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■エストリエと棺と聖誕祭と〜Cardinal Cross U〜■

【6589】【伊葉・勇輔】【東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫】
この世の次の世界――顕界と幽界、この世の次の世界は死の世界、つまりはあの世

だが、あの世など見たことは無い
臨死体験の話はよくあるが、それもその当人の精神世界の話
誰もが共通して見る『あの世』はない


 『何も無いな』
 虚空を彷徨い、時折視界に入る光を覗けば『外』の世界。
 そこから出られるか、そう思って手を伸ばすも、蜃気楼のように近くて遠い。
 だが、一度だけ光をこの手に掴んだ。
 奇しくもあの娘の夢を。
 夢を渡ってアイツを屠った。
 内包するその魔力を。自分の力の破片を。
 可能な限り喰らい尽くしてやった。
『…そろそろ動けるか…?』
 魔力を使って肉体の再構築を始めてどのぐらい経っただろうか。
 少なくともそこに在るが目に見えないという感覚はなくなりつつある。
 眼前に手をかざせば、手の輪郭がはっきりと見える。

「ご機嫌如何かな?魔術師殿」
 白いロングコートを羽織った風変わりな男。
 モノクルをかけ、前髪を上げ、長い髪を括って後ろに流しているその姿を見るのは二度目。
『またお前か。ったく、俺に何の用だ?』
「彼の方が復活いたしました。貴方もそろそろ復活なされては?」
 誰が復活しただと?
 こちらが怪訝そうに眉を寄せると、男はにんまりと腹の立つ笑みを浮かべる。
「実はね、探していただきたいのですよ」
 『棺』を。男はそう言った。
『――まさか、あの野郎復活できたのか? どうやって…』
 いくらマスタークラスとはいえ、粉微塵に吹き飛ばされて欠片も残らなかったはず。
 自分が復活できたのは精神だけの存在となったからだ。
 魔術師は肉体を捨てたその時こそ、真価が問われるもの。
『…ボコール…オウンガン…ネクロマンサー…何にせよ、死者甦生をかなり高等なレベルで行使可能な輩ってわけかよ』
 名は?そう問われて男が名乗ったのは『ライカン』という名。
 勿論本名で無い事は明白だ。
『お前は、誰の飼い犬だ?』
 その問いにライカンはにんまりと微笑む。
「―――全ては、伯の為に…」


【某所―教会聖堂】

  早々とクリスマスの準備が進められる教会では、聖堂で地元の有志が集まった聖歌隊による賛美歌の練習が行われていた。
 世間も教会も聖誕祭の準備で活気に溢れている。
 そんな中、やはりリージェスにはこの空気は少々辛いものがあった。
 限りなく人に近づいた、と言うよりも下級の魔物という方が正しいかもしれない。
 ホンの僅かの聖なる力にさえ、息切れを感じてしまうのだから。
 今までは魔力があったからこそ平気だったのだろう。
 体に流れる半分の魔物の血がリージェスを苛む。
「大丈夫、ですか?」
「! ミハエル神父様…」
 辛ければ部屋で休んでいても構わないといわれたが、事情を知らない人たちに迷惑はかけられないと仕事を進める。
 窓の外には雪がちらつき始めた。
「―――聖夜は何事も、起こりませんように…」
 窓の外を眺めながら、リージェスはポツリと呟いた。
 そんな彼女の姿を見るミハエルの表情は曇っている。
 聖夜は、敬虔な信徒の想いにより、聖なる力も強まる日だ。
 だが、同時に隙が出来やすい日でもある。
 人の出入りが激しい中、果たして民間人を傷つけず、悟られず行動できるだろうか?
 そんな事を考えるミハエルは、その理由に目を向ける。
「(…この教会に吸血鬼の棺があるだなんて…上も無茶苦茶なことをする)」
 勿論、あるのは棺だけだ。
 主を失った棺もあれば、主が不在の所に弱体化を狙った組織がそれを強奪したというものもある。
 この教会はIO2と教会の接点となる場の一つ。
 作られた地下にある物は、内容こそ異端絡みとはいえ、その所有権の大半はIO2にある。
 エストリエの一件に関しても、その資料の一部はここに保管されている。
 その監視もミハエルの仕事であった。
「素敵な聖夜になるとよいですね」
 本心からそれを願って止まない。


