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■不夜城奇談〜要因〜■

月原みなみ
【6589】【伊葉・勇輔】【東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫】
「おやぁ…?」
 彼は、ひどく惚けた声を上げて周囲の視線を集めた。
「おっかしぃなぁ…あの家に縛っておいた魂、誰かに取られちゃったよ」
 ざわざわと動揺が広がる空間に、…だが青年の口元に浮かぶのは楽しげな笑みだった。
「この魔都のどんな能力も効かないと確認したつもりだったんだけど、やっぱり宿敵っているんだよねぇ」
 くすくすと薄気味の悪い笑い声を立てながら、彼は上着のポケットから何かを取り出した。
 それはシャボン玉のように弱く薄い膜状に見えて、鉄球のように硬く、それでいて重さはほとんど感じられない。
「…ねぇ、これってフェアじゃないよね。向こうはこっちに気付き始めているのに、こっちが向こうの情報ゼロって言うのは、今後の計画にも差し支えるじゃない」
 周囲から同意するかの如く強い声が上がる。
 彼は目を細めた。
「なら、早速一仕事してもらおうかな」
 すぐに敵となる彼等を倒すわけではない。
 戦うにしてもまずは情報を集めなければ、こちらがどんなに期待しても面白い展開にはなってくれない。
「おまえ、張り込んでおいで。今までに試したことの無い力を見つけたら、後を追って、一つでも多くの情報を仕入れて来るんだ」
 言いながら、彼は自分を囲むそれらの一つに、手元の球体を投げ渡した。
「いいね? 一つでも多くの情報を僕に持って来るんだよ?」
 楽しげに命じる彼に、それは恭しく頭を垂れて後ろに下がり、いつしか姿を消した。
 ざわざわと動揺の広がる空間で。
 ――だが、やはり彼だけは笑っていた。


■ 不夜城奇談〜要因〜 ■


 ■

 仕事を終え、帰宅すべく首都高を走行中の車内。
すっかり暗くなった外界には人工の照明が幾つも連なり、遠方には彩り鮮やかなネオンの群集。
 煙草片手に、窓の向こうに流れる景色を眺めていた伊葉勇輔は、煙を嫌がる禁煙中の秘書兼、現在は運転手が張った結界の中で必要以上の煙に巻かれながら、――それに気付いた。
「そう言やぁ…」
 このタイミングで口を切るという勇輔の思惑を、煙のためだけに結界を張る秘書、九原竜也は重々承知しているから黙って聞く。
「この間、宇宙人に会ったぞ。この東京に流れ着いた地球外生命体を追って来たはいいが、ここの特殊な環境が敵に変化をもたらしているとかで、滅すのに苦労しているんだと」
「…その地球外生命体って、こんな感じかな」
 長年の付き合いがあるからこその口調と表情は、公務以外の場でのみ見せる素の態度。
 勇輔は頷く。
「あぁ、こんな感じだ」
 言い合う二人の前には、何も無い。
 車内には彼らだけで、普段との違いなど見られないし、外を流れる景色にも何ら変化はない。
 だが彼らには。
 表と裏、それぞれに別の顔を持つ彼らには、いま勇輔を監視する第三者の視線が肌を突き刺すような痛みと共に感じられていた。
「アッチでも原因が掴めなかった失踪事件があったろ、あれの犯人らしい」
「――」
「それを突き止められるヤツと偶然会ったっつーんだから、俺も大概、運が良い」
 あっさりと言う勇輔は、竜也がどう感じているのか解るからこそ薄い笑みを浮かべていた。
「勇ちゃん…それ報告は?」
「いぃや」
 あっさりと否定する。
 組織の一員としては得た情報を共有すべく公開するのが正しいことは解る。
 しかし己の力で得た地位を活用するのは“彼ら”も承知の上であるだろうし、知り合った闇狩一族という彼らが今後どう動くのか、しばらく黙って見ていたいと思ったのだ。
 最も、そんな自分に竜也が苦労しているのも、判らないではないのだが。
「……まったく」
 しかし彼も、文句を言ったところで何が変わるわけでもないことは知っており、軽い息と共に呟かれた言葉は。
「これは、俺達で滅せる敵かな」
「さぁ。俺にも散らすことは出来たが」
 実際に闇の魔物と関わった日の事を思い出しながら勇輔が言えば、竜也にはそれで充分だった。
「とりあえず手頃な場所で下ろしてくれ。この幼稚な尾行者の狙いは、どうやら俺のようだからな」


