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■不夜城奇談〜始動〜■

月原みなみ
【4345】【蒼王・海浬】【マネージャー 来訪者】
 ――こんばんは。今夜も『ミッドナイト・トーキング』が始まります。担当は僕、アキです。六十分間、最後までお付き合い下さい――………


 日中の蒸し暑さが残る夜。
 少年は十二階建てビルの屋上から足元の遥か下方を見つめていた。
 深夜に近い時間帯だというのに人工の光りは星よりも多く、これほど無駄に明るい世界に生きながら、どうして自分の周りだけが暗いままだったのか不思議でならない。
 今も、光りは遠い。
 ここには闇しかない。
 あの明るい場所に飛び込みたいなら、あと一歩、宙に進まなければならないのだ。
「……」
 少年は息を吸った。
 閉じたままの瞳で空を仰ぎ、自分の闇を思い知る。
 ここから逃げ出すには、一歩、踏み出せばいいだけだ。

 ――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 東京都在住の十七歳の男の子…『僕はいま、死んでしまいたいと思っています』――

「っ!」
 不意の言葉に、少年の足は止まった。
 慌てて辺りを見渡すが、その声の出所と思われるものはない。
「ぇ…?」
 だが確かに聞こえてくる声は、ラジオ番組のものだろうか。

 ――『学校に行くとクラスの奴らに暴力を振るわれて金を取られるし…』――
 ――…うーん…随分、辛い思いをしているんだな…誰にも話を聞いてもらえないってのは、すごく辛いよな…――

「…っ…」
 ラジオの声が、少年の進行方向を変えさせる。
 もっと近くでこの声を聞きたいと思った少年は、屋上にあるはずの機器を捜し歩いた。
 この声の主が読んでいた手紙が誰の投書かなど知らないが、語られた身の上は、まるで自分のことのようだった。
「どこ…」
 少年は探した。
 誰が置いていったのか、小さなラジオがフェンスの傍に落ちていた。

 ***

「いいかげんにしてくれ! もううんざりだ!」
「なによ! 自分ばっかり我慢しているような顔しないで!」
 狭い室内に男女の怒声が行き来する。
 時には雑誌が宙を飛び、グラスが割れては絨毯の上に乱れ散る。
 市営住宅の四階。
 二人の幼い子供達は、逃げ場所もなく、泣き喚くことも出来ず、ただ二人抱き合って両親の怒りが過ぎるのを待つしかなかった。
 その瞳に大粒の涙を溜めながら。
「さっさと出て行け!」
「――! えぇ出て行くわ! もうアンタなんかと一緒にやっていけない!」
 聞こえてくる二人の声に、子供達は顔を上げた。
 お母さんがいなくなってしまうと、青ざめた顔を。

 ――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 埼玉県在住の五歳と七歳の女の子達から…『助けてください。大好きなパパとママがケンカをしています』――

「!」
「え…?」
 突然、居間に置いてあるオーディオの電源が入り、大音量で流れ出したラジオ放送に夫婦は驚いて言葉を途切れさせた。
 廊下にいた子供達も顔を見合わせて立ち上がる。

 ――『おばあちゃんのことで、パパとママはいつもケンカになっちゃうんです。おばあちゃんのことは好きだけど、でも、私達はパパとママの方がもっと好きなのに…』――
 ――…そっかぁ…五歳と七歳じゃ、ケンカ止めたくても止めれないよな。…もしかしたら、今もご両親のケンカで泣いたりしているのかな? ――

「ぁ…」
「あの子達……」
 夫婦はハッとして子供部屋に向かった。
 だが居間の扉を開けると、二人の娘がそこにいた。
 涙でぐちゃぐちゃになった顔で両親を見上げていた。
「…っ……」
 母親は娘達を抱き締めた。
 父親は抱き合う彼女達を見つめ、そのうち、妻の腕についた傷に気付いた。
 割れたグラスの欠片で切ったのだろうか。
「…済まなかった…痛くないか…?」
 触れた腕。
 彼女の瞳からも涙が毀れる。

 ***

 ――誰かに殺意を抱く、…って、実は誰にも有り得ることだと思う。――
 ――…ただ、本当に誰かを傷つけてしまったら、その後で幸せな恋愛をするのは、とても難しいことだよ……――

