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■GATE:07 『Way to finale』 ―影月―■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 目の前で「彼女」が取り込まれたのを、維緒は見ていた。
 「あ」と、思ったのだ。
 そう思った時は遅かった。
 維緒がフレア……朱理に出会う随分前のことだ。
 泣き虫で見ていると、傍に居るとイライラしていた「相棒」の少女は今もムーヴの中に居るだろう。
 維緒は目を細め、嘆息する。
 ビルの屋上の柵にもたれ、空を見上げた。星は見えない。だがあの頃は見えていた。
「ほんま……あん時はこないな事になるとは思ってへんかったよなぁ、凍雪ちゃん」
 自分を選んだのは彼女だ。いや、半ば無理矢理選ばせたわけだが……。
(ほんま嫌やったんや。兄貴のクソがつくほど真面目ぶりも、仕えとったあの家系の徹底ぶりも)
 どこか別の世界であの一族は生きている。だがもう自分には関係ない。
 だから、スノウに自分を選ばせた。
(守ってやるからオレを選べなんて……あぁ、めんどー)
 最悪な契約条件を出したものだ。あのヒヨコ娘は、きっと戻ってくると、フレアにべったりになるだろうと踏んでいたのに。
(まさかフレアのどあほうが死んでまうとはな〜。あいつ、女子供には人気やったし、面倒ごとは全部引き受けてくれるから助かっとったのに)
 頭を軽く掻き、それから視線をさげた。
(そもそもフレアは力を分散させすぎたんや……。ミッシを作って、ナナコ嬢ちゃんを集めるのに無理しとった。ほんま、理解できんわ)
 誰かのためにという気持ちは、維緒にはわからないものだ。
 柵に背を向けて、軽く笑う。
(なあ凍雪嬢ちゃん、ムーヴの腹ん中はどうや?)
 維緒の胸中の質問に応えてくれる者などいない。彼の長いおさげ髪が揺れる。
「……うー。ほな、行くか」
 大きく腕を上に伸ばしてから、維緒は柵に背を向けて歩き出す。ゆっくりと、ゆっくりと――――。
GATE:07 『Way to finale』 ―影月―



 ムーヴを倒せるかどうかっていうのは、スノウという人物にかかっているらしい。
(……たぶん。すっげぇ難しいことなんだろうなぁ)
 スノウねえ……。
 想像しようとするが、できない。そもそも維緒の相棒というのが余計に混乱してしまう。
(ん? そういえば俺ってオートと維緒と、あんま話したことなかったな)
 フレアを気にするようになってからは彼女ばかりを追いかけていたせいもある。
(こうやって考えてても仕方ねぇし、学校終わったら化生堂に行って話してみるか!)

「おっす!」
 元気よく正面の引き戸を開けて入ってきた梧北斗は、しんと静まり返っている店内で「う?」と首を傾げた。
 まるで店じまいのような静寂。
「こ、こんにちは〜……」
 控えめな声を奥のほうへ向けて発する。
 いつもは出迎えてくれる女将が出てこない。まるで別の店になってしまったかのような錯覚さえ起こる。
「おや、梧クン。こんにちは」
 奥からのんびりと歩いて店に顔を出したのはオートだ。オレンジ色のレンズ越しにこちらを見てはいるが、顔を向けているだけで「見て」いないのがわかる。
「どうかしたの?」
 柔らかく尋ねるオートに、北斗は「えっと」と口ごもる。
「いや、そんな重要なもんじゃなくて、ただ話したいなぁってさ。ほら、スノウのこともあるし」
「じゃあお茶でも」
 オートはきびすを返し、奥へと続く廊下へと戻ってしまう。北斗は慌てて靴を脱ぎ、それに続いた。

