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■Dice Bible ―sase―■

ともやいずみ
【3593】【橘・瑞生】【モデル兼カメラマン】
 自分の本がどんな状態であるか、わかっている。自分の分身なのだから。
 今の自分の主は、今までの者達とは違う。
 だから――。
(……たまには、こちらから合わせてもいいのかもしれません、ね……)
Dice Bible ―sase―



「敵が現れたからではない?」
 橘瑞生はうかがうようにハルを見てくる。
「活動に制限がかかるんじゃないの?」
「……制限とは?」
 怪訝そうなハルを前にして、瑞生はうろたえた。
「えっと、だから、ハルはストリゴイを退治するためにいるんでしょう? 敵がいないなら、活動時間も制限されるのかなって」
「元々稼動時間は限られています。敵がいなければ、その時間は空いていることになりますが」
「そうなの?」
 ぱちぱちと瞬きをする瑞生を、ハルは見つめる。じっと見つめていると、彼女はむず痒そうに身を少し捩らせた。
(……言えるような雰囲気では、ありませんね)
 ハルは内心でそう洩らす。
(敵の気配を感知したというのに、先を越されたなどと)
 言えるわけが、ない。それこそ、自分が……いや、瑞生のダイスである自分が劣っているという証明にほかならない。
 ハル自身に落ち度がなくとも、そういうことになる。
 本の所持者とダイスは「セット」だ。二人で一つ。
 この前のダイスと、その主の少年がおそらく先に敵を発見して、撃破したのだ。前と同じように。
「この前あんなにひどい怪我をしていたけど、もう大丈夫?」
「大丈夫です」
 傷も衣服も完全に癒えている。
 その言葉を聞いて瑞生は心底安堵したようだった。
「大丈夫なら……いいんだけど」
「ご心配をおかけしました、マスター」
 体を折って謝罪すると、瑞生は慌ててしまう。可愛らしい主人だ。見た目の派手さと中身がそぐわない。
「無事ならいいの、無事ならっ」
「…………」
 頭をあげた彼を、瑞生は嬉しそうに見ている。
(……マスターは、私のことを『好き』だと言った……)
 この照れ臭そうな仕草はそのためだろう。
 色恋沙汰に疎いというわけではないが……ハルは「人間」ではない。ダイスという人外の存在なのだ。
 そんな存在に対して好意を抱くということ自体が、わからないのだ。
 今までそんな主がいなかったと言えば嘘になる。ハルに対して人間と同じように振る舞えと命じてきた者もいれば、恋人のように接しろと言ってきた者もいた。残念ながら後者の願いはハルにはかなり難易度が高く、結局取り消されたが。
 ヒトのカタチをしているだけの、「モノ」。それがダイスだ。



 じっと見つめられてしまうので、瑞生はそわそわしてしまう。ハルは自分の瞳に力があることを知らないに違いない。
 赤い瞳は深く、底知れない何かを秘めている。そして、真っ直ぐで純粋だ。
 わざわざ丁寧に謝罪をされるほどではない。だからと思って頭を上げさせたが、彼は複雑な表情をしている。
(な、なんでそんな顔してるのかしら……)
 別に今日の格好はおかしなところはないと思うし、髪もきちんとしてあるし……。
「マスター、どこかへ出かけられるのですか?」
「え、私?」
「……あなた以外にここには人はいませんが」
 それもそうだった。ここは瑞生の借りているマンションの一室で、居るのは瑞生とハルだけ。
「ちょうど買い物に行こうと思ってたところだったの。ハルがそこで本から出てきて」
「あぁ……そうでしたか。すみません」
「気にしないで。結構私、生活が不規則になりがちだから、食事とか自分でできる事は気をつけたいなと思ってて」
「…………」
「あなたには食事とか必要ないんでしょうけど、誰かと一緒に食べる食事って結構悪くないのよ。よかったら一緒に買い物に行かない? 自信作のシチューをご馳走するわよ?」
 にっこり微笑んで言った瑞生だが、内心は激しく動揺している。
 まるで恋人に言うセリフじゃないか! 一緒に買い物に行こう、だなんて。シチューをご馳走する、だなんて。
 軽々しく男を部屋に上げるべきではないのはわかっている。いや、でもハルはダイスだし、この部屋で一緒に過ごしていたし、あれ? でもハルは男の子で。
 混乱している脳内が、ハルの言葉で一掃されてしまう。
「いいですね。マスターのシチュー、楽しみです。差し出がましいことだとは思いますが、お供させていただきます」
 これがまた直球な、笑顔のセリフだった。
 女心を鷲掴み、というほど、見事な微笑み。
 断られたらかなりヘコむだろうな、と一瞬で判断していたというのに。男の子を家にあげるだなんて、変な下心があると思われたんじゃ……。軽い女に思われたら。
 巡っていたマイナス思考が一気に真っ白になった。
「え。う、うん。そう?」
 頬が緩む。顔がにやけてしまう。そんな瑞生を前にして、彼はハッとする。
「申し訳ありません」
「え? 何が?」
「…………」
 彼は唇をきつく閉じてしまう。ああどうしてそんなに難しい顔をするの。さっきはあんなにいい笑顔だったのに。
 でも。
(嬉しい……!)
 嬉しい!



