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■ERNULA ―trial and error― act.1■

ともやいずみ
【5902】【乃木坂・蒼夜】【高校生/第12機動戦術部隊】
 用意されていたスレンダーなドレスに身を包み、少女たちは宴へと向かう。
 一人は茶髪を頭の両側でそれぞれ結んだツインテールの少女と、ストレートの黒髪の少女だ。どちらも整った顔立ちで、バランスのとれた肢体をしている。
「ったく、ほんと、なんであんたと一緒にこんなところまで来なきゃならないのよ」
 ぶつぶつ言いながら茶髪の少女は大股に歩く。ざわつく船内を、人を避けて進んだ。
「やむを得なかったと言ったはずです。何度も言わせないでください」
 黒髪の少女はその後ろを歩いてついて行く。それでも早足だ。
「依頼を確実にこなすために二人で来たほうが成功率はあがります。当主代行の私の判断に、何か不満でも?」
「へーへー。わかってますって」
 唇を尖らせていた茶髪の少女は表情を引き締める。
「まぁ確かに、こんなもんが定期的に現れて、しかも行方不明者が出たんじゃ厄介で邪魔だしね」
「船の中に入ったのはいいんですが、おかしいと思いませんか?」
「つーか、この船自体がおかしいっての。とにかく、こんなドレスも用意されてたんだし、歓迎はされてるみたい。パーティ会場に行けば何かあるでしょ」
「……くれぐれも油断しないでくださいね、日無子さん」
「へーへー。承知しましたよ、月乃サン」
 ハッ、とツインテールの少女は嘲笑した。

 遠逆家に依頼がきたこの「船」については、こうだ。
 新月の一週間前後、岬に船が出現し、夜毎パーティをしているという。その船は夜の間だけ出現し、朝になると消えてしまう。しかも、現れるのはたった一週間だけ。
 場所は転々としているが、はっきりしているのは新月を前後して現れるということだけ。
 その船の様子を探りに行った者は帰ってきていない。
 その調査を依頼されたのは遠逆家だった。つまり、場合によっては船ごと破壊しても構わないということだろう。

 潜入をするために用心として日無子と月乃はウィッグをつけ、コンタクトもしている。二人とも片目の色が違うため、それを隠すためにつけているのだ。
 仕事成功の確率をあげるため、一人ではなく二人で乗り込んだのは遠逆家としては珍しいことだ。単独行動が主の家柄としては、変化があったということだろう。
 豪華客船といってもいい。乗っている乗客数は船の大きさから推測するに船員を含め、1000人くらいだろう。もっと多いかもしれないし、少ないかもしれない。
 罠だとわかってはいても、この船を調べるためにはその誘いに乗るしかない。だからこそ、二人ともドレスを着ているのだ。
 日無子は赤、月乃は青のロングドレスだ。どちらも深くスリットが入っており、背中が大きく開いていた。
「こんなペラペラな服じゃ、下手すると敵の攻撃をモロに受けるだろうに……」
「少々恥ずかしいですが、スリットが深いおかげで足はわりと動かせそうですね」
 二人は薄く笑う。いつ戦いになっても覚悟はできている。
 ボーイらしき男が二人を見て笑顔を浮かべ、どうぞとばかりに会場のドアを開けた。
 洒落たドレスや豪奢なドレス、タキシードを着た人々が部屋の中に溢れている。
「さ〜て、鬼が出るか蛇が出るか……。とっと片付けてさっさと帰ろうじゃないの、当主代理」
「随分と好戦的ですね。ですが、早く帰りたいのは私も同感です」
 二人は会場の奥へと歩き出した。周囲の者達は二人の美貌に驚き、注目する。
 人の波の中に、彼女達は迷いもなく進んで――。

 遠逆月乃、遠逆日無子の両名からの連絡が完全に途絶えた。
 なす術もなく、船は存在している最終日に差し掛かっていた――。
ERNULA ―trial and error― act.1



