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■限界勝負inドリーム■

ピコかめ
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
 ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。
限界勝負inドリーム

 ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。

***********************************

「これは……また同じ夢か」
 覚えのある感じに、黒・冥月はそう呟く。
 それと同時に、嬉しいような悲しいような、複雑な感情も。
 またあの人に会えるかもしれない。だが、それを期待しているという事は、やはり乗り越えられてはいないという事。
 軽く頭を振り、雑念を取り払う。
 相手が誰にしろ、結局誰かと戦う事になるのだ。戦闘以外の事に気を向けていて、負けてしまっては悔いが残る。
 落ち着いて敵の方を見やれば、おぼろげながら男性のシルエットが見える。
 また男、だがあの人ではないらしい。
 それにまた小さく安心と落胆を覚え、また首を振る。
「誰だろうと関係ない。勝って、目覚める」
 鋭くシルエットを睨み、戦闘体制をとる。

 敵は冥月よりも多少高い背丈に、それほど筋肉のついているわけではない身体をしている。
 パワーファイターとは言い難いようだが、こちらに向かってきている所を見るとインファイターらしい。
 迫ってきた敵が、冥月を間合いに収めた瞬間、軽くジャブを打ってくる。
 どうやら得物を持っているわけではなさそうで、素手で戦うらしい。
 となれば、こちらは影で適当に武器を作って敵の間合いの外からチマチマ攻撃すれば楽に勝てるのだが、それもなんだかフェアではない気がしたのでとりあえずこちらも素手で対応する。
 ジャブを軽く右手で弾き、左手で手刀をつくり相手の喉を狙って突き出す。
 敵はそれを内側に弾き、左掌底を冥月の顔面に向けて放ってくる。
 冥月はその手首を掴み、一つ踏み込んで敵の腹部目掛けて拳を放つ。
 ともすればフィニッシュブローにもなりそうな攻撃。冥月もある程度、決めるつもりで拳を撃つ。
 だが、敵はそれを右手で受け止める。
 バシン、と手と手がぶつかる音が聞こえ、冥月の拳の威力は完全に相殺されていた。
 多少驚いた冥月。だが、すぐに敵の攻撃に対応する。
 敵が放ってきたのは右のローキック。
 冥月は咄嗟に敵の左腕を離し、敵から出来るだけ距離を取ってローキックを躱す。
 敵はすぐに右足を地に着け、冥月の右手を身体の外側へ強く引く。
 それによって冥月は強引に引っ張られ、敵に近付いてしまう。
 ヨタヨタと近付いてきた冥月の横っ面に、敵の左フックが襲い掛かる。
 体勢が不安定な今、出来る回避行動は限られている。
 一瞬で頭の中に挙げた回避行動の中から一つを選び、すぐに実行する。
 右手が引っ張られるのに合わせて、それに逆らわずに足を踏み出す。そして相手の後ろ側まで回るのだ。
 こうすれば相手のバランスも崩せ、敵の肩に無理が掛かる。仕方なく、敵は冥月の右手を離すだろう。
 冥月の読み通り、敵はバランスを崩し、冥月に右手も離す。
 そして二人はすぐに向き直り、落ち着いて構え直した。
 どちらもこれと言ってダメージは受けていない。
 勝負はまた振り出しからだ。

 深く息を吐き出し、冥月は腰を低く構える。
 敵は完全なパワータイプではないにしろ、どこかで強烈な一撃を狙っているように思える。
 今の攻防で言えば、最後の左掌底がそれだろうか。
 その一打の為に、それまでの攻撃を布石にしている。実に直線的な戦い方だ。
 相手の手の内がわかれば、これからの戦闘も有利に運べるはず。
 勝機は見えた。……だが、その他に気になることがある。
 最初の敵の一撃、軽いジャブ。
 あの一撃から気にはなっていたが、この戦い方、どこかで覚えがあるような気がする。
「……まさか、な」
「何がまさかなんだ、『師匠』?」
 声が聞こえた。夢の初めに聞こえた、あの誰ともつかない声ではない。
 確かに、前方の敵から発された言葉。その声にも聞き覚えがある。
 多少声変わりはしているようだが、このトーン、この言葉遣い。
「嘘だろ……お前が、そんなに」
「強いわけがないってか? やっぱなぁ、俺ってば強くなっちゃったか!」
「背が高いわけがない」
「なんだと、この野郎!」
 簡単に調子に乗るところもそのままだ。
 目の前にいたのは、どうやら小太郎だった。

