■突撃彫金大セール!■
緒方 智 |
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】 |
宅配便で〜すと届けられた荷物に当初は警戒した。
なにせ宅配物でまともな物が届いたことは一度もない。
毎度毎度『呪いの品』だの『危険物』だの被害を受けまくっているだけに店員も油断していない。
恐る恐る荷札を見て、絶句した。
今までの中では一番まともな届け物だが、ある意味厄介だ。
なぜならば
その量が半端じゃない。
続けざまに一tトラック3台が乗りつけたと思ったら、デンと積み重ねられた荷物の山。
冗談ではなくあごが外れそうになった。
呆然としながら、添えられていた手紙を見て納得する。
―転んでもタダでは起きない商売人。
見慣れた優美な文字。
知っている。よ〜く知っているくらい知りすぎた字だ。
しかもこんな『文』を送りつけてくるのはあの人ぐらい。
アリスと店員は顔を見合わせ、どうしたもんのかと頭を抱えた。
「中身は銀なのよね〜いっそバーゲンでもしますか?」
「そ〜ですね。このところ『赤字』クライシスですから、そうしてもらえると助かります。」
さりげない店員の一撃にアリスは遠い目をしてうなずいた。
―クリアランスセールやります。お好きな彫金・細工引き受けます♪
ご来店お待ちしてます。
さて、どんなお品がご入用ですか?
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突撃彫金大セール!〜暁の女神と獣
微かなさざめきが鳴り止まない。
それは彫金師である彼女―アリスでなくては聞き取れない波長とも呼べるか細く、けれどもはっきりとした『声』。
長き時の果てに待ち望んだ『主』の到来に打ち震え、それにふさわしき『姿』を望む音。
形の良いアリスの口元が弧を描き、ゆるやかな笑みを創り上げる。
―応じよう、その望みの為に。汝の『主』にふさわしき『姿』を与えよう
心の内で応じながら、ふいにアリスは優雅な仕草を止める。
突如、背後で起こった耳障りな大音声に先ほどまでの荘厳さは一気に消えうせた。
「だぁぁぁぁぁっ、おか〜さんばっかりずるい!!あたしもお願いします!!」
「ちょ、ちょっと!何言っているの?!まだ貴方には早いでしょ!!」
喧々諤々というのだろうか。
双方、迫力満点に言い合う親子にアリスはがっくりと肩を落とし、涙を流しながら山のような銀塊を掴んだ。
一癖どころか三癖以上は確実にある実姉から届けられた大量の銀。
有効活用しないと何をされるか分からない。
ともかくこのまま無意味に放置するのはもったいない。ついでに在庫一掃するかと大セールを思い立った。
が、なんとな踊らされてる気がしないでもないアリスだったりする。
―というよりも、あれって姉様の挑戦よね・・・
添えつけられた『あの』一文。
あれは完全に挑戦としか言いようがない。
アリスとしては同じ生業をしている姉に対するライバル意識は凄まじい。が、当の姉の方は全く相手されていない。
―腕は超一流。あとは経験ね。
されりと言い放った不敵な笑みが脳裏をよぎり、握った銀塊にヒビが走る。
ゆらりと漆黒のオーラを立ち上らせるアリス。
あらゆる意味で気合が入ってますね〜と店員は心の内で苦笑しながら、未だに言い合いを続ける親子にお茶を持っていった。
「あたしだっておしゃれしたいもん。いいでしょ〜」
「だからって・・・」
可愛らしく小首をかしげて、瞳を潤ませる娘・玲奈にあやこは頭痛を抑えるようにこめかみを押さえる。
どうしたもんかと思考を巡らせる姿は微笑ましい。
微笑ましいことこの上ないが、この『姿』で悩んでいるのは少々どころか・・・かなり怖いな〜と暖かく笑う店員。
普段なら、そこは暖かく笑うところか!とアリスがツッコミ入れるところだが、彫金に燃えまくる彼女にはその余裕がない。
否、あえて視界に入れていないのが正しいのだろう。
それも致し方がない。
なぜなら、現在のあやこの容姿はお世辞にも笑えない。
特徴的な長細いエルフの耳に背から生えた羽。いつもなら黒い瞳の左が紫―いわゆるオッドアイという特異なものへ変化している。
非日常に慣れまくったアリスや店員にしてみれば、そんなことは取り立て騒ぎ立てることではない。
問題は・・・と店員はあやこの首と腕に視線を送る。
白い喉の両側にびしりと張り付いた鮫の鰓、細い両の指には・・・なんというか、ある海の種族特有の薄い膜―いわゆる水掻き。
しかも第二関節に至る見事なシロモノ。
なんとも形容し難い『姿』で訪れたあやこを見た瞬間、アリスはそれは見事に石像となり、店員も笑顔を凍りつかせた。
「の・・・呪いじゃない?!それ。」