―――ミ ツ ケ タ―――


『ちょうどいい。あの日の再現とまではいかないが、仕掛けるその日は同じ日にしよう。さて、アイツはどう反応するだろうか?』


 空間の狭間から教会を見つめるのは



 吸血鬼の性癖をもった魔術師の双眸――…


エストリエと棺と聖誕祭と〜Cardinal Cross U〜


この世の次の世界――顕界と幽界、この世の次の世界は死の世界、つまりはあの世

だが、あの世など見たことは無い
臨死体験の話はよくあるが、それもその当人の精神世界の話
誰もが共通して見る『あの世』はない


 『何も無いな』
 虚空を彷徨い、時折視界に入る光を覗けば『外』の世界。
 そこから出られるか、そう思って手を伸ばすも、蜃気楼のように近くて遠い。
 だが、一度だけ光をこの手に掴んだ。
 奇しくもあの娘の夢を。
 夢を渡ってアイツを屠った。
 内包するその魔力を。自分の力の破片を。
 可能な限り喰らい尽くしてやった。
『…そろそろ動けるか…?』
 魔力を使って肉体の再構築を始めてどのぐらい経っただろうか。
 少なくともそこに在るが目に見えないという感覚はなくなりつつある。
 眼前に手をかざせば、手の輪郭がはっきりと見える。

「ご機嫌如何かな?魔術師殿」
 白いロングコートを羽織った風変わりな男。
 モノクルをかけ、前髪を上げ、長い髪を括って後ろに流しているその姿を見るのは二度目。
『またお前か。ったく、俺に何の用だ?』
「彼の方が復活いたしました。貴方もそろそろ復活なされては?」
 誰が復活しただと?
 こちらが怪訝そうに眉を寄せると、男はにんまりと腹の立つ笑みを浮かべる。
「実はね、探していただきたいのですよ」
 『棺』を。男はそう言った。
『――まさか、あの野郎復活できたのか? どうやって…』
 いくらマスタークラスとはいえ、粉微塵に吹き飛ばされて欠片も残らなかったはず。
 自分が復活できたのは精神だけの存在となったからだ。
 魔術師は肉体を捨てたその時こそ、真価が問われるもの。
『…ボコール…オウンガン…ネクロマンサー…何にせよ、死者甦生をかなり高等なレベルで行使可能な輩ってわけかよ』
 名は?そう問われて男が名乗ったのは『ライカン』という名。
 勿論本名で無い事は明白だ。
『お前は、誰の飼い犬だ?』
 その問いにライカンはにんまりと微笑む。
「―――全ては、伯の為に…」


【某所―教会聖堂】

  早々とクリスマスの準備が進められる教会では、聖堂で地元の有志が集まった聖歌隊による賛美歌の練習が行われていた。
 世間も教会も聖誕祭の準備で活気に溢れている。
 そんな中、やはりリージェスにはこの空気は少々辛いものがあった。
 限りなく人に近づいた、と言うよりも下級の魔物という方が正しいかもしれない。
 ホンの僅かの聖なる力にさえ、息切れを感じてしまうのだから。
 今までは魔力があったからこそ平気だったのだろう。
 体に流れる半分の魔物の血がリージェスを苛む。
「大丈夫、ですか?」
「! ミハエル神父様…」
 辛ければ部屋で休んでいても構わないといわれたが、事情を知らない人たちに迷惑はかけられないと仕事を進める。
 窓の外には雪がちらつき始めた。
「―――聖夜は何事も、起こりませんように…」
 窓の外を眺めながら、リージェスはポツリと呟いた。
 そんな彼女の姿を見るミハエルの表情は曇っている。
 聖夜は、敬虔な信徒の想いにより、聖なる力も強まる日だ。
 だが、同時に隙が出来やすい日でもある。
 人の出入りが激しい中、果たして民間人を傷つけず、悟られず行動できるだろうか?
 そんな事を考えるミハエルは、その理由に目を向ける。
「(…この教会に吸血鬼の棺があるだなんて…上も無茶苦茶なことをする)」
 勿論、あるのは棺だけだ。
 主を失った棺もあれば、主が不在の所に弱体化を狙った組織がそれを強奪したというものもある。
 この教会はIO2と教会の接点となる場の一つ。
 作られた地下にある物は、内容こそ異端絡みとはいえ、その所有権の大半はIO2にある。
 エストリエの一件に関しても、その資料の一部はここに保管されている。
 その監視もミハエルの仕事であった。
「素敵な聖夜になるとよいですね」
 本心からそれを願って止まない。


