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■D・A・N 〜Third〜■

遊月
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
 ――…失敗、した。
 まさかこうも容易く逃げられてしまうとは。
 早く見つけなければならない。アレは周りに害を与えるものでしかないから。
 必要だったとは言え、対策を万全にせずに呼び出したのは自分の落ち度だ。

 ……焦って、いたのかもしれない。
 もう、時間がないのだ。
 気配を探る。かすかに残るそれを辿って、空間を渡った。
【D・A・N 〜Third〜】


 どこか切羽詰った顔の少女を見つけたとき、黒冥月は散歩中だった。
(あれは、シエラ…?)
 常に浮かべている笑顔も、外見に不相応とも思える余裕もない少女の姿に、冥月は少々戸惑った。
 可愛らしい面があることも知っているが、基本的に冥月の知るシエラは強かで底を覗わせない雰囲気があったものだから、今のように取り繕う余裕もない彼女はどこか新鮮だった。
 そのようなことを考えているうちに、シエラが冥月に気づいた。
 すぐにこちらに来るかと思えば、何故か足を止めて悩むような素振りをする。
 少しの間逡巡していたが、結局彼女は冥月の方へ走り寄ってきた。
「こんにちは、冥月さん。少し訊きたいことがあるんだけど…」
「…随分唐突だな」
「唐突にならざるを得ない理由があるのよ。…それはおいておいて、訊きたいことなんだけど。この周辺で、おかしい気配を感じたりしなかった?」
「おかしい気配?」
「そう。詳しくは分からないけれど、冥月さんも何か力があるでしょう。そういう気配には敏感だと思ったから訊いたのだけど」
 力、とは影を操る能力のことだろう。そういえばシエラにもフィノにも能力のことを言っていなかったか。
 それはともかく。
(『おかしい気配』を感じなかったか、か……)
 考えてみる、が、まぁ考えるまでも無く返答は決まっている。
「いや、感じなかったが」
「そう……」
 シエラもそこまで返答を期待していたわけではないらしい。特に落胆した様子もなく、軽く辺りを見回している。
「シエラ、」
 そう、冥月が少女の名を呼んだ瞬間。
 周囲の景色が変わった。