 ■

 車内で狩人の一人、緑光に電話で連絡を取った勇輔は、車を降りると路地の裏から裏へと進み、追跡者が背後にいることを確かめながら、更に奥へ向かった。
 この追跡者は知能が低いのか、それとも己の力を過信しているのか。
 どちらにせよ「器の小さな悪党だ」というのが勇輔の感想である。
 遠慮のない不躾な視線。
 抑えようともしない身動ぐ際の気配の変化、そして足音。
 自ら尾行を気付かせているとしか思えなかった。
(妙と言えば妙だな…この間は人間の残留思念に憑いたようなことを言っていたが…)
 これは明らかに肉体を持った者の追跡。
(変化していると言っていたから、これもその影響か…)
 何にせよ、一人で推測を巡らせるよりは本人に尋ねた方が早いし、間違いもない。
 狩人達はすぐに来ると言うし、何の理由があって自分を尾行するのか、そのあたりも聞いておきたい。
 勇輔はここという場所を決めると、立ち止まって新しい煙草に火をつけた。
 くゆる紫煙を、――足元から吹く風が空へ煽る。

 ――…………

 風が、吹く。
 足元にうっすらとした光りを纏い描かれるのは字か、模様か。
 円陣という名の、彼の力場。
 通常の目には見えぬそれが、追跡者にはどう映るだろう。
 近づいてくる。
 一歩、二歩。
 立ち止まって一服しているだけとでも思っているのか、それは確実に勇輔の領域に踏み込んでくる。
(やっぱ、バカの方か)
 動きを見るに熟練の能力者とはとても思えない。
 あと少し。

 あと、一歩。

 それは起きた。
「!! なっ…っ!?」
 その声は同年代の男の声。
 驚愕と焦りから四肢を振り回す影が急激な勢いと共に勇輔の間近まで飛んで来た。
 彼を中心に練られた風が解き放たれ、追跡者の三六〇度を包囲し、その動きを封じたのだ。
 当然それが狙いだったわけだが、この手応えの無さには呆れる他ない。
「見ねぇ顔だな」
「なっ…! げほげほっ…貴様…!」
 吐き出した煙が風に流されるまま、その中央にいた男の顔に掛かってしまった。
「おお、悪ぃ」
「く…っ」
 言葉だけで謝る勇輔に対して顔を歪めた男は、上下共に黒のスーツ姿。
 それなりに腕も立ちそうな体格は大柄で、厳つい顔付きだったが、尾行の結果がこれでは本人もさぞ不本意だろう。
「さて…、話を聞こうか」
「貴様のような人間ごときと話すことなど何も無い!」
 一息に言い放つ、その度胸は認めてもいいのだが。
「もう少し状況を見極める目ってモンを養った方がいいな」
「っ…がっ…ぐぁ……っ」
 視認することは難しいだろうが、勇輔から放たれる風は何重にも編まれた縄のように強固であり、術者の意思一つで締まりもする。
 この気配を持つ魔物の変化がどのように起こり、自分にも滅せるか否かは試してみなければ判らないが、苦痛を与えることは出来るらしい。
「どうしておまえさんに尾けられたのか、それだけでも教えてもらいたいんだが」
 多少の譲歩をしつつ話しかければ、男は顔を歪めながら、掠れた声で言い返して来た。
「き…っ…貴様から…あの狩人共の匂いがした…」
 やはり彼らとの遭遇が理由か。
「で? 変化したおまえさん等は、まだ狩人が怖いのか」
「奴等は我々の唯一の脅威……っ…狩人の味方をする者にも容赦はしない……!」
「なるほど」
 勇輔は不敵に笑い、近くなる幼馴染の気配と、更に、複数の狩人の気配に気付く。
「もう一つ質問だ。おまえ達が変化している原因は何だ?」
「……ふっ…」
 笑った、――魔物が。
「それを貴様等が知る必要はない……っ…全てが終わる頃には、この地上に人間など存在しないのだからな…っ」
「なに…?」
「人間など我々の糧となり滅びる運命なのだ!!」
「!?」
 グンッと、唐突に男の体が膨らむ。
 空気を流し込まれた風船のように膨張し、風縄を肉に食い込ませ、同時に鼻や口、人体の穴という穴から黒い靄が噴出した。
 闇の魔物。
 人間の負の感情に憑くと聞いた、それだ。
「チッ…!」
 舌打ちし風に地上の息吹を灯し周囲を覆う。
 結界。
 どこまで抑えられるかは疑問だが――。
「勇さん、そのままお願いします」
 不意に届いた声は、先ほどの電話で聞いた狩人、緑光のもの。
「全て燃す、火傷しないように気をつけろ」
 次いで届いたのは影見河夕の声だった。
 直後、勇輔の結界の中で不死鳥を象る炎が飛翔する。
「へぇ」
 思わず感嘆したのは炎に属するものには馴染みが無いからであり、魔物に対する圧倒的な力の差は、さすがに宿敵ということか。
「グアアァァァァアアアア!!」
 膨張していた男が叫ぶ。
 勇輔の風に融合した炎に巻かれて灰と化す。
「ガッ…オノレ……オノレ狩人……!」
「…おまえは俺達の知る魔物のようだが、どうやって人型を得た!」
 変化の要因を教えろと迫る河夕に、しかし炎の中、男は笑う。
「クッ……クックッ……コノ世ハ十二宮ガ支配スル……」
「十二宮…?」
「ソウナレバ人間ハ余ス事ナク我等ノ糧トナルノダ……!!」
 直後の暴発、その威力に、誰もが踏み止まるので精一杯だった。
 勇輔の結界すら破壊しかけ、その上を竜也の重複結界が覆わなければどれだけの領域に被害が及んだか。

