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■〜Auberge Ain〜にて■

竜城英理
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 落ち着いた内装を持つ様式に、歴史を感じさせる調度品が突然迷い込み、どことなく落ち着かない気分にさせていた心が平穏を取り戻す。
 玄関ホールで誰か居ないかと声をかけようとした時、奥から現れた人物に気付き、声をかけた。
 その人物は、丁寧にお辞儀をし、言った。
「ようこそ、Auberge Ainへ。今宵の料理と遭遇する出来事が貴方をお待ちしていました」
□ 降り注ぐ雪、白い世界の中で 〜Auberge Ain〜にて □



 夜も更け、静かな時間が流れている。
 人通りも自動車の行き交う音も無い。
「ん、良い感じに出来たわ」
 シュライン・エマはできあがりを確かめるように、机の上で綺麗に整える。
 幾度か遭遇している一角獣のペルルにと、冬用の花冠を作っていたのだ。
 今まで召喚されて来た時のサイズが手乗りサイズであったから、花冠も可愛らしいミニサイズ。
 振り落とされないようにリボンを付ければ完成。
 色々な端布からペルルに似合いそうな色でコーディネイトするのは楽しく、いつの季節に会ってもいいようにと、春、夏、秋用と作り始める。
 どれか一つ、季節に合わせた物を付けて後は、館の支配人に預けておけば保管してくれるだろう。あの支配人なら大丈夫、そう思うのだ。
 ブランケットの上で、ちくちくと針を進める。
「そう言えば、そろそろクリスマスなのよね……」
 すきま風が吹き抜ける草間興信所の様子を思い出し、ぽつりとため息をはく。
 年季の入ったエアコンは電気代が馬鹿にならないし、ストーブは同じく燃料代が高くて、大変だし、だからといって、こたつを出すのは流石に、と思う。
「でも、寒い中凍えてたら風邪をひいちゃうし……、やっぱりこたつは最有力かしら」
 興信所の主、草間武彦を思い出し、流石に暖房機器が一つもないというのは可哀想だと思い直す。
 明日はクリスマスツリーと一緒に出そうと心に決めると、最後の一つを仕上げて、花冠を巾着袋にいれる。
 裁縫道具を片付け、家事と明日の朝食の準備をしてシュラインは眠りについた。



「武彦さん、こたつを出して寝ちゃったのね」
 興信所の部屋の隅、時代を感じさせるテレビの側に畳を敷き、こたつの中で丸くなっている。こたつ布団が微妙にずれているのはご愛敬。
 こたつテーブルの上には、灰皿と煙草とライター。灰皿は吸い殻で山盛りだ。
 灰をこぼさないようにそっと持ち上げ、吸い殻入れに捨てると、机の上をふきんで拭く。
 シュラインが朝食べてきた物と同じメニューを取り出し、皿に並べる。
 後は、熱いコーヒーを二杯。勿論、インスタントだけれど。
「起きて、武彦さん」
 一度で起きるとは思っていないからか、かける声は小さめだ。
「ん……あ。あぁ」
 草間の生返事から、まだ夢の中を彷徨っているようだった。
 こたつの中の大半を草間が占領しているため、シュラインは膝を立てて座っている。布団の上に肘を乗せて、暖かさを感じる。
 外は相変わらず寒かったが、こたつのある場所は暖かな空気に満ちていた。
 静かな、時計の針の進む音。
 カチコチ、カチコチ、カチコチ……。
 繰り返し聞こえる音は、段々と遠くなり、意識が遠くなっていく。
 カチコチ、カチコチ。
(コーヒー冷めちゃう……)
 カチコチ、カチッ。



 ひらりひらりと降り注ぐ白に彩られた世界。
 薄紫の紫空が優しい色合いに見えるのは白い雪のようなふわふわのせい。
 シュラインは、肩や髪に降りてきたものを掌に乗せ、見つめた。