「船を誘拐犯罪に使うなんて許せないんだから!」
 腰に両手を当てた、赤いドレス姿の三島玲奈はぽつんと海の中に現れた船を見ている。港からは遠い上、あそこまで行くにはボートが必要だ。
 しかし今まで調査に行った者たちは小船など用意していなかった。ではどうやって乗り込んだ?
「……う」
 小さく洩らす。ドレスの内側に、自らの手で細工をしたのだ。と言っても、たいしたものではない。ドレスの裏地を、ペンキで色づけしたせいで肌がちくちくするのだ。ドレスの下にはレオタードを着込んでいるが、それ以外の肌に当たると痛い。
 これは事前に自分のドレスをチェックした際に、自らの手で青色のペンキを塗りたくったのである。なぜそんなことをしたかは玲奈の心中に尋ねなければならない。彼女がしたかったからした、それだけのことかもしれない。
 カラーコンタクトで目の色も偽装した。これで準備万端だ。どこから見ても招待客である。
「船を消すっていう手品、暴いてやるから。あの船は利用されてるの。あの船は……彼女には罪はないわ!」
 勝手に船を女性化させて意気込んでいる玲奈は、潮風にドレスをなびかせて、夜の闇の中、船を見つめていた。



 双眼鏡を手に、噂の船を見ていた乃木坂蒼夜はちら、と真横に居る人物に視線を走らせた。
 赤い髪の男はうきうきとした瞳で船を見ている。
(……何かあるな)
 蒼夜は嫌な予感を受けつつ、双眼鏡を下ろした。
「あれが新月の時に現れるっていう船らしい。噂通りに在るな」
「みたいだね」
「どこかの退魔の連中に調査依頼がいったみたいだけど……」
「そう。トオサカって家の退魔士らしい。行方不明者の捜査に出かけて戻ってこないとか」
 どうして船から目を離さないんだ、と蒼夜は、横のステイル・クリスフォードを見遣る。絶対に何かあるに違いない。
(行方不明者が女ばかりというのは聞いていない……。なんなんだ、一体)
「……その退魔士、片方は当主代行者、だったか」
「そうだよ」
「ふぅん……」
 蒼夜はしばし考える。そこまでレベルの高い退魔士が入って行ったのに、出てこられない。どういうことなのだろうか。
 まあいい。こういう事件は自分向きではないが、できるだけのことはしよう。
「陸地からは遠いが……どうやって乗り込もうか」
「ボートで行くには、まぁなんとかってところか」
「……あそこにあるのは?」
 波に揺れる小さなボートが見える。ここからそう遠くない。オールもついているのでありがたかった。
 なぜあんなところに?
 不審そうな蒼夜と違い、ステイルは颯爽と方向転換し、歩き出した。
 やはり変だ。なぜこんなに意欲がある? 人命救助だぞ、単なる。
(やっぱり何かあるな……)



 消息不明の退魔士二人の救出と、船の調査……か。
(失踪者は少ないほう……なのかしら)
 跨っていたバイクから降りる。遠目だが船の姿は確認できた。
 さて、乗り込むにはボートを用意しなければならない。

 ちょうど火宮翔子が立った堤防の近くに、ボートがゆらゆらと波間に揺れていた。オールつきの、簡素なものだ。
 なぜこんなものが都合よくあるのかと疑ってしまうが、もしもこれが罠だとして……乗らない手はない。
 翔子はそのボートに颯爽と飛び乗った。



 ボートで船まで近づくと、甲板からはロープが垂れていた。ますますもって、胡散臭い。
「明らかに罠だぞ」
「でも、あっちの手に乗らないと意味はないと思うけど」
 ステイルはあっさりとロープに掴まる。すると、そのロープがするすると上に巻き上がっていったではないか!
(自動で巻き取った……? 重さに反応する……ってわけではないよな)
 そんなハイテクなのか、この豪華客船は? 確かに大きいし、かなり素晴らしいとは思うが。
(この船は残留思念と踏んでいたんだが……違うのか?)
 存在感はある。思念で作られた希薄さはない。
 ロープだけがまた垂らされた。先に乗り込んだステイルのことも気になるので、蒼夜はそのロープに掴まった。ステイル同様に軽々と自分の体が持ち上げられていく……。
 甲板に足を下ろした刹那、景色が変わった。今まで海の上にあったはずの船が、いや、海の景色が消えたのだ。
 振り向いて、自分があがってきた方向を見下ろすが、そこに波はない。ただ白い白い、砂漠のようなものが広がっているだけだ。
「どうなってる……?」
 外に下りようとするが、いきなり目の前で額を打った。見えない壁があるのだ。
「船から出られなくなった……?」
「蒼夜、こっちこっち」
 ステイルが手招きするので、そちらを見遣る。船内への入口を見つけたようだ。



