■日々徒然に■
月原みなみ |
【4345】【蒼王・海浬】【マネージャー 来訪者】 |
三月に入ろうとも、まだまだ雪深い北の大地。
今はまだ芽吹きも遠い木々に囲まれたその屋敷で、彼らはゆったりとした時間を過ごす。
「暇そうだな」
皮肉たっぷりに言う狩人に、言われた男は意味深な笑み。
「暇なのは今だけだよ」
そう、今日はこれから来客の予定がある。
そういう君は、誰かと約束あって出掛けるようだけれど。
三月の、とある一日。
彼らが共に過ごすのは――。
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■ 日々徒然に〜追憶〜 ■
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ようやく夏の暑さも過ぎ、開いた窓からそよぐ風に揺れるカーテンの波打つ影が、海浬に穏かな眠りをもたらそうとしていた。
サラサラと。
――…サラサラ…さらさら…
揺れる影に誘われるように意識が遠のく。
辿り着く先の、時代も、世界も。
人すらも知らぬまま、流れるように。
ゆるりと落ちていく先は――。
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声か、叫びか。
罵倒か。
…熱い……
全身を焼かれるような熱さの中で“その人”は夕暮れのごとく赤い髪をした青年の胸倉を掴み、重々しい声を押し出していた。
海浬は“その人”の意識に意識を重ね、彼の記憶を辿るようにその言動を紡ぎだす。
――…ようやくその顔を見せたな、佳一……
胸倉を掴まれた青年が“その人”を佳一と呼ぶ。
それで海浬も、彼が文月佳一だと知れた。
闇狩一族の始祖、里界と呼ばれる異世界の神、水の主。
――…遊介(ゆうすけ)…
水主は、青年を遊介と呼び、手に力を込めて、その首を絞める。
――…おまえの考えの全てを間違いとは言わない……
――…だがおまえは、俺の多くの仲間を傷つけた……
――…多くの人間の人生を狂わせた……
水神と自ら名乗りながら、彼は自分を覆い尽くす熱に対処しようとはしない。
その視線を決して相手から離さずに、激情を抑え込んだ声を淡々と押し出すだけ。
一方で遊介は笑った。
なるほどと佳一の心を見透かすように。
――…あぁ…おまえも愛する者を奪われたか……
――…とうに滅びた“故郷”に……!
故郷に。
愛する者を、奪われた。
――……会いたい……
それは、遥か古の景色。
水主の記憶。
緑深き森の奥に輝く湖。
その湖畔に、何年、…何千年と、ただ独りきりで佇む女神は風の主。
里界と呼ばれる世界は、一度、滅びていた。
そしてただ一人生き残った風主は、世界の復活を信じて、里界の民を地球に転生させたのだ。
総ては、いつか転生した仲間が里界に戻り、再びあの頃の幸せな時間を取り戻すためだった。
だが、その代償は計り知れず。
犠牲は多く。
中には“遊介”のように、記憶すら曖昧な故郷の主に己が未来を定められる事を拒む者達が現れた。
――…十二宮とは、たいそうな名をつけたものだな……
水主が言う。
――…十二あれば何でも良かったんだよ…干支よりも星座の方が格好良さそうだと思ってね…
遊介が返す。
十二の転生者。
遊介の呼び掛けに応えたのが、本人を含めて十二人だったというだけで、その数に特別な意味は無かった。
その腕に黄道十二星座の星を描いたのもノリだと彼は笑う。
里界など、実際に見たことも無い大地は遠い記憶の中の幻も同じ。
なれどこの身が持って生まれた能力は、普通の地球人には持ち得ない特殊なもの。
常人には出来ないことを実現させられる能力があるのなら、この世で有効的に使って何が悪い、と。
それが彼らの主張だった。
――…生きる価値のない地球人はいるよ、佳一…
――人の世の理は生者のためにある…どんな悪人だって生きてさえいれば守られる……
――……そのために泣く生者達には耐え忍ぶ事を強いながら……
――…そんなの、オカシイだろう……?
笑みが、焼き付く。
記憶に。
――……認めない……
呟くのは、誰。
水主ではない。
遊介でもない。
それは凛とした、清い言葉。
――…人間は生きている方がいい……
――…笑っている顔を見ているのがいい……
――…佳一…
――…この願いが…たとえば風主の願いに逆らうことになって…
――……代償を払うことになっても……
――…それでも…皆が笑っている方がいい……
声は告げた、優しく、――儚く。
――…あぁ…おまえも愛する者を奪われたか……
――…とうに滅びた“故郷”に……!
