■不夜城奇談〜要因〜■
月原みなみ |
【7063】【九原・竜也】【東京都知事の秘書】 |
「おやぁ…?」
彼は、ひどく惚けた声を上げて周囲の視線を集めた。
「おっかしぃなぁ…あの家に縛っておいた魂、誰かに取られちゃったよ」
ざわざわと動揺が広がる空間に、…だが青年の口元に浮かぶのは楽しげな笑みだった。
「この魔都のどんな能力も効かないと確認したつもりだったんだけど、やっぱり宿敵っているんだよねぇ」
くすくすと薄気味の悪い笑い声を立てながら、彼は上着のポケットから何かを取り出した。
それはシャボン玉のように弱く薄い膜状に見えて、鉄球のように硬く、それでいて重さはほとんど感じられない。
「…ねぇ、これってフェアじゃないよね。向こうはこっちに気付き始めているのに、こっちが向こうの情報ゼロって言うのは、今後の計画にも差し支えるじゃない」
周囲から同意するかの如く強い声が上がる。
彼は目を細めた。
「なら、早速一仕事してもらおうかな」
すぐに敵となる彼等を倒すわけではない。
戦うにしてもまずは情報を集めなければ、こちらがどんなに期待しても面白い展開にはなってくれない。
「おまえ、張り込んでおいで。今までに試したことの無い力を見つけたら、後を追って、一つでも多くの情報を仕入れて来るんだ」
言いながら、彼は自分を囲むそれらの一つに、手元の球体を投げ渡した。
「いいね? 一つでも多くの情報を僕に持って来るんだよ?」
楽しげに命じる彼に、それは恭しく頭を垂れて後ろに下がり、いつしか姿を消した。
ざわざわと動揺の広がる空間で。
――だが、やはり彼だけは笑っていた。
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■ 不夜城奇談〜要因〜 ■
首都高を走行中の車内。
すっかり暗くなった外界には人工の照明が幾つも連なり、遠方には彩り鮮やかなネオンの群集。
後部座席で煙草片手に窓の外を眺めている東京都知事の秘書を務める九原竜也は、彼を自宅まで送るべく車を走らせていたのだが、何がきっかけか、その都知事・伊葉勇輔に向かう強烈な視線を感じ取った。
都知事の秘書という肩書きを持つと同時、IO2と呼ばれる組織のエージェントでもある彼は、そういった気配にはひどく敏感なのだ。
自分が禁煙中だと知りながら、何ら気に留めることなく煙草を吹かす彼は、煙防止の名目で結界の向こうに押し込んだ。
あくまでも煙を防ぐためだけのものだが、それでも、彼個人を射抜く何者かの視線は竜也の表情を険しくさせる。
「そう言やぁ…」
ふと後方から声が上がった。
このタイミングで口を切る彼の思惑は重々承知しているから黙って聞く。
「この間、宇宙人に会ったぞ。この東京に流れ着いた地球外生命体を追って来たはいいが、ここの特殊な環境が敵に変化をもたらしているとかで、滅すのに苦労しているんだと」
宇宙人とは微妙な言い回しだったが、意味は通じる。
この世の“普通”とは異なるということだ。
「…その地球外生命体って、こんな感じかな」
上司と部下である以前に、長年の付き合いがあるからこその口調や表情は、公務以外の場でのみ見せる素の態度。
勇輔は頷く。
「あぁ、こんな感じだ」
言い合う二人の前には、何も無い。
車内には彼らだけで、普段との違いなど見られないし、外を流れる景色にも何ら変化はない。
だが彼らには。
表と裏、それぞれに別の顔を持つ彼らには、いま勇輔を監視する第三者の視線が肌を突き刺すような痛みと共に感じられていた。
「アッチでも原因が掴めなかった失踪事件があったろ、あれの犯人らしい」
「――」
「それを突き止められるヤツと偶然会ったっつーんだから、俺も大概、運が良い」
薄笑いを浮かべながら言う勇輔に、竜也は頭を抱えたくなる。
「勇ちゃん…それ報告は?」
「いぃや」
あっさりと否定してくれる幼馴染の本音が、しばらくはその宇宙人とやらの動向を探りつつ機を見て行動に移そうというようなことだと察しはつく。
それは解るのだが。
「……まったく」
文句を言ったところで何が変わるわけでもない。
竜也は軽い息を吐いて気を取り直した。
「これは、俺達で滅せる敵かな」
「さぁ。俺にも散らすことは出来たが」
