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■Dice Bible ―sase―■

ともやいずみ
【6678】【書目・皆】【古書店手伝い】
 自分の本がどんな状態であるか、わかっている。自分の分身なのだから。
 今の自分の主は、今までの者達とは違う。
 だから――。
(……たまには、こちらから合わせてもいいのかもしれません、ね……)
Dice Bible ―sase―



 もう一ヶ月が経過している……。
 書目皆はあの夜以来、ずっとダイスと本と、そして主について考えている。
 自分のほかにもダイスの主がいるとは薄々わかってはいたが、目の当たりにするとその衝撃はかなり大きかった。
 様々な想いを胸に戦っている人たちがいるんだ……。
(それについてどうこう僕は言わないけど)
 脳裏にフラッシュバックするのは、あの夜の光景だ。皆のダイスであるアリサの無残な姿――。
「アリサを傷つけることだけは、絶対に許さない」



(……先を越された)
 アリサは目を覚ました。

 本から飛び出てきたアリサは小さく息を洩らす。
(あの時のダイスですか……。まだ気配はこの街にありますしね)
 やれやれ。とんだ無駄足だ。
 アリサは家の中の気配をざっと探る。居るのはアリサの契約主だけだ。書目皆。この古書店に住む青年だ。彼は店にいるようだった。
 店番をしている皆が頬杖をついて嘆息しているのが見えた。物憂げな表情が眼鏡越しにもわかる。
(難しい顔をしてますね)
 観察してしまうアリサは自然に足を止めていた。
 無理をさせているのはわかっているので、こうして出てきてわざわざ先手を打たれたことを告げるのも……。
 眉間に皺を寄せ、眼鏡を押し上げる皆。それから小さく何か呟いた。
 唇の動きだけで言葉を読み取り、アリサは目を見開く。慌てて視線と顔を逸らし、目を伏せた。
(何を馬鹿なことを言っているのですか、あの人は)
 ワタシを傷つけることを許さないだと? 自分はダイスなのだぞ?
 理解できなかった。
 また続けて何か呟くのが見える。ついつい視界の隅で見てしまう。
「っ」
 アリサは身を引きかけた。
 モウ二度ト、アリサヲアンナ目ニ遭ワセナイ。
「〜っ!」
 馬鹿な……!
(なにを、なにを言っているのですか……)
 わけがわからなかった。
 ふいに皆がこちらに視線を向けた。しまったと思った時は遅い。
 彼は頬杖から頭をあげ、嬉しそうに表情を緩ませる。なんて顔をするんだとアリサは反射的におののいた。
「アリサ。あ、敵?」



 家から店に繋がる狭いドアは開いている。そこにアリサが立っているのを見かけて皆はついつい顔を綻ばせた。
「アリサ」
 声をかけてからすぐに気づく。彼女が出てくるのは敵が出た時だけだ。
「あ、敵?」
「……いえ。そうではありません」
 躊躇いがちにそう呟く彼女は店の中に歩いて出てくる。一ヶ月前のケガは嘘のようにきれいになくなっている。
(良かった)
 安堵する皆は胸元に手を置いて深呼吸をする。気持ちを落ち着かせよう。だけど。
(僕の気持ちはアリサにも止められないからね)
 にっこり微笑むとアリサは顔を歪める。どうやら困っているらしい。微妙な表情なのは皆の告白のせいだろう。だが、諦めるものか。
「あのさ、時間あるなら訊いてもいいかな?」
「? どうぞ」
「本とのシンクロ率をあげたいんだよ。ほら、アリサが以前、僕と本の相性はいいって教えてくれたし。無理に検索しないほうがいいのかな?」
 問い掛けるようにすれば……。
 そう思っていると、アリサはいつの間にか手に持っているダイス・バイブルを差し出してきた。
 受け取った皆は、集中する。あの夜……本が応えてくれた感覚……。それを思い出してみようと試みる。
「あの、ね」
「はい?」
「ダメな主でごめん」
 謝ると、彼女はうっすら微笑んだ。
「あなたはダメな主ではありませんよ、マスター」
「シンクロ率をあげる方法、知らない?」
「……知っていますが、あなたには無理です」
 はっきりと、アリサは言う。彼女の表情は沈痛なものだ。言いたくない、と語っていた。いいや……おそらく彼女が無理だというからには、皆には無理なのだ。
「そっか……」
 皆は落胆したように肩を落とす。ふと、視線をアリサに向ける。彼女は眉根を寄せ、かなり難しい表情だ。
(すごい顔してるな……)
 いつも生真面目で、肩から力を抜かないアリサ。
 どこかへ息抜きに行くのもいいかもしれないが、生憎と今の自分にはその余裕がない。
「アリサ」
「はいっ?」
 声をかけるとハッとしたようにこちらを見上げてくる。声がやや大きくなったのは、何かを考えていたせいだろう。
「すみません……少々考え事をしていました」
「いや、いいんだけど。もしかして、僕が好きだって言ったの気にしてた?」
 さりげなく問い掛ける。皆は内心どきどきしていたが、アリサはきょとんとした。
「いえ?」
(……そっか)
 落胆する皆を、彼女は不思議そうに見つめている。
 疲れたような表情で「なんでもない」と言う皆は、思いついたように顔をあげた。
「アリサはどこか行きたいところある?」
「は?」
「アリサの心に残る思い出の風景……に近い場所に、僕、行ってみたいな。あ、でも無理? 敵が出るのに備えてなくちゃいけない?」
「いえ……大丈夫です。
 しかし……ワタシの思い出の風景ですか……」
 眉をひそめる彼女は嘆息する。
「空が綺麗なところ、です」
「空?」