「あははははははっ、アリス様。冗談抜きに・・・除霊系の品出してください。」
「あ・の・ね!!」
唖然とするアリスに頬を引き攣らせながら、真顔でのたまう店員に青筋浮かべるあやこ。
当然のことながら、こんな『姿』なりたくてなった訳じゃない。
とある仕事を遂行中、妖怪蜜目の呪いを思いっきり受けてしまい、全くもって笑えない上に絶対鏡を覗きたくない姿にされた。
どうにかして呪いを解かないと思っていたところに、このバーゲン告知。
渡りに船とばかりにやって来たのだが・・・顔なじみのアリスたちの反応にはさすがに落ち込んだ。
「ま・・・まぁ、銀は退魔・除霊にはうってつけの品だからね。『いつも』のあやこに似合う物を作るわ・・・」
最初の衝撃からなんとか正気に戻ったアリスはテーブルに『の』の字を書いていじけてるあやこを励まそうと試みて―最後まで言葉にならなかった。
唐突かつ乱暴に開け放たれたドアが勢いあまって破壊され、飛んできた破片(こぶし大)がアリスの後頭部にクリーンヒット。
ばたりと倒れるアリスを間髪入れず、踏み台にしてセーラー服姿の少女が呆気に取られるあやこに迫っていた。
「何やってるの!おかあさん!!」
怒りも露にずずいと迫る少女にあやこは一拍のち、思い切りテーブルを叩いて立ち上がる。
ちなみにテーブルには修復不能なヒビが生じてた。
「ここ、彫金のお店でしょ?なんか作ってもらうの?!ずるい!!」
「ずるい・・・って!!玲奈、なんでここにいるの?」
「それはいいの〜あたしもお願いする〜」
可愛らしくおねだり始める少女・玲奈にあやこは―呪いを掛けられているのでいまいち分かりづらいが―母親然とした表情で厳しく跳ね返す。
なんとも微笑ましい光景ですね、と思いつつ、ちゃっかり無事だった店員はちょっとばかり黒い笑みを口の端にのせる。
「まあまあ、お二人ともお知り合いですか?良ければお茶でもお持ちしますよ?」
それと壊した物の請求書もお付けしますよから、と、にこやかに告げられ、この世の空気が凍りついたんじゃないかと思うほど冷たい殺気が彼女達を支配した。
「親子・・・なんですか?」
「まぁ、私の『養女』で」
「はじめまして三島玲奈です。」
目の前の現実を早々に拒否し、作業に没頭するアリスに代わって問う店員に諦め半分居直り半分とばかりに応えたあやこの言葉を玲奈が取り、愛らしさとおねだり全開笑顔で頭をさげる。
はぁ、となんとも味気ない相槌を返してしまう店員にあやこは肩を竦めた。
無理もない。
実年齢とかはどこかに置いて、この見た目で『娘』がいるということは多少なりとも奇異に見えるもの。
それが『養女』であってもあやこの『子ども』であることは事実だ。
慣れたとはいえ・・・いささか複雑に思える。
「で、おか〜さん。」
「ハイ、そこのお二人さん。親子喧嘩なら他でやりなさい。」
遠い目をするあやこの気持ちなどお構いなくおねだりを再開しようとした玲奈を必要以上に冷ややかな声でアリスが止めた。
いつの間に帰ってきたんだとツッコミ入れたいところだが、憮然とした表情をしているアリスを見て店員は口をつぐんだ。
今ここで下手なことを言おうものなら、さすがに逆鱗に触れると長い付き合いで気付き、そっと席を開ける。
短く礼を告げてアリスは固まっている玲奈に視線を送り、ゆるやかに口元に弧を描く。
「『親』がどう言おうと、それに見合う報酬を出してくれるなら引き受けるわ。だから不毛な漫才はよしてくれる?」
アリスのそれが『頼み』ではなく絶対的な力を加えた『命令』と気付き、あやこはがっくりと肩を落とすしかなかった。
アリスは問答無用に怒っていた。
なぜと敢えて訊ねるほどあやこに勇気はない。
仕事に対しては一分の妥協を許さないアリスにとって、精神の集中を欠く自分たちの言い合いは邪魔以外なんでもなかったはず。
それほど長い付き合いではないが、この彫金師の実力は未だに計り知れない。
要は計り知れなく怖い、ということだ。
隣にいる玲奈に果たしてそれが分かっているのかはかなり不安だが、気付いてはいるはず、とあやこは心のうちで思う。
「で、玲奈の依頼はともかく」
「ちょっと!いつの間に決定してるの?!というか、許してないわよ!」
ごく自然にあっさりと宣言するアリスにあやこは慌てて口を挟むが、綺麗に無視。
酸欠になりかけた魚のように口を開閉させているあやこを横目に玲奈はいそいそとこういうのが欲しいの〜と頼んでいる。
しかも、それを店員が依頼書に書き付け、さりげなくアリスの前に置いてくれた。
「分かったわ。これで引き受けましょう。時間かかるけど」
「そこ!!勝手に決めないで!!!」