***********************************

 考えてみればありえない事ではない。
 前回の夢では、冥月の想い人と戦ったのだ。誰が出てきてもおかしくはないと思う。
 ただ、あの小太郎の様子はなんなんだろう?
 背は高く、顔立ちも幾らか端正になっている気がする。
 冥月が見慣れている、子供っぽい小太郎ではない。
「驚いてるな、師匠?」
「……ん、ああ。まぁ、それなりにな」
 ニヤリと笑って尋ねてくる小太郎に、冥月はボンヤリと答える。
 驚いていない事はない。この激変振りには驚くなという方が無理だろう。
 いや、夢なんだから何でもありなのか?
「この姿の俺は『いつか来る俺』、若しくは『ありえる世界の俺』だ。もしかしたら師匠の知っている俺がこの俺のように成長するかもしれないし、もしかしたら別の世界の俺かもしれない」
「別の……世界? 何を言ってるんだ、お前は」
「詳しくは言えない決まりなんでね。教えてやんない」
 大人になったのは見かけだけか。中身の子供っぽさは直っていなさそうだ。
「まぁ、お前がなんだろうと関係ない。私が師匠で、お前があの出来の悪い弟子なら、私が負けるわけないじゃないか」
「おぅおぅ、思い込みは足元をすくわれる原因だぜ?」
「思い込みではないさ。列記とした事実だ」
 そう言って、今度は冥月の方から仕掛ける。

 相手が小太郎なら打ち倒すのは簡単だ。
 何度も手合わせしているのだ。そしてその中で一度として負けた事はない。
 小太郎を間合いに収め、軽く右拳を打ち出す。
 それは小太郎の左掌にぶつかり、受け止められる。
 すぐに右手を引いて左ローキック。小太郎は軽く退いてそれを躱した。
 ローキックで前に出した足を小太郎の前で止め、そのまま踏み込んで左掌底も撃つ。
 しかしそれも易々と躱されてしまった。
「なるほど、多少は成長しているらしいな」
「どうかな、師匠の方が弱くなったのかもしれないぜ?」
「ほざけ、小僧が」
 今一瞬、嫌な感じが背筋を這った。
 今の一言に、何か小太郎には無かった何かを感じた気がする。
 小太郎からの殺気ではない、何か別の嫌な予感。なんだろう、これは。
「戦闘中に考え事かよ? あんまりなめるなよ」
 冥月が一瞬気を逸らした隙に、冥月の左手首を自分の左腕で抱え込むように拘束し、冥月に背中から接近する。
 間髪いれずに、腹部に衝撃。小太郎の右肘が綺麗に入っていた。
 痛みと衝撃で一瞬視界が揺らぐが、気絶するほどではない。
 次の小太郎の行動にはすぐに対応する。
 冥月の肩辺りを掴みにかかってきた腕を払い、背後から首を絞めようと腕を伸ばす。
 だが、それは勘付かれた様で、小太郎はすぐに冥月の左腕を離し、距離を取った。
「まずは一撃取ったぜ」
「……あまり手加減しなくても良さそうだな」
 口元を歪ませ、いつか感じた不思議な高揚感を覚える。
 影の中の道場で小太郎と組み手をしている時、一度だけ感じた事のある感覚。
 打ち合うのが楽しい。
 一撃入れられてしまったが、それはそれで面白い。
 今までただの小僧だと思っていたヤツが、ここまで育ったのだ。
 どれだけ出来るようになったのか、試してみるのも良いかもしれない。
「次からは全力だぞ、覚悟しろよ」
「望む所だ」
 二人とも笑って受け答えした。

