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■応接室にて■

川岸満里亜
【6029】【広瀬・ファイリア】【家事手伝い(トラブルメーカー)】
「いらっしゃいませ。お嬢様は、ただ今外出しております」
 応接室に通される。
 6畳ほどの小さな部屋には、美しい風景画が飾られている。
「こちらで少々お待ちください」
 勧められるまま、ソファーに腰掛ける。
 スーツの似合う紳士的な青年だ。
 この青年が人間ではないなどと、誰が信じられるだろうか。
 言葉も、行動も滑らかで表情もある。

 さて、彼女が帰宅するまで、この青年に何かを聞いてみようか。
 それとも、別の誰かを呼んでもらおうか――。
『応接室にて〜願いを込めて〜』

 呉家を離れて数日。
 水菜は、阿佐人・悠輔と広瀬・ファイリアが暮す家、広瀬家で1日を過ごすことが多かった。
 彼女は毎日、夢を見ているそうだ。
 東京ではない、どこかの都市。
 当たり前のように武器を携えた人々、変わった容姿――。
 だけれど、それはまだ彼女にとって夢でしかなく、現実にあった出来事という認識はないらしい。

「片栗粉を入れると、ふわふわになるんです!」
 ファイリアが、水溶き片栗粉を鍋に入れる。
「卵は、箸でこちょこちょっと混ぜてくださいね」
 卵を混ぜると聞いて、ボールと泡立て器を取り出した水菜から、ファイリアは泡立て器を取り上げた。
「今回は泡立て器は使いませんー」
「はいっ」
 元気なファイリアの影響を受け、水菜も元気な返事を返す。
 言われたとおり、水菜は箸で卵をかき混ぜた。
「そうそんなカンジです。じゃ、その卵持ってきてください」
 水菜がボールを両手で抱えて持ってくる。
 ファイリアは足を引いて、鍋の側から離れた。
「そおっと入れてくださいね。零さないようにするですよ」
 おっちょこちょいのファイリアは、よく材料を零してしまうのだ。
「はいっ」
 元気な返事をした水菜は、慎重に慎重に鍋に向い、卵を鍋の中に入れた。
 卵がぱっと広がってゆく。
「はい、軽くかき混ぜて卵スープの完成ですー。ね、簡単でしょ?」
「はい、簡単です」
 ファイリアと水菜は微笑み合う。
 火を止めたところで、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
「おっかえりなさーい」
 二人、同時に駆け出して、出迎える。
 玄関に、大好きな人の姿がある。授業を終えて帰ってきた悠輔だ。
「悠輔さん、お帰りなさい」
「お兄ちゃんも、こっちにくるです!」
 水菜がペコリと頭を下げ、ファイリアは靴を脱いだばかりの悠輔の腕を引いて、キッチンへと引っ張った。
「材料ちゃんと買ってきたですか?」
「ああ」
 悠輔が買物袋をテーブルに置く。
 中には、人参、ジャガイモ、玉葱、豚肉、そしてカレーのルーが入っている。
「それじゃ、二人でカレーを作るです。ファイはサラダの準備します!」
 悠輔の背を押して、流しに向わせる。
「俺が?」
 悠輔は戸惑いの表情を浮かべている。
 自炊の経験は殆どない。カレーなんて、随分昔に家庭科の授業でクラスメイトと一緒に作って以来である。
「大丈夫です。水菜ちゃんが作り方知ってますから」
「はい。ファイリアさんに教えてもらったことがあります。あれから、何度か家で作りました」
 ファイリアの言葉に、水菜は明るく答えた。
「そっか。ええっと、俺は何からすればいい?」
「では、悠輔さんは野菜を切ってください」
「……ええっと、どう切ればいい?」
 悠輔の問いに、水菜は野菜を取り出しながらこう答えた。
「野菜はこの包丁という道具で、このまな板という板の上で切るんです」
 その言葉に、悠輔とファイリアは笑みを浮かべた。そいった常識的なことは当然悠輔は知っている。しかし、水菜はそういう常識も最近覚えたばかりなのだ。
 そう、まだ彼女はこの世界に生まれて、たった1年しか生きていない。

**********

 家族は出払っており、今晩は3人で食卓を囲んだ。
 水菜は少し落ち着かないそぶりを見せている。
 普段呉家では、呉姉妹に仕える者として、同じ立場で食事をとることはない。同じ席についたとしても、水菜は皆の世話をすることがあたりまえだ。
 だけれど、ここでは違う。
 一緒に料理して、一緒に運んで、一緒に食べる。
 教わったり、教えたり……ゴーレムの水菜には不思議な空間だった。
「いっただきまーす」
 手を合わせてそう言った後、ファイリアは水菜を見て微笑んだ。
「いただきます」
 ぺこりと頭を下げて、ファイリアに続いて、水菜もスプーンを取った。
「うん、美味しいです」
 カレーを一口食べ、ファイリアが言った。
「はい、美味しいです」
 水菜も素直に言う。
 悠輔もカレーを食べてみる。いつものカレーとは少し違うが、なかなか美味しい。
 悠輔はここ数日、呉家に顔を出しては、水菜の状態を伝えている。同時に、呉姉妹の話も聞いていた。
 水香は、水菜と時雨の記憶を呼び寄せる契約をしたらしい。
 水菜には自覚がないようだが、時雨の方は次第に無口になっているということだ。
「水菜」
「はい」
 ファイリアと笑い合いながらカレーを食べていた水菜だが、悠輔が名前を呼ぶと、こちらに顔を向けた。
「最近、夢見てるんだってな。どんな夢だ?」
 悠輔の問いに、水菜は手を止めて首を傾げた。
 少し、考えた後、こう話しだす。
「どこだかわからないところに、いるんです。木の家じゃなくて、石の大きな大きな家です。沢山兄弟がいて、凄く楽しいんです。だけれど、厳しい人や冷たい人もいて、辛いこともいっぱいあるんです。メイドさんが沢山いるけれど、私はメイドじゃないんです。私は歌うことが好きで、一番上のお兄さんは踊ることが好きで……一番下の優しいお兄さんは楽器が得意なんです。だから、嫌なことがあった時には、いつも3人で踊ったり歌ったりするんです」
 水菜が今見ている夢は、宮廷で暮している時期の夢らしい。
 この後、優しい兄は病気で死に、水菜と一番上の兄は……。
 悠輔は目を伏せた。
 それはとても辛い記憶だろう。

