■不夜城奇談〜始動〜■
月原みなみ |
【7063】【九原・竜也】【東京都知事の秘書】 |
――こんばんは。今夜も『ミッドナイト・トーキング』が始まります。担当は僕、アキです。六十分間、最後までお付き合い下さい――………
日中の蒸し暑さが残る夜。
少年は十二階建てビルの屋上から足元の遥か下方を見つめていた。
深夜に近い時間帯だというのに人工の光りは星よりも多く、これほど無駄に明るい世界に生きながら、どうして自分の周りだけが暗いままだったのか不思議でならない。
今も、光りは遠い。
ここには闇しかない。
あの明るい場所に飛び込みたいなら、あと一歩、宙に進まなければならないのだ。
「……」
少年は息を吸った。
閉じたままの瞳で空を仰ぎ、自分の闇を思い知る。
ここから逃げ出すには、一歩、踏み出せばいいだけだ。
――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 東京都在住の十七歳の男の子…『僕はいま、死んでしまいたいと思っています』――
「っ!」
不意の言葉に、少年の足は止まった。
慌てて辺りを見渡すが、その声の出所と思われるものはない。
「ぇ…?」
だが確かに聞こえてくる声は、ラジオ番組のものだろうか。
――『学校に行くとクラスの奴らに暴力を振るわれて金を取られるし…』――
――…うーん…随分、辛い思いをしているんだな…誰にも話を聞いてもらえないってのは、すごく辛いよな…――
「…っ…」
ラジオの声が、少年の進行方向を変えさせる。
もっと近くでこの声を聞きたいと思った少年は、屋上にあるはずの機器を捜し歩いた。
この声の主が読んでいた手紙が誰の投書かなど知らないが、語られた身の上は、まるで自分のことのようだった。
「どこ…」
少年は探した。
誰が置いていったのか、小さなラジオがフェンスの傍に落ちていた。
***
「いいかげんにしてくれ! もううんざりだ!」
「なによ! 自分ばっかり我慢しているような顔しないで!」
狭い室内に男女の怒声が行き来する。
時には雑誌が宙を飛び、グラスが割れては絨毯の上に乱れ散る。
市営住宅の四階。
二人の幼い子供達は、逃げ場所もなく、泣き喚くことも出来ず、ただ二人抱き合って両親の怒りが過ぎるのを待つしかなかった。
その瞳に大粒の涙を溜めながら。
「さっさと出て行け!」
「――! えぇ出て行くわ! もうアンタなんかと一緒にやっていけない!」
聞こえてくる二人の声に、子供達は顔を上げた。
お母さんがいなくなってしまうと、青ざめた顔を。
――さて…今日の最初のお手紙はこれにしようかな? 埼玉県在住の五歳と七歳の女の子達から…『助けてください。大好きなパパとママがケンカをしています』――
「!」
「え…?」
突然、居間に置いてあるオーディオの電源が入り、大音量で流れ出したラジオ放送に夫婦は驚いて言葉を途切れさせた。
廊下にいた子供達も顔を見合わせて立ち上がる。
――『おばあちゃんのことで、パパとママはいつもケンカになっちゃうんです。おばあちゃんのことは好きだけど、でも、私達はパパとママの方がもっと好きなのに…』――
――…そっかぁ…五歳と七歳じゃ、ケンカ止めたくても止めれないよな。…もしかしたら、今もご両親のケンカで泣いたりしているのかな? ――
「ぁ…」
「あの子達……」
夫婦はハッとして子供部屋に向かった。
だが居間の扉を開けると、二人の娘がそこにいた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔で両親を見上げていた。
「…っ……」
母親は娘達を抱き締めた。
父親は抱き合う彼女達を見つめ、そのうち、妻の腕についた傷に気付いた。
割れたグラスの欠片で切ったのだろうか。
「…済まなかった…痛くないか…?」
触れた腕。
彼女の瞳からも涙が毀れる。
***
――誰かに殺意を抱く、…って、実は誰にも有り得ることだと思う。――
――…ただ、本当に誰かを傷つけてしまったら、その後で幸せな恋愛をするのは、とても難しいことだよ……――