 居間では寝転がっている維緒もいた。彼は北斗を見ると、へらりと笑う。
「最悪やわ。男が三人やて。きれ〜な華でもおればええのに」
「……おまえに似てるヤツ、俺知ってるぞ」
 呆れてそう返す北斗は座り、ちゃぶ台の上に置かれたお茶に手を伸ばす。緑茶だった。
 座ったオートは苦笑する。
「ごめんね。いつもはもっと予測して動けるんだけど、ムーヴがいるから君の行動が『視えない』んだ」
 視線がズレているのはそのせいなのだろう。オートは目が見えないのだと、思い知らされる。
 北斗は一息ついてから、オートを見つめた。
「あのさ、俺……おまえたちトリオ、本当に好きだった。だから、取り戻せるなら俺はなんでも協力する。またみんなでハンバーガーでも食べに行こうぜ」
「……ありがとう」
 オートは微笑むが、すぐに苦笑に変わる。
「フレアが死んだ今となっては、難しいかな。でも、またハンバーガー、食べに行こうね」
 にっこりと、今度こそオートは微笑んだ。正太郎だった時にはない強さを彼は得た。その強さを得た経緯を北斗は知らない。
 維緒が顔をしかめた。
「あー、なんやこの友情くさい空気は。キショい。オレは遠慮させてもらうで」
 立ち上がった彼を、北斗は凝視している。その視線に維緒は面倒そうな顔を向けてきた。
「……なんやのその目。残念やけど、オレは男は範疇外やで」
「さっきも言ったけど、俺、おまえに似たヤツ知ってる。だから俺はおまえを信じてる……。きっとスノウにはおまえの想いが一番必要だと思うから絶対に今回の作戦というか……とにかく、成功させよう!」
「…………キモい」
 間を開けて、維緒がぼそりと、物凄く嫌そうな顔で言う。
「そういう暑苦しいのはオートとやってぇな。オレ、耐えられん。信じるとかそういうの、鬱陶しいし。
 想い? そんなもんで腹がいっぱいになるかぁ? 坊ちゃんはお子ちゃまやねぇ」
「維緒」
 窘めるように言うオートに維緒は肩をすくめ、そのまま部屋から出て行ってしまう。
 残されたオートは嘆息した。
「ごめんね。維緒はああいうヤツだから」
「いや、わかってるし」
「でも実際、想いの力でどうにかなるなんて思ってはいけないよ、梧クン」
 どうして? と目で尋ねる北斗に、オートは淡々と告げる。
「『どうにもならない』ことだって、あるからね。フレアが蘇らないように。死んだ人は生き返りはしないように」
「……う、うん。夢みたいだって、バカにする維緒の気持ちはわかるよ、俺も」
 でも信じたいのだ。フレアが戻ってきてくれると。だって、やっぱり諦めきれない。フレアも奈々子を失った時、こんな気持ちだったのだろうか? 現実と願いの狭間でどれだけ苦悩していたか……!
「フレアに関しては、ボクもね、やっぱり諦めきれないところはあるんだよ? ほら、朱理さんの時から彼女ってああいう性格というか、だから、すごく……また、どこかからひょっこり現れそうで……」
「…………うん」
「希望はちょっぴりだけ。死んだ人は戻ってこないとは、自分でもわかってるから」
 奈々子の時ほど動揺はしていない。オートは正太郎の時よりもかなり大人になったようだ。
「で、さ……どうするんだよ、実際。スノウにどうやって内側から?」
「フレアがやるはずだった役目を、維緒にしてもらおうと思う。外側から強力な攻撃を与える。内部に振動を与えるようなものをね」
「それって、俺も協力できる?」
「できるよ」
 オートは笑顔で言う。北斗は嬉しそうに頷いた。
「ムーヴの持っている時計を、奪えれば」
「時計? ああ、あの両手で抱えてるでっかいやつ?」
 そういえばいつも持ち歩いていた。小さな体には不似合いな大きさの時計だ。
 気にはなっていたが、大きいだけの時計としか見えない。
「あの時計、なんか意味があるのか?」
「あれはムーヴの宝物なんだ」
「宝物……?」
 不審そうに洩らす北斗に、オートはただ微笑むだけだ。



