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■不夜城奇談〜要因〜■

月原みなみ
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
「おやぁ…?」
 彼は、ひどく惚けた声を上げて周囲の視線を集めた。
「おっかしぃなぁ…あの家に縛っておいた魂、誰かに取られちゃったよ」
 ざわざわと動揺が広がる空間に、…だが青年の口元に浮かぶのは楽しげな笑みだった。
「この魔都のどんな能力も効かないと確認したつもりだったんだけど、やっぱり宿敵っているんだよねぇ」
 くすくすと薄気味の悪い笑い声を立てながら、彼は上着のポケットから何かを取り出した。
 それはシャボン玉のように弱く薄い膜状に見えて、鉄球のように硬く、それでいて重さはほとんど感じられない。
「…ねぇ、これってフェアじゃないよね。向こうはこっちに気付き始めているのに、こっちが向こうの情報ゼロって言うのは、今後の計画にも差し支えるじゃない」
 周囲から同意するかの如く強い声が上がる。
 彼は目を細めた。
「なら、早速一仕事してもらおうかな」
 すぐに敵となる彼等を倒すわけではない。
 戦うにしてもまずは情報を集めなければ、こちらがどんなに期待しても面白い展開にはなってくれない。
「おまえ、張り込んでおいで。今までに試したことの無い力を見つけたら、後を追って、一つでも多くの情報を仕入れて来るんだ」
 言いながら、彼は自分を囲むそれらの一つに、手元の球体を投げ渡した。
「いいね? 一つでも多くの情報を僕に持って来るんだよ?」
 楽しげに命じる彼に、それは恭しく頭を垂れて後ろに下がり、いつしか姿を消した。
 ざわざわと動揺の広がる空間で。
 ――だが、やはり彼だけは笑っていた。