「…っふ…ぅっ…うぅっ…」
 彼女は自分の部屋で泣き崩れていた。
 先ほどまで右手に握っていた包丁を、いまは地面に手放し、その手で口元を覆いながら涙を流し続けた。
 突然、鳴り出したオーディオが流したラジオ番組。
 読まれた手紙は、自分のまったく知らないものだったが、語られる内容は正しく自分の現状だった。
 このラジオを聴かなければ、彼女は包丁を手にして隣の部屋に住む女子大生を襲いに行っていた。
 自分の恋人を奪った憎い女を。

 ――…人を愛することが出来る綺麗な心を、一時の怒りで、駄目にしてしまうのは勿体無いよ。浮気をした男は、その程度の男だったんだと思って新しい世界に目を向けてみない? 俺は、君に本当に幸せになって欲しいと思うんだ。――

「…ぅっ…ありがと…、ありがとう……っ!」
 涙しながら、この誰とも判らないラジオ番組のDJに何度も「ありがとう」を繰り返す彼女の心に、もう殺意は欠片も存在していなかった。



 その後、行方不明者が続出する。
 とある学園の暴力的な少年が。
 ある家の老婦人が。
 そして、若い女性が。

 消えていく、怨まれし人々が――。



■ 不夜城奇談〜始動〜 ■


 ■

「十二宮(じゅうにみや)ねぇ…」
 ぽつりと呟き、口元に淡い笑みを浮かべた男は、その名に“懐かしい”と思いを語る。
「十二宮と言えば、昔の…、あの組織のことですよね…?」
「君も覚えていたんだね」
 確認するように問うて来る相手に男は微笑う。
 もう何年前になるのか。
 数えるのも億劫になるほどの年月を経て、再び「十二宮」の名を聞くことになるとは流石に予想もしなかったが。
「まったく…。今生の狩人は様々な出逢いをもたらしてくれる」
 クックッ…と喉を鳴らして笑う男の頭上に輝くのは細い三日月。
 古代の人々が数多くの物語を描いた星空の中心には北極星。
 北国の山中。
 彼らの住居以外の灯りは皆無の土地で、大宇宙の輝きは何に阻まれることも無く地上を照らす。――この環境に慣れた彼らを、不夜城はどのように迎えてくれるだろうか。
「どれ…、俺も東京とやらに行ってみようか」
 屋内には彼を含めて四人の人物が居た。
 その内の一人、まだ学生服を着ていて然るべき年頃ながら鮮やかな金髪の少年は、男の視線が自分に向いているのを知って目を瞬かせる。
「俺!?」
「当然」
「何でだよっ、黒天獅(こくてんし)を連れて行けばイイじゃねーか!」
「明後日は朔の日だよ、彼を白夜(びゃくや)から離すわけにはいかないね」
「だからって何で俺…っ」
「雷牙(らいが)」
 問答無用という強い語調で制されて、金髪の少年は思いっきり頬を膨らませる。
「贔屓だ!」
「適材適所だよ」
 にっこりと告げた男は、雷牙を手招きして庭に出す。
「行こう」
 命じれば、少年はぶつぶつと文句を言いながらも結局はその姿を変化させた。
 人型から鳥型へ。
 男一人を背に乗せても飛行可能な大きさは、翼を動かすだけで辺りに強風を起こしたほどだ。
「じゃ、行って来るよ」
「…くれぐれも影主や光君の邪魔はしないで下さい」
「邪魔とは心外だね、俺は彼らの始祖として責任を果たしに行くだけさ」
 笑顔で返された言葉を最後に、白夜と黒天獅、二人に見送られて彼らは夜空に飛び立った。
「十二宮、か…」
 東京に向かう彼らの姿が見えなくなった頃、初めて黒天獅が口を開く。
「…俺は名前しか知らないが…、聞いた話が繰り返されなければいいな…」
「うん…」
 祈るような呟きは夜闇に掻き消されて、世界には届かない。
 人間の負の感情を糧に生きる魔物。
 それらを滅するために彼らが興した一族、闇狩。