 終わりに向けて動いているのだと、菊理野友衛は感じていた。
 どうなるかはわからない。死ぬかもしれない。ムーヴに負けて終わるかもしれない。それとも、一番いい結果になるのだろうか?
 現実は甘くない。どうにもならないことは、どうにもならないのだ。
 退魔戦闘の装備をしてみる。ムーヴに効くかどうかはわからない。だが、やらないよりはいいだろう。何が起こるのかわからないのだから。
 化生堂に行くと、しんと静まり返っていた。誰もいないのだろうかと、思わせるほどに。
 正面の出入り口である引き戸に手をかけて開ける。女将の姿はない。
 だがそこに、店から家にあがる場所に維緒が腰掛けていた。
「あらまぁ。また迷いもせんとよくここに辿り着けたなぁ」
 維緒の隣に腰をかけた友衛は、彼の横顔をうかがう。本当に美形だ、こいつ。
「話、いいか」
「どーぞ。ヒマやし」
「……維緒の家はどんな所だったんだ? 嫌なら言わなくてもいいが」
「なんでそんなこと思うん?」
「厳しそうなところだなって思ってな……」
 そうやねえ、と維緒は頬杖をつく。
「オレがおった時代は、仕えとった一族が健在だったんやけどね」
「?」
 怪訝そうな顔をした友衛に、維緒は「あー」と小さく洩らす。
「オレの一族はちょっと特殊やねん。退魔士の一族に仕えとったんやけど、そいつら、全滅してしもてん」
「全滅?」
「妖魔どもの策略にハマったって言い方が正しいか。それで全滅させられたんや。
 オレの家はそいつらに仕えとったんやけど、鬱陶しいほど内向的で、めんどーなくらいにウザいんや」
「……おまえ、ひどい言い草だな」
「今もオレの一族、生きとるで」
 えっ、と呟く友衛。仕えていた一族が全滅したと言われたので、維緒の一族も滅びたと勝手に思ってしまったのである。
 維緒は友衛をちらっと見る。
「オレ、美人やろ」
「……はぁ?」
「オレの一族美人揃いなんやで? 紹介したろか? あー、でもフレアが知り合いやから、そっからのツテになるやろうけどな」
「いや、別にそれは……」
「ああ、こないだのおねーさんがおるからイヤか。でもなかなかええと思うんやけどね。うちは依存性がかな〜り高いし、好きになられたら責任重大やけどべったりやで。あ、重たいか、そういうの」
「おまえな……」
「トモちゃん好みの女の子、バッチリおると思うんやけど」
「…………維緒、おまえは今はどうなんだ?」
「どう?」
 きょとんとした維緒が顔をあげ、友衛を凝視する。何を言われているのか理解できないといった表情だ。
「幸せか? ……爺臭いとか言うなよ」
「んー。そやね、幸せかと問われたら、ちゃうね」
「違うのか?」
「そもそもオレはそういう感情が希薄やし。女抱いとる時とか、美味いもん食っとる時とか、強いヤツと戦っとる時とか……まぁそういう刹那の幸福とか快楽は感じるけどな。
 せやから、フレアやオートとは人種が違うねん。あいつらは『ええ人』。オレは『変な人』」
 この男はそつがなくて嫌味なヤツだが……本当はとんでもなく孤独なんじゃないだろうか? 孤独の寂しさを感じることもできないので、維緒はそれを苦痛に思うこともない。なんて……なんて。
(……同情しちゃ、いけないよな……)
 自分とは『違う』のだ。友衛は維緒とは決定的に『違う』のである。同じ位置で見てはいけない存在なのだ。
「トモちゃんは、『幸せ』なん?」
 薄く笑う維緒は立ち上がる。ひょろっとした体躯は妙な威圧があった。
 真っ直ぐ見てくる維緒の色違いの瞳は、底のない井戸のようだ。人間の姿をした別物のように……。
「唐突にこんな話するなんて、どないしたん?」
 友衛は薄く笑い返す。
「少し、考えることが多くてな……。他愛もない話で気を紛らわせたかったかもしれない……な……」
 弱気になっているのだろうか……自分は。友衛にはよくわからない。
「ふぅん」
「維緒と話している時が一番気晴らしになるんだ」
「……へぇ」
 ヘッ、と嘲るように薄く笑う維緒を見て、友衛が顔をしかめた。
「変な意味じゃない!」
「なんも言うてへんやん」
「それから何度も言っているが、トモちゃんでもない!」
「はいはい。
 そうそう、北斗君が来とるよ」
「はあっ!?」
「オートと暑苦しく語っとるからここに避難しとったんやけど、トモちゃんが来たし、ここからも退散しよか」
「お、おい維緒……!?」
 ひらひらと手を振って維緒は廊下の奥へと姿を消してしまった。相変わらずワケのわからないヤツだ。



 居間に行くとそこには北斗が居た。彼は学生服姿だ。学校の帰りに寄ったのかもしれない。
 こちらを振り向く北斗は明るい笑顔を向けてくる。なんだか自分には眩しく映った。
「……色々持ってきたんだが、ムーヴに効くか?」
 持ってきた退魔用の道具のことを指して尋ねるが、オートはすぐに理解したようで微笑む。
「いえ、効きませんが、ありがとうございます」
「……ムーヴをなんとかしなければこの世界も危険なんだろ?」
「危険というわけではありません。ただ……『今の世界』とは、どこかが違っているだけでしょう。あなたたちも、そのことに気づくことはない……」

**

 維緒はビルの屋上に来ていた。風に吹かれ、おさげ髪が揺れる。
 フェンスに背を預け、彼は嘆息した。
「ムーヴねぇ……。さて……どないするかな」
 ああそうだ。
 にやりと笑って維緒は顎に手を遣る。
「簡単な方法があるやん。それ、やってみよか」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 少しずつ動いていく感じです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!