■喫茶「エピオテレス」■
笠城夢斗 |
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【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒】 |
喫茶「エピオテレス」。知る人ぞ知る喫茶店。
内装は綺麗に乳白色で染められ、観葉植物がよく映える。
壁にかけられた絵画は風景画で、美しい春の草原をそこに生み出していた。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれるのはピンク色の髪をしたかわいいウエイトレス。
金色の瞳も美しい――名はクルール。
「どうぞ、こちらのお席まで」
ころころと鈴のような声で窓際の席をすすめてくれた。
メニュー表がないかと探してみれば、
「当店はメニューはございません。お客様のご要望に合わせて作らせて頂きます」
クルールはにっこりと言った。
喫茶店なのに？ と思ったけれど、ちょっといたずら心が働いて。
「ビーフステーキ」
などと言ってみる。
するとクルールはにっこり笑って、
「かしこまりました。味付けはこちらにお任せにさせて頂いてよろしいでしょうか」
「……は、はい」
うなずかれるとは思わず、慌ててうなずく自分。
クルールは厨房まで行った。
「店長！ ビーフステーキ１枚！」
「はいはい」
厨房の中からゆっくりと顔を出した女性が１人。
この店にぴったりの乳白色の長い髪をゆったり三つ編みにして、白いワンピースを着、その上からエプロンを着ている。
「そちらの方ですね。分かりました」
客を見て何かを決める癖でもあるのか？ 厨房に戻っていく店長――エピオテレスを見送りながら、自分は首をかしげる。
ふと、背後から話し声が聞こえてくるのに気づいた。
「だからよ、絶対イカサマ使ってんだろ？ 本当のこと話せよ」
「知るか。言いがかりをつけるならお前が見抜いてみろ」
もくもくと煙草の煙が上がる。
２人の男性が――１人は２０代半ば、１人は２０歳になったかそこら――トランプをやっていた。
ちくしょー、とどうやら負けたらしい若い青年が、こちらの視線に気づき、
「あ？ 何か文句あっか」
慌てて視線をそらす。
背後では大人の方が、
「あまり客をいじめるな、フェレ」
「うるせえよ。あんただって副店長のくせに接客なんざするつもりねえんだろが、ケニー？」
「接客すれば妹に怒られる」
「そりゃそれだけ煙たけりゃな」
さて、と大人の方は席を立ったようだ。
「お前との遊びも飽きた。俺はあっちで新聞読んでるぞ」
ちらっと見ると、ケニーと呼ばれた青年は新聞を取って奥の席に行き、足を高く組んで座った。
けっと頬杖をついた若い方は――フェレと言ったか――はケニーに向かって中指を天井に高く突き立ててから、ぶすっとふくれて机に突っ伏した。
「お待たせいたしました」
クルールが戻ってくる。
「ビーフステーキです」
とろりとした脂がたっぷりのった、じゅうじゅうと焼きたての音たっぷりのビーフステーキ……！
思わず唾が出た。ごくりと飲み込み、ステーキにナイフを入れる。
……ああ……！ この柔らかさ、この切れ目の色！
何て美味しいんだろう。
思わずばくばく食べてしまってからふと見ると、厨房からあの乳白色の優しそうな女性がこちらを見ている。嬉しそうに微笑んで。
うまかったよ、とサインを送った。
「ではお会計よろしいでしょうか」
クルールがレジの前に立つ。
そう言えばいくらになるのだろう。急にぞっとしておそるおそる値段を訊いたら、
「お肉が３０００円、味付けに２０００円、合計で５０００円に消費税込みで５２５０円になります」
一体味付けに何を使った！？
エプロンの女性はゆったりとした笑みを浮かべたまま。
たかが喫茶店で５２５０円も取られて、自分は店を後にしたのだった……
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喫茶「エピオテレス」〜万年負け組みの最後のあがき〜
ちりんちりん、と喫茶「エピオテレス」のドアが開いた。
「いらっしゃいませ〜」
営業ボイスでかわいらしくウエイトレスのクルールが出迎える。
「私の前では地を出せ。変な感じがする」
と、長い黒髪に黒尽くめの服装をした客が言った。
黒冥月。この店の常連である。
「そりゃ助かるわ」
クルールは途端にやる気のなさそうなウエイトレスに変身した。
「どこに座るー？ どこでも空き放題だよー」