 いま、時代は動き始めようとしていた――。




 ■

「ラジオ番組?」
「ああ」
 蒼王海浬の聞き返しに頷いたのは、彼にとある調査依頼への協力を頼んできた草間興信所の所長、草間武彦である。
 知らぬ仲ではないし、まずは詳細を聞かせるよう先を促せば、怪奇探偵と呼ばれる事を良く思っていない草間は微妙に表情を歪ませて説明を始めた。
 曰く、ここ最近になって騒がれ始めているラジオ番組は、放送時間や番組名、DJの名だけでなく、放送局すら定かではない奇妙なもので、これを聞いたと話す人々は、夫婦喧嘩の真っ最中で家を飛び出す直前だったり、飛び降りようとした直前、人を刺そうとした直前など、ラジオで読まれた手紙の内容が自分の境遇に酷似しており、DJの優しい言葉に励まされて踏み止まったらしい。
「…天の声の出所を探れと言うのか?」
 そう話す草間の表情と内容が噛み合わないのを見て取り、海浬が揶揄するように言うと相手は苦く笑った。
「それだけならな」
 問題は、ラジオを聴いた人間ではなく、その人々が夫婦喧嘩をしたり、自殺や、殺人を計画することになった原因の側。
「姑、いじめっ子、他人の男に手を出した女子大生――、そういった人間達が失踪しているんだ。この行方を調べて欲しいんだが」
「なるほど」
 失踪とは最近よく聞く単語だ…、と内心に呟きつつ、更に続く依頼内容の詳細に耳を貸す。
 聞けば聞くほど、このところ妙に周囲を賑わす“闇の魔物”の存在に近付いている気がしてきた。
「どうだ、協力してくれるか」
「ああ」
 あっさりとした返答に、草間の目が僅かに丸くなり、海浬は薄く笑う。
「どうした」
「いや…、いつものおまえさんらしくないなと思ってさ」
「少し思い当たることがある」
「…心当たりが?」
「少しな」
 繰り返し、この依頼への協力を正式に受けた海浬は立ち上がると同時に動き出す。
 脳裏にはあの日の魔物の言葉が蘇えっていた。




 ■

 人間の感情を脆くも遊び甲斐のある玩具だと語ったのは、何らかの方法で人型を得た魔物が自ら爆発した後に姿を現した、十二宮と呼ばれた男だ。
 自分たちをショーに招待すると言ったが、その序章がこれなのだろうか。
(単純に考えればラジオを放送しているDJか、そのスタッフが疑わしいが、これが例の魔物の仕業であれば人間に憑いている可能性は低いか……)
 それらを追って東京に辿り着いた狩人達は「魔物は変化している」と言う。
 この土地の環境下で変化した性質を利用してこそのショーであれば、それは魔物の変化を披露する場でなければならない。
(だとすれば、考えられるのは音声信号)
 音楽や、言葉。
(…いや)
 件のラジオ番組が怒りや殺意を的確に突き止めてラジオ番組という形で思念を逸らすならば。
 更に、それらを生じさせた原因となる者達を攫うと言うのなら、その全てを感じ取れるものに憑いていなければならない。
「……そういうことか」
 海浬は周囲を見渡した。
 ゆっくりとその場で、一度だけ回る。
 辺りに広がるのは大都会の雑踏。
 老若男女問わず人間の入り乱れた魔都には、人の数だけ思念が飛び交う。
 この思念から負の感情を捕え、憑くのが従来の魔物であり、狩人達が狩ってきたものならば、彼らに見つからないよう、悪意を持った人々を捉え、その原因たる“悪者”を探し出す魔物が憑いたのは、これだ。
 歩きながら携帯電話で話す会社員、メールを打つ若者。
 四方八方に広がるビル群からは膨大なデータが発信され、様々な媒体を経て人々に伝えられる。
 大気と同じに。
 それは空気のように。
 目に見えないまま人と人の間を行き来する伝道媒体――電波。
(東京はスタート地点というわけか)
 あの日の魔物は、自分たちが魔都を救うのだと断言した。
 悪しきものを滅ぼし、救うと。
 では、その最終目的は何だ。
 この土地から悪しきものが消えた後には一体、何が残るだろう。
(…予測はつく)
 海浬は既に解っていた。
 そして“始まりの場所”も。
 魔物の憑いたものが電波であり、十二宮がショーに招くと言うのなら、言葉の先にあるのはただ一つ。
 この都の象徴とも言える総合電波塔が、その舞台だ。
「さて…、開演時間はいつか、だが…」
 不敵な笑みと共に呟く最後の疑問。
 それさえ判れば為すべきことはただ一つ。
 そしてその答えは、思いがけず彼の前に差し出された。
「強い力をお持ちだとは思いましたが、頭も切れる方のようですね」
「……十二宮、か」
 不意に掛けられた声にも大して動じることなく返した海浬に、男は笑った。
 その身が纏う気配は、数日前の、魔物が爆発した後に象った姿と同じもの。
 十二宮。
「少しお話しをしませんか。決して貴方に損はないと思いますが」
 にっこりと微笑む男に、海浬もまた薄く笑って応えた。




