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■Not Thanks to Heaven 2■

智疾
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
「普通、こういう所には妙な音楽や経みたいなのが流れてんのが定石なんだがな」
小さく呟く草間の後ろに、零と遙瑠歌が続く。
零は常に怨霊関連に気を張っているのだが。
何処か遙瑠歌は気が漫ろだ。
「遙瑠歌、どうした」
潜入調査の為、煙草を極力吸わないでいる草間が、眉を潜めて問い掛ける。
草間の言葉にすら、遙瑠歌が答えることはない。
よくよくその表情を見やれば。
普段無表情な少女の、今の表情は。
『恐怖』を抱いているような、そんな表情だ。
「草間・武彦様……」
掠れた声で遙瑠歌が草間のジャケットを掴んで、先へ進むのを止めさせようとする。
「駄目です。此処は……此処だけは、駄目です」
小さく震える少女に目を見開いて、草間は足を止める。
普段何処までも無表情で、凪いだオッドアイを見せるその遙瑠歌が。
声を震わせているのだ。
同じ様に驚いて、零も足を止める。
「怨霊の類は感知しませんけど」
「違います」
遙瑠歌は必死に首を振る。
「此処に……此処の『神』に会ってしまってはいけません」
「遙瑠歌。神様なんてあくまで崇拝する対象だ。会うなんて事は」
「可能性があります。此処は……此処の『神』は、気紛れに……」
「遙瑠歌」
草間が遙瑠歌の肩をしゃがみ込んで掴む。
視線を合わせ、声を低くして言い聞かせる。
「一度受けた依頼は、絶対に完遂する。『草間興信所』はそういう所だ。分かってるだろ」
「ですが……」
尚も躊躇う少女に、草間は強い視線で言い切った。
「それに。何があっても大丈夫だ。俺達は一人じゃない。俺も零も一緒にいる。おまえを守るくらい出来る」
震えを止める様に肩を強く掴む草間を、不安そうに見つめながらも。
遙瑠歌は、微かに頷き、調査を続行する事を認めたのだった。
<Not thanks to heaven 2>

<Second Mission>
其処は、宗教とはかけ離れた印象のビルだった。
建物に入るときですら、たいした警戒をされることもなく、逆に調子よく入館を進められたのだ。
「警戒心がないのか、其れともこれが此処の『手段』なのか……」
小さく息を吐いたシュラインの前を歩く草間が、ジャケットの内ポケットに入っている煙草へと手を伸ばしたのを見て、零が顔を顰め彼の背中を叩く。
「……煙草が吸えないってのは不便だな」
「其れは貴方だけだと思うわ」
ぴしゃりと言い切られた草間は、頭を掻いて伸ばした手を引っ込めた。

「普通、こういう所には妙な音楽や経みたいなのが流れてんのが定石なんだがな」
小さく呟いた草間の後ろに、零と遙瑠歌が続く。
このビルへと入った段階で、零は常に怨霊関連に気を張っているのだが。
その隣を歩く小さな少女は、何処か気が漫ろだ。
「遙瑠歌、どうした」
先刻妹に注意された事と、潜入調査という事もあって煙草を極力吸わないでいる草間が、眉を顰めて問い掛ける。
しかし、普段なら問い掛けには明瞭に答える遙瑠歌が、答える事はなく。
よくよくその表情を見れば。
普段無表情な少女の、今の表情は。
『恐怖』を抱いているような、そんな表情で。
「草間・武彦様……」
掠れた声で、遙瑠歌は草間のジャケットを掴み、先へ進むのを止めようとする。
「駄目です。此処は……此処だけは、駄目です」
「遙瑠歌ちゃん……?」
小さく震える少女に目を見開いて、草間は足を止めた。
必然的に、彼の後ろを歩く零とシュラインも足を止め、普段とは全く違った表情をみせる小さな少女を見下ろす。
普段、何処までも無表情で凪いだオッドアイを見せる遙瑠歌が。
声を、震わせている。
目を丸くした零が、素早く周囲に気を巡らすが。
「怨霊の類は感知しませんよ?」
「違います」
遙瑠歌は必死に首を横に振った。
「此処に……此処の『神』に会って『しまって』はいけません」
まるで、祈りの象徴である『それ』が、現実に『存在する』ような。
そんな発言。
「遙瑠歌。神なんてあくまで崇拝の対象だ。会うなんて事は」
「可能性があります。此処の……此処の『神』は、気紛れに……」
「遙瑠歌」
少女の声を掻き消すように、草間は遙瑠歌の名を呼び、その小さな肩をしゃがみ込んで掴む。
視線を合わせ、声を低くして言い聞かせる。
「一度受けた依頼は、絶対に完遂する。『草間興信所』はそういう所だ。分かってるだろ」
「ですが……」
尚も躊躇う少女に、強い視線を向けて言い切った。
「それに。何があっても大丈夫だ。俺達は一人じゃない。俺も、零もシュラインもいる。おまえを守るくらい出来る」
古江を止めるように肩を強く掴む草間。
「そうですよ。こう見えても私は強いですから!」
胸を張って笑う零。
「それに。いざとなったら武彦さんを盾にして逃げればいいのよ。『所長』なんだから、私達の身の安全は保障してくれるはずよ」
「シュライン……」
珍しくにっこりと微笑みながらきっぱりと言ったシュラインを、草間が苦虫を噛み潰したような顔で睨みつける。
「大丈夫よ。守ってあげられるわ」
優しく頭を撫でられ、遙瑠歌は微かに頷き、調査を続行する事を認めた。