「…っふ…ぅっ…うぅっ…」
彼女は自分の部屋で泣き崩れていた。
先ほどまで右手に握っていた包丁を、いまは地面に手放し、その手で口元を覆いながら涙を流し続けた。
突然、鳴り出したオーディオが流したラジオ番組。
読まれた手紙は、自分のまったく知らないものだったが、語られる内容は正しく自分の現状だった。
このラジオを聴かなければ、彼女は包丁を手にして隣の部屋に住む女子大生を襲いに行っていた。
自分の恋人を奪った憎い女を。
――…人を愛することが出来る綺麗な心を、一時の怒りで、駄目にしてしまうのは勿体無いよ。浮気をした男は、その程度の男だったんだと思って新しい世界に目を向けてみない? 俺は、君に本当に幸せになって欲しいと思うんだ。――
「…ぅっ…ありがと…、ありがとう……っ!」
涙しながら、この誰とも判らないラジオ番組のDJに何度も「ありがとう」を繰り返す彼女の心に、もう殺意は欠片も存在していなかった。
その後、行方不明者が続出する。
とある学園の暴力的な少年が。
ある家の老婦人が。
そして、若い女性が。
消えていく、怨まれし人々が――。
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■ 不夜城奇談〜始動〜 ■
■
「――以上の事由から我々IO2も闇狩一族と共闘し、十二宮殲滅に動くべきと判断しました」
広くも薄暗いその一室で、組織上層部の人間にこれまでの報告を済ませた九原竜也は最後をそのような言葉で締めくくった。
闇狩一族。
十二宮。
恐らくは誰もその名を聞いたことは無いだろうと思った。
だが、一人。
「十二宮、か……」
竜也の正面には七人の上役が顔を揃えていたのだが、中でも最も古老の人物が感慨深げにその名を口にした。
「ご存知なのですか」
些か驚かされながらも、冷静に聞き返す彼に、古老の人物は「いや」と首を振る。
「もう年か…。聞いた事があるような気はするが、どうにも思い出せん」
彼の言葉に、周囲からは様々な吐息が漏れた。
安堵でもあり、不安でもあり。
正体不明の組織の目的が人類滅亡となれば、わずかな情報でも惜しいのが彼らの本音なのだろう。
「…で、白トラは勿論、乗り気なんじゃろうな」
「ええ」
即答に相手は笑う。
「無用の干渉はせん約束だ、好きにせぃ」
もしも協力が必要になれば、その時には素直に頼みに来いと付け加えて、彼らの話し合いは終わる。
竜也は退席した。
幾分かの、燻る疑問を抱えて。
■
彼が秘書として仕える東京都知事こと伊葉勇輔に、IO2から一件の調査依頼が入ったのは、それからわずか数日後だった。
「失踪者? ラジオ番組が原因でか」
眉根を寄せた彼が聞き返せば、相手からは重々しい肯定の応えがあった。
仕事の件で彼と話をしていた竜也も、自然と電話での遣り取りを聞くことになる。
何でも、最近になって主に若者の間で騒がれているラジオ番組があるらしいのだが、放送局、時間、更に番組名やDJの名前も曖昧なため、聞こうと思って聞けるものではないらしい。
だが、ネット掲示板などに寄せられる、ラジオを聴いたという人々の話を聞く限り、そのDJが読み上げる文章というのは心を病んだリスナーを救うのだそうだ。
いじめを苦に自殺しようとしていた少年。
恋人を奪われ、相手の女を殺そうとしていた女子大生。
いずれも自分に似た境遇の葉書が読まれ、それに対するDJの心優しい言葉によって凶行に出る前に踏み止まれた、と。
「それで何だって失踪者が出るんだ」
理解に苦しむと言いたげに更に問いを重ねれば、電話の相手も困惑気味に続ける。
確かに凶行に出ようとしていた彼らは踏み止まり、罪を犯すことはなかった。
だが、一方で少年を虐めていた同級生。
恋人を盗った女性。
そういった、リスナーが心を病む原因となった側の人々が次々と失踪しているのだという。
「へぇ」
勇輔は軽く返し、紫煙を吐き出す。
その煙たさには竜也が眉を寄せた。
禁煙中の身には、嫌がらせとしか思えない行為である。
「そりゃあ裏に回って来そうな案件だな」