―――ミ ツ ケ タ―――


『ちょうどいい。あの日の再現とまではいかないが、仕掛けるその日は同じ日にしよう。さて、アイツはどう反応するだろうか?』


 空間の狭間から教会を見つめるのは



 吸血鬼の性癖をもった魔術師の双眸――…

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 「雪…」
 今年は実に冬らしい冬になりそうだ。
 こんな状況下でも、ふとそう思えるぐらい静かな日。
 教会ではミサの準備が着々と進められ、賛美歌の練習も最終確認の段階。皆白いカソックをまとい、始まるその時を待ちわびている。
 この国の中ならば、教会という特殊な場所に近寄らなければいくら聖誕祭を祝うエネルギーに溢れていても、所詮それはお祭り騒ぎ。
 信仰心の伴わないただの祭りの活気に過ぎない。
 けれど、今日はどうしてもこの場にいなければならない。
「…あの男が…」
 あの男が、あの時消滅したはずの魔術師が。
 夢の中で魔力を根こそぎ奪い去っていったあの男が。
 再び姿を現そうとしている。
 胸の奥がざわつく。
 まさか、あの日のように今日現れるつもりなのだろうか。
「リージェスさん、大丈夫ですか?具合が悪いなら、私が代わりにやりますから休んでいてください」
 心ここにあらずといった様子のリージェスに、樋口真帆(ひぐち・まほ)が声をかける。
「あ、はい…大丈夫です」
 振り返って微笑みながらそう言うリージェスだが、どう見ても嘘でしかない。
 否定こそ口にしないが、真帆はそんなはずはないと言わんばかりにジッと見つめる。
「――――…私は半分魔物ですので…今この時期の教会に満ちた信仰心はこたえるんです」
「もう少し肩の力を抜いた方がいいですよ。ここに満ちているのは祈りの力です。魔とは相容れないとはいえリージェスさんを傷つけるためのものではないんですから」
 人ではない事を意識しすぎて、その為に過剰反応しているのではないか。
 程度の違いはあれ、自分も同じく魔と人の血を持つ者。自分はこの身を誇りに思っている。否定などしない。
 魔の力を有するといっても、それを悪用してないなどいないから。
 『力』は使う者の次第で如何様にも変われる。その事を彼女はまだ認識していないのだろう。
 そんな彼女を、その身を苛む因果との戦いから見守っている者達がいることも、自分が迷惑をかけているとしか思えないもだろう。
 今ここに自分が生きていることこそが、災いであると。
 けれど死を選ばないのは、選べないのは、自分を大事にしてくれている人々の心を殺める事がわかっているから。
「…あら、あらあら…お嬢さん方、浮かない顔ね?ここでそんな深刻な顔をしていては目立ちますよ」
 隠岐智恵美(おき・ちえみ)は宗派の違いから今宵は珍しく私服ではせ参じており、真剣な面持ちで聖堂の壁際に佇む二人にこっそり注意する。
「シスター隠岐…すみません」
 老化現象が安定した為殆ど必要ないのだが、精神的にはまだまだ不安定だと言えよう。
 智恵美はそういった懸念もあり、定期健診も兼ねて、今回の一件に関わることにした。
 勿論、今回の目的は吸血鬼の打破ではなく、棺の奪還阻止。
 ルシアスの棺が彼の手に戻れば、回復の時間を大幅に縮めてしまう上に、協力者がいるとなれば彼は何度でも蘇る事が可能となってしまう。
 研究の名目上、教会サイドの資料の名目上、滅する事が出来ないのだから、奪還阻止に成功したとしてもまた後日同じ事が繰り返される。
 それでは元も子もないのだから。
「今のうちに準備しておかなくてはね」
「一般人に悟られぬよう警戒し、棺奪還を阻止…か。確かに両立は難しいが、俺もパーティを楽しみたい」
 自分でも無理難題を言っていると思う。
 しかしやらねばならない。これから困難に立ち向かわねばならないリージェスやミハエルの緊張を少しでも緩和してやる為にも。
 伊葉勇輔(いは・ゆうすけ)はその表情に不釣合いなトナカイの格好をして、深いため息をついた。
 クリスマスという事もあっての仮装らしいが、実に悪目立ちしている。