微妙なところで忠実な店員の依頼書を一瞥し、無感動に言い放ってくれるアリスにあやこは食って掛かる。
冗談ではない。
妙な呪いで笑えない『姿』にされた挙句、玲奈のおねだりに付き合ったりしたら、まさしく『泣き面に蜂』になってしまう。
それよりもここで甘やかしたら、娘のためにならない。
さらに言うなら、アリスは商売人でけっこういい値をつけてくれたりする。加えて、店員はそれを上回るから手に負えない。
諦めたら負けだ、と念じながらあやこはアリスを鋭く睨みつける。
「玲奈の親として、お断りさせて」
「『声』に応えてしまったからダメよ。これは彫金師としての誇り。己の『主』にふさわしい『形』を望む『声』を無視することはできないわ。」
予想外の毅然としたアリスの答えにあやこは唖然とする。
なんとか反論を思い描こうとするが、良いものが思いつかない。
いや、そこに込められた『強さ』にどんな鉄壁の『正論』も意味を成さないと感じた。
押し黙ってしまったあやこにアリスは大きく息をつくと、控えていた店員に視線を送る。
心得たとばかりに店員は奥の間に数秒下がり―純白の小箱を持ってくると、あやこの前に置いた。
「これは?」
「依頼された髪飾りと・・・おまけ。」
怪訝な表情を浮かべるあやこにアリスは意味ありげな微笑みをたっぷりと浮かべて小箱を開く。
一瞬、息を飲んだ。
そこに納められてたのは両腕に紅い輝石を抱く翼ある女神を意匠化した銀製の髪飾りと翼を生やした獅子の一対のピアス。
真紅に煌く瞳は髪飾りと同じ種類のもの。
シンプルだが手の込んだ細工に覗き込んできた玲奈も言葉を失う。
「髪飾りは『天のイシュタル』とピアスは『暁の獅子』という名を与えてあるわ。」
満足そうに笑いながらアリスは言葉を続ける。
「『天のイシュタル』は普段は装飾品だけど貴方の意思で武器化するようにしてあるから、銃刀法違反にはならないわ。」
「頼んだのは髪飾りだけだったはずよ?それに武器にしてほしいって頼んだだけで・・・」
こっちのピアスは頼んでないと言外にあやこが告げるとアリスはわずかばかり眉をひそめ、肩を竦めた。
「おまけよ。と言うか、『暁の獅子』は『天のイシュタル』があってこそ意味を成すから、引き離せないの。だから返品は却下。」
絶句するあやこに対し、あくまで淡々と告げるアリスだったが実のところはそうでもない。
受け取れないと言われてしまうと困るのだ。
この2つはあやこを『主』とした。アリスはその望む『姿』になるための手助けをしたに過ぎない。
『主』を選び、作り手の手を離れた品を置いておくのは彫金師としての禁忌。
無茶だろうとなんだろうと受け取ってもらう以外は却下なのだ。
が、それを一ミリも表に出さないのはさすがといったところだろう。
差し出された2つの品の前にしばし考え込み―あやこはその日で一番の息をつき、やや躊躇いがちに手にする。
ごく一瞬、輝石が淡く煌くのをアリスは見逃さなかった。
手にすべき『主』に渡ったことを歓喜する『声』が届く。
「では・・・確かに頂きました。」
「お気にいられたら光栄よ。」
わずかばかり震えているようなあやこに嫣然と微笑みながらもアリスは胸の内で2つの『品』に小さく祈りを捧げていた。
―願わくば、汝らの行く末に幸運があらんことを。
応える『声』が彫金師の耳にさざめく。
『主』となったあやこに届く日が来ることを願いながら。
FIN
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■ 登場人物
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【7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子高生セレブ】
【7134/三島・玲奈(みしま・れいな)/女/16/メイドサーバント】
【NPC アリス・御堂】
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■ ライター通信
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はじめまして緒方智です。
このたびはご依頼いただきましてありがとうございます。
お待たせいたしまして申し訳ありません。
彫金師の誇りとか言ってましたが、なんだかんだと凝り性で創り上げたようで。
お気にいられましたら幸いです。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。
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