 一人で来たのは軽率だっただろうか。だが準備は万全だ。
 翔子はオールから手を離して船を見上げる。大きい……。何階あるのかここからははっきりしない。
 するすると甲板からロープが降りてくる。明らかに誘っている。その誘いに乗るために自分はここに来た。
 ためらいもせずにロープを掴むと、ロープが上にあがっていく。ボートから離れていく。見下ろすボートは、いつの間にか消えている。
(帰す気はない、ということ……?)
 甲板にあがると、がらんとしている。ここは海や船外の景色を楽しむところなのだろう。

 入口を見つけて足を踏み込むと、眩しさに少し瞼を閉じる。豪華な船内を翔子は進んだ。
 おかしなことに、様々な人とすれ違う。
 楽しそうな会話をして通り過ぎていく親子や恋人。はしゃぐ女子大生たち。
(なにこれ……?)
 行方不明者を乗せる怪しげな船ではないのか?



 三島玲奈の元には、誘いである小船がこない。そもそもそのような誘いがあることすら、玲奈は知らない。
 彼女は仕方なく天使の翼を広げて船まで飛んだ。夜風は心地いい。
(あー、しまった。潜って潜水艦かどうか調べようとしたんだ)
 水着は持ってきているので着替えなければ。
 だが船に近づくにつれ、自分の考えの浅さを思い知る。これほどの重量と大きさで、どうやって潜水艦に? 潜水艦と客船はそもそも全く違うものなのに。
 自分の操る「船」とは種類が違うせいだろうか……玲奈は空中で停止して船を見下ろす。あちこちで明かりが見える。人が居るのだ。
(霊障ならこの護符で……)
 取り出した護符をうっかり落としてしまう。だがその護符は空中であっという間に霧散してしまった。
 驚く玲奈は「え」と洩らす。簡単だと思っていた。簡単な、仕事だと。
 人身売買の組織が絡んでいるとも、思っていた。だが――違うようだ。
(赤い食べ物を食べた人が拉致対象じゃないかって……水着を、潜水艦……)
 発信機を船に、つ、け……。
「きゃあっ……!」
 玲奈の体が、船からの衝撃波によって吹っ飛ばされる。防御すらできない。それは明らかに「人」のできる能力を超えていた。
 声が聞こえた。
 おまえは招待してないよ、と。



 船の中にこれほどの人がいるとは思わなかった。
 どの人物も楽しそうだ。親子連れもいる。
「蒼夜……これは……」
「霊、じゃない……と」
 思う。
 けれど、確信がない。
 ステイルと蒼夜のことを見て、怪訝そうにする者もいた。
 フォーマルドレスを着ている女子大生たちがはしゃぎながらどこかへ向かう。
「おおっ……!」
 思わずそちらへふらふらとついて行くステイルの背中を、蒼夜が蹴った。
「痛い! なにするんだ、蒼夜!」
「余計なことをしている場合じゃないだろう?」
「いやいや、余計じゃない。どこかのホールに行くんだ。ついて行けばそこに人がたくさん集まってると思うし」
 そういえば夜な夜なパーティがどうとか……という噂も聞く。ものの試しに行くのもいいかもしれない。
 いや、しかし……。
 悩んでいる間にも、ステイルは女子大生たちについて行こうとしている。
「待て。もし閉じ込められているなら、そんな目立つところに用はな……」
 い、と言いかけた時、背後から船員であろう青年が「お客様」と声をかけてきた。
「パーティに参加されるのでしたら正装を。タキシードが用意してありますが」
 青年の笑顔に嘘はない。操られている様子も、ない。
 凝視されていることに気づいた青年は困惑して首を傾げた。ステイルが慌てて間に入る。
「気にしないで! 少し覗くだけにするから」
「左様ですか。カジノコーナーに行かれても良いと思いますよ」
 図書館もありますからどうぞ、と言って青年は去っていく。親切な人だ。
「……外から来た人間だって、気づいていないのか?」
「これだけお客さんと、乗員がいれば気づかなくて当然じゃない?」
「なんなんだこの船は……」
「蒼夜」
 そっと、ステイルが蒼夜の肩に手をかけた。落ち着け、ということだ。
 少し視線を伏せた蒼夜に、彼は囁く。
「じゃあ覗きに行こう、パーティ会場」
「…………」
 じろ、と見るとステイルは「えへ」と笑ってみせた。