まるで他人事のように言う彼を、通話相手は興奮気味に非難していた。
「あぁ判った判った。気が向いたらな」
それを最後に携帯を折り畳む。
回線の向こうからはまだ声がしていたが、もちろん強制的に断絶だ。
「ったく」
苦い顔で残り僅かな煙草に最後の熱を灯し、諦め気味の吐息を漏らした彼は、同時にそれを灰皿へ擦り潰す。
「やれやれ、奴さん等の仕業かね」
「病んだ心の失踪者、……条件的には闇狩の彼らが追っている敵に重なりそうだけど」
「十二宮、か」
とある縁から関わることになった闇狩一族の青年達。
彼らの追う闇の魔物と、それらを操っていると考えられる十二宮の存在情報を、所属す裏の組織――いま勇輔が電話で話していた相手がそうだが、IO2と呼ばれる超国家組織の一員として上層部に伝えたのが、つい数日前の話だ。
そのたった数日で、闇狩の彼らに関連しそうな失踪事件の情報が入ってくる。
何とも意図的な展開だ。
「とりあえず、そのラジオ番組とやらの放送記録を調べてみるか」
「それは私が」
応えると同時に軽めのノックがあり、顔を見せたのはこの都で二番目に力を持つ人物。
「知事、急ぎのご相談があるのですが…」
勇輔に探るような視線を向けてくる男に、竜也の表情は全くと言っていいほど動かない。
「知事は、どうぞ公務に専念なさって下さい」
言い置いて一礼すると、そのまま退室した。
裏の顔がどうであろうと、勤務時間中の彼はこの東京の都知事である。
その公務を疎かにさせるわけにはいかないのだから。
■
数時間後、知事室に戻った竜也は難しい顔で調査報告を行った。
「そのような番組は存在しません」
断言すれば、案の定、勇輔は怪訝な顔をして見せる。
しかしそれが事実だ。
ありとあらゆる情報網を駆使して件のラジオ番組について調べたが、聞いて救われたというリスナーと、彼らを追い詰める原因となった側の人々が失踪している以外に、ラジオ番組の存在を証明するものは一切見つからなかったのである。
「存在しないラジオ番組を、どうやったら心病んだ人間が聞けるんだ?」
「心を病んでいるから聞けるのでは」
「とすれば、それが答えだな」
敵の正体という名の答え。
闇の魔物の欲するものが負の感情であれば、傷つけられた者、傷つけた者、共に生じる感情は負に通じる。
そして連中の利用したものがラジオなら、媒体としたのは電波である可能性が高い。
「…とりあえず電話してみるか」
そうして彼が呼び出したのは件の狩人、緑光の携帯電話だ。
反応は早かった。
コール一回で声が届く。
『伊葉さん? 急にどうなさったんですか』
二度も説明する手間を省くためだろう、スピーカ機能を使ってデスクに置かれた携帯電話からは、狩人の声が鮮明に聞こえて来た。
「よぉ。いま忙しいかい」
『そうですね…、暇とは言えませんが』
「ラジオの失踪者か」
直球で投げれば、一瞬の沈黙。
『さすがに情報が早いですね』
苦笑交じりに光が言う。
『そこまでご存知でしたら、河夕さんから伝言が』
「伝言?」
『今夜は外に出ないように、と。いま一族の者達が東京に集まっています。今夜は少々手荒な手段に出ますから、外にいらっしゃると魔物の攻撃を受ける危険があります』
「へぇ?」
言いながら、勇輔は竜也と視線を合わせる。
「――で、俺らがそれを素直に聞くって?」
薄く笑って言い返してやれば、光からも笑い声が漏れ聞こえる。
『いいえ。ただ僕も一介の狩人に過ぎませんからね。主人の命令には逆らえないのですよ』
つまり、勇輔のように闇の魔物と十二宮の関連を知る者から連絡が有った場合には、関わらないよう言い聞かせるのが、狩人の王・影見河夕からの命令だったのだろう。
竜也は、光の気持ちが判る故に内心で苦笑した。
情の強い主人に仕える身は何かと大変だ。
『東京は、良い街ですね』
ふと言い出した、声の調子が変わる。
『伊葉さんのように、例のラジオが魔物の仕業だと察した方々が協力を申し出て下さいました…、河夕さんは複雑な心境のようですが、自分の土地を守ろうとされる能力者の数の多さには驚きましたよ』
その言葉は、勇輔の口元を綻ばせる。
