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■ERNULA ―trial and error― act.2■

ともやいずみ
【5941】【ステイル・クリスフォード】【第12機動戦術部隊/Ta−Los】
 突然船の中は無人となった。調査には最適だが、なぜ突然そうなってしまったのか? 原因は必ずあるはずだ。
 船の中は特に怪しい点もなかった。パーティに参加していた者もそうではない者も、ごく普通の人ばかりだった。
 ならば船員は? いいや、船員も怪しげな気配はなかった。
 彼らはみな、それが日常のように、いつものように、船の中で過ごしていただけ。
 だが現に船の外は真っ白な砂漠が広がり、船に招かれた者は外に出られない。
 あれだけの人たちは一体どこへ消えたのか……? 迷い込んだ人たちはどこへ?
ERNULA ―trial and error― act.2



 忽然と人の姿が消えてしまった船内では、乃木坂蒼夜とステイル・クリスフォードが戸惑いの表情をみせていた。
「外はどうなってるのかな」
 ふいに洩らしたステイルの言葉に蒼夜は数秒沈黙してから、とりあえず外を見ることのできる場所に移動を開始した。
 誰も居ない客船は、不気味以外のなにものでもない。
「……パーティが終わった途端に消えたんだろうか」
 小さく呟いた蒼夜。ステイルはうーんと唸る。
「まぁ、一筋縄ではいかないってことがはっきりしたな」
「おかしくないか」
「おかしいのはわかりきってるだろ。いきなり消えちゃったんだぞ。それも電気まで!」
 肩をすくめて後ろをついてくるステイルを、肩越しに見た。蒼夜の青い瞳がやや細められる。
「客人がいなくなったのならまだしも、片付け作業に従事する船員たちまでどうして消える……?
 ステイル、無線は使えるか?」
「ザンネン。使えないみたいだ」
 唇の端を吊り上げたステイルに、蒼夜は「そうか」と応えた。ならば離れて行動はしないほうがいいだろう。

 デッキに出てきた二人は唖然とする。
 先ほどまで確かに夜だったはずなのに、空は明るい。太陽が出ている。
「朝……?」
 デッキの端に近づき、外を見下ろそうとしたステイルが額をぶつけた。蒼夜は「あ」と思う。自分も同じことをやったからだ。
「いたた……。なんだこれ?」
「外に出られないまま……だが時間は経過しているってことか」
 蒼夜は腕組みをした。
 振り向いてくるステイルは顎に手をやって手摺りに背をあずけた。
「仮にも代行とはいえ、当主クラスの退魔士が入って出て来れないってのはなかなかすごいな」
 しかも外は一面砂漠だし。
 ステイルの独り言に近い言葉に、蒼夜は視線を伏せる。
「誰も居ないのなら、この機会に調べてみたほうがいいだろう。さっきの会場。それから通路。客室と……一番気になるのは操舵室や機関室か」
「ちょっとちょっと。この船けっこうデカいよ? あ、でも頑張ろう、うん」
「…………ここに入る前から思ってたんだが、何か隠してないか?」
 胡散臭そうに見てくる蒼夜の前でステイルは首を横に振った。
「まさか。純粋に人助けをしたいと思ってるよ? 真面目に仕事してるじゃないか」
「…………俺たちの仕事が何か憶えてるんだよな?」
「この船の謎の究明と、行方不明者の消息を追う事、そして囚われの退魔士を助けること」
「……憶えてるなら、いいんだ」
「ほら、行こう」
 蒼夜の背中を押していたステイルは、視界の隅に青いものが見えた気がした。そちらを見るが、何もなかった。
(幽霊……? いや、まさか)



 まずは操舵室。そこには、通常ならば船長や航海士が操船指令を出しているはずだ。だがそこもまた、無人だった。
 機械類などはあるが、それだけだった。完全に全てが沈黙している。
「別に怪しいところはないけど」
 ステイルはあちこち見ていたが、不審な箇所はない。誰かを隠せるような場所もない。
 次に向かったのは機関室だ。この船の表示ならば「地下」と呼ばれる場所にある。
 だがそこにも異常はみられない。動いていないだけで。
「発電機室も空調機室も変なところはないみたいだ……」
「乗組員室もついでに見たけど、同じく」
 完全に停止した状態だというだけで、異常点はない。どうなっているというのか。