  ◇

(また、何かに巻き込まれたか)
 太陽の光などどこにもない、完全なる闇が広がる空間が突然広がっても、冥月は特に動揺しなかった。
 緊張するでもなく自然体で嘆息し、隣で硬い表情をしているシエラを見る。
 周囲に広がるのは、闇のように見える。だが空間の把握が上手く出来ないところからすると、純粋な闇ではないのかもしれない。
 とりあえず、この空間を作り出した『何か』がどこにいるのかくらいは分かるが。
「まさか、このタイミングで来るなんて」
 呟かれた言葉に、冥月は静かに口を開く。
「何か、心当たりがあるようだな。先程訊いてきたことと何か関係があるのか?」
 冥月の問いに、シエラは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……ええ。できれば詳しくは言いたくなかったし、巻き込みたくなかったんだけど。あたしが探していたのは『魔』なの。まぁ、一般に言う『魔物』とか……『悪魔』にも近いかしら。ちょっと必要があって呼び出したんだけど、対策が甘かったみたいで逃げられたのよ。お世辞にもいいものじゃないから、他に害を与える前に見つけようと思ってたんだけど――」
「その『魔』とやらは、どういう性質を持っているんだ? この空間はそれが創り出したものだろう」
「確かにここは『魔』が創った領域よ。――性質……ね。結構オールマイティな方だから何とも言えないんだけど。ただ、結構えげつない能力があるのよ。なんて言えばいいのかしら、『心の隙』をつく感じの――」
 言いかけたシエラの表情が、ある一点を見て、凍った。
 シエラの視線の先には――穏やかに笑む、白銀の髪に血色の瞳の少年。
(何故…)
 シエラが存在している間にフィノが存在することは出来ないと聞いたのに、今目の前にはフィノがいる。
 『魔』の気配は動いていない。すなわちこれは『魔』が化けたものではないということで――。
(『魔』の能力か…?)
 状況を把握しようとしている冥月を他所に、その『フィノ』がゆっくりと口を開いた。
「シエラ」
 『フィノ』に名を呼ばれ、シエラがびくりと身体を震わせる。
「久しぶりだね、こうして話すのは。『あれ』からどれくらい経ったかな」
 『あれ』とフィノが口にした瞬間、シエラの瞳が恐怖に染まった。
「……シエラ?」
 反射的に声をかける冥月だったが、シエラにはそれすら聞こえていないようだった。
 ただひたすら、目の前の『フィノ』を見つめている。
「ねえ、シエラ。随分な時が経ったね。君が僕を『引き止めて』から。僕が君を置いていこうとして、そして君が君のエゴのために『あれ』を行ってから」
「………い、や」
「君と僕が、人の理から外れてしまって、随分な時が経った」
「いや、……イヤよ、言わないで…っ」
 言いながら、激しく首を横に振るシエラ。まるで『フィノ』を恐れるかのように後退さる。
 冥月は、ただ2人を見ているしか出来なかった。自分が踏み込めるものではないと、直感したからだ。
(あれは、フィノではない……気がする。だがシエラを見る限り、フィノが言ってもおかしくない内容なのか、あの言葉は)
 シエラの動揺の仕方は尋常じゃない。それは、まるでずっと恐れていた何かが、ついに来てしまったとでも言うような――。
「いつになったら君は、僕を解放してくれるの? いつになったら――」
 言葉と共に、『フィノ』が浮かべていた笑みを深めた。
「僕を、ちゃんと死なせてくれるの?」
「――…っいやぁあああぁッ!!」
 一瞬でシエラの目前に移動した『フィノ』が、血塗れの手をシエラの頬に添えて言ったと同時、シエラが絶叫した。
 まずい、と直感し、胸の辺りからべっとりと血に濡れた状態の『フィノ』に向かって蹴りを繰り出す。本物でないことは確信できていたので、手加減も容赦もなしの蹴りだった。
 常人にはまず避けられないだろうその蹴りを、しかし『フィノ』はふわりと避け、底知れぬ笑みを残して……消えた。
(逃げられたか)
 『魔』ではないにしろ、それに付随するであろうものを逃したのは痛いが、今はそれどころではない。
「シエラ」
 呼びかけてみるも、頭を抱えうずくまるシエラは案の定反応しない。
 ひっそりと溜息を吐き、シエラの前に膝をつく。
 そして、―――きつく、抱きしめた。
 息も出来ないだろうほど、強く。
「ごめ、なさ……ごめん、なさい…フィノ…っ」
 くぐもったシエラの声が聞こえる。それは聞いているこちらが苦しくなるような、悲痛な声だった。
 何度も何度も繰り返される謝罪の言葉を聞きながら、冥月はシエラとフィノについて思いを巡らせる。
(2人の過去に、何があった? シエラは一体、何をした)
 先日、フィノを同じように抱き締めることがあったが――そのときに彼らの過去の片鱗のようなものを見た。