「都会も捨てたモンじゃないだろ?」
『ええ』
満足そうに言う彼に、相手の返答も明瞭。
竜也も今度こそ笑みをこぼす。
「決戦の場所は」
『それをお教えしてしまうと僕の立場が危ういのですが』
「東京タワーだな」
『――やはり地元の方は違いますね』
聞けば、地球外生命体の彼らには総合電波塔という存在自体が知識にないため、電波に魔物が憑いているということも、協力を申し出た都民から知らされたそうだ。
狩人の知識の穴を突いて来る十二宮の策略。
なればこそ、この戦は狩人だけのものではない。
彼らの作戦決行は夜十時。
それさえ知れれば充分だった。
「判った。こっちはこっちで動かせてもらうが、落ち着いたらまた一緒に寿司でも食おう」
『…あのお寿司屋さんですか?』
返る声の固さに、それぞれに笑い。
狩人との電話を切った後、勇輔の意を汲んだ竜也は素早く部屋を出た。
彼の言うことならば判る。
決戦の場が東京タワーだと言うなら、付近の道路封鎖は必須であるし、魔物の憑いているものが電波だというなら、これを一時的にでも止められれば魔物の数は激減するはずだ。
「まったく…、あの人は簡単にやれと言うんでしょうが」
溜息交じりに手を動かす。
口調は諦め混じりだったけれど、それを可能にすることが彼の誇りでもあった。
■
その夜、都の四方八方に散った能力者達は、それぞれにすれ違う。
ある者はIO2の能力者。
ある者は魔都に暮らす一般の民でありながら異能の力を持つ人々。
そしてある者は、闇狩一族の。
「かなりの人数だな…」
千里眼で見通せる範囲に、優に百以上の狩人を認めた竜也は軽く感心する。
その一人一人が一定の距離をおいて佇んでいる。
それはまるで、東京都全体を囲うように。
なるほど、確かに大掛かりな決戦になりそうだ。
次いで見通すのは東京タワー。
「…勇ちゃん」
手にした携帯電話で声を掛ければ、一人タワー内を上る勇輔が陽気な声で応えてくる。
「地上百五十メートルの展望台に、ラジオが原因で失踪したと思われている三十四人の被害者がいる。傍に…、この間と同じような男がいる」
ならばそこに乗り込むかと相手は言うが、竜也はその更に上。
二五〇メートルの高さにある特別展望台に、たった一人、佇む人の姿を見た。
「もしかしたら狩人達の不意を突こうとしているのかも」
人質と共に、いま正に行動に出ようとしている魔物と。
更に上空で一人、不審な行動に出ている魔物。
過去視を発動するが、やはり多くの過去は見えない。魔物を凝縮した黒い玉によって作られたばかりの器に、過去は存在しないも同然だからだろう。
だが、それはどちらも十二宮の配下であることの証。
危ういのがどちらかは、明らかだ。
告げれば勇輔も同意見だったらしく、その足は更に上、特別展望台に向かって階段を上がって行く。
もう間もなく十時。
都知事の要請で全ての電波が遮断される時刻だ。
「幸運を」
告げると、向こうからも同様の応え。
切られた回線は、全てが終わるまで繋がることはない。
「……さて」
自分には自分の役目があるのだと、付近に結界を張り巡らせるべく動いた竜也は、――しかし。
「申し訳ないが、結界は勘弁してくれるかい?」
「!」
完全に不意を突かれた。
背後を取られて、瞬時に臨戦態勢に入った竜也だったが、対して現れた人物は穏かな笑みを浮かべている。
「そう警戒しないでもらいたい。私は狩人の味方だ、彼らを支援してくれる地球人と敵対するつもりはないよ」
秋の穂のように鮮やかな髪色と、同色の瞳。
その背後には、人一人を背に乗せても余裕で飛べるだろう巨大な鳥。
「私の名は、この惑星では文月佳一(ふみづき・かいち)と。狩人達には水主と呼ばれているが」
「水主…?」
「あぁ、時間だ」
彼が言ったのは、十時ちょうど。
刹那、辺りを覆ったのは無数の力によって創造された強固な結界だった。
「これは……!」
「狩人千余名が東京全土を結界で囲ったんだ」
水主は明かす、狩人達の作戦を。