「あいつ取り逃がしてるし、棺まで取られたらマジやばい。絶対阻止だぜ」
 前回、取り囲む所まで行ったのに、協力者の出現によりルシアスを取り逃がしてしまった事を、氷室浩介(ひむろ・こうすけ)は今でも悔やんでいた。
 あれだけの人数がいたにも拘らず余裕で逃げられてしまったのは明らかに詰めの甘さゆえ。
 今回はあの時の純粋な吸血鬼ではないらしいが、元人間であり、魔術を駆使すると聞けば油断は出来ない。
「そうだな…一般人と「棺」を奪いに来る奴との見分けなら、すぐに付けられるだろう」
 浩介と共にやってきた高山隆一(たかやま・りゅういち)は、教会の中、入り口とホール全体を見渡せる場所にいてクリスマスソングの伴奏をしながら様子を窺うと言って位置についた。
「その場に居る者がバラバラに守っているよりは、棺の警護と外での警護の二手に分かれたらどうだ?」
 隆一が聖堂内で不審者の有無をチェックすると言うように、人数がいるのだから陣形を組んで当たれば効率的だ。
「地下は俺が行く!」
 勇輔の提案に浩介が名乗りを上げる。
「…引っ張り込んだダチには悪いけど、俺あんま霊感ないし、携帯で合図してもらう」
 勿論マナーモードでさ、と付け足す。
「私も地下で結界を貼りますから一緒に行きますね」
 智恵美がそういうと、聖堂の周りに一般人に気づかれないようにする為の隔離結界を施してきた天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)が自分も地下の保管場所に結界を施すと言う。
「それじゃあ、地下班対応班は氷室、隠岐さん、天薙か?他には――」
「おいてある物も小さいものばかりではありませんし、身動きできる範囲は限られているでしょう。それに隠岐さんと天薙さんはずっと地下に待機してるわけじゃないようですし」
 聖堂の片隅の窓辺に立ち外の様子を見ながら、紅月双葉(こうづき・ふたば)は呟く。
「地下待機は氷室君一人で十分かと。我々はまず地下侵入を阻止しなければならない…何重にも結界が貼られるのなら、突破された時の時間稼ぎは出来ます。勿論、氷室君にはそれも覚悟した上で待機してもらう必要がありますが…」
 侵入を許してしまえば地下での戦闘は避けられない。
 そうなれば真上にある聖堂に余波が伝わる。
 訪れる大勢の一般人にそれを悟られてはならないのだから。
「私は少し離れた場所に待機しています」
 そう言って双葉は聖堂から出ていく。
「俺も外だな。風の声が変化を知らせてくれるはずだ」
 サッサと片をつけて、ゆっくりと楽しみたいもんだ。苦笑交じりに呟きながら、勇輔も聖堂から出て行く。
 各自が棺奪還阻止に動いている中、本調子で動けない自分は完全に足手まとい。
 魔物の気配も持っている為に感覚を広げている能力者には邪魔になってしまうだろう。
「大丈夫ですよ。サポートします」
 他の皆が周辺警戒に行くのなら、自分たちは一般人の人たちに快適なパーティを提供するよう努めよう。
 異常な気配を感じてから行動を起こしてもけして遅くはない。
 助けてくれる仲間が沢山いるのだから。
 一人でこの困難に立ち向かっているわけではないのだから。
「そろそろ子ども会の劇ですね。さ、行きましょう?」
「ぇ、あ、はいっ…」
 真帆に手を引かれるまま、リージェスは劇の準備を手伝いに向かう。
 彼女の持つ独特のオーラに絆されているのか、リージェスの表情は先ほどに比べ随分明るい。
 その様子を見てミハエルは少しばかり安堵の笑みを浮かべる。
「病は気から…とはよく言ったものですね」
 無論、病ではないのだが。
 劇の準備を手伝いながら、リージェスはこの場にいないひとつの気配を感じていた。
 吸血鬼のようで吸血鬼ではない、不思議な匂い。
 敵意はない。
 意識は自分や真帆たちに向いていない。
 外と中の人と。
「まさか…こちら側の協力者…?」
「どうかしました?」
 真帆の呼びかけに、ハッとした次の瞬間、その気配はもう辿れなくなってしまった。
 一体誰なのか。



