コミュニティトップへ




■Dice Bible ―sase―■

ともやいずみ
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
 自分の本がどんな状態であるか、わかっている。自分の分身なのだから。
 今の自分の主は、今までの者達とは違う。
 だから――。
(……たまには、こちらから合わせてもいいのかもしれません、ね……)
Dice Bible ―sase―



 この街にはアリサの他にもダイスが存在している。
 ダイス同士はあまり接触することがないが、こういうことも起こる。
(敵の気配を感知――消滅)
 本の中で目覚めたアリサは歯痒さに舌打ちしそうになる。
 仕方のないことだとわかってはいても、割り切れない感情を自分が持っていた。厄介なことこの上ない。



「ケガの具合はどう?」
 本から出てきたアリサを確認するや、夜神潤はそう尋ねた。
 アリサはぼろぼろになる前と、何も変わっていない。衣服も傷も完全に元の無事な状態に戻っていた。
「痛むとことかない?」
「ありません」
 相変わらずの無表情でそう告げるアリサは、潤のほうを見た。
「完全に回復しています。ご心配をおかけしました」
 感情のこもっていない言葉だが、潤は安堵したように微笑む。そのすぐ後に苦笑した。
「あの女の子じゃないけど、本当にマシになっとかないといけないよね」
「は?」
「ほら、もう一人のダイスの主の女の子」
 潤の言葉にアリサが納得したように目を細める。
「アリサに気に病むなって言われたけどさ、あのとき心臓を鷲掴みにされたかと思ったもん。もう二度と、あんな風にケガとかして欲しくないよ。俺が嫌だ」
「……あなたの責任ではありません」
「そうは言うけど、やっぱり少しはマシになりたい」
 向上心のある潤の言動に、アリサは眉根を寄せた。だが何も言わない。
 アリサが黙ったままなのはよくあることなので、潤は気にせず一人で喋る。
「体調には気をつけながら、ダイス・バイブルに集中する時間を増やしたりしてるんだ。少しでも効果があるといいけど」
「…………増やす、とは?」
「え?」
「あなたは仕事を持っている方ですよね? 仕事の合間も使っているということですか」
「うん。仕事にも手を抜いてないから安心して」
 笑顔の潤を、彼女は無表情で見ているだけだ。それはそうだろう。アリサにとって潤の私生活や職場のことは、心配するべき対象ではないのだ。
 ぼそり、とアリサは何か呟いた。小さすぎて潤には聞こえない。
「え? なに?」
「…………ダイス・バイブルに集中しても、ムダです。お仕事にも支障が出ると思いますので、やめたほうがいいでしょう」
「そんなことないよ。うまくやってる」
「……欲張りなことはしないことです。二兎を追うもの、一兎も得ず。そういうことわざがあるでしょう?」
「俺は自分のできる範囲で精一杯やろうって決めてるから。アリサが傷つくのは嫌だし、仕事も放置しないよ」
 アリサの瞳は「できるわけがない」と語っていた。目で言う彼女は口を開かない。
 なんだか今までと様子が違う。潤は首を傾げた。
「どうしたの? なんか怒ってる? あ! それともやっぱりケガが……?」
「……そうではありません。
 ワタシはあなたという存在が、まったくもって…………」
「まったくもって?」
「理解できません」
 はっきりとアリサが口にした。まいったな、と潤は苦笑する。
「俺、なにかした?」
 一生懸命にしているだけなのに。アリサは潤の努力を不快になるだけと考えているようだった。
(俺が頑張るっていうのが気に食わないのかな……)
 アリサは潤には責任がない、と言っていた。主に選んだのは自分だから、気に病むことはないと。
 だが潤にはそれは納得できないことなのだ。アリサが選んだのは事実だが、それを受け入れたのは「自分」だ。もうこれはアリサだけの問題ではない。「自分」の問題でもあるのだ。
 だから一生懸命になる。頑張る。それは当然のことだ。
 アリサは目を伏せた。
「……言っても無意味だと思います。ワタシの言葉はあなたには届かないでしょう。あなたはあなたのルールに従っているだけなのですから」
「そんなことないよ。他の人の意見は大切で重要だよ」
「……そういう問題ではないのです。あなたは周りが全く見えていない」
 彼女は潤がなぜ不思議そうなのかも理解できないようだった。それは潤からしても同様だ。
「そうかなぁ……周囲のみんなとは別に普通に付き合ってるけど……」
「なにを言ってもムダですから、もう言いたくありません。疲れます」
 疲れる、とまで言われてしまえばどうしようもない。潤は困惑しつつ「そっか」と呟いた。
 今さらながら潤は気づいた。
「そういえばアリサがここに居るってことは、敵が出たの?」
 一ヶ月前より「マシ」になったとは思えないので、潤としては少々焦る。だがアリサは否定した。
「……全回復したので、表に出てきただけです。本に戻ります」
「あ、待って」
「?」
「あのさ、今日、よかったら付き合わない?」