「まず、第一関門は突破だな」
「『入信希望者』っていう一言だけで信用されるなんて、此処の教えはえらくお優しいのね」
いい年の男に、付き添いが妙齢の女性と年若い女子と小さな女子。
普通は何処に行っても、不審な目で見られるというのに。
笑顔で入館を進められたそれが、あまりにも気持ち悪い。
「後ろ暗い事はない、ってことなのか、それとも……」
「それとも、自信があるのか。ね」
皮肉の笑みを浮かべる年長組。
その間に配置されている年少組。
相変わらず怯える遙瑠歌の手は、零が硬く握っている。
「ま、もう少し探ってみない事には分からねぇな」
「第二関門も目の前のようだし」
歩き続けた前方、扉の前に二つの影。
どうやら扉の奥へと進む為には、あの二つの影を通り抜ける必要があるようで。
「大丈夫?遙瑠歌ちゃん」
シュラインの言葉に、遙瑠歌は瞬間周囲を軽く見回した後。
「……はい。シュライン・エマ様」
青褪めたままの顔で、其れでも首を縦に振ったのだった。

「ようこそ。『時の神』へ」
「私達の主に御興味をお持ち下さり、感激です」
一般入信者とは思えない、スーツをきっちりと着込んだ二人の男性は、四人を順に見回すと笑顔のまま頭を下げた。
「此の館内、最上階以外は自由に御覧下さい」
其の一言に、草間は一瞬眉を眇めた後、唇の端を引き上げた。
「何処でも、か?」
嫌味たらしい其の口調にも、眼前の二人の男は表情を変えず笑ったままだ。
「えぇ。最上階以外ならば、何処へでも」
「最上階には、何が?」
零の言葉に、男達はスラスラと答える。
まるで、本かなにかを朗読するように。
「最上階は、主の光臨される地です」
「入信頂けましたら、その時にご案内させて頂きます」
ふ、と。
シュラインは顔を顰めるが、次の瞬間には笑みを浮かべてみせた。
「そうですか。分かりました。『最上階以外』を拝見させてもらいます」
彼女の言葉に、草間と零は釈然としない表情をみせてはいたが、それ以上は何も言う事はなく。
「貴方方に、私達の主の御加護あらんことを」
二人の男はゆっくりとした動作で、扉を開いた。