  「――――…気づかれた?」
 気配を殺し、様子を窺うその者とは夜神潤(やがみ・じゅん)であった。
 収録を終えての帰宅途中に様子を窺いに来たのだ。
 潤の中にある優先順位はあくまでも一般人。棺は二の次。
 ゆえに周囲と中の様子を窺っていたのだが、まさか半魔の娘に気づかれるとは思わなかった。
 他の連中はまだ気づいている様子はない。
 あの風を操る男には注意しなければ見つかりそうだが。



  地下に向かった三人はそれぞれ準備を進めていた。
 智恵美は棺を動かすと棺がその場所に固定化され別次元にも持ち運べなくなる結界を準備する。
「発動すると長時間はもちませんが、保険としては十分でしょう」
「次は私ですわね。妖斬鋼糸による多重結界を施させて頂きます」
 撫子が網の目のように棺の周囲に妖斬鋼糸を張り巡らせる。
 そんな二人の行動を見つつ、自分は彼女達のように高等な術は使えない為、聊か歯がゆく思える。
 だがそれぞれに出来る事が必ずあるはずだ。それは自分とて例外ではないはず。
 最後の砦の守りを固めるのは自分。
 最悪の事態を回避する為に。
「よし、じゃあ後は任せてくれ」
「宜しくお願い致します。ああ、そうだ」
 持っていた荷物の中から撫子は手製のカステラを出し、浩介に渡す。
「口寂しい時にでもどうぞ。一般の方用にも多めに用意してきておりますので、事が終わりましたら上でまたゆっくりと皆さんと頂きましょう」
「サンキュ、天薙さん。終わったらまた貰うぜ」
 そして地下への扉は閉ざされ、準備は整った。



  聖堂の外、人気のない建物の陰から中の様子や周囲の様子を窺いながら、双葉は心を研ぎ澄ます。
 冷静であれ。
 冷静であらねばならない。
 この件に関して言いたい事はある。だが、何よりもリージェスを色々な意味で護りたい。ただその為にここに来た。
 表向きは上からの指示だが、そんな事はどうでもいい。
 彼女が憂うような事態は避けねばならない。
 直接護られる事を嫌っているのは先の戦いでよく知っているから。
 できる事なら、ずっと傍にいて護ってあげたい。しかし、その気持ちに反してこの体は、未だにそれを拒絶する。
 魔物の血が濃くなり、人のような生活が困難になった時も、傍にいられなくて、せめてもと出来た事は美しい花とその香りを届けることだけ。
 最後だと思われた戦いでは傍にいることすら出来なかった。
 だからこそ今回は、今回こそは。
「―――ニュクス…」



  劇が終わり、賛美歌の斉唱が行われる。
 教会全体に信仰の力が満ちていく。
 隆一も加わって、彼の伴奏でアレンジのきいたゴスペルを歌ったりと、場を盛り上げている。
 周辺の警戒網を突破して入り込んできているのなら合図の歌をそれとなく歌うよう決めているが、正直あの包囲をすり抜けてきているとは思いたくない。
 陽気に一般人の輪に溶け込みつつも、隆一は周囲の観察を怠らない。
 最初からこの場にいるようなことはないだろうが、見知らぬ顔が混じってないか、その場に居る人々をチェックする。
「(できればこんな神経使うような状況にいるのは勘弁だがなぁ)」
 浩介に誘われて引き受けてしまったのだから致し方ない。
 やると決めたからにはその責任を全うする。
 話に聞く前回の事も含め、やはり友人が落胆する姿など見たくないから。
 立て続けの失敗は是が非でも避けねば。



