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■貴方のお伴に■

伊吹護
【1252】【海原・みなも】【女学生】
 人と人とは、触れ合うもの。
 語り合い、分かり合い、時にはぶつかって、支え、支えられて生きていくもの。
 けれど、だからこそ。
 誰にも打ち明けられないことがある。
 癒したいのに、見せることすらできない傷がある。
 交わることに、疲れてしまう時がある。

 そんなとき、貴方の元に。
 人ではないけれど、人の形をしたものを。
 それらは語る言葉を持たないけれど、貴方の話を聞くことができます。
 貴方の痛みを、少しだけ和らげてあげることができるかもしれません。
 どんな人形が欲しい、と具体的に決まっていなくとも構いません。
 貴方の悩みを、これまでの色々な出来事を、思いを教えていただけますでしょうか。
 ここには――たくさんの、本当にさまざまな人形をご用意しております。
 男の私に話しにくいことがあれば、代わってアンティークドールショップ『パンドラ』店主のレティシア・リュプリケがお聞きいたします。

 きっと、貴方に良い出会いを提供することができると、そう思っております。
 人形博物館窓口でも、『パンドラ』の店主にでも。
 いつでも、声をおかけください。
 すぐに、お伺いいたします。

貴方のお伴に 〜人形になるには?〜

 肌寒い風が吹き込む。まばらに落ちている枯れ葉が舞う。
 ――最近、秋が短くなってきたなあ。
 みなもは心の中で呟きながら、薄手のコートの襟を閉じた。それでもまだ冬というほどではないから、それだけでもなんとかなる。
 ――上着、着てきて良かったな……って、そうじゃなくって!
 大通りから外れた、住宅街の中。見上げてみれば、周囲の雰囲気にそぐわない大きな洋館。
 蔦の絡まった壁は、もう馴染みのもの。
 ――どうしようかな。
 いつもなら、まっすぐ門をくぐって館の中へと行くのだが。
 今日はこれでもう数十分も、敷地に面した道路を行ったり来たり。それじゃ、身体も冷えるに決まってる。
 正直、迷っていた。
 人形に詳しいとはいえ、的外れな相談ではないか。
 そもそも、あんまり乗り気というわけでも、ないし。
 うん。
 帰ろう。出直そう。
 頭の中でそんな単語を反芻しながら、踵を返す。
 そうして、まさに一歩踏み出そうとしたとき。
「みなも、さん、こんにちは、です」
 背中越しに声がかかる。たどたどしい言葉遣い、固い口調。聞き慣れた声だった。
 それは、人形博物館の住人の一人、炬の声だ。
 もう一歩、前に出そうとした足を止める。見つかってしまった。
「どう、したんですか。どうぞ、あたた、かいものでも、お出し、しましょうか?」
 続く炬の言葉に、ゆっくりと振り向く。
 でも、実は見つかりたかったのかもしれない。
 諦め? それとも、踏ん切りをつけたかったのだろうか。
「はい! ありがとうございます。今日は、鴉さんはいらっしゃいますか?」
 残る戸惑いを隠すかのように、みなもはできるだけ大きな、明るい声で答えた。
 居なければまた出なおせる、と思ったけれど。
「はい、よんで、きます、ね」
 いつもどおりに門をくぐり、さらに正面にある観音開きの扉を通り抜けたところで、そんな言葉が返ってきた。
 炬が通路を奥へと消えていく。
 ここまで来たら、覚悟するしかない。どのみち、大したことじゃないんだから。
 応接室で暖かい紅茶を飲みながら待つ。本当に、炬の淹れる紅茶は美味しい。心が落ち着く。なんだか、気楽になれる。