■ 不夜城奇談〜要因〜 ■


「んー…」
 シュライン・エマは難しい顔で歩いていた。
 澄んだ青空が広がったこの日、幸いにも興信所への依頼が無く、せっかくだから少し散歩に出てみようかしらと考えるのは、人として自然な行動であったはずだ。
 間違っても、いま正に背後から感じているような敵意を向けられる理由にはならない。
(でも、きっと後ろの人には何か理由があるのよね…)
 内心に呟く彼女の視界には、頃合良く公園のベンチがあり、すぐ傍には自動販売機が立っていた。
 いつからか定かではないが、後方の誰かはずっとシュラインの後を尾けていて、声を掛けて来るでもなく、その一方、敵意同様に足音すら隠そうとしない。
 目的も、理由も不明。
 ならば直接、聞いてみる他はないだろう。
 そうと決めれば即実行。
 自動販売機の前で立ち止まった彼女は、自分用の飲み物と、無難なところでお茶缶を一本購入すると、そのまま公園のベンチに腰掛けた。
 空いている隣をぽんぽんと叩いて追跡者に声を掛ける。
「もしよろしければお話ししません?」
 お茶缶を差し出せば、どうやら本人は尾行に気付かれていないつもりだったらしい。
 隠れていた物陰から姿を現した黒スーツの男は、その大柄な体格に似合わない単純さで眼を瞬かせて驚いている。
「お、俺と話そうと言うのかっ! この世の平和を乱そうとする悪党が!」
 早速、理解に苦しむ罵倒である。
「…やっぱり少しお話ししましょう? 私はシュライン・エマ。貴方のお名前は?」
 彼にも彼の主張がある、そこはきちんと聞いておかなければ、こちらに否が無いとは言い切れない。
 根気強くお茶を差し出して待つ内、男も何とか動揺を抑えることに成功したのか、警戒心は露にしたまま、隣に座る。
 シュラインはようやく話が出来ることにほっとしつつ、最初の質問を切り出した。
「私を尾行していたのは、どんな理由で?」
「なぜ尾行していると気付いたっ!?」
 質問に質問で返さないで欲しいところだが、話をスムーズに進めるためには自分から答える方が無難なのだろう。
「ずっと足音がしていたもの。私が歩調を変えると、貴方も同じように変えていたでしょう? それで確信したの」
「ぐっ…」
「さぁ、次は貴方が答える番よ」
 多少強い態度に出ると、男は仕方ないと言いたげに口を切る。
「ぉ…おまえから…、俺達が追っている奴らの匂いがしたからだ…っ」
「匂い…?」
「我々の主の崇高なる計画を邪魔している悪党共の匂いだっ、覚えがあるだろう!」
 あるだろうと言われても、日ごろ様々な現象に立ち会っているシュラインには何のことだかさっぱりである。
「例えばどんな計画? もう少し詳しく話してくれると助かるのだけれど」
「子供の魂だっ、俺達の仲間が捕えていた子供の魂を盗んだ奴ら! 知っているんじゃないのか!?」
 子供の魂と聞けば、思い当たる事例が一つ。
 草間興信所に舞い込んだ依頼の調査を進める内、数日前に知り合った青年達が関与する魔物の事象であることが解り、それらに囚われた子供の魂を解放すべく協力した。
(…あら)
 シュラインは軽く瞬きを繰り返す。 
 それを自分たちの計画だと、目の前の男は言う。
 彼らを――闇狩一族の青年達を追っていると言い切る男達は、つまり。
「…確かに、その件には私も関わったけれど」
「やはりおまえも悪党の一味か!」
「待って」
 腰を上げようとした男を冷静に制して続ける。
「冷静に考えて。私達は貴方達の計画を何も知らないのよ、違う?」
「む…」
「私達は、あの家の近所に住んでいる人達が困っていたから、結果的に貴方達の計画を邪魔するような事をしてしまったけれど、もし貴方達の計画を知っていたら、そんなことはなかったかも」
 ゆっくりと、一文字一文字を相手の心に浸透させるように告げると、彼女の言葉は男にとって青天の霹靂も同然だったらしく、目を丸くしたまま固まってしまった。
 シュラインとしては、闇狩が追っていた魔物、それを変化させた原因がここにあるのかもしれないと察し、少しでも情報を集められればという意図も少なからずあるわけで、言葉で誘導しているという自覚も有り、ここまで素直な反応を見せられてしまうと良心も痛もうというもの。
 しかしここで退くわけにはいかない。
 男の今までの言葉を繋ぎ合わせてみても、背後にあるのが組織的なものであることは疑いようがないのだから。
「もし良ければ貴方達の計画を教えてくれないかしら? 賛同出来るものなら私も、もしかしたら貴方達が追っている彼らだって、協力すると言うかもしれない」
 男の視線は自分を向かない。
 だが、シュラインは待った。
 相手の反応を。

「……無駄、だ」

 そうして訪れた変化。
 返答。
「…十二宮(じゅうにみや)様は…人間とは協力なさらない…」
「十二宮、様?」
「我等の糧は人間だ」
 呟き、その手にあった茶缶が地面に落ち、空いた手が次いで握ったのはシュラインの手首。
「貴方…」
「十二宮様は人間を我等に与えると言って下さった…だから我等は十二宮様に力を貸す……」
 向き合った瞳は、虚ろ。
「…!」
「十二宮様の計画には人間が不要…人間は我等の糧……故に我等は十二宮の僕となった…」
 その名称から“様”が取れた。
 同時に、男の体が膨張を始める。
(これはマズイかも……っ)
 シュラインは危険が近付いている事を感じ、手首を取り戻そうとするが、自分を捕える握力は尋常でなかった。
 目の前で男の顔が、肩が、腕、腹、足…あらゆる箇所が風船のように膨らみ、体全体で円を象り。
 更に鼻や口、外界と繋がる穴という穴から漏れ出るのは黒い靄――闇の魔物――!
「……っ」
「おまえ…我の名を聞いたな……」
「え…」
「名など無い…我は魔物……協力すると言うならその身を寄越せ……」
 魔物が散る。
 体が、限界を超える。
「おまえが我になれば我の名がシュラインだ……!」
「――!」
 爆発する、そう思った刹那。