 上の階に戻り、今度は客室を調べることにする。数が多いが、仕方のないことだ。
「あー」
 低く唸るステイル。誰もいないわけだから、声も大きく響いた。
「どうした?」
 客室のドアを開けながら蒼夜が振り向く。ステイルは一緒に室内に入りながら言う。
「こんな船旅とかに女の子を誘ったら喜びそうだよな。綺麗だし、娯楽も多そうだし」
 やや狭い室内で蒼夜は呆れた顔をする。黙々と中を探した。浴槽やトイレのドアも開けてみるが、誰も居ない。
「スイートルームに泊まってこう、朝日を一緒に浴びるんだ。あ、起きた? とか声をかけちゃってさ」
「…………」
 手が留守になっているわけではないから、蒼夜も注意はしない。ステイルはベッドの下や置かれているソファまでチェックしている。だが、ずっと喋ったままだ。
「瞼を擦りながら彼女が身を起こす。おはよ、いい朝ね。とかさ、こう、寝惚けた声で言うわけよ」
「……おまえ、少しは黙れないのか」
「俺こそどうかと思うね。そんなロマンスに夢を馳せない若者も、いただけないと思うぞ」
「ロマンスじゃなくて、それ、妄想じゃないのか?」
 ずばり言い当てられ、ステイルは一瞬沈黙してしまう。だが、蒼夜を真摯に見る。
「違う。これはいつか必ず叶う夢だ」
「…………」
 やれやれと嘆息して蒼夜は室内から外に出ようとした。開けっ放しにしておいたドアの隙間を、赤いものが横切った。
 驚いてドアを開き、通路の左右を見渡す。だが何もない。誰も居ない。
「蒼夜?」
「…………なんでもない」
 見間違いかと思いつつ、蒼夜は別の客室へと向かった。



 客室全てを回っただけでもかなりの時間を使ったのは確かだ。
 二人ともさすがにバテ気味だ。淡々と作業をこなすのは苦痛ではないが、こうも数が多く、しかも誰も居ない船の中というのはかなり緊張を強いられる。本人たちに緊張する意図がなくとも、圧迫感はあるのだ。なにせ、ここは船という閉じられた空間なのだから。
「休憩しようよ、蒼夜クン」
「どこも怪しいところがないな……今のところは。誰かが隠れている雰囲気もないし、結界のようなものの気配もない……。あとは娯楽室と……」
「いざ脱出って時に疲れてたらどうしようもないと俺は思う」
 そこまで言うと、蒼夜が足を止めた。
 レストランがちょうどあるのでそこに目を向ける。
「じゃあ10分休憩」
 レストランに入った蒼夜はぎょっとした。窓際の、外の景色が見えるテーブルに赤いドレスの娘が座っていたのだ。
 茶色の髪の娘はこちらからは後ろ姿で顔が見えない。驚いて瞬きをした瞬間、女の姿が消えた。
「蒼夜、ここで止まるなよ。早く入れって」
「え……いや、今」
 確かに居たはずだ。それなのに、気配も何もかも、ない。
 口を緩く開閉した蒼夜は、怪訝そうに窓際の席に近づいていく。やはり変わったところは何もない。
「ここの探索は後にしないかい、蒼夜」
「そうじゃなくて……いたんだ。赤いドレスの女が、ここに!」
「……幻? じゃないな、蒼夜が見たって言うのなら。とはいえ、女か。なんで蒼夜に見れて俺には見えないんだ……」
 しくしくと泣き真似をするステイルは手近なテーブルについた。イスに深く腰掛ける。
「で、美人?」
「……おまえはそれしかないのか。……顔は見えなかった。背中までの茶髪のロングの女。一瞬だけだから他は記憶してない」
 眉間に皺を寄せる蒼夜とは違い、ステイルの目は活き活きとしている。
「蒼夜だけなんてずるい! また現れてくれないかな〜」
 そんなステイルを無視し、蒼夜はさっさとイスに腰掛けて休むことにした。
 外側が豪華客船でも中身はまるで別だというのも考えられたが、地下を見た限り、それはないだろう。
 何が不気味って……あまりにも「普通」すぎるからだ。どこにも怪しいところがない。普通の船だ。だから余計に謎が深まる。
(素直に幽霊船のほうがまだマシなんだが……)