「お待たせしました。だいぶ寒くなってきましたね。冬ももうすぐ、と言ったところですか」
 鴉のその姿は、いつもと変わらない、黒一色の服。肌が露出した部分はほとんどない。
 みなもと正対する位置に腰掛ける。部屋の中でも目深に帽子を被っていて、顔すらも窺いしれないが、これももう慣れてしまった。
 こんにちは、と挨拶する。我ながら、小さい声になってしまっていた。
「で――マリーのことでご相談ですか? これからの時期は、過度の乾燥にだけ気をつけておけば……」
 鴉が早速と言わんばかりに話し始める。だけど。
「いえ、今日は違うんです」
 以前に、ここで売ってもらった――いや、出会わせてくれた人形のマリー。物言わぬどころか五月蝿いくらいの彼女は、いまや、みなもにとっては無くてはならない友人だ。いつもはそのお手入れなどの相談をしに来ることが多い。けれど、今日は違う。
「マリーとは別で、相談があって。人形についてなら、なんでも良いんですよね、相談」
 言って、鴉を窺い見る。小さく頷いたのを確認して、話を続ける。
「正確にはお人形についてではないんですけど、いえ、お人形と言えばお人形なんですけど……鴉さんはお人形について詳しいと思ってお聞きするんですけど……」
 なかなか本題に入れない。でも、それじゃ話は進まない。うん、と自分に言い聞かせるように一つ頷いてみる。
「お人形になるには……どうしたらいいと思いますか?」
 やっとのことで、それだけ言えた。
「……うーん、それは……どうしてもと言うなら構いませんが、確か最初に来たときに、レティシアからお話してますよね、貴方には」
 嗜めるような口調。確かに、その通りだ。って違う。意図が半分しか伝わっていない。そうだけど、そうじゃない。言い足りてない。
「あっ、ごめんなさい、違うんです。人間をやめるというお話じゃなくて――えっと、来年の演劇部の新入部員歓迎会で先輩方がお人形などに扮して、新入部員を脅かしてやりたい、と……でもまあ、多分先輩方じゃなくて、あたしとかに回ってくるとは思いますけど。その、扮装するための技術とか、道具とかあればと」
 喋りはじめれば一気だった。さらには、鴉の持つ独特の雰囲気に流されてしまうように
ついつい本音まででてしまう。
 ――流されるのは、鴉さんにだけじゃないか。
 だいたいいつもそう。強く言われたり、皆から言われたりすると断れない。どうしても、周りの雰囲気に流されてしまう。付き合いがいいと言えば聞こえはいいけど、要は自分がないってことだ。
 心の中で、深くため息をつく。
「ふむ……そういうことですか。それなら、考えてみますが……正直、いいものがあるかどうか。ちょっと倉庫を見てきましょうか。少し、待てますか?」
 聞かれて、一も二もなく頷く。今日はバイトの予定も入れてない。夜までに家に戻れば大丈夫だ。
「では、リラックスできるように香でも炊いておきましょうか。紅茶も淹れなおさせますね」
 そう言って、鴉は出ていった。指示を受けたのだろう、入れ替わるようにすぐに炬がやってくる。
 両手で掲げるようにした盆の上には、ティーセットと、お香だろうか。紅茶の香りと混ざって鼻をくすぐる。複雑に絡み合う甘い香りは不思議と違和感なく、鴉の言うとおり気分が落ち着くようだった。
 炬と他愛の無い話をしながら、待つ。
 ゆっくりと紅茶に口をつける。隣に添えられたケーキにも手をだす。これも最高に美味しい。
 このまま、こうして過ごせていたらいいのに。
 そんなことを思う。

 しばらくして、鴉は大きな人形を抱えて戻ってきた。
 マネキン? だろうか。ゆっくりと、優しくそれを立てる。
「これは……?」
 疑問が口を衝いてでる。メイクの道具を、と言ったのに。
「マネキンですよ。ただし、ただのマネキンじゃありません。とっておきです」
 とっておきなので、貸すことくらいしかできませんが――と前置きした上で、鴉は説明を始めた。
「このマネキン、何の変哲もないように見えますが――実は、人の姿形を写し取れるのです」
 さらっと、すごいことを言う。
 人を人形のように見せるよりも、人形を人間そっくりにする。それでも目的は達成できるでしょう? 鴉はそう語りながら、使い方を説明してくれた。
 とは言っても、そんな難しいことではない。
 マネキンの手を握り、じっと集中する。念を込めるように。力を注ぐように。
 すると、十数分で姿形が本人そっくりとなる。
 試してみた。
 じんわりと、のっぺらぼうのマネキンに凹凸が生まれてくる。それは顔となり、身体は服ごとコピーされていく。
 十五分後。
 まるで等身大の写真を並べたかのように、もう一人のみなもがそこにいた。
 息を呑む。こんなもの――良いのだろうか。危険は、ないのだろうか。
「一点だけ、守ってもらえれば特に危険はないですよ」
 こちらの心の中を読んだかのように、鴉は続けた。
「戻すときは、最初と同じように手を握って集中すればいいんですが……あまり長く使わないでください。元に戻さずにそのままでおいておくと……乗っ取られてしまうので」
 このマネキンがその人の代わりとなり――本人は、消えます。
 そうなってしまったら、もう元には戻れません。
 鴉の宣言が、耳を通じて頭の中に響き渡る。
「くれぐれも、気をつけてくださいね。返すのは来年でも構いませんが」
 ラッピングしてもらったマネキンを抱えて。
 聞こえる鴉のそんな声を背に、みなもは家路を急いだ。

