配に似ていると感じるのは気のせいだろうか。
もちろん、そのものであれば疑いようはないのだが、今はまだそれと断定出来る材料が見当たらない。
似ていて異なる存在など、この世には幾らでもあるのだから。
(“彼ら”も連中は変化していると言っていたしな)
魔物に関わったことで知り合った狩人の青年達、影見河夕と緑光を脳裏に思い浮かべながら、やはりしばらくは様子を見て相手の出方を待とうと決める。
こうして彼は、しばらく相手の監視に気付かないフリを続け、逆にその動向を探ることにしたのだった。
■
監視され始めてから三日後、あれほど執拗に、一定の距離を保って向けられていた敵意が次第に遠ざかっていく。
(動いたか)
自室でそれに気付いた海浬は聖獣ソールに声を掛け、後を追わせた。
一方で、海浬もまた後を追うように部屋を出ると、気配を隠すこと無く同じ方向に歩を進めた。
これだけ強い気を放ちながら、今日までの追跡者を追うように彼らの本拠地へ近付けば、彼らも何らかの行動を起こさないわけにはいかなくなる。
更に、海浬に対して警戒を強いてくれれば、その分だけ実際に追跡者を追っているソールが動きやすくなろうと言うもの。
(随分と単純な相手のようだしな…)
ここ数日間の様子を振り返ってみても、自分を監視していた人物に狡猾さは欠片も感じられなかった。
そういう意味では相対し甲斐の無い相手と言える。
(このままでは都外に出るか…)
迷い無く本拠地に戻る敵と、聖獣の移動速度は速い。
それを追うように装って足で移動する海浬をどんどんと突き放し、いまソールの瞳を通じて彼の脳裏に送られてくる光景は、この都の中心地から遠く離れ、前方には上下共に黒のスーツを纏った体格の良い男の姿があった。
(あれが監視者か…)
男は、後方を追うソールに全く気付いていない。
そのまま目的地まで向かえば良いが…と内心に呟いた、その時だった。
(…来たな)
前方から、ここ数日の監視者と同じ気配が近付いてくる。
(さて、どうしたものか)
考えつつも口元には不敵な笑み。
まずは人気のない場所に誘き寄せるのが妥当だろう。
ならば彼らも呼んでおこうかと、今後の方針を決めた。
(また怒りそうだが…)
薄い笑みを浮かべて海浬は辺りに気を散らす。
彼らを探す。
前回、同じ方法で呼び出した時には全身鳥肌が立ったと文句を言われ、次回からは電話で呼び出すよう頼まれたが、いまはこれの方が断然早い。
――…うわっ…
遥か彼方から河夕の声。
――またあんたか! 次からは光の電話に連絡を寄越せとあれほど…!
予想通りの反応に少なからず笑いを誘われるが、それが形になるより早く敵の気配が近付く。
海浬は素早く用件だけを伝えた。
ここ数日間の監視者を捕えられる、魔物に変化を促した連中の話を聞けるかもしれないと話すと、狩人の王も事の重大さを認識せざるを得ないだろう。
――…判った…
すぐに行くという返答を最後に会話は切れる。
敵はすぐ其処。
もう、目の前。
「貴様…!」
眼前に現れた黒スーツの男を自ら懐に誘いこみ、一瞬の後。
男と海浬の姿はその場から完全に消え失せていた。
■
その間の時間などわずか数秒。
にも関わらず、次に彼らの眼前に広がっていたのは都会の雑踏ではなく寂れて久しい廃工場の跡地。
古びた建物の他には薄い芝が所々に生えただけの赤茶けた大地が広がるばかり。
人気が無く、もし敵が攻撃に出たとしても周囲に被害を与えない場所をと考えれば、此処が最も無難だと判断し、選んだ場所だ。
「なっ…何だ今のは…!」
「空間転移を知らないのか」
冷静な声音で問うと、相手の顔が瞬時に火照る。
図星を突かれたことに怒ったのだろう。
その口調も荒々しく、男は語った。
「やはりこの世界を魔で満たそうとする愚かな人間は言う事が違うな…! 我々の監視に気付きながら知らぬフリを装ったばかりか、逆に我々を追跡しようなどと…どこまで卑怯な奴……!」
長々と語られる内容に、海浬はどこから返答すべきか不覚にも悩んでしまう。
相手の発言はそれほど理解に苦しむものだったからだ。
「もう少し優しい言語を使ってくれると助かるんだが」
内心の呟きはともかく表情を動かさずに告げた海浬に対し、黒スーツの男は攻撃態勢を取る。
「貴様のような魔に心売り渡した輩に話す言葉などない! 十二宮(じゅうにみや)様の尊き計画の礎となれ!」
「――十二宮か」
「!」
フッ…と空気を和らげて復唱された名には、男の表情が明らかに変化した。
それは己の非を自ら認めるも同じ。
やはりこの男も、追跡を許した者も、知能・能力ともにあまり高くはないようだ。
「その話、少し詳しく聞かせて欲しいところだが」
「…っ…同じことを言わせるな! 誰が貴様などに……っ」
「残念ながら役者交代だ」
「!!」
反論して来た男は、しかし次の瞬間、大地に仰向けに倒され。
「待っ……!」
おそらくは懇願にも近かっただろう響きを伴う制止は届かない。
上空から降り立った狩人は特殊な結界で敵を地面に縛り付けると、その右膝を問答無用で斬りおとしたのだ。
「ぐああっ…!」
体から離れた足は、その場で黒い靄と変じ大気に散ろうとしたが、それより早く河夕の視線に射られて発火する。
「さぁ…命が欲しけりゃ素直に吐いてもらおうか」
「ぃっ…」
首筋に日本刀――力の具現化であり現実のものではないが、天敵である魔物にとってそれ以上の凶器はないだろう。
「君の相棒は拷問が得意なのかい?」
「まさか」
海浬が薄い笑いを浮かべて言うことに光は微笑う。