**********

 夕食後、居間のテーブルに悠輔が折紙を置いた。
「水菜、折紙で鶴折れたよな? ファイリアも一緒に折ろう」
 片付けを終えた二人に、悠輔が提案する。
「二人とも、千羽鶴って知ってるか?」
 悠輔の言葉に、ファイリアと水菜は同時に首を横に振った。
「願いを込めて、鶴を千羽折ると、その願いが叶うといわれているんだ」
 そういって、悠輔は色とりどりの折紙を二人に手渡した。
「水菜、鶴の折り方教えてくれるか?」
「教えてください!」
 二人の言葉に、水菜はまた戸惑いの表情を見せた。
 仕事を教わり、物事を教わり、一方的に尽くすのがゴーレムである水菜の生き方だ。
 だけれど、何故だろう。この二人は命令をしない。
 教わって、教えて……。
 こういう関係って一体なんなんだろう。
 水菜の中に、不思議な感情が芽生えていた。
「半分に折るんです」
 水菜は、戸惑いながら、二人が注目する中、鶴を折り始めた。

 願いを込めて。
 想いを込めて、鶴を折った。
 ファイリアは水菜とずっと一緒にいることを願った。
 今日のような日を、また過ごせますように、と。 
「ファイは水菜ちゃんと一緒にいられるように、って願うですっ。もっと色々なこと教えてあげたいし、もっと一緒に遊びたいです。せっかく友達になれたのに、会えなくなるのはいやですからねっ」
 “友達”という言葉の意味は知っている。
 だけれど、水菜は二人を呉姉妹の友達と認識しており、自分が同等の立場だとは思っていない。
 大切な存在であることは確かで、自分のことをなぜか考えてくれている人たちだということも、よくわかってはいるのだが。
「私も、会えないのは嫌です」
 水菜ははっきりそう言った。

 時間をかけて鶴を折り続けた。
 翌日も、その翌日も……。
 次第に、水菜の記憶は鮮明なものとして、彼女の中に蘇り、苦しめ始める。

 それでも変わらずに、3人は鶴を折り続けた。
 時折、水菜は手を止めて、どこか遠くを見る目をしていた……。
「水菜」
 悠輔も手を止めて、彼女に語りかける。
「俺は、水菜が本当の願いを叶えられる様にと願っている。水菜とこれからも一緒にいたいという気持ちは変わらないけど、それはあくまで俺自身の望みに過ぎない。これから水菜が記憶を取り戻して、向こうの家族と一緒にいたいと心から願うなら、俺は見送ってやりたいと思っている」
「お兄ちゃん!」
 ファイリアが悲鳴のような声を上げた。
「ファイは……水菜ちゃんと一緒にいたいです」
 自分と似た存在である彼女と。
 知り合い、共に笑い合った彼女と。
 ずっと友達として、ずっと側にいたい。
「水菜ちゃんも会えないのは嫌だって言ってくれました」
 ファイリアは必死に兄に訴えた。
 ぽん。と、悠輔はファイリアの頭に手を置いて、優しく髪を撫でた。
「俺も同じ気持ちだけれど、俺の思いを押し付けて、水菜が後悔を引きずるような選択だけはさせたくないんだ」
「私は――!」
 水菜が声を上げた。
 真剣な瞳で。辛そうに目を細めながら。
「私は水菜です。お母さんと、皆さんと、悠輔さんと、ファイリアさんと一緒にいたいです。お母さんと皆と一緒で、毎日とっても楽しくて、幸せです。……だけど」
 水菜の手が震えていた。
 震えながらも、彼女はきちんと自分の言葉を二人の友達に伝えた。
「“お兄さん”達が、辛いのに。苦しい思いをいっぱいいっぱいする時に、私だけ幸せでいいのですか? お兄さん達と離れ離れで、私は幸せですか? 多分、幸せではありません」
 その言葉を聞いて、悠輔は思った。
 水菜は多分、時雨が戻るのであれば、一緒に行くと決断するだろう。
 向うの世界で彼女は幸せを掴めるのだろうか。
 廃れ、荒れ果てた国は、再び安定を取り戻すことができるのだろうか。

 現代社会を見れば分かる。
 国を短い期間で変えることなど不可能だ。

 水菜は、再び鶴を折り始めた。
 ファイリアも、目を潤ませながら、鶴を折っている。
 悠輔も、鶴を折る。
 千羽折り終えたら――。
 3人の願いは叶うだろうか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生】
【6029 / 広瀬・ファイリア / 女性 / 17歳 / 家事手伝い(トラブルメーカー)】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
優しいお気持ちと行動の数々ありがとうございます。水菜はとっても幸せ者です。
今後、どのような展開を迎えるのか楽しみにしております。