「君達が電波を途絶えさせてくれたおかげで、魔物は発信源となる箇所に集められた。大気中に混じられるよりは、よほど狩人の負担も軽くなる。道路封鎖のおかげで無関係な人間が立ち入ることもなく、巻き添えにする心配もなくなった。狩人達に代わって礼を言うよ」
告げる彼の穏かさとは対照的に、タワー周辺では戦闘が始まっていた。
タワー内では、勇輔も十二宮の一人と対峙している。
その力の差は歴然。
心配は要らないと判るが……。
「十二宮は、個人ではなく組織の名だ」
「――」
おもむろに語られた内容に目を見開く。
「昔は十二人の組織だったが、今生は魔物の制御なんて方法を見出したせいで正確な人数が把握し難い」
「昔…、十二宮は過去にも存在していたと?」
その問い掛けに、水主は微笑むだけ。
竜也の魔眼、過去視にも決して立ち入らせない心情の奥底、水主の記憶。
「いま表に出ているのは、すべて魔物に器を与えて人に似せた人形ばかりだ。得られる情報も限られる。だが、十二宮の魂と接する事があれば、君の瞳には必ず連中の過去が見えるだろう」
「十二宮の魂、ですか」
「会える日は恐らくそう遠くない」
彼は断言する。
…楽しげに。
「君達が地球人を守ろうとすれば、必ず十二宮は君達に牙を剥く。最も、狩人の王は君達が関わる事を歓迎はしないだろうけれど」
くすくすと笑いを交えて言う彼は、そうして上空を仰ぐ。
「ほら、…今夜の終幕だ」
その言葉がまるで合図だったかのように、直後、辺りを覆ったのは白銀の輝きだった。
竜也は出所をすぐに察する。
東京タワーの正面、そこで力を解放するのは狩人の王。
闇狩の力は、同族の者達の結界から滲む力を通じて東京全土を覆うのだ。
(そういうこと、か…)
自分の結界は勘弁して欲しいと水主の言った意味を理解する。
確かに、ここに異なる力で張った結界が立てば狩人の邪魔になる。
(温かい…)
冬の月明かりに似た光りの奔流は、冷ややかに思えて、包み込むような温もりを併せ持つ。
魔物の、消滅。
強弱を繰り返す波のように広がり、浄化する。
「いずれ、また会おう」
その言葉を最後に消えた水主。
辺りから光りが失せ、普段の東京の夜景が戻った頃。
その空には、いつになく多くの星が瞬いていた。
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タワー内の勇輔に電話をした。
既に電波は通常通り。
最初から、長時間の停止は不可能だと言われており、待ち受け画面の電波状況が圏外から変化したことを確認しての、リミットを告げるための電話だった。
「…闇狩の彼らも、失踪していた人々も、全員が無事ですよ」
魔眼を駆使して得た情報を伝え、相手の返答を聞きながら思い出すのは、IO2上層部の古老が漏らした言葉だった。
――……十二宮、か……
――……もう年か…。聞いた事があるような気はするが、どうにも思い出せん……
その言葉が真実にしろ、嘘にしろ。
過去があるのなら調べてみなければなるまい。
長い話になるのなら車で聞くという勇輔との通話を終えて、竜也は夜空を仰いだ。
星の灯火は儚くも確固たる輝き。
人間の心の如く。
「十二宮…」
組織だと教えられた名を呟き、眼光を険しくする。
その先には、いずれまみえるだろう敵の姿があった――。
―了―
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■ 登場人物 ■
・6589/伊葉勇輔様/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫/
・7063/九原竜也様/男性/36歳/東京都知事の秘書/
■ライター通信■
今回は「始動」へのご参加、ありがとうございました。
伊葉さんが魔物と対峙して下さるとのことでしたので、九原さんには水主からの言伝を預かっていただくことになりました。
後ほど知事とも情報共有して頂ければと幸いです。
それでは、再び狩人達とお逢い出来る事を祈って――。
月原みなみ拝
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