「その前に注文を済ます。テレス！」
冥月は、この店の厨房番でもある店長の名を呼ぶ。
厨房から、乳白色の髪をしたおとなしそうな女性が出てきた。
「あら、冥月さん。いらっしゃいませ」
「報酬貰いに来たぞ。点心を頼む。種類は任せる」
「点心ですね。ちょうど今お昼の時間だから……お昼ご飯にできそうなものにしますわ」
「好きにしてくれ」
エピオテレスは厨房に引っ込んだ。
「で、どこに座んの？」
クルールが、癖で手にしたままの銀のトレイをくるくる回しながら訊いてくる。
冥月は視線をずらした。
店の奥。２人の男が１つのテーブルに向かっている。
１人はエピオテレスの兄ケニーだ。
もう１人は……冥月にいわせれば、「馬鹿」。
冥月はそのテーブルに歩み寄った。
２人の男はいつもどおり、カードゲームをしていた。
「レイズ」
「コール」
「レイズ」
「チェック」
「レイズ」
「……どこまで吊り上げる気だよ！？」
「チェック」
フェレ・アードニアスに怒鳴られて、ようやくケニーは勝負を止めた。
さて、ハンドの公開――
ケニーが広げたトランプのならびに、フェレは目をむいた。
「ロイヤルストレートフラッシュ……？」
ケニーは煙草を灰皿に押し付けて、新しい煙草に火を点けた。
にゃろー！ と頭を抱えて手持ちのカードをばらばらにし頭を抱えるフェレ。
それを見ていた冥月は、
「相変らず負けてるな」
とくくっと笑い、
「クルール、私もこのテーブルに加わる」
「物好きー」
呆れたように言い、クルールはカウンターへ戻っていく。
「ていうか勝手に相席決めんな！」
フェレが真っ赤になって怒鳴ってくる。冥月は知らん顔で、フェレの隣席に座った。
「見てると勝てない理由がよく判る」
「うるせーよお前は！」
「お前呼ばわりされるいわれはない。で、勝てないまでも“負け難い”方法教えてやろうか？ 礼は実際にお前の敗率が減ったらでいい。どうする？」
「む……」
フェレはぐっと詰まった。
大敵である冥月から教わるのは非常にプライドに障る。
かと言って、このままケニーに万年負け続けるのも気に障る。
……肝心のケニーは知らん顔で煙草を吸っていた。
その余裕の態度にむかっときたフェレは、
「……わ、分かった」
とプライドを捨てる方を選んだ。
「よし」
冥月は影から、お面を取り出しフェレに取り付けた。
「なんだこれ！？」
お面の奥からくぐもった声がする。
「感情を一切見せるな。鉄則だ。それとカードは運や技術より確率と記憶力だ」
ケニーの方はと言えば万年ポーカーフェイスのような男だ。まず最初からまともに勝とうとするのは無理だろう。
ふといい香りが鼻につき、
「点心できあがりだよー」
とクルールとエピオテレスが両手に料理の乗ったトレイを持って近づいてきた。
「ちょうどいい」
冥月は２人を手招きした。
「説明し易い様に２人も入ってくれ」
「料理どうすんのさ」
「悪いが後にする。隣のテーブルにでも置けるか？」
「あ……はい」
エピオテレスは料理を隣席に置いた。やれやれとクルールも従う。
そして椅子を別の席から持ってきて、エピオテレスとクルールも同席できるようにし、
「それで、どうしろって？」
クルールが欠伸をする。
「さっきまではポーカーをやっていたようだが……今回はブラックジャックだ」
掛け金は点心、と冥月が言う。
エピオテレスは料理を置いた隣席を見て、
「餃子がちょうどいいかしら……」
とつぶやいた。
「ブラックジャックはやったことがあるか？」
「……ある」
「勝ったか？」
「………」
冥月は肩をすくめる。それはそうだろう、ブラックジャックは記憶力がものを言う。ケニーの記憶力は並ではないのだから……
さらには計算もものを言う。……冥月的にフェレは「馬鹿正直」なので、賭け事に細かい計算などしないだろう。
さて、ブラックジャックと言えば、カードを揃えて合計「２１」という数字により近くするゲームだ。
ただし２１を超えてはいけない。２１ぴったりだと最強。
勝負相手は同席にいる者たちではなくカードを配るディーラーである。そのディーラーよりもより２１に近ければ勝ちだ。
と言っても、このゲームは合計何回か争う。
結果的に同席者たちの中でもっとも掛け金を持っている者が勝ち、なのだ。
ちなみにＪ、Ｑ。Ｋは一律１０と数え、Ａのみ１１、もしくは手によって１と数える。
今回、ディーラーは冥月だ。冥月は適当にカードを切ってから、
「さあ、最初のベットだ。掛け金を決めろ」
「ベットって何さ」