  会場を多目的ルームに移し、一般人は皆そちらの方へ移動していき、聖堂は先ほどとはうって変わって静まり返る。
「――――何かいる」
 風が何かの存在を捉えた。


来る


「!」
 月が血の様に赤く染まり、空間がぐにゃりと歪む。
 その異変を誰もが感じ取った。
 地下に待機する浩介にも連絡がいく。
 何も知らない一般人以外、その場にいる全ての能力者が意識を集中した。
「―――この気配…やはり―――」
 リージェスの手が震えだす。
 その手に真帆の手が重なる。
「…大丈夫。落ち着いて下さい」
「……ぁ、ありがとうございます……」
 触れられているわけじゃないのに、夢の中での感触がリアルに甦る。
「ニュクス…」
 まるで彼女の声に呼応するかのように、空間を歪めてその場に長い金糸の髪を靡かせ現れた黒衣の男。
「あの時と――大分面子が変わったな?」
 消滅したはずのあの時と変わらぬ声と姿。
 吸血鬼の性癖を持つ者。
 悪魔エストリエ。
 そしてその傍らには、相反するかのような真っ白の衣装を身にまとう道化の姿。
「!」
 ニュクスの真下から地の力を持った結界の力の塊が押し寄せてくる。
「招かざる客だな。野暮だぜ、旦那方」
『承知の上ですよ』
 押し寄せてくる結界の波を何処からともなく取り出したデスサイズで一閃。
 ライカンの刃が勇輔の攻撃を回避する。

「始まった―――」
 もしもに備えて戦況を見つめる撫子は髪に仕込んだ妖斬鋼糸と御神刀に手をかける。
 龍晶眼で霊視し、状況を見ながら隔離用結界を発動させる。
 一般人に気づかれることもなく、結界は静かに展開し始めた。



 「…どうなってンのかわかんね〜〜〜〜」
 連絡をもらってからというもの、地下に変化はなく、半端に情報を得たせいで浩介は一人やきもきしていた。
 しかしこの場を離れるわけにもいかず、ただひたすら耐えている。
「あの二人の施していった術だから大丈夫たぁ思うが…ただ待ってるだけってのはちっと辛ェな…」
『ならば今すぐ解放して差し上げましょう』
 浩介の呟きに応える声。
 ありえない。
 すぐさま周囲を見回すが何処にも姿はない。
 だがやばい。
 どうやってあの包囲を抜けてきたのかわからないが、確実にこの場に何かいる。
 吸血鬼か、死霊使いか、それとも?
 柊の杭とスプレー式の聖水を握り締め、どこから見ているのか必死で探る。
「(…まさか精神攻撃か?)」
 気配は強い。自分にも分かるほど。
 だがそこに在るだけで次の行動になかなか出てこない。
 何かを待たれているのか。
 何を…?
「………」
 浩介は自分の周りに聖水をふきかけ、どかりとその場に座り込む。
 すぐ背後には妖斬鋼糸、その奥には智恵美の仕掛けたトラップ。
「…さっすがに一人っきりってなぁ色々考えちまうな…ッ」



  野外での戦闘は激化していく。
 様子を窺いながら潤は怪訝そうに眉を寄せる。
「まずいな…」
 そろそろ早めに帰りだす客も出る頃。
 自分が姿を出して騒ぎを起こして時間を稼がなければならない状況になりそうだ。