「おや、シュラインじゃないかい」
「蓮さん」
 風呂敷包みを持ったアンティークショップレンの店主、碧摩蓮がそばに立っていた。
 ポーチの周りは白い雪のようなふわふわとした物が積もっている。
「買い付けから帰る所の筈だったんだがね……ま、たまにはこういう事もあるさ」
 あまり驚かないのは性格なのか、連は扉を開いて迎えに出ている支配人を見た。
 分からなければ聞けばいいのだが、あいにくと面倒くさがりな、流されるままな性を持つ連だ。
 このままのんびり過ごすだけになりそうなのは目に見えるようだった。
「草間は一緒じゃないのかい?」
「武彦さんは、先にいってると思うの」
 支配人に迎え入れられながら、小さく礼をする。
「どうせ、ぐうたらしてるんじゃないのかい」
「あ……まぁ、そうだと思うのだけど、もしかして起きてるかも知れないし」
 さりげなくフォローする。
 前に来た時に残した葉巻を燻らせているのじゃないかしらと、思ったのだ。
「あの白いふわふわしたもの、何かしら。雪じゃ無いみたいだし……気持ちよさそうなのよね」
「あれでございますか。名は存じないのですが、あの白い物は獄が属の生き物で、脱皮したあとの抜け殻になります」
「抜け殻なの……触っても問題ないのかしら」
「ええ、それは大丈夫です。あと数日すれば回収して糸にする予定ですから」
「糸?」
「はい。そのまま置いておきましても、濡れてしまえば、汚れて見目も悪くなります。片付けたあと、何かに使えないかと考えましたら、手芸を趣味にしている者がおりまして、糸にして使えるのではないかと。実際試してみましたら、良い色合いに仕上がりましたので、コースターや花瓶敷きなどに使用しております」
 これなどがそうです、と廊下に飾られた花瓶に敷かれた花瓶敷きを示す。
「いいわね」
 真っ白で冬らしい色合いにシュラインは興味が惹かれる。
「お気に召したのでしたら、糸をいくらか差し上げますが」
「それじゃ、いただこうかしら」
「なかなかいいじゃないか、あたしにも一つ作ってくれないか」
 糸の具合を顔を近づけて見た蓮は、自分では作る気がないのか、シュラインに言う。
「いいわよ。一つ作るのも二つ作るのも変わらないもの」
「では、後で糸の方はシュライン様のお部屋に届けさせていただきます」
「お願いね」
「午後のティータイムに近い時間ですので、サロンの方で何かお飲み物でも如何ですか」
「それじゃ、お邪魔しようかね」