「だから掛け金だ、クルール」
「餃子でいいかしら？」
「餃子、いくつある？」
「１０個だわ」
「まあ妥当だな」
１、と真っ先に言ったのはケニーだった。
まあ２までしか賭けられないのだからしょうがない。
「俺も１」
「よく分かんないけど１」
「私も１で……」
「よし」
冥月は自分を含めて全員に、２枚ずつカードを配った。
自分のカードのみ伏せ、他４名のカードはフェイスアップ、表向きに配る。
それから冥月は、自分の２枚のカードの内２枚目を表向きにした。
――８。
ケニーの手――４に９。合計１３。
フェレの手――５に１。合計６。
クルールの手――Ｋに５。合計１５
エピオテレスの手――７に９。合計１６。
冥月は自分のホールドカード……他のメンバーに見せていないカードを見て考える。
（６。ヒットしなきゃならんな）
順はケニーから――
「ヒット（追加）」
思った通りの言葉。冥月は１枚デッキから配ってやる。
出たカードはＱ。
ケニーは煙草の煙を吐き出す。
「……最初にバーストか」
「なにそれ」
「２１を超えることだ」
さて、次はフェレ。
フェレの今の手で、ヒットしなければ阿呆である。
「ヒット」
おお、そこまでアホではなかった。顔には出さず冥月は胸中で感心した。
配られる１枚のカード。９。
おそらく面の奥では顔をしかめているに違いない。
次、クルール。
「うー……よく分かんないけど、２１だっけ？」
「そうだ」
「じゃあもう１枚」
「ヒットと言うんだぞ」
「ヒット」
なかなか冒険家だと思いながら、冥月は１枚カードをクルールに寄こした。
５。
「２０！」
クルールは手を叩いて喜んだ。
大したものだ。これは純粋に運がいいのだろう。
「ええと……ヒット」
エピオテレスが随分悩んでからそう言った。
冥月は１枚カードを寄こす。
出たカード――Ａ。
１１と数えてしまうと２１を超えてしまうため、この場合１と数える。
したがってエピオテレスは合計１７。
（次がやりにくそうだな）
冥月はエピオテレスの困り顔を見て思った。
そして最後に自分がデッキから１枚めくる。
――５。
（まあほどよい勝負だ）
２順目。
ケニーはすでにバーストしているので勝負から降りている。
フェレ。
「〜〜〜〜」
フェレは大いに悩んでいる。
彼は計算できているだろうか。すでに場に５が４枚できっていることを。
ということは２０にはこの順では絶対になれない。
冥月と引き分けになるには、これから先で合計４を出せばいい。
勝ちたければ合計５、または６を出せばいい。
「〜〜ヒット！」
苦悩の末、彼は１枚追加を選んだ。
出たカード、２。
（おお、命がつながった）
ポーカーフェイスの奥で冥月はまたもや感心した。
「あたしもういい〜」
クルールが言う。
「そういう時はスタンドって言え」
「……スタンド？」
「ＯＫ」
エピオテレス、と冥月は呼んだ。
「あ、はい。ええと……ヒット……」
出たカード、２。
次回の順番でスタンドすれば、冥月と引き分けだ。
今回は自分がカードを足す必要はない。冥月は次の順に回した。
３順目。
フェレ。
「ヒット！」
よし、と冥月は１枚寄こしてやる。
Ｊ。
ずどーんと音がしたような気がした。フェレ、バースト決定。
エピオテレス。
「う……ん……ええと……スタンド……」
「よろしい」
冥月は自分のホールドカードを開いた。最初に隠してあった１枚である。
８。
冥月の手は、合計１９。
「あら……」
エピオテレスが胸の前で手を合わせ、
「勝った！」
クルールが両手をあげた。
とりあえず点心は、ケニーとフェレが１つ、エピオテレス２つ、クルールが３つ、冥月が３つとなった。
「さ、フェレ！」
冥月は声を上げた。肩を落としていた仮面の青年がびくっと冥月から退いた。
「逃げるな。ここからが重要だ。いいか、今、場に出ているカードは次の勝負には使われない。知っているだろう？」
「し、知ってるけど」
「場に出ているカードを全部覚えろ。これらは次の勝負からはもう出てこない。いいか、記憶力だ」
「これ全部覚えろってか！？」
「それだけでも充分勝率が上がる。それからブラックジャックの場合はディーラーの手をよく読むこと。ディーラーは１７点以上になるまではヒットしなきゃならん。それを思えばあるていど予測できるだろう」
「………」
フェレが一生懸命、場のカードを覚えようとしているのが分かった。
案外素直なのだ。冥月は陰でくすっと笑う。
「お、覚えた」
「よし、２回戦目だ」
２回戦目。