 「ったく俺だって本調子じゃねーのによぉ! どーすんだライカン」
『――今しばらくお待ちを』
 戦いながらもどこか別の所へ意識を集中させているのか、それしか言わない彼に、ニュクスも僅かに焦りの色が見え始める。
 あの時はルシアスというパワータイプがいた。
 しかし自分もライカンもそうではない。
 かろうじて詠唱破棄で術展開しているものの、能力者たちの多用な力に防戦を強いられている。
 このままでは目的を達成できずに敗走することになる。
 そもそもここまで義理立てする必要があったか。苦戦を強いられる中、ふとそんな事を考えてしまう。
 何かこの状況を打開する為の手立ては…手立ては―――…
「はぁあ!!」
「くっ…!」
 狂戦士モードに入った双葉の氷剣が腹をかすめる。
「やべぇな…」
 考える隙を与えない。
 このままではやっと復活したのにまた出直しになってしまう。
「ライカン!!」
『――――』
 どこに意識を集中しているのか。
「…ライカン、分が悪い。出直さねーとやべェぞ」
 しかしその呼びかけにも応えない。
 まるで自動人形のように攻撃に対し反応を返している。
 人形の、ように?
「!そういうことかよ!!」
 ニュクスは大きく陣を展開させ、はるか上空に転移した。
「逃げるのか!」
 勇輔が風を纏い宙を駆ける。
「囮に使われたんじゃあ割に合わないんでね!俺はこれ以上やってられん。本調子でもないのにやられるなんざ割に合わないからな!」
 そうしてニュクスは空間の狭間に姿を消す。その刹那、チラリとどこかを見やる。恐らくは、リージェス。
「囮?」
 その言葉に一同浩介のいる地下を振り返る。
「まさか――」
 各々が気づいたとほぼ同時に、それまで戦っていたライカンの体はボロボロと崩れ、マリオネットのようになっていく。
「やられた!」
 浩介が危ない。
 既に撫子が地下に向かっているはずだが、どうか無事であってくれ。
 浩介も棺も。



  地上地下、それぞれの状況を見ながら智恵美は連携のフォローの為連絡係として控えていた。
「――――…気配が濃くなった」
 地上で戦っていた二人のうち一人の気配が二分していくのがわかる。
 もう一つは地下。浩介が危ない。
 先に地下へ向かった撫子の後を追い、智恵美も地下へ急ぐ。

 その頃、地下では浩介が一人『何か』と戦っていた。
「………」
 ダメだ。
 下手に動いてはいけない。
 結界は完璧だ。
 自分が下手に何かをすればそれを壊してしまいかねない。
 誰か。
 誰か早く。
「氷室様!」
 他のメンバーよりも一足先に到着した撫子。
 しかし目の前の光景に唖然とする。
 浩介が自分の仕掛けた鋼糸の結界に向かって突っ込もうとしているのだ。
「氷室様!何をなさってるんですか!?」
 妖かしを断つ特殊な鋼糸だが、それ自体神鉄製の鋼糸。
 生身が触れればタダでは済まない。
 撫子はあわや鋼糸に接触しようかというところで取り払い、浩介を止める。
「氷室様!しっかりなさいませ!!」
 失礼、と言ったか言わないか。撫子の平手が浩介の頬を張る。
「――――え?…なんで、天薙さんがここに…?」
 自分はずっと座って身構えていたはず。
 何故――…
「二人とも!!気をつけなさい!」
 遅れてやってきた智恵美の声に、二人は棺へ目を向ける。
 しまった、二人の口がそう動いた時には既に遅かった。
『ご協力有難う御座いました』
 棺の目の前にはライカンの姿。
 にぃっと笑う真っ赤な唇がひどく不気味に見える。
「てッ…め…!」
『では、頂いて参りますよ?これにて失―――!?』
 ライカンが棺に触れたその瞬間、智恵美の仕掛けた結界が発動する。
 触れることも空間を曲げることもできない。
『こんな高等な術…誰が』
「保険が役に立ったようね」
 その言葉にライカンは智恵美に視線を向ける。
 まさか、ただの人間にこのような高等魔術が使えるだなんて。
 歯噛みしているその間にも他のメンバーが駆けつける。
『チッ……』
 場が悪い。
 結界の解析をする時間もない。
『……完敗ですね……』
 そういい残し、ライカンは空間を捻じ曲げる。
「行かせるかぁ!!」
 浩介の拳が振り下ろされるとほぼ同時に、その姿は掻き消え、行き場のない拳が空を切る。
 経過はどうであれ、一先ず棺の奪還は阻止する事が出来たようだ。
「……結界は暫くこのままかけておきましょう。いつまた襲撃があるかもしれない」
 教会側には早いうちにこれを処分する事を薦めることにしよう。
 一先ず、今回の依頼は成功したようだ。