 優雅なフォルムを持つ調度品。
 花々はみずみずしい香りを放っている。
 暖炉の炎が一見冷たさを感じる空間に暖かな印象を与えている。
 石造りの広い建物にありがちな寒さは感じないのは、何か工夫があるのだろう。
「美味しい」
 ウットリとした表情を浮かべ、シュラインは頬に手を当てる。
「あんた、本当に食べもの食べている時は幸せそうだねぇ……」
 蓮は椅子の背に身体を預け、煙管を燻らせる。
「だって、ケーキは依頼人や協力してくれる調査員のみんなが持ってきてくれる位しかないのよ」
 興信所の予算で買う、甘味ものは無いらしい。
「……そりゃ、大変だね」
 思わず、もう少しどうにかしてやりなよ、と草間に毒電波を飛ばす蓮。
「そういえば、その風呂敷包み、部屋に持って行って貰わなかったのは何かあるの?」
「あぁ、これかい? 別に物騒なものじゃないよ?」
 そう言って、風呂敷包みをテーブルに置き、結び目を解く。
「綺麗ねぇ……」
「そうだろう? 季節柄、今なら売れるんじゃないかと思ってね」
 現れたのは、雪降る世界を表現した小さな箱庭だ。
 箱庭の中には、煙突のある煉瓦造りの家に、小さな庭、その庭にはもみの木が一本。
 家に繋げてあるのは小屋で、そりが見える。
 中にはトナカイが居るのだろうか。
 家から伸びているのは細い道。
「だれか住んで良そうな雰囲気ね」
「面白そうなものを広げているな」
 そう言って、サロンに入ってきたのはブラッド・フルースヴェルグだ。
「ブラッドさん」
 誰だい? と眉を少しあげた蓮に、シュラインが紹介をする。
「中にあるのは、外で降り続けている飛羽の抜け殻と同じものだ」
「あの白いの飛羽というのね」
 名前が分からなかった白いものの名が分かって、何となくすっきりとする。
「ふぅ〜ん、そうかい」
「この箱庭の者は、その世界に繋がる者達へと贈り物を届けるサンタクロースか」
 どうやら、現時点でもその場にあるものを空間を切り取り、転写したものらしい。
 雪の質感が綺麗なままなのは、白さを維持したかったのか、飛羽を使っていた。
 積もっているのは抜け殻だが、上空にいるものは飛羽が飛びながら殻を脱ぎ捨てているらしい。そして、また本来の住処へと去っていくのだ。
 本来の職業である分野と似たものに興味を惹かれたのか、ブラッドはジッと眺めていたが、謎は解けたらしく一つ頷くと、席に着いた。
「サンタさん、いいわねぇ」
(興信所にもプレゼント贈ってくれないかしら……、エアコンとか)
 えらく物理的な指定をしつつ、プレゼントをリクエストするシュラインに、どう思ったのか、ブラッドがポツリと言う。
「……必要なら作る事は出来るが」
「すごく必要っ」
 即答したシュラインに、ブラッドはやや気圧されながらも、大きさを問う。
「そうねぇ……もう少し小さい方が良いかしら」
 興信所に置いておくつもりだし、邪魔にならないくらいだと毎年飾ることが出来るだろうと言う考えだ。
 白手袋に包まれた指を何もない空間に描く。
 すると、そこには箱庭と同じものがあった。
 大きさは勿論小さいものだ。
「元のものが同じだから、同じ行動をする。クリスマスになれば、サンタクロースは贈り物をそりに乗せて子どもの元へと届けに行く姿を見る事が出来るだろう」
 クリスマスもサンタクロースも獄が属には無いものだが、知識としてはあった。
「ありがとう」
 降り注ぐ白い飛羽の箱庭は、市販されているスノーボールのようだった。



 宿泊する部屋に戻ってもシュラインは暫く眺めていた。
 ドレッサーの前に置かれた召喚書に触れると、ぽうっと光が灯り、一角獣のペルルが表紙の上に現れる。
 嬉しそうに春夏秋冬の花冠を全部角につけている。巾着は召喚書の側にあった。
「あら、全部つけたの?」
 一度全部外して、冬用の花冠を付けてあげる。
 一緒にたてがみも綺麗に整えると、それが気持ち良いのか、長いまつげを閉じている。
 ぴすっ、と鼻息が聞こえる。
 同じように合わせて聞こえてきた寝息に、シュラインはくすりと笑った。
「ペルル、私とデートしましょ?」
 ん〜? と不思議そうに首を傾げていたが、お出かけなのが分かると、嬉しそうに長い尻尾を振った。
「ディナーまでに戻ればいいわよね」
 もしかして、出かけている間に草間が起きたときのことを考え、メモをして出た。



「この白い飛羽の中でペルルと一緒に遊んでみたかったの」
 白くふわふわと薄紫の空から舞い降りてくる飛羽を掌に積もらせ、ふうっとペルルへと吹きかける。
 楽しそうにその飛羽をよけて駆けまわる。
 小さな渦が出来、くるくる、くるくると回る。
 降り注ぐ白い世界で。
 雪の中、くるくると。



END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【公式NPC】
【草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】
【碧摩・蓮/女性/26歳/アンティークショップ・レンの店主】

【NPC】
【ブラッド・フルースヴェルグ /男性/27歳/獄が属領域侵攻司令官代理・領域術師】

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■         ライター通信          ■
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>シュライン・エマさま
こんにちは。竜城英理です。
〜Auberge Ain〜にて、参加ありがとう御座いました。

この世界ではクリスマスは無いのですが、慣習は知っているという事で、こういう感じになりました。
ミニ箱庭で、贈り物を届けに行くサンタさんをお見送りしてあげて下さい。

では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。