 ベランダに出て夜空を眺める潤の横では、アリサが佇んでいる。文字通り、ただ突っ立っているのだ。
(まぁ一人でちびちびするのも好きとは言ったけど)
 片手にグラスを持つ潤は、苦笑するしかない。
 虫の声を聞きながら月見酒と洒落込もうとしたのだが、そうなると遠出をするということになる。
「あなたは自覚がないのですか」
 ぴしゃりとアリサに怒られてしまった。
 プライベートで何をしようと潤の勝手ではあるが、自分がそれなりに売れている者だと自覚を持てということだろう。
「あなたは配慮が足りません。どれだけ長い時間を生きてきたかは知りませんが、人間社会に溶け込む以上、人間のルールを守るべきです」
「いや、そんなにピリピリするようなことじゃないよ。すっごく有名ってわけでもないし、アイドルにだって人権というか、自由に動き回れる権利はあると思うし」
「…………」
 あからさまに不快そうに眉根を寄せるアリサ。
 ――というわけで、潤は自分の住むマンションの部屋のベランダで、こうして酒を飲むこととなった。
 仕事にも手を抜かない。ダイスとの関係もうまくいくように努力する。何事も平穏。人当たりもいい。
 わりとはっきりものを言う潤ではあるが、アリサには敵わない。彼女は思ったことをかなり強烈に、はっきりと言うのだ。傷つけるということを考えていないというよりは、相手がどう反応するかわかっていて言っている節がある。
(俺が怒らないと思ってるんだろうなぁ……)
 アリサの言っていることは一つの意見として正しいとは思うし、周囲に彼女のような者がいないので刺激にもなる。それは潤にとってはとてもありがたいことなのだ。
「まぁアリサが横にいてくれるだけで格別だから、別にいいけどさ」
 にっこり微笑む潤を、今度は冷たく見てくるアリサ。どうしてこう、こちらの好意を受け入れてくれないのだろう?
「アリサは飲まないの?」
「……お酒を、ですか」
「それも含めて。
 あ、年齢とか、アルコール平気かとか色々あるけど。ほかの飲み物でも俺はOKだよ?」
 ベランダの手摺りに腕をかけ、潤は尋ねる。アリサは5秒ほど沈黙してから口を開いた。
「ワタシは人間ではありません。外見年齢は人間でいえば16歳ほどですが、アルコールに対しては『飲める』とお答えします」
「平気なの?」
「平気です。酔う、ということはありません」
 吸血鬼の潤は酔う。酒に強い弱いはあるだろうし、酒の種類にもよるが、泥酔とまではいかなくても酔うことは酔う。
 改めて彼女が自分と同じ、人ではない存在であると強く思った。
「酔わないのかー。へぇ。便利だね」
「そもそも飲み食いせずとも平気なので、お気遣いはよろしいです」
「でも飲めるんでしょ?」
「……………………」
「俺、お茶淹れるの上手いんだよ。どう? 飲む?」
「いえ、遠慮します」
「そうかー」
 苦笑いをする潤を、彼女は横目で見てくる。それだけだった。
 こうしてベランダに二人でいるところを誰かに見られたらどうしようか、という思いが過ぎる。だが考えすぎだと思った。
「アリサ」
「……なんですか?」
「いや、こうして付き合ってくれてありがとうって言いたくて」
「そうですか」
 無表情で応えてくるアリサにとっては、どうでもいいことらしい。
 グラスの中で揺らめく液体を眺め、潤はそれに口をつける。
 つい一ヶ月ほど前、このベランダに傷だらけのアリサが放り込まれた。その様子を潤は憶えている。
 アリサが傷つくのは嫌だった。もっとマシな主になれば回避できたことだったのかもしれない。
 ダイス・バイブルをうまく使えるようになれば。
 そう思って潤は集中してはいたが、本は応えてはくれない。ムダな努力と嘲笑っているかのようだった。
「ねぇ、ほんとに何か飲まない?」
 再度アリサをうかがうが、彼女は首を緩く左右に振るだけ。
 まぁこうして横に居てくれるのだから我慢するところなのだろう。嫌なことを無理強いする潤ではない。
「アリサはつまらなくない? 俺だけ飲んでて」
「つまらないことは、ありません」
 完全否定だ。言い方もかなりキッパリハッキリ。
 潤はアリサを観察する。彼女は何を考えているかさっぱりわからない表情だった。
 人間デハナイ……。
 自分だって吸血鬼で、人間ではない。だが、かなり人間くさいと言われていた。……確かにそうだろう。こうして目の前に、人ではない者のお手本のようなモノが居る。
 人間ではないのがなんだっていう? そんなのは関係ないことだ。
 アリサはアリサで……自分は自分。
 そうは思うが、アリサがそう思っていないのは明白だった。彼女は潤がわからないと言った。
 人間くさい吸血鬼。吸血鬼の中の異端。
 ――自覚をしてください。
 アリサの冷たい目線が、こびりついている。
 彼女の意見は貴重だ。叱ってくれて、はっきり言ってくれるヒトはいない。自分にとってプラスになる。自分にとって……。
 気ヅイテハイケナイ。
 潤はアリサを凝視していた。彼女は再三言っていた。気づけ、と。
(気づくって、何に?)
 ソレに気づいたらアリサの役に立てる? 彼女はケガをしなくて済む? いいや、そんなことを言うようなアリサじゃない。
 だったら――わからないままでいい。そのほうがいい。
「ダイス・バイブルって、なかなかうまく使えないよね」
 なんとか楽しくお喋りをしようとして、そしていま一瞬、自分が考えた不安なものを追い払いたくてそう言ってみた。
「……あなたには使えないでしょう」
 哀れみのような、どこか苦いものを我慢するようなアリサの返答だった。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の子】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、夜神様。ライターのともやいずみです。
 微妙な月見酒となってしまいました……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!