 それから、数日後。
「どうですか、これ」
 そう語るみなもの横には、直立不動のもう一人のみなも。
 そこは、学校。演劇部の部室。
 みなもは例のマネキンを持ち込み、そして実演して説明した。最初は半信半疑どころか、正気を疑われたほどだった。
 しかし。実物を見てもまだ疑いの目を向ける人はいなかった。
 一瞬の間を置いて。
 一斉に取り囲まれる。次々と質問される。どうやったの? 何の手品、これ? そのどれもに曖昧にしか答えられないが、それでも、なぜかちょっと気恥ずかしくて、でも誇らしかった。
 しばらく借りていられる、というと、部室に置いておけるかな? と声があがる。
 大事なものだから、と断ろうとする。
 独り占めはずるい、と誰かが言った。同意の声があがる。部として借りてきてもらったのだから、共有すべきだ、と。失くさないようにみんなで管理すれば大丈夫、とも。
 ――で、でも。
 言いかけた言葉は、覆い被せるような周囲の声にかき消される。
 結局は、頷いてしまう。
 皆を信じる、と言えば聞こえはいいけれど。
 流されて、それで。

 さらに数日後。
 マネキンはどこかへ消えた。
 それと同時に、演劇部の先輩が一人、行方不明になった。

 ――いつも、後悔するんだ。

 慌てて、久々津館へ行って。
 全て話して。泣きながら謝って。助けてくださいと懇願して。
 一緒になって探してもらったけど。
 マネキンも、先輩も、見つからなかった。

 ――流されて、失敗して。
 ――全然、変わってない。

 目眩がする。立っていられない。
 視界に闇の帳が下りる。
 意識が沈んでいく。

 そして、何も見えなくなる。


「……あれ?」
 真っ暗だと思っていた世界に、いきなり光が差した。
 半身を起こして、辺りを見回す。
 向かいのソファーに、鴉が座っていた。
 甘い香りが鼻を刺激すると同時に、ぼんやりとしていた視界がはっきりとし始めた。意識も、記憶も戻ってくる。
「戻ってきてみたら、おやすみのようでしたので、お疲れだろうと思って待っていたのですが」
 変わらない静かな声で、鴉は告げる。
「……夢……だったの?」
 気づくと、手をきつく握りしめていた。少しずつ力を抜き、指を一本ずつ、ゆっくりと開く。じっとりと湿っていた。
「悪い夢でも見ていたようですね。うなされていたので、ちょっと心配でした。起こそうかと思っていたところでした」
 鴉はそう答えたけれど。
 なんとなく、分かった。
「このお香、ですか?」
 今度は、鴉は言葉を返さなかった。

 ほんの少し、無言の、静かな時間が流れる。
「ところで、人形に扮する件ですが……」
 鴉が口を開きかける。
「あ、いえ、いいんです! やっぱり、演劇部の先輩達と、一緒に考えたり、試したりしてみます。道具に頼るんじゃなくて、皆で何かやれないか、話し合ってみます」
 その話を遮るようにして、みなもは言った。
 それは、鴉への言葉であると同時に、自分への宣言でもあった。

 流されるんじゃなく、自分から動くんだ。

「ふむ、それなら――人を紹介しましょうか。人形のメイクなら、詳しい者がいます。しばらく通ってもらわないといけませんが、技術を身につけて――周りの方にも教えてあげたらいかがですか」
 鴉の申し出に、一も二もなく頷く。
「ありがとうございます、鴉さん!」
 大きな声で礼を言う。

 頭の中の靄が晴れたような、すっきりとした気分だった。
 頑張ろう、そんな気持ちが沸いてくる。

 ちなみに、その詳しい人間というのがレティシアだったりしたのは、また別のお話。

おわり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/今回は名前だけ】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、伊吹護です。
 またまたまたご依頼ありがとうございます。
 趣味嗜好を任せていただいたので――と思うが侭に書いてみたら、随分と話が逸れてしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
 オチもベタといえばベタなのですが、楽しんでいただければ幸いです。
 では、ぜひまたよろしくお願いいたします。