「あの人型は魔物の集合体と判断しての事ですよ。所詮は靄ですから、切られて痛みを感じることもありません。苦しまないように死なせてやろうという河夕さんの優しさです」
にっこりと言い切る光に、どうやら本当に怖い性格をしているのはこちらの方だと察した海浬は、肩を竦めてみせた。
「…もっとも、このように意志を持った人型は今までに見た事がありませんがね」
そうして初めて彼の視線が鋭さを帯びた。
一方、脅しを掛けられた男は目を見開く。
「その力の匂い…っ…狩人か…! やはり貴様、狩人の手の者か!」
「はい?」
少々不可解な言葉に光が問い返せば、男は更に顔を赤くして言い放つ。
「おまえ達のせいで我等の計画は一からやり直しになったんだ! あの方は俺達魔物を変化させ、この東京から悪しき者を消し去ろうとなさっている、そのために俺達を使って下さっているのに、それをおまえ達が邪魔したんだ!」
「ちょっと待ってください」
光が制する。
河夕は息を吐く。
海浬は、とりあえずここは話を聞いてみようと黙する事に決めた。
「貴方達魔物を使って悪しき者を消し去るとはどういう意味ですか。闇の魔物が負の感情に敏感なのは判りますが、本性が魔である以上、人間世界を脅かすものに変わりはありません」
「ふんっ、おまえ達もいつか必ず思い知る! 我等の特性を知りながら正義気取りの愚かな人間共…っ…この魔都を救うのはあの方をおいて他にはない!」
魔物は断言する。
その力強さには一片の迷いも無い。
「我等こそがこの世界を救うんだ!!」
「なっ」
「……っ」
刹那、男の体が膨張を始めた。
膨らみ、肥大し、穴という穴から毀れるのは黒い靄。
闇の魔物。
「散らしてたまるか…!!」
河夕はそれら全てを視線で射て発火させるも、本体そのものの暴発を止めるには至らない――。
「…………っ!!」
強大な風に煽られて、海浬も、狩人達も、腕で顔を覆い、その場に踏み止まるのが精一杯だった。
時には地上の砂粒や小石が彼らに襲い掛かり、流れようとする血液すら風に押されて肌を横断した。
「…なにが…っ」
ようやく風が弱まってきたのを確認して目を開けた。
その視界に。
――…君達が魔物の宿敵か……
靄が人を象り、口をきく。
「…っ…おまえが“十二宮”か…?」
問い掛けに、その口元が弧を描き、瞳とは思えない瞳が海浬を見遣った。
――……なるほど…、何とも強力な力だ…狩人諸君は協力者に恵まれている……
それきり質問には答えることなく、声は意味深な言葉を残し消えて行く。
――…もう間もなく…皆さんを楽しいショーに御招待しますよ………
――…それはそれは楽しい…人間ショーに……
――…人間の感情とは…脆くも遊び甲斐のある玩具ですからね……
その意味深な言葉と、真っ二つに割れた小さく黒い球体を、地面に残して。
■
「…どうやら海浬さんは、僕達と接触があったために連中に尾行されてしまったようですね…」
申し訳無さそうに呟く光に、海浬は首を振る。
「気にすることはない。おかげで良くない計画が実行されつつある事が判った」
言い、敵が残し、地面に転がる二つに割れた黒い球体を手に取った。
まるでビー玉のような欠片。
それは完全な空だった。
「それは…」
「さぁ…。先ほどの男が破裂した後に残っていた。この世の物質ではなさそうだ」
言い終えるより早く、彼の内面に滾る力の強さに耐えられなくなったのか、その手の中で欠片は形を失って消えていく。
「これが魔物に人型を取らせていたのかもしれませんね…」
「ところで…あんた、さっき“十二宮”と言ったが」
河夕の困惑気味の声に、海浬は彼らが来る以前に男の語った言葉を寸分の狂い無く話して聞かせた。
「十二宮…それが敵の首謀者ですか」
「聞いたことのない名だが…」
思案する面持ちで河夕が呟いた、その時だった。
「…そう来たか」
海浬は低く呟いた。
狩人達にどうしたのかと問い掛けられて、実は自分を尾行していた男と、先ほどまで此処に居た男が別人であること、尾行していた男が遠ざかるのを自分の聖獣に追わせている事を説明し、そして現在。
「追わせていた男が何者かに消された。その直前に感じられたのは先ほどの十二宮の気配だな」
どうやら囮に気付き、情報を探らせないために仲間をも容赦なく消したのだろう。
それが敵の遣り方なのだ。
海浬はソールに戻るよう命じ、分散していた“目”を閉じる。
「何にせよ、厄介な敵であることに間違いはなさそうだ」
告げる異界の神に、狩人達の表情は険しい。
何らかの大事が起きる事を、誰もが予感していた――……。
―了―
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【登場人物】
・整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・4345 / 蒼王海浬様 / 男性 / 25歳 / マネージャー 来訪者 /
【ライター通信】
今回もお会い出来てとても嬉しく思っております。ありがとうございます。
シナリオの進行上、深いところまで知られるわけにはいかなかったものですから、あのような結果となってしまいましたが、如何でしたでしょうか。
少しでも楽しんで頂ける事を願っております。
リテイク等ありましたら何なりとお申し立て下さい。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。
月原みなみ拝
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