遊介の言葉が繰り返された。
否、それは遊介と呼ばれた十二宮の一人。
創始者だ。
十二の能力者は悪の殲滅を願った。
この世の理では悪人すら守られる、その事に怒りを感じた彼らは生まれ持った異界の力を最大限に利用しようと考えた。
たとえそれが真の故郷である里界の理に触れようと。
…それが里界神の裁きを受けることになろうとも、彼らは自分を育んでくれた地球から悪を滅しようと考えたのだ。
――…オカシイと思うだろう、おまえも……
悪い者が守られる。
悪い者こそが栄華を誇る。
その現実には佳一も疑問を感じずにはいられない。
だが、それでも。
――…人間は生きて笑っている方がいいと言ったんだ……
“故郷”に奪われた愛しい人が。
もう名前すら呼ばせてくれない、かの人が。
――…俺は…あの人の願いだけは終わらせない……!
里界は、佳一にとっても遠い日の幻も同然。
彼の大切な存在を奪った仇であり、呪いのようなものだった。
それでも、里界の復活を実現させるべく生きたのは。
十二宮を止めようと決めたのは、愛しい人がそれを願ったからに他ならない。
その人の転生を、この地上で待つためだけに――。
――…俺を殺しても…十二宮は終わらない……
水主の裁きの中で、遊介の名を持つ十二宮の一人は微笑った。
――…俺が何であるか忘れたか…水の主は里界人の魂の流転を司る……
佳一の言葉に、しかし彼は動じない。
――…おまえには里族の転生を止められない……
――…待つ者の在るおまえには……決して……
――……“機”を見て…俺は必ずもう一度おまえ達に会いに来る……
――…その時まで…せいぜい地球人との共存を謳歌していればいい……
自分は、自分の願いを果たすまで決して諦めぬと。
そう言い残して無に帰した遊介を。
水主は、……ただ静かに見送っていた。
■
ゆっくりと瞼を持ち上げた海浬は、しばらくその体勢を変えることはなかった。
ただ、静かに。
あれはどれほど昔のことで。
水主は、どれだけの時間を待ち続けているのだろうかと。
「待つのは…時間を長く感じさせる……」
それを思い、わずかに胸に生じた感情を、再び閉ざした瞼で断ち切る。
夢か現か、幻か。
真の過去であるか否かも、知る由はないけれど。
――……“機”を見て…俺は必ずもう一度おまえ達に会いに来る……
だが、それが真実ならば“機”とは何だろう。
十二宮がこの時代に再び目覚めた理由はどこにある。
「…果たして人類の滅亡が本当の彼らの目的か…」
腑に落ちないものを幾つか抱きつつ、海浬はそれまで見ていた夢に思いを馳せた。
真実には、どれほどの裏があるのかと。
■
数日後、海浬は東京の雑踏で文月佳一を見かけた。
あちらも彼に気付き、気安い笑みと共に声を掛けて来る。
「面白い偶然もあるものだね、海浬殿」
この一千万人を越える人々が暮らす街ですれ違ったことを「偶然」と笑う彼に、海浬は静かな視線で応えた。
「今日は時間がなく残念なんだが…、海浬殿とは、機会があれば戦抜きで話をしたいと思っている。貴方の世界についても聞いてみたい」
そうして向けられる笑顔の陽気さに。
「…俺も、君の世界の話を聞いてみたい」
そんな言葉を返したのは、特に何かを意識したわけではなく。
「私の世界なら、とても美しいところだよ」
返る答えに、揺らぎは無い。
「優しさに満ちた、とても美しい世界だ」
嘘偽りのない本心からの言葉だと知れる海浬は、ただ頷く。
「さて…いつなら暇がある? せっかくの偶然がくれた再会だ、次の約束もしてしまおうじゃないか」
陽気に笑う水主に、自然と海浬の口元が綻んだ。
穏かな陽射しを受けた大都会の片隅。
時の流れは、誰に止められることもなく――……。
―了―
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■ 登場人物 ■
・4345/蒼王海浬様/男性/25歳/マネージャー 来訪者/
■ ライター通信 ■
今回はゲームノベルへのご依頼をありがとうございます。
夢の中で海浬さんと水主の意識が重なって過去の出来事を、ということでしたか、如何でしたでしょうか。
「遊介」は前回の始動でマスターと呼ばれた人物でして、マスターと水主の因縁のようなものが伝われば幸いです。
海浬さんと水主は、共通点と言ってしまうと恐縮なのですが、抱えているものが何となく似通っているように感じられるものですから、…どこまで書いていいものか悩みつつ今回の物語をお届けさせて頂くことになりました。
ご意見等は気兼ねなくお寄せ下さい。
誠心誠意、対応させて頂きます。
それでは、狩人達と再びお逢い出来ます事を願って――。
月原みなみ拝
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