 ―――『失う』痛み。
 それを、2人も体験したのだろうか。
 ……そして、求めたのか。
 基本的に、自分は他人の事情に踏み込む気はない。
 だが、自分もよく知る失う痛み…それ故に求めてしまったのなら。
 自分と同じかと思えば、手を差し伸べたくはなる。
 ゆっくりと、身体を離す。
 未だ謝罪の言葉を呟き続けるシエラの両頬を、冥月は強く叩いた。音は大きいものの痛さはあまりないような叩き方だ。正気に返らせることが目的であるから、それでいい。
 自分に顔を向けさせ、頬を流れる涙をぬぐってやる。
 そして口を開いた。
「いつもの勝気はどうした。いい女は常に冷静でいるものだぞ。……それに巻込んだなら、最後まで責任持て」
 シエラの目の焦点が、戻った。
 そして、少しずつ息が整っていく。
「……そう、ね。こうなるかもって分かってたのに、うろたえちゃった」
 涙のあとが残る顔で、それでもシエラは強い視線で冥月を見た。
「さぁどうして欲しい。既に一度助けたんだ、また助けてやってもいい」
 冥月の言葉に、しかしシエラは首を振った。
「ううん。……これはあたしが引き起こした、あたしの問題だから。あたしが収拾しなくちゃ」
 少しだけぎこちない笑みを浮かべて、そしてシエラはきっ、と宙を見据えた。
「今回の召喚の契約主はあたしよ。いくらあなたの力が強くても、あたしとの契約は切れていないわ。……出て来なさい!」
 強い語調でシエラがそう言い切った瞬間、空間からぼんやりした『影』が出てきた。
『…ちょっとした冗談だったのだがな。流石に契約主を裏切る真似はせぬ』
 姿と同様、ぼんやりとした『声』が冥月とシエラの頭に直接響く。
「とんだブラックジョークね。こっちはあなたが何をしでかすかって気が気じゃなかったんだけど」
『主ら以外に手を出してもつまらぬ。杞憂だったな』
「そのわりに、わざわざ冥月さんを巻き込んでくれたようだけど?」
『その人間と関わることで、主らがどう変わるかも我の興味の対象であるからな』
「ああそう。……やっぱり、方法を教える気はないのね」
『一度教えてやっただろう』
「もっと確実なのを知りたかったのよ。……まぁ、教えてくれないだろうとは思っていたけれど」
 溜息を吐くシエラに、『影』は愉快そうに笑った。
『それでも一縷の希望に賭けて我を呼び出すほどに、焦っているのか』
「そうよ。もう、時間がないのに……あぁもう! いいわ、帰って」
『我はそれでもよいが……そうだな、最後に1つだけ助言をしてやろう』
「何よ」
『主が“対”を永らえさせたいのであれば、主は他と繋がりをつくらぬほうがいい。……それだけだ』
 その言葉を残して、『影』と――『影』の創り出した『領域』が消えた。
 冥月にはよく分からない話をしていたためにシエラと『影』との会話に口は出せなかったが……『対』というのが、フィノのことだろうというのは何となく分かった。
 周囲は『日常』そのもので、冥月とシエラがついさっきまで『魔』の創り出した領域にいたことなど誰も気づいていないだろう。
 そんな中、シエラは冥月に向き直り、そして頭を下げた。
「本当に、巻き込んでしまってごめんなさい、冥月さん」
「いや…。特に害があったわけでもない。気にするな」
 言えば、シエラは少しだけ何か考える素振りを見せた。しかし何かを断ち切るように一度目を伏せ、そして口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう。…どうにも、冥月さんとは縁ができてしまったみたいね。あまり、あたしたちに関わらない方がいいと思うんだけど……こればっかりはどうしようもないから。これからは出来るだけ、巻き込まないようにするわ」
 そのシエラの言葉に、冥月もまた微笑した。
「そうだな。目的は自力で叶えろ。……だが又“巻込まれたら”手伝ってやらんでもない」
 冥月の告げた言葉にきょとんとするシエラに背を向け、冥月は雑踏に身を滑り込ませて立ち去ったのだった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、冥月様。ライターの遊月です。
 今回は 「D・A・N 〜Third〜」にご参加くださりありがとうございました。

 シエラとフィノの『謎』について、大分触れる感じになりました。とはいえ、本人たちの口からはほとんど明かされていませんが。
 『魔』の性質上、プレイングが反映できない面がありまして、申し訳ございません。
 それ以外は、出来る限りプレイングに沿うようにさせていただきました。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 それでは、本当にありがとうございました。