 「………」
「まだぶすくれてんのか」
 事後処理をした後、多目的ルームの方へ移動した一行。
 浩介一人が腑に落ちない様子だった。
「私もうっかりでしたわ。次はこんな事がないよう気をつけましょう。氷室様」
 カステラを薦めつつ、撫子が苦笑する。
 結果として棺奪還は阻止できたのだから、よしとしたい所なのだが如何せん自分の不甲斐なさに腹が立つ浩介。
 そんな彼の姿に、リージェスや他の者も苦笑する。
「―――…ところで…今回は何とか成功したが、気になることがあってね」
 トナカイの扮装で何を言い出すのかと思えば、勇輔は前回調査中に感じた四つの存在について話し始めた。
「一つはルシアス、一つはライカン…後の二つが謎だ」
 一つはニュクス…といいたいところだが、あれが関与したのは今回が初めて。
 本人の言動からしても、ペテンをかけられる時点で重要な人物ではない。
「一つは…ライカンの言っていた『伯』ではないでしょうか?」
 その可能性が高いだろうと撫子の言葉に一同は頷く。
 だが、そうなると残りの一つはいったい……
 依頼は成功した。
 しかし疑念は幾つか残ってしまった。
 これらが再び関与してくるのは、時間の問題だろうが。
「その件に関してはまた後日、話し合いましょう。他の方が不思議がってますよ?」
 真帆の言葉どおり、楽しいパーティの中で一角だけ複雑な表情で話し合いをしている姿は確かに不自然だ。
「気持ちを切り替えようかね」
 肩をすくめ、フッと笑うと、勇輔はトナカイ姿で子供達の輪に入ってく。
 お忍びでやってきたのであろう知事のおかしな格好に、その場にいた人々は先ほどまでの疑問は忘れたようだ。
「では、私も一興…祈りを形にするのは何も神様の奇跡だけでないはずだから」
 そういいながら真帆は幻術で会場内に煌びやかなイルミネーションを出現させる。
 わぁ、と歓声が上がり、メンバーもその幻術に見入った。
「綺麗…」
 柔らかに微笑むリージェスを、扉の影で双葉も優しげな瞳で見つめている。
 人の多いところは苦手ゆえ、率先して中に入って行くことは憚られるが、裏方の手伝いぐらいはできる。
 大事な人の笑顔を見る事ができたことが、双葉にとって最高のイブになったはずだ。
「悔しいこたぁ悔しいが……今は、いっかぁ…」
 済んでしまったことは仕方ないこと。
 目的は達成したのだから、一先ずよしとするしかない。
 肩を叩く隆一に苦笑で返す浩介。
「さ、今は素直に…パーティを楽しみましょう」
 智恵美の言葉に一同頷き、夜は楽しげな声に包まれて深けていく。



 「…采は投げられた、か?」
 教会の前で一人、静かに立ち去る潤。
 結果として人前に出ずに済んだものの、何とも危なっかしい結果にいずれは自分も関わらねばならないのかも知れないとため息をつく。
 前夜祭。
 あまりにも自分には似つかわしくない。
 溜息一つ場に残し、その姿は街明かりに消えた。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0328 / 天薙・撫子 / 女性 / 18歳 / 大学生(巫女):天位覚醒者】
【2390 / 隠岐・智恵美 / 女性 / 46歳 / 教会のシスター】
【3747 / 紅月・双葉 / 男性 / 28歳 / 神父(元エクソシスト)】
【6458 / 樋口・真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】
【6589 / 伊葉・勇輔 / 男性 / 36歳 / 東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫】
【6725 / 氷室・浩介 / 男性 / 20歳 / 何でも屋】
【7030 / 高山・隆一 / 男性 / 21歳 / ギタリスト・雑居ビルのオーナー】
【7038 / 夜神・潤 / 男性 / 200歳 / 禁忌の存在】

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■         ライター通信          ■
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この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。