 ■

 十二宮はまだ年若い青年だった。
 二十二、三の長身痩躯。
 赤茶の髪に、ラフな服装は今時の若者らしい外観で、おそらく普通に街を歩いていれば誰も彼が異能の存在だとは気付かない。
「一つ、訂正を」
 静かに話せそうだということで立ち入った公園には、幸い、子供の姿もない。
 万が一の時には空間転移で場所を移せば良いと考えるが、果たして前回のように相手が素直に同行してくれるかは疑問である。
 その程度には、いま目の前にいる男は隙を見せなかった。
「訂正とは?」
 先を促すと、やはり彼は笑う。
「十二宮は私個人の名ではありません」
「では組織か」
「ええ」
 海浬の単調な問い掛けに、青年も淡々と返した。
「十二宮は一人ではありません。その名の通り、十二人のトップがいての組織…、もっとも現在はまだ十二人が揃っているわけではありませんから、その名は正しくないのですが」
「では、現在は何名だと聞いたら答えてくれるかい?」
「これから私がする質問に、貴方がどう答えてくれるか次第、…と言っておきましょう」
 質問、と。
 その内容を海浬は聞かずとも知れる気がした。
「――蒼王さん。我々十二宮の一人になりませんか?」
 やはり、と可笑しくなる。
 それは相手も察しているのだろう。
 青年はくすりと笑い、先を紡ぐ。
「貴方が異界の存在であることを、我等がマスターはご存知です」
「マスターとは十三人目か」
「いいえ、十二の一の方。十二宮を組織され、率いる方です」
「魔物を変化させたのも、その人物か」
「ええ」
 思った以上の素直な対応は、海浬を仲間に引き入れようという本気の度合いを示すものと考えるべきか。
 それとも、…罠か。
「十二宮は異世界の民による組織です」
「…だが、君は地球の民だろう」
 根源に流れるものを見抜いて告げれば、青年は嬉しそうに頷いた。
「ええ。生まれは地球ですが」
 そうして彼が見せたのは尋常ではない能力の片鱗。
 足元に渦巻く風は地面に散りばめられた石や砂粒、枯葉を巻き上げ、じょじょにその波紋を広げていく。
「この能力は、異界のもの――事情あって地球に転生した異界の民です」
「事情ね…」
 その点に関しては、百パーセントではないにしろ理解出来ない話ではなかった。
 そういう存在は少なくない。
 海浬自身もまた同じで、だからこそ、十二宮に参加しないかという誘いを受けるのなら。
「君達の最終目的とは何だ」
「先日の魔物が口を滑らせたと思いましたが」
「口を滑らせた?」
 海浬は笑う。
 冷ややかに。
「魔都の悪しきものの一掃か……、それほどの大きな野望には相当の力が必要だろう。口を滑らせるような部下がいては今後の計画にも差し障りそうだ…、最も、その部下に情報を探られた俺が言えたことではないかもしれないが?」
「――……っ…」
 止まる。
 青年の足元から渦巻いていた風が。
 音が。
 ……空気が。
「ぁっ…!」
「長話にも、そろそろ飽いてきたな」
「かはっ…は……っ…ぁ」
 苦しげに、喉下に爪を立てながら膝から崩れ落ちる青年を海浬は見下ろした。
 自分を仲間に誘うにしては、集めた情報が少な過ぎたのではないだろうか。
 海浬は空間を操る。
 青年を囲う、そこにだけ生じさせた捩れ、遮断された大気。
 悶え苦しむ男を前に、しかし異界神の表情には一片の感情も浮かばない。
「壮大な夢の実現を望むのなら、もう少し慎重になるべきだったな…、それとも君も、口を滑らせるような部下の一人か」
「…ぅく…っ…」
「正と負、光りと闇、白と黒、――どんなものも、感情すら、コインのように“対”となって存在するものだ」
 人であろうと、他の何かであろうと。
 この自分自身さえも。
「世界にはどちらも必要不可欠であり、どちらかが欠けた世界など存在しない」
 それが真理。
 にも関わらず悪しきものだけを滅しようと言うならば、それは人を、世界を否定するも同じ。
 彼らの計画の末にあるのは“滅亡”だ。
「君の言う通り、俺は異界の者だ。ならばこの世界がどうなろうと干渉するつもりなどなければ、逆もまた然り」
「………っ…!」
「だが俺の領域に手を出すなら、十二宮は敵だ。――次はもう少し思慮深く行動することだな」
 そうして一瞬の悲鳴と。
 静寂。
「…次があればの話だが」
 低く呟くその場には、海浬一人が、ただ静かに佇んでいた。