***********************************

 同時に駆け出し、ほぼ同時に相手を間合いに収める。
 小太郎も身長が伸びているので、それに伴って腕も伸びる。
 今の所、小太郎と冥月のリーチは拮抗していた。

 小太郎から一撃、強打が繰り出される。
 子供の体格からでは打ち出せないような渾身の右ストレート。
 全身のバネを使い、重心移動もそこそこ。発頸としては及第点か。
 だがこんなタイミングで、こんな大振りを出す意味がわからない。
 当然、冥月はこの程度の攻撃など易々と躱せるのだ。
 小太郎の右手は冥月の頭の横を通り過ぎた。
 大振りの一撃を躱した冥月。目の前の小太郎はガードが甘くなっている。
 左手は引かれ、右手は強く突き出されている。頭から胴体にかけてがら空きだ。
 素早く顎目掛けて掌底を打ち上げ、更にもう一歩踏み込んで小太郎の懐に潜り込む。
 そしてその胸目掛けて両拳を思い切り打ち込んだ。
 その衝撃で小太郎は軽く吹っ飛んだが、倒れることはなく、口元を拭って笑って見せた。
「口が切れちまった。やっぱ痛いな、師匠の攻撃は」
「私のだけではなく、殴られれば痛い。殴られるのが嫌なら、今のように不用意に大振りをしないことだな」
「おいおい、こんな時まで修行のつもりかよ? そんな事じゃあ、この夢、負けるぜ?」
「デカイ口を叩くようになったな、小僧」
「今のところ、一応師匠よりは年上なんだけどなぁ」
 冥月より年上、という事は二十台半ば、という事だろうか。
 その頃には冥月の知っている小太郎もこんな風になっているのだろうか?
 生意気なのは治らないようだが、今よりはまだ頼りになる気がする。
 戦い方もより洗練されているし、こんな風に育ってくれれば嬉しい気もする。
 今の冥月の攻撃も、地味に彼の能力で防御壁を作って決定打は避けている。
 やれば出来る様になっているじゃないか。それなら育て甲斐もある。
「行くぜ、師匠。気をつけろよ。俺の一撃はでかいぜ?」
「そういう事は当てられるようになってから言え」
 小太郎が向かってくるのに、冥月は迎え撃つように構える。