「あなたにシュラインさんの名を騙られるのは非常に不愉快ですね」

「ぐぁっ…なっ…!!」
「…っ!?」
 不意に辺りの空気が変わった。
 円を象っていた男の体は四角に変じ、同時、シュラインの腕を掴んでいた手は、手首から切断されたが、そこから噴出すのは、血ではなく、やはり黒い靄。
「大丈夫ですか」
 掛けられた言葉が、狩人の青年、緑光の声だと認識すると同時、四方八方で起きたのは発火現象だった。
 散っていた靄がその場で炎上する。
 魔物を灰と化し、滅する。
「どうだ」
 次いで届いた声は、同じく狩人の青年、影見河夕のもの。
「…おい、平気か」
 返答しないシュラインを案じる声に、彼女はようやく声を押し出す。
「ぇ…ええ、平気よ…、ところで」
 目の前で四角になったままもがいている男を見遣ると、光が苦く笑う。
「僕の結界です。完全に動きを封じていますから、もう心配いりません」
「そう、結界…」
「こいつから魔物がはみ出したせいか、急に魔物の気配が高まったんで驚いた。間に合って良かったが、……無茶をするな」
「ありがとう…」
 案じてくれることに感謝し、しかしシュラインにはまだ聞きたいことがある。
 狩人が現れたなら尚のこと。
 いまここで、それを知らなければならないという、彼女の直感。
「十二宮とは何者なの?」
「シュラインさん?」
 四角い結界に囚われた男に問う。
「私には人外の友人や、知人が、たくさんいるわ。貴方達に、私達と共存しようという考えは生まれないの?」
 重ねられる問い掛けに、男は笑った。
 ただ、嘲笑った。
「愚かな人間……十二宮の計画を知れば…素直に我に体を寄越せば良かったと後悔するだろう……」
「計画?」
 聞き返す狩人に、だが男が応えることはない。
「人間の世も残りわずか…せいぜい愉しんで過ごすがいい……!」
「なっ…」
 不意に光の顔付きが変わった。
 河夕の緊張も高まる。
「シュラインさん、伏せて!」
「!!」
 そうして暴発。
「…………っ!!」
 強大な風に煽られて、シュラインは狩人二人に庇われながらも、そのあまりの強烈な風には踏み止まるので精一杯だった。
「…なにが…っ」
 ようやく風が弱まってきたのを確認して目を開けた。
 その視界に。

 ――…君達が魔物の宿敵か……

 靄が人を象り、口をきく。
「…っ…貴方が“じゅうにみや”ですか…?」
 問い掛けに口元が弧を描き、瞳とは思えない瞳がシュラインを見遣った。

 ――……面白い提案をする人間がいたものだな…殺すには惜しい魂の美しさだが……

 それきり質問には答えることなく、声は意味深な言葉を残して消え行く。

 ――…もう間もなく…皆さんを楽しいショーに御招待しますよ………
 ――…それはそれは楽しい…人間ショーに……
 ――…人間の感情とは…脆くも遊び甲斐のある玩具ですからね……

 その意味深な言葉と、真っ二つに割れた小さく黒い球体を、地面に残して。






 後に残された割れた球体を手に、河夕は歯を食いしばった。
「十二宮という男…何を企んでいやがる……っ」
「…男…一人ではないと思うわ…、たぶん彼らは組織的な存在…」
 そうしてシュラインは、男から聞き出した情報を一つ一つ正確に話した。
 体が震えるのは、夏の終わりに吹く涼しすぎる風のせいか。

 気付けば、空には西から夕焼けの赤色が広がっていた。
 それはまるで、これから起こる何かを予感させるような毒々しさと共に――……。




 ―了―

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■ 登場人物 ■
・0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/


■ ライター通信 ■
「要因」へのご参加、まことにありがとうございました。
追跡者とお茶を片手に話し合われるというプレイングを頂いたのは初めてで、敵側がどう出るのか、作者も書いてみるまで解らなかったという今回の物語です。^^; お気に召していただけると良いのですが…。

ご意見等ありましたら何なりとお申し立てください。
誠心誠意、対応させて頂きます。

それでは、狩人達と再びお逢い出来ます事を願って――。


月原みなみ拝

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