 ■

 海浬一人。
 だが彼は知る、自分に向かう視線を。
「覗き見とは結構な趣味だ」
 声を掛けた先には、見慣れぬ男。
 十二宮の連れかと最初は思うが、すぐにその根源に近しい者達を知っていることに気付いた。
 あの狩人達から一度だけ聞いた名。
「……狩人の始祖、里界神か」
「ご名答」
 彼は笑い、歩み寄ってくる。
「里界では水主と呼ばれることもあるが…、この世界では文月佳一(ふみづき・かいち)と」
「…蒼王海浬だ」
「あぁ、影主から名前は聞いている。あの子達が随分と世話になったようで、感謝するよ」
 差し出された手に手を重ね、同時に伝えられるのは水主が意図的に流すもの。
「なるほど…、十二宮の目的は“人類”の滅亡か」
 この世の全てが対の存在であるならば、全てが正であり、悪と成り得る。
 片方が失くなれば世界の均衡は崩れ、何もかもが崩壊するだろう。
 海浬の予測は正しかった。
 それが彼らの目的であり、その全てを滅ぼした末に守るべきは“地球”と名付けられた、この大地だけなのだ。
 地球の死を回避させるために最も邪魔な存在は人類である、それが十二宮の主張。
 そしてその引金は。
「彼らは君の世界の民か」
「ああ」
 闇狩の始祖、里界神が司る世界の民。
 故に魔物を制御し、変化させる能力を持つ、それがこれまでの理由であり、原因だった。
「十二宮は、過去に私達が壊滅させたはずの組織なんだが…、この時代に再び目覚めたらしい」
 水主は自嘲気味に笑う。
「貴方の言う通りだよ、海浬殿。異界の者がこの世界の行く末に干渉する必要などなければ、十二宮の計画は我々里界の者で処理する。出来れば見て見ぬフリを願いたいんだが」
 本気か、冗談か。
 どちらともつかない表情と声音に、海浬も意味深な笑みを浮かべて見せる。
「人類の生き死にに関わるつもりもなければ君達にどうしようという気もない」
 ただし、とその瞳を射抜く。
 誰であろうと自分の領域を踏み荒らそうと言うなら容赦はしない。
 それだけが真実。
 水主は、ここで不思議なほど穏やかに笑った。
「どうやら十二宮は、まだ中枢の人事にてこずっている様だ。また仲間に誘われないよう注意してくれ」
「俺は、その一人を消したばかりだ」
「そういう人材こそ連中が欲する」
 仲間すら平然と消せる者を求めるというなら、これからどういった動きを見せるのか楽観視は出来ない。
「今回の、電波に憑いた魔物の件だが」
 ふと水主が語り始めた内容には、素直に耳を貸す。
「今夜、闇狩一族がこの土地に集って一斉消去を試みる。おそらく問題なく魔物は祓われるだろう」
「失踪者は」
「すぐに見つかるはずだ」
 その返答は、海浬が欲する答えとしては適当だった。
 ならば、これで草間から頼まれた調査は終了だ。
「では私はこれで失礼するが、また機会があれば会おう」
 片手を上げて踵を返した水主に、海浬は視線だけで応えた。
 それをどう取ったのか、彼は笑いながら去っていく。
 海浬も興信所に向かうべく方向を転換するが、その視線は、空に向かった。

 ――十二宮。

 地球を生かすために人類を滅ぼそうとする組織と、それを阻止しようとする異界の者達。
「……」
 好き好んで関わるつもりなどなければ、人類を救おうなどという大義名分を掲げるつもりもない。
 ただ、予感するだけだ。
 この土地で一つの戦が起きようとしていること。
 そしてこれに関わること。
「たまには気まぐれを起こすのもいい」
 海浬は薄く笑い、もう間もなく陽の沈もうという赤い空の下をゆっくりと歩き出した――……。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
・4345/蒼王海浬様/男性/25歳/マネージャー 来訪者/

■ ライター通信 ■
「不夜城奇談」全四話にご参加下さいまして、まことにありがとうございました。
今回のプレイングと、海浬さん自身の特出した能力等を合わせてこの物語をお届けすることとなりましたが如何でしたでしょうか。
内容としましては狩人達より一足早く十二宮と接触し、複数ある内の一角を先に潰して頂きました。既に納品済みの別の「始動」が、この後の出来事になっています。

ご意見等ありましたら何なりとお申し立てください。
誠心誠意、対応させて頂きます。

それでは、狩人達と再びお逢い出来ます事を願って――。


月原みなみ拝

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