冥月の手は１８だった。
今度はケニーが見事２１を叩き出し、クルールがバースト、エピオテレスが２０、フェレが……
バースト。
「お前な……」
冥月は呆れる。
「運だろうがー！」
「運じゃない、確率だと言っているだろう」
ほら、と冥月はフェレの後頭部を押して場に向かせる。
「今回のカードも、この先消える。覚えろ」
「ううう……」
「このままケニーに負けっぱなしでいいのか？」
「ちくしょー！」
悲しき男の嘆き……
「強気一辺倒は止めろ。負けそうな時は引き損を最小限にだ」
冥月は説いて聞かせる。「ケニーは負ける時はすぐ降りて勝つ時は強気だろう。カードは総額で勝てばいいんだ」
根気よく根気よく聞かせる。
フェレは短気だが、場合によっては短気だからこそ真正直に聞いていることがある。
「つまり自分の手を読ませず相手の手を予測し、手駒で勝つ手段を構築し退き際を見極める。戦いと同じだ」
「フェイスアップのブラックジャックじゃ自分の手を読ませないなんて無理だろーがっ」
「こいつは次ヒットするな、スタンドするな、ぐらいの予測は立てられるだろう。逆もしかり」
言い聞かせている間にも、ケニーは煙草の煙をくゆらせている。
灰皿の中身がそれなりにたまっていたので、エピオテレスが捨てに行った。
冥月はフェレがカードを覚えようとしている内に、ケニーを見た。
――正直この男は得体が知れない。賭博に慣れているから、記憶力も計算能力も並々ならぬものだろうが……
フェレに勝たせてやりたいと思う。今回はイカサマをする気はないが。
「次の勝負！」
フェレが声高に言った。
「よし――ん？」
分けられた餃子の数を見る。
フェレ、１つもなし。
「仕方ないな……私のを分けてやる」
そんな訳で、次の勝負――
３回戦目。
「………」
自分のカードを見たケニーが、冥月を見た。
「スプリッドは可能か？」
彼のカードはＡが２枚。
「分かった」
冥月は了承した。ケニーの掛け餃子が倍になる。
スプリッドとは自分の一番最初の手が悪い時に、掛け金を倍にすることで２つに分けて勝負することだ。
「言っておくがＡのスプリッドはあと１回ずつしかヒットできんぞ」
「ＯＫ」
そう聞かされてもケニーが余裕なのは、２回戦目に小さな数字のカードが出まくったことによる……のだろう。
フェレが自分の手を眺めている。８と６。微妙な瀬戸際だ。
冥月のオープンカードは２だった。
（ホールドカードはＱ……）
クルールとエピオテレスもそれぞれに色々表情を変えていたが、とりあえず冥月が注目していたのはフェレとケニーだけだった。
順の最後に冥月はヒットした。
（……１０）
合計２２。嘆息して、ホールドカードをオープンする。ディーラーのバースト。
（しまった……）
スプリッドしていたケニーが一番得をしてしまった。
ケニーは笑うこともなく掛け餃子が倍になるのも見ていない。ただ煙草を取り替えるだけだ。
とりあえずフェレも勝ったものの……
「何やってんだディーラー」
フェレが怒りを含んだ声音で言う。
「………」
冥月は眉と眉の間を人差し指で強く押した後、
「――腹が減ったな。次の勝負の前に点心を食べるか」
なんじゃそりゃ、とフェレが文句を言う。
エピオテレスが、
「温めなおしてきますね」
とクルールとともに料理を手に取った。
温めなおすついでに、エピオテレスはたくさんの飴を持ってきた。
「次の勝負からは、これを賭けてはどうでしょう？」
「ああ、助かる」
まだまだ自分が疲れていてはいけない。
フェレに、教えることがたくさんある――
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
夜になるまで勝負は続いた。
時たま客が入ってきたので、エピオテレスとクルールは途中で抜けた。
フェレとケニーの純粋勝負。
フェレの集中力がどんどんあがっていくのが分かる。
掛け金ならぬ掛け飴は、ケニーとどっこいどっこいの量で勝負は進んでいた。
（よし。ケニーについていっている――）
やればできるじゃないか。そう思いながら、冥月は宣言した。
「次が最後の勝負」
「………」
「………」
ケニーのポーカーフェイスは前からだが、フェレの仮面はよく役に立っている。それによって、精神的動揺も抑えられているようだ。
「さあ、ベット」
冥月は言った。
「全部だ」
「全部」
男２人は声を揃えた。
これでもし２人ともディーラーに勝つと、若干の差でケニーが勝ってしまう。
フェレが勝つには、ケニーが負けてフェレが勝つこと。
