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■GATE:07 『Way to finale』 ―神隠―■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 ミッシングは一ノ瀬奈々子の病室に居た。
 ここに居ろとフレアに命じられたのは本当だ。
「…………」
 彼女は『彼女』を見下ろす。
 ミイラのように、包帯でぐるぐるに巻かれた少女。
 言ってみれば『自分』の『一年前』の姿。
 ここに来るフレアの姿をミッシングは何度も見ていた。フレアはここに来ることを、ひどく嫌っていた。同時に、義務でもあった。
 現実は、こうして目の前に在ると『痛い』。
 何もできなかった自分。悔いてもどうしようもできない自分。
 もしも、ということを何度も繰り返し考え、その度に苦痛に歪むフレアの顔を幾度も見てきた。
 この少女は姉の苦痛の種。
「……姉さん」
 ミッシングは目を伏せた。自分の顔を見る度にフレアは少し悲しそうな顔になる。
 そう、自分では、ダメなのだ。
「姉さん……」
 窓の外を見る。もう居ないフレア。存在しなくなってしまった大事な姉。
 ミッシングは顔をあげ、それからベッドに近づいた。
 唯一露出している口元からは浅い呼吸音。
 もう一度、窓の外を見た。
「…………来る」
 元凶が。姉さんがもっとも憎んでいた存在が。
「……今?」
 誰にともなく、問う。応える声はない。
 今が……『その時』なのだろうか?
GATE:07 『Way to finale』 ―神隠―



「梧の武器は弓なのか?」
 菊理野友衛が持ってきた武器は日本刀だ。それに対しての梧北斗の質問に頷いた後、友衛はそう尋ねた。
「ああ。それに俺、学校でも弓道部なんだぜ」
「……ん? もしかして、梧は『あの』梧か?」
 友衛の問いに北斗は不思議そうな表情をする。
「いや……おまえの祖父か? その人の噂は聞いたことがあったからな……」
「へぇ。うちのじいちゃん有名人なんだなー」
 暢気な声を出す北斗は、