 ステイルからすればこの船は不思議だった。夜のパーティの客たちの様子から察すると……変なのだ。
 行方不明者を乗せる船のわりにはやけに楽しげだった。彼らを満喫させるパーティに、それが済んだら消えた人々。
(もしかすると、招待した人たちにみせたい何かがあるんじゃないのか……?)
 休憩の最中そんな風に考えるステイルは、ふと気づいた。
(そうか。ここが船なら航海日誌があるはず)
 だがどこに? やっぱり船長室?

 レストランから眺められる外では太陽が大きく傾き、夕暮れだった。もう日が沈む。
「……そういえば寝てない」
 ぽつりと洩らしたステイルを、蒼夜がちらりと見てくる。
 太陽が完全に落ちる前に昨夜の会場を調べようと彼らは立ち上がった。あそこからは外が見えない。真っ暗な中で調べるわけにはいかないからだ。



 会場に向けて二人は進む。船内はそれなりに覚えた。完全に、ではない。まだ行っていない場所もあるし、各階を一つずつ調べただけなのだから。
 と。
 またも唐突に人が現れ、電気が点いた。
「な……」
「また!?」
 いや、逆だ。今度は「現れた」のだから。

「でさ、どうしてこうなるかな」
 ステイルは自分の格好を見下ろした。タキシードだ。蒼夜も同様である。
 昨日と同じく声をかけてきた船員から受け取って着替えたのだ。
「昨日は失敗した。場の社交辞令に今回は合わせる」
「ま、中に入って話しを聞くっていうのはわかるけど」
 うひ、とついつい口元を緩めるステイルだった。仕事を放棄する気はないが、これはかなりラッキーだ。
(昨日の美人ちゃんはいるかな)
 会場へのドアは開いていた。中では様々な人たちが楽しそうに話している。
「お! いた!」
 ステイルがすぐさま昨夜の双子の付き添いの美少女たちを発見した。
 だが、あれ。と思う。
(片方が赤いドレスだ。そういえば昨日もあっちの子は赤のチャイナだったな)
 もう一人は青いドレス姿だ。
「やぁ、こんにちは」
 双子の中国人は蒼夜とステイルに近づいて来る。
「見たところ年が近いね。よろしく」
 双子は愛想よく手を差し出してきた。蒼夜はその手を握り返す。ステイルも握手を交わした。
 蒼夜の視線は彼らが連れている少女のほうへ向けられている。
(茶髪に赤いドレス……。当てはまるが、ツインテールじゃなかった)
「美人なお連れさんですね。お名前をうかがっても?」
 横でそう言っているステイルをじろりと睨むが、ステイルは気づかないふりだ。
 双子は申し訳なさそうに眉をさげた。
「この二人は、実は口がきけないんだ」
「ごめんね」
 少女たちは薄い微笑みを浮かべたが、黙ったまま。蒼夜とステイルに軽く会釈した。
 彼らはすぐに去ってしまう。ステイルは唇を尖らせた。
「後でダンスとか踊ってくれないかな」
「ここはダンス・ホールじゃないだろ、どう見ても」
 とりあえず、今日はここで過ごすことにしよう。
 ステイルがシャンパングラスを手に取る。何も怪しげなところはない、普通のシャンパンのようだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5902/乃木坂・蒼夜(のぎさか・そうや)/男/17/高校生】
【5941/ステイル・クリスフォード(すている・くりすふぉーど)/男/19/大学生:第12機動戦術部隊・分隊長】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、ステイル様。ライターのともやいずみです。
 再び人々が現れたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。