 近寄ってきた小太郎は、冥月を間合いに収めると同時にジャブを放ってくる。
 冥月はそれを軽く弾き、反撃しようと半身前に出るが、小太郎はそれよりも早くステップを踏んで横移動を始めていた。
 それに気付いた時には遅く、冥月の右側面からまたジャブが飛んでくる。
 何とかガードし、小太郎を正面に捕らえようと向きを変える。
 だが直後に左側面からまたジャブ。小太郎が素早く移動し、放ってきたのだろう。
 見かけの大きさからは想像できないほどに身のこなしが軽い。
 元の小太郎の事を考えれば、すぐに予想できた事だが、やはり見かけに騙されていたのか。
 強烈な一撃を繰り出せるほどの筋力を持ち、更に相手を翻弄するほどの身のこなしも身につけている。
 小太郎の成長は、冥月の知っている彼から見れば目覚しいものだった。
 だが、嫌な戦い方をするようになった。
 遠距離から中距離でチマチマと攻撃してくる。アウトファイトは何となく小太郎っぽくはない。
「もっと踏み込んで撃ってきたらどうだ、小太郎」
「……ふーん、じゃあ我が偉大な師匠の言葉に従いまして」
 小太郎の声が聞こえたかと思うと、すぐ目の前に彼の姿が。
 一瞬反応が遅れたが、まだ躱せないほどではない。
 踏み込む小太郎。次の瞬間には大砲のような右拳が冥月の頬を霞める。
 先程よりも近い位置を通り過ぎた。やはり、もう少し反応が遅れれば直撃しただろう。
 ピリピリと頬が痛む。少し拳が触れたか。
 だが致命的なものではない。すぐに反撃を……と思ったのだが。
 左肩を強く後ろに引かれる。気がつくと小太郎の右手が冥月の肩を掴んでいた。
 さっきの右ストレートは、むしろこれを狙っていたのか。
 アンバランスな形で前に出てしまった冥月。そこを小太郎に狙われ、足を引っ掛けられる。
 右腕をガッチリホールドされ、そのまま体重をかけられた。
 冥月は小太郎に押し倒されていた。
「……っ」
「はい、ダウンも一個取ったぜ。いや、柔道で言うなら一本か?」
 眼前で、小太郎がニヤリと笑っていた。
 その顔を見て、何故だか急に頬が熱くなった。
 なんだか色々な感情が入り混じっていて、その感情を一つ一つ確認する事は出来なかったが、一際大きかったのは『嬉しさ』。
 冥月がそんな嬉しさを噛み締めている間に、小太郎は冥月の上から起き上がり、何事もなかったかのように距離を取って構えなおす。
「さぁ、仕切りなおしだ」
「止めは刺さないのか?」
「訓練のつもりだった師匠に勝ったって意味が無い。これはそんな夢じゃない」
 不意に急変する場の空気。
 今まで、それこそ影の道場と変わらない、いつもの訓練の風景に思えていたのが、突如として戦場に変わる。
「どういうことだ?」
「この夢は勝敗をキッチリ決めないといけない。『構えろ。さもなくば、殺す』。聞いたはずだぜ、師匠?」
 冥月を見据える小太郎の瞳に、最早子供のような無邪気さはなく、その手には光を帯び始めていた。
 小太郎の殺気が立ちこめ、温度が少し下がったようにも感じる。
「これは夢だ。ここで俺を殺したって現実には何の影響もない。本気で来いよな、師匠」
「そこまで大口を叩くのなら、覚悟はあるんだろうな」
 軽く影を操りながら、冥月が呟く。
 まさか、小太郎と殺し合いをするようになるとは思っていなかった。
 だがこれは夢。そう割り切って考えれば、やれない事は……ない。

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 と、そこまで覚悟を決めたところで眼が覚めた。
「……あれ」
 寝ぼけた声を零して顔を上げれば、ここは興信所だった。
 窓際で散らかった書類の整理を手伝っているユリが、せわしなく働いている。
「……あ、冥月さん。寝てないで手伝ってくださいよ」
「そういう仕事は私じゃない誰かに手伝ってもらえ」
 適当に切り返しつつ、ユリが『もぅ』とため息のように言うのを何となく聞く。
 あの夢は……結局どうなったんだろう?
 小太郎が冥月を倒した次点で勝敗が決していたのだろうか?
 それとも、覚えていない夢の中で、本当に殺し合いをしたのだろうか?
「……まぁ、考えても仕方ない事か」
 覚えていない事は覚えていないのだから仕方ない。
「……何か言いましたか?」
「いいや、ユリがほったらかしにしていると、その内美味しく熟した小太郎を私が奪ってやるぞ、と言ったんだ」
「……な、なんですかそれ!」
 そんな風に目に見えて動揺するユリを見て、起き抜けの余韻を楽しんだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、毎度ありがとうございます! 『良い夢でも悪い夢でも、途中で眼が覚めると寝覚めが悪い』ピコかめです。
 まぁ、そんな事良いつつ、見た夢なんてほとんど忘れるわけですが。

 さて、ガチンコ素手勝負&寸止めドローで終わりました今回、こんな終わりがあっても……いいよね?
 勝敗的には第一ラウンドは負け、第二ラウンドは中止って感じです。
 あと余談ですが、これは『お仕事頑張る』よりもちょっと前の話ですかね。まだユリが普通の頃です。
 では、気が向いたらまたどうぞ〜。