実際に関わった日の事を思い出しながら勇輔が言えば、竜也にはそれで充分だった。
「とりあえず手頃な場所で下ろしてくれ。この幼稚な尾行者の狙いは、どうやら俺のようだからな」
■
車内で闇狩一族の一人に連絡を取った勇輔を、人気のない路地裏の少し手前で下ろした竜也は、異なる場所に車を停め、足で彼の気配を追った。
位置を確認し、彼から聞いていた情報を頼りに、ここに近付いてくる宇宙人こと狩人の所在を探ると、自分達の正確な場所を知らせるべく鳩型の使い魔を放つ。
(確かに今までとは異なる能力者の気配だな…)
今はまだ姿の見えぬ狩人達の、その身から放たれる気を感じながら胸中に呟いた。
勇輔の話し振りからして、信用してもいい相手であることは判るが、彼らが、そして彼らの追う魔物が東京に流れ着いた経緯を予測すると、嫌な予感がした。
(…しかし、この追跡者は手慣れているのか、その逆か…)
あっさりと自分達に尾行を気付かせたのは、意図的なのか否か。
そして現在、竜也が尾行していることには気付いているのか否か。
(……気付いていなさそうだが…)
だとすると、あまりにも幼稚過ぎるのではないだろうか。
内心に様々な可能性を思案しつつ魔物を追跡した竜也は、そのうち、勇輔がここという場所を決めて立ち止まり、新しい煙草に火をつけるのを確認した。
(いよいよか…)
意思を持った風が吹く。
その足元にうっすらとした光りを纏い描かれるのは円陣という名の、彼の力場。
通常の目には見えぬそれが、追跡者にはどう映るか。
一歩、二歩、――あとわずか。
それは起きた。
「!! なっ…っ!?」
同年代の男の声は、敵の悲鳴。
驚愕と焦りから四肢を振り回す影が、急激な勢いと共に勇輔の間近へ飛ぶ。
それを追うように、竜也は敵の顔を正面に見れる位置へ移動した。
勇輔が直に敵と向き合うならば、自分の役目は気付かれること無く敵の情報を得ること。
魔眼と呼ばれる能力を持つ達也は、その力を行使することで相手の過去や感情を見抜く事が出来るのだ。
「貴様のような人間ごときと話すことなど何も無い!」
言い放つ、その顔に焦点を合わせて能力を発動する。
見抜く。
その言葉の裏に隠された敵の事情――。
「もう少し状況を見極める目ってモンを養った方がいいな」
「っ…がっ…ぐぁ……っ」
近く響く声は排除する。
もっと奥、遥か彼方に放たれた言葉。
「き…っ…貴様から…あの狩人共の匂いがした…」
狩人と呼ぶ。
その存在を知る。
「それを貴様等が知る必要はない……っ…全てが終わる頃には、この地上に人間など存在しないのだからな…っ」
知る必要がないと言い切る、その“計画”。
「――……!」
まさかと瞠目した。
その計画に、不覚にも言葉を失う。
だが、これが本当なら。
「人間など我々の糧となり滅びる運命なのだ!!」
その言葉を、現実にしようと言うなら。
「!?」
グン…ッと、勇輔の術に囚われていた男の体が膨らむ。
空気を流し込まれた風船のように膨張し、風縄を肉に食い込ませ、同時に鼻や口など人体の穴という穴から黒い靄が噴出した。
これが闇の魔物かと、竜也も自らを奮い立たせて動く。
彼らの計画を知り、驚いたことは否定出来ないが、かと言って素直に受け入れてやるつもりはない。
彼も、間違っても認めようとはしないだろう。
そして彼らも。
「勇さん、そのままお願いします」
不意に届いた声は、勇輔が先ほど電話で話していた狩人のもの。
「全て燃す、火傷しないように気をつけろ」
次いで威厳ある声が響く。
直後、勇輔の結界の中で飛翔したのは不死鳥を象る炎だった。
「これは…」
思わず呟いたのは、炎に属するものには馴染みが無いからであり、魔物に対する圧倒的な力の差に感心したためでもある。
「グアアァァァァアアアア!!」
膨張していた男が叫ぶ。
勇輔の風に融合した炎に巻かれて灰と化す。
「ガッ…オノレ……オノレ狩人……!」
「…おまえは俺達の知る魔物のようだが、どうやって人型を得た!」
変化の要因を教えろと迫る河夕に、しかし炎の中、男は笑う。
「クッ……クックッ……コノ世ハ十二宮ガ支配スル……」
「十二宮…?」
「ソウナレバ人間ハ余ス事ナク我等ノ糧トナルノダ……!!」
直後の暴発、その威力に。
(まずい…!)