 参ったのは、ハルが着替えを所持していないことだった。目立つだろうなあとは思ってはいたが、本当にかなり目立つ。
 燕尾服姿の彼は瑞生の半歩後ろを、同じ歩幅でついて来ているのだ。まるで従者だ。
 ハルに着替えを提供しようにも、瑞生の部屋には男物はない。かといって瑞生の衣服を貸すわけにもいかない。
 普通に衣服を脱いで着替えるのだろうかという、瑞生の疑問に彼はあっさりこう応えた。
「いいえ。衣服を解除します」
 カイジョ?
 聞き慣れない言葉に怪訝そうな表情をする瑞生を見遣り、ハルは説明するために口を開く。
「この衣服はいわば鎧です。衣服を解除すると私は全裸になってしまいます」
「…………」
 ゼンラ?
「その上から人間の衣服を着用することは可能です」
「脱ぐ、のとは違うの?」
「違います。この服はダイスの一部ですから」
 なんだかよくわからないが、とにかく着替えるためには素っ裸になるということだろう。
 ――そのやり取りを思い出して瑞生は苦笑した。
 背後のハルを肩越しに見る。彼はいつもの無表情でこちらを見返した。
 慌てて前を向いて歩く瑞生は、自身の格好を見下ろした。目一杯のおしゃれはしていない。普段通りの姿だ。
 室内用ではなく、簡単な外出着。かなり地味なものだ。
 デートとかなら、もっと気合いを入れた。けれど今回は違う。なんていうか……ハルが休眠している間の自分を見てもらいたかったのだ。
(私はこんな風に過ごしてるって……)
 知って欲しくて。
 自然体を見てもらいたくて。
(で、でもそれも難しい話よね)
 買い物にハルがついて来てくれるだけで、かなり有頂天になっている。ああまで言ったのだから、料理も張り切ってしまう。
 こんなに緊張して、こんなに気持ちが高揚していて自然? 自然になれる?
「マスター」
 呼ばれて振り向こうとするが、腕を掴まれた。
「電柱にぶつかります」
「え?」
 視線を前に戻すと、目の前には電信柱。
「あ、ごめんなさい。ありがとう」
「いいえ。お気をつけください」
 すぐさま手を離すハル。離れていく手が、名残惜しい。

 着いたのは瑞生御用達のスーパーだ。野菜も豊富だし、安い。
 瑞生のおしゃれは、ある意味諸刃の剣のようなものだ。自分の美貌を活かしてするものではあるが、こういう場所では悪い目立ち方をする。他人の目を気にしないほど神経が図太くもないし、浮いてみえることが余計に羞恥になる。だから今は簡単な衣服なのだ。このスーパーの中にいても不自然にはならないように。
 目立つ、ということは不要な面倒が舞い込むものでもあるのだから。
 カートにカゴを入れて押して歩こうとした瑞生の横に、ハルが立つ。
「カゴを持ちます」
「え? 大丈夫よ。カートがあるから」
「それでは私が来た意味がありません」
 きょとんとする瑞生の前で、カートからカゴをひょいと持ち上げ、カートを元の場所に戻してしまう。
 さっと瑞生の横に並ぶと「行きましょう」と声をかけてきた。
 立ち居振舞いからハルが執事のように見えてしまう。勿論それは瑞生が本物の執事を見たことがないせいで、ただの印象に過ぎないのだが。
「いいのよそんなことしなくて」
「いいえ。私がやりたいからしているだけです」
 淡々と述べる彼の言葉に、瑞生は瞬きを一つ。
 一緒にスーパーの中を歩くが、やはりハルは目立ちまくっていた。周囲からは自分たちはどう見えるのだろう? 一番考えられる妥当なものは『姉と弟』だろうか、と想像をしかけて瑞生はハッとした。
 ハルは明らかに西洋人の顔立ちだ。日本人の自分とは違う。こんな状態でそう見えるわけがない。
 だったら、どう見える? ホームステイに来た少年を世話する女、だろうか。
 そこまで考えて落胆した。彼と並んでも恋人には見えないからだ。
「どうしました、マスター?」
 表情を暗くしている瑞生に気づき、ハルが声をかけてくる。
「……ん? いや、なんでもないの。あ、そこの玉葱とって」
「はい」
「ハルはキノコのシチューが好み? それとも普通の?」
「……食べ物を必要としませんので、違いがわからないのですが」
「そうか。うん、そうよね。じゃあ、お任せでいい?」
「はい」
「………………恋人には、やっぱり見えないわよね」
 小さく洩らした瑞生の残念そうな声に、ハルはぴくりと反応する。瑞生自身、無意識に洩れたものだった。



「美味しい?」
「はい、とても」
 瑞生の手作りシチューを口に運びながら、ハルは応える。
 瑞生は満足そうに微笑んだ。
「良かった」
 エプロン姿の瑞生を見つめてから、ハルは動きを止める。
「マスターは私のことが好きだと言われた」
「…………ええ」
「ですがそれは、マスターのためにはならないでしょう」
 真剣な表情で言うので、瑞生は口を挟めなかった。
「私は人間ではありませんから。あなたは年をとっていきますが、私はそうではありません。
 同じ人間の男性を選ばれたほうが、良いと思います」
 どうしてそんなことを言うのだろう? 私はあなたが好きなのに。
 やりきれなさが胸を占める。せっかく腕をふるったのに、と悔しくなった。それと同時に彼が自分の気持ちを真摯に考えてくれたのだとわかる。
「私は過ぎ去っていく景色のようなものです。それでも私を選ぶのなら、あなたは全てを失う覚悟を持たなければなりません。
 私は……そこまでの価値はありませんよ」
 うっすら微笑む彼は、シチューを口に運び始めた。
 瑞生は彼の顔をただ見つめていた。なんと応えたらいいのか、まだ、答えが出ないから――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3593/橘・瑞生(たちばな・みずお)/女/22/モデル兼カメラマン】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 ハルとの一日はいかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!