「気づいたか?」
「気づかない訳がないでしょう。あれだけ香りが強いんだもの」
扉が閉まった事を確認して、草間が面倒臭そうに頭を掻いた。
腕を組んで息を吐いたシュラインに、零が首を傾げる。
「香り?」
「気づかない?此の扉をくぐった途端、香りが変わったわ」
指摘されて、零は鼻を数度鳴らす。
「あ、本当だ」
「何の薬品かは分からないけれど、あまり吸い込まないようにね」
「こういう場所に焚かれる香ってのは、少しばかり特殊だからな。依存したら厄介だぞ」
其の言葉を聞いた途端、零は慌てて鼻を両手で隠した。
「早々如何にかなる薬品ではないみたいだから、そんなに慌てなくても大丈夫よ」
小さく笑ったシュラインに、少しバツが悪いように頬を染める。
そんな二人を軽く見やった後、草間は内ポケットへと無意識に手を伸ばし。
探り当てた箱から、一本の煙草を取り出し口に銜えた。
「香りは宗教団体らしい、ってところか。それにしても……」
此方も無意識に探していたのだろう、ライターを取り出す前に。
「兄さん」
ぴしゃりと放たれた妹の声に、其の動作を断念する破目になった。
「それにしても、何?」
再度頭を掻いた草間は、動かしていた指を奥へと向ける。
それにつられて、他の三人が視線を動かした。
「これだけ扉があるのに、物音一つしねぇのが不気味だな」
「言われてみれば……」
全員が無言になり歩みを止めると、自分達だけが音を発していたのだとはっきりと分かる。
「全室防音室、とか」
「カラオケじゃないんだから、それはないでしょう」
三人が順に声を上げる中。
唯一人、扉をくぐる前から無言を貫いていた少女が、小さく身じろいだ。
「遙瑠歌ちゃん?」
握った手に力が篭り、零が自分よりも低い少女の視線と自らのそれを合わせる。
「音は……しないのでは御座いません……」
「どういうことだ」
眉を顰めた草間を捕らえたオッドアイに浮かんだのは。
『恐怖』そのもの。
「音は、しております。唯、此方に届く前に、掻き消されているだけで……」
そう言うと、空ろに視線を宙へと彷徨わせる。
其れはまるで、何かを探すかのように。
そして其れは、ある一箇所に至った瞬間。
『絶望』へと色を変えた。
「いけません。これ以上は、絶対に。わたくしは、これ以上先へと皆様を進ませるわけには参りません」
「遙瑠歌ちゃん」
「いけません」
「遙瑠歌ちゃん」
「認められません」
シュラインと零が、落ち着かせるように名を呼んでも。
少女は只管に首を横へと振り続ける。
「遙瑠歌!!」
音のしない建物内に、響き渡る草間の怒声にも近い声。
それで止まるかと思われた少女の行動は。
「危険なのです……!!」
思いもよらない、叫び声を呼んだ。

自分は、見ずとも分かっていたのかもしれない。
其れを本能というものが、蓋をしていたのかもしれない。
けれど、此処まではっきりと存在を示されたら、もう其れしか行動は取れない。
自らを保護してくれた男も、面倒を見てくれた女も、可愛がってくれた子供も。
失うわけにはいかないと思った。
「この先にいるのは、『主』です」
其れが、此処の『神』の正体。
「此処には確かに、主がおります。扉も、けして開いてはいけません」
無数にある、その扉全てが。
「それらは全て、異界へと通じております。わたくしの力を持ってしても、其処から此方へと引き戻す事は、不可能です」
其れは、自分には不可能な事を軽々とやってのける、あれの存在を見せつけている。
「祈りも、経典も、祭壇も、何も調べずとも理解出来ます」
そう、此処は。
「此処は、主の『遊び場』です」

早口で捲くし立てる遙瑠歌が息を付いたところで、シュラインはそっと腰を屈めた。
「遙瑠歌ちゃん、少しは落ち着いたかしら」
珍しく息が荒い少女を見つめて問い掛ければ。
返ってくるのは不安定ながらも先程よりも落ち着いたオッドアイ。
「幾つか質問するぞ」
今度こそ銜えた煙草に火をつけて、草間が低く声を発する。
「おまえは、此処の『神』を知っているのか?」
「……はい」
体を震わせながら、頷く少女。
「此の扉全てが、異界へと繋がっているのは確かか?」
「……事実です」
二度目の肯定。
「なら、依頼にあった『戻ってこない』というのは」
「本当に、戻って『こられない』のです」
遙瑠歌の答えに、煙草を大きく吸い込んだ草間は。
「最後に。此処の『主』の正体は」
「……此の世界を、創造したものです」
ゆっくりと吐き出された紫煙だけが、空間を支配していた。

<To be Next……>

■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】

◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
納品遅くなりまして申し訳ありません!
連作の二作目という事で、まだ少し分かりづらい所もあるかと思いますが、ご了承下さい。
それでは、またのご縁がありますように。