どちらにしろ、フェレがディーラーに勝つことは必要最低限に必要なことだ。
冥月のオープンカードはＱ。
（ホールドカードは８）
これで冥月の次のヒットはない。
ケニーの最初の手は７と９。合計１６。
フェレの手はＡと８。合計１９。
（フェレ……計算できているか？ 今まで場に出たカードを覚えているか？ 小さい数字はとっくになくなっているぞ。ケニーがヒットすると思うか？）
冥月は仮面の奥のフェレの心を想像する。
負けたくない。負けたくない。そんな心でいっぱいのはず。
冥月は「スタンド」と言って、次の順に回した。
２順目。
ケニー……
「ヒット」
ためらいもなく言われた言葉。
冥月はデッキから１枚ケニーのカードにつけたす。
Ａ。
「スタンド」
フェレは慎重に声を出す。
ケニー。
「スタンド」
その瞬間、冥月はわずかに笑みを浮かべた。
ホールドカードを広げる。８。オープンのＱと合わせて１８。
フェレの勝ちが決まった。
「よし、フェレよくやった」
仮面をはずしてやり、冥月はぽんぽんとフェレの肩を叩いてやった。
フェレは冥月の方を見て、照れたように……笑った。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
数日後。
喫茶「エピオテレス」の傍をたまたま通った冥月は、その後どうなっているかと思いドアをくぐった。
「いらっしゃいませ！」
裏声クルール。だからそれはやめろと言いかけた冥月だったが、他に客がいるのを見て口をつぐんだ。
「チャーハンを頼む」
と注文してから、店の奥に行くと、そこには相変わらずカードゲームに興じる暇人男２人組みの姿があった。
ほほう、と冥月は感心した。フェレの表情がほとんど変わらない。淡々とゲームに取り組んでいる。
冥月がさらに近づくと、たまたまフェレは「トイレ行ってくら」と席を立ってしまった。
残ったケニーに、
「その後どうだ？」
と訊きながらテーブルの上を見ると、やっているのはブラックジャックではなくポーカーである。
「なんでブラックジャックじゃないんだ」
「人手が足りなくてな。俺がディーラーをやれば怒るし、やつにディーラーをやらせると、ポーカーと同じ理由で手がすぐに分かる」
「……大分顔には出なくなっているように見えたが？」
「人間は顔だけで出来てはいないだろう」
冥月は口をあんぐりとあけた。
「まさか――あいつ、ホールドカード系になると何かしら癖が出るのか」
「ご名答」
ケニーはふーっと煙草の煙を吐き出した。
「あれは手が悪いと落ち着きがなくなる。最悪だと用を足しに行く。分かりやすいことこの上ない」
だめだこりゃ、と冥月は天井を仰いだ。やつは、根っから賭け事には向いていない。
「そんなやつにしっかり賭け事の芯を教えようとした私が馬鹿だったのか……」
「そんなことはない」
ケニーは珍しく、軽く笑った。
「あの日……あんな風に笑ったあれの顔は、久しく見ていなかったからな」
冥月さん、チャーハンお持ちしました――どちらの席になさいます――とクルールの声がする。
冥月は振り向き、苦笑しながら、
「ここがいい」
と、男共の隣席を指差した。
―ＦＩＮ―
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【２７７８／黒・冥月／女／２０歳／元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒】
【ＮＰＣ／フェレ・アードニアス／男／２０歳／喫茶「エピオテレス」居候】
【ＮＰＣ／ケニー／男／２５歳／喫茶「エピオテレス」副店長】
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■ ライター通信 ■
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黒冥月様
こんにちは、笠城夢斗です。
このたびは喫茶店への再来店ありがとうございました！
お届けがとても遅れて申し訳ございません。
フェレを鍛えようとの尽力、ありがとうございました。
ブラックジャックは色々なルールがあるので、超基本ルールだけ取り上げてみましたが……
結局、フェレはへたれなようです（……）親としても情けない情けない（笑
よろしければ、またのご来店お待ちしております。
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