竜也は勇輔の結界の上から何十もの結界を重ねた。
それでも、誰もが踏み止まるので精一杯だった。
暴風が止み、静寂の戻った土地に残されたのは彼ら四人の姿と、二つに割れた黒い球体。
これが人型を象り、中に魔物を凝縮していたのだと彼らが知るのは、まだ先の話だったが……。
■
「お怪我はありませんか」
勇輔と、その時になって合流した竜也に、そう声を掛けて来たのは緑光。
「知らせてくれた事に感謝する。おかげで敵の名も知れた」
厳しい表情ながらも、感謝の想いを滲ませた声音で語るのは影見河夕だった。
知れた敵の名、十二宮。
その狙いはこの世を支配し人間を滅ぼすことだと知れたのは紛うことなき収穫だった。
だが竜也は、それ以上の情報を共有させた。
「十二宮は、組織の名のようです」
魔眼によって敵の過去から知れたこと。
その人数や形態は、魔物自身が把握していないこともあって正確なところは判らない。
しかし組織としての頭がいて、手足がいて、その下で魔物達は彼らに協力していた。 全ては「人間をくれてやる」という十二宮の甘言に惑わされて。
「…それが甘言かどうか…魔物の知能は低いが、人間を喰らうことに関しての執着は尋常じゃない」
「十二宮が何者による組織か…もし頭にいるのが人間だとすれば、一体どのようにして魔物を支配下に置けるのでしょう…」
情報を得た分だけ謎が増える。
狩人達の表情には戸惑いが滲む。
それらを見やる勇輔の胸に湧き起こる感情は――。
「……さすがに、これ以上は高みの見物とはいかねぇな」
軽い吐息と共に呟くと同時、瞬時に気を高めて起こす風。
「っ、なんだ…?」
その風が象るのは神獣“白虎”。
狩人達の目が見開かれる、その反応は面白かった。
「改めて自己紹介だ。俺も能力者の一人で四神の力を使う。白トラと呼ばれることもあるが、本名は伊葉勇輔だ」
勇輔が名乗り終えるのを待ち、隣で竜也も名乗る。
「九原竜也です。お二人は、IO2をご存知ですか」
「いや…」
河夕の返答を聞き、竜也は簡単ながらも正確にその組織を説明した。
怪奇現象等が一般の民間人に害を及ぼさないよう監視し、事件が起ころうとしているならば未然に防ぐことを任務とする超国家組織。
「そんなものが東京にはあるのか」
素直に驚く彼らに、続ける。
「私はIO2に属するエージェントの一人として、今回の魔物、十二宮と呼ばれる組織の計画阻止に関して、貴方達への協力は惜しみません」
「もちろん俺もな」
「伊葉さん…、九原さん…」
狩人達は顔を見合わせた後、再び彼らに向き直った。
「ありがとうございます。本当に、助かります」
光が頭を下げ、河夕が手を差し出す。
それはあの日の勇輔のように。
「こちらも改めて名乗らせてもらう。――闇狩一族総帥、影見河夕だ。こちらも十二宮の計画阻止に関しては、全狩人の力を尽くしてあたらせてもらう」
「よろしく頼むよ」
固く結ばれた手の平に、竜也と光の視線が重なる。
それは二つの大きな組織が結びついた瞬間だった。
「早速で何だが、交流を深めに寿司でもどうだ」
「お寿司ですか」
「不味いと評判の寿司屋だかな」
「――はい?」
戸惑いの声を上げる狩人に、東京の二人は笑い。
「ところで私の表の職業はこういうものなのですが…」
竜也が光に一枚の名刺を差し出す。
「ご職業…東京都知事の秘書、ですか」
「ええ。もしこの人がうろうろしているのを見かけたら、公務をサボっている時ですから私の方にご連絡願えますか? すぐに引き取りに伺いますので」
「公務…?」
「都知事って何だ」
思い掛けない問い返しに竜也は軽く目を瞠り、勇輔は(やっぱりな…)と内心に呟き喉を鳴らす。
その後、彼らの間でどんなリアクションが起きたかは想像に難くないだろう。
魔都、東京。
悪しき組織の計画が何であろうと、彼らの心を屈させることはない。
その証とも取れる笑いが、不夜城の一角に聴こえていた。
―了―
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■ 登場人物 ■
・6589/伊葉勇輔様/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫/
・7063/九原竜也様/男性/36歳/東京都知事の秘書/
■ライター通信■
この度は狩人達との縁を結んで下さり、ありがとうございました。
秘書のお仕事以外の方が大変そうですが、そんなお二人の日常会話など考え始めると筆が止まらなくなりそうでした。
書かせていただけてとても楽しかったです。
九原さんの口調等、訂正がありましたら何なりとお申し立て下さい。誠心誠意対応させて頂きます。
再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。
月原みなみ拝
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