 電車に乗っての遠出だ。空が綺麗なところと言えば東京の中心部から離れるしかない。
 電車に乗るとなるとアリサはかなり目立つ。皆は気にはしないが、アリサは悩んだ。あまり目立つのは避けたいらしい。
 路線図を眺めていた皆は、離れたところで待つアリサをちらっと見た。
 いつもの黒のゴスロリファッション姿の彼女は瞼を閉じ、腕組みして立っている。仁王立ちしてるよ、と皆は内心笑ってしまった。
 着替えたくても男所帯の皆の家には女物の衣服がない。結局アリサはいつもの服装ということだ。
 ここに来るまでのやり取りを、つい思い出してしまう。
「でも着替えるって、どうやって?」
 ケガと同じように千切れていた部分も元に戻っていることから、彼女の服が特別製であることは明らかだ。普通に着替えるとは考え難い。不思議そうに尋ねた皆の目の前で、アリサは「脱ぎます」と言うや――。
 彼女の衣服が『解けた』。細い糸が集まって一つの衣服と成り立っていたかのように、簡単に。
「うわっ……」
 のけぞる皆が慌てて視線を逸らして両手で顔を覆う。み、見てしまった。アリサのハダカを……。
「このように衣服を解除します。
 マスター? なぜ両手で顔を覆っているのです?」
 ……人の気も知らないで、と思い返して皆は二人分の切符を買った。

 電車に揺られる中、皆はアリサがやたらと見られていることに気づいた。こうしてまじまじと見るとやはりアリサは綺麗な少女だ。
(……む)
 男子高校生たちが好奇の目を向けてくるが、アリサは一向に気にしていない。気にするのは皆だけだ。
「……人が密集している場所は苦手です、マスター」
「ご、ごめん。今日は高校が昼までみたいで人が多いみたい」
「ワタシがマスターを抱えて走ったほうが速かったかもしれませんね……」
 いや、それはちょっと……。
「ワタシが本に戻ってから移動したほうが良かったのでは?」
 ……デートみたいなことがしたいと思う男心を理解して欲しいと思うのだが、無理だろうことは確かだった。

 目的地に到着する。駅から外に出ると完全に田舎だ。
 民家も見えるが都心部と比べれば雲泥の差である。
「どうかな。本当はもっと自然が残っているところに行きたかったんだけど、そうなると日帰りはちょっと難しいし」
「…………」
 青空を見上げているアリサは苦笑する。
「空気が澄んでいるところは星空も綺麗なのですよ、マスター」
「ふ〜ん」
 感心している皆も空を見上げる。この空をアリサは綺麗だと思ってくれているだろうか?
 二人は前を向いて歩き出した。ゆっくりと歩く皆はアリサに声をかける。
「いい天気だね。お散歩日和だ」
「そうですね」
「せっかくだし、アリサの話とか聞きたいな。思い出でもなんでも……」
「思い出……」
 ぼんやりと呟くアリサは遠い目をする。
「旅をしている思い出しかないですね」
「旅?」
「ストリゴイを退治する旅です」
「色んなところへ行ったの?」
「はい」
 彼女はあっさりと頷き、それからまた視線を空に移動させる。
「色んな主と旅をしている最中もワタシはあまり表に出てはきませんでした。本から出てきた時に見た空がとても印象に残っています」
「そうなんだ……」
 つられるように皆も空を見上げる。せっかくだから、もっと遠出をして、もっと綺麗な空を見せてあげたかった。
「……ワタシが一番憶えている最古の記憶は」
 アリサは表情を歪めた。
「紅い空」
「あかいそら?」
「…………燃える空です」
 意味がわからない皆は、視線をアリサに向ける。彼女の桃色の髪が風に揺れる。
「信じられないほど紅い空でした。ワタシはあれを忘れることはできません」
 皆はアリサが髪をおさえているのを見つめた。こうして見ればただの女の子だ。ほっそりとした体躯は10代中盤の少女のもの。
 ダイスという人外の存在には見えない。
 ただの女の子だったら、という考えがよぎる。だが同時に、彼女がダイスだからこそ今ここで一緒にいるのだと、認識している。
(ただの女の子だったら、どうなってただろう……?)
 どんな出会いをしていた? こんな風にデートをした? 普通に想いを告げて、恋人のようになることもできた?
 彼女は本の中に住まう存在。ストリゴイという存在を倒すために居る者。
「アリサ」
 頬を赤く染めて皆は足を止めた。こちらを振り向くアリサ。
「僕、アリサのことが好きだ」
「まだそんなことを言っているのですか」
「何度でも言う」
 アリサは皆の言葉に難しい表情をする。
「ワタシはダイスです。人間ではありません。成長することもありません。マスター、あなたはいずれ同じ人間の誰かと結婚し、子供を育て、老いて死ぬのです。
 ワタシへの感情は、一時的なものです。ですからワタシにおっしゃったことは、ワタシは忘れます」
「アリサ……!」
「遠い未来を思うべきです。ワタシを選ぶということは、全てをなげうつということですから。家も家族も今まで積み上げた何もかもを捨てる覚悟がいります。ワタシはあなたにそれを望んではいません。
 ……今日はありがとうございました。とても安らぎました」
 微笑んだ後、彼女は決意の表情をする。とても綺麗で、皆は何も言えなくなってしまう。
 どうして僕の気持ちを否定するのだろう?
 皆は目に痛いほど青い空を見上げるしかなかった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6678/書目・皆(しょもく・かい)/男/22/古書店手伝い】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、書目様。ライターのともやいずみです。
 アリサと一日を過ごしていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!