 暴風が止み、静寂の戻った土地に残されたのは彼ら四人の姿と、二つに割れた黒い球体。
 これが人型を象り、中に魔物を凝縮していたのだと彼らが知るのは、まだ先の話だったが……。


 ■

「お怪我はありませんか」
 勇輔と、その時になって合流した竜也に、そう声を掛けて来たのは緑光。
「知らせてくれた事に感謝する。おかげで敵の名も知れた」
 厳しい表情ながらも、感謝の想いを滲ませた声音で語るのは影見河夕だった。
 知れた敵の名、十二宮。
 その狙いはこの世を支配し人間を滅ぼすことだと知れたのは紛うことなき収穫だった。
 だが竜也は、それ以上の情報を共有させた。
「十二宮は、組織の名のようです」
 魔眼によって敵の過去から知れたこと。
 その人数や形態は、魔物自身が把握していないこともあって正確なところは判らない。
 しかし組織としての頭がいて、手足がいて、その下で魔物達は彼らに協力していた。 全ては「人間をくれてやる」という十二宮の甘言に惑わされて。
「…それが甘言かどうか…魔物の知能は低いが、人間を喰らうことに関しての執着は尋常じゃない」
「十二宮が何者による組織か…もし頭にいるのが人間だとすれば、一体どのようにして魔物を支配下に置けるのでしょう…」
 情報を得た分だけ謎が増える。
 狩人達の表情には戸惑いが滲む。
 それらを見やる勇輔の胸に湧き起こる感情は――。
「……さすがに、これ以上は高みの見物とはいかねぇな」
 軽い吐息と共に呟くと同時、瞬時に気を高めて起こす風。
「っ、なんだ…?」
 その風が象るのは神獣“白虎”。
 狩人達の目が見開かれる、その反応は面白かった。
「改めて自己紹介だ。俺も能力者の一人で四神の力を使う。白トラと呼ばれることもあるが、本名は伊葉勇輔だ」
 勇輔が名乗り終えるのを待ち、隣で竜也も名乗る。
「九原竜也です。お二人は、IO2をご存知ですか」
「いや…」
 河夕の返答を聞き、竜也は簡単ながらも正確にその組織を説明した。
 怪奇現象等が一般の民間人に害を及ぼさないよう監視し、事件が起ころうとしているならば未然に防ぐことを任務とする超国家組織。
「そんなものが東京にはあるのか」
 素直に驚く彼らに、続ける。
「私はIO2に属するエージェントの一人として、今回の魔物、十二宮と呼ばれる組織の計画阻止に関して、貴方達への協力は惜しみません」
「もちろん俺もな」
「伊葉さん…、九原さん…」
 狩人達は顔を見合わせた後、再び彼らに向き直った。
「ありがとうございます。本当に、助かります」
 光が頭を下げ、河夕が手を差し出す。
 それはあの日の勇輔のように。
「こちらも改めて名乗らせてもらう。――闇狩一族総帥、影見河夕だ。こちらも十二宮の計画阻止に関しては、全狩人の力を尽くしてあたらせてもらう」
「よろしく頼むよ」
 固く結ばれた手の平に、竜也と光の視線が重なる。
 それは二つの大きな組織が結びついた瞬間だった。


「早速で何だが、交流を深めに寿司でもどうだ」
「お寿司ですか」
「不味いと評判の寿司屋だかな」
「――はい?」
 戸惑いの声を上げる狩人に、東京の二人は笑い。

「ところで私の表の職業はこういうものなのですが…」
 竜也が光に一枚の名刺を差し出す。
「ご職業…東京都知事の秘書、ですか」
「ええ。もしこの人がうろうろしているのを見かけたら、公務をサボっている時ですから私の方にご連絡願えますか? すぐに引き取りに伺いますので」
「公務…?」
「都知事って何だ」
 思い掛けない問い返しに竜也は軽く目を瞠り、勇輔は(やっぱりな…)と内心に呟き喉を鳴らす。
 その後、彼らの間でどんなリアクションが起きたかは想像に難くないだろう。

 魔都、東京。
 悪しき組織の計画が何であろうと、彼らの心を屈させることはない。
 その証とも取れる笑いが、不夜城の一角に聴こえていた。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
・6589/伊葉勇輔様/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫/
・7063/九原竜也様/男性/36歳/東京都知事の秘書/

■ライター通信■
二度目のご参加、ありがとうございました。
都知事にご協力頂けると聞き、某外国映画を観ているようなわくわく感と共に執筆させて頂きました。
少しでも愉しんでいただければ幸いです。

再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。


月原みなみ拝

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