 怪しいところを片っ端から調べていこう。操舵室と、倉庫。そのへんが妥当だろう。客室を除くと限られた数しかないが、それでも船は広く、こちらは地図すらもっていない。かなり難航しそうだ。
(船の外には出られない……。でもこれだけ大きいと誰かが消えても気づかないわね)
 操舵室はどこですか、と制服姿の青年に尋ねる。接客係であろう彼は「あぁ」と微笑んだ。
「キャプテンに御用ですか?」
「そうなの」
「申し訳ありませんが、関係者以外は立入禁止です」
 眉をさげて言う青年は翔子の格好を見て不思議そうにした。黒のバイクスーツ姿の彼女は船内でもかなり目立つ。
「……お客様、クルーズでその格好は……。あ、いえ、出すぎたことを申しました」
 彼は慌てて立ち去った。翔子は瞬きをした。確かに、通りかかる客たちは翔子をじろじろと眺めていく。
 仕事をする時はこの姿なのだが、この船の中では異様なほど目立っていた。客の多い場所では隠れる場所すら、ないのだ。
(これは……この格好は失敗だったかも)



 若い娘が多い! と、ステイルはパーティ・ホールを覗いて思った。老若男女、様々な人がいる。先ほど見かけた女子大生たちも居た。
 シャンパングラスを手に談笑している人の数が多い。
「ステイル……ここはいいから別のところに行くぞ。乗員たちが過ごす階に行ったほうが可能性は高い」
「いや、待って待って。ほらあそこ! すごい美人だ……!」
 中国人らしき双子の青年それぞれにつき従う、若い娘が二人。どちらもスリットの深いチャイナドレス姿だ。
「おぉ……。脚が……! スタイルいいなぁ」
「……おまえって……」
 呆れる蒼夜はざっとホールを見渡す。不審人物は、見た感じではいない。
「蒼夜ってば! 見ておかないと勿体無いぞ!」
 無理矢理腕を引っ張られて、そちらを見る。でっぷりとした金髪の中年男性と、その妻らしい人物が目に入った。
「……確かに勿体無いかもしれないな。将来の自分がああなったら困る」
「そっちじゃない!」
 小声で怒鳴るステイルが蒼夜の顔を無理矢理違う方向に向ける。
 先ほどの双子の連れの美少女だ。確かに美人で、バランスのとれた体躯が素晴らしい。
「あっちのストレートの子が好みだ……」
「そんなこと言ってないで、この間に行方不明の退魔士の調査をする」
「行ってらっしゃい」
「……おまえも来るんだ」
 耳を掴んで引っ張ると、ステイルが小さく悲鳴をあげた。



 遅くまでパーティはされていた。すっかり終わった後は、乗員たちで片付けをしている。

 人が多くて動き回るのがかなり難しい中、異変が起こった。



「これは……?」
 消えた。完全に。
 今まで居たはずの者たちが。
 翔子の行く手を邪魔していた船員たちが。



 一方、ステイルと蒼夜たちのほうでも同じ現象が起こっていた。
 客室に戻る客はいいとしても、船員たちはそうはいかない。彼らが過ごす階に行こうとすれば注意をされるし、船員の数も半端ではなく多い。この船の大きさではこれが当たり前なのかもしれないが。
 だが。
 突然消えた。
 遅くまでうろうろしていた二人は、それでも人目をなんとか凌いでいたつもりだ。何かヘマをしたのだろうか?
「……全員、消えちゃった」
 やや呆然と呟くステイル。電気まで完全に消えてしまっている。突然無人の船になってしまったかのようだった。
「好都合だ。これで船内を探せる」
「いや、でもこれおかしくないか? 何が原因でいきなり……」
 うーんと悩むステイルの声が暗闇の中で小さく響いた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7134/三島・玲奈(みしま・れいな)/女/16/メイドサーバント】
【3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)/女/23/ハンター】
【5902/乃木坂・蒼夜(のぎさか・そうや)/男/17/高校生】
【5941/ステイル・クリスフォード(すている・くりすふぉーど)/男/19/大学生:第12機動戦術部隊・分隊長】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、乃木坂様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 ステイル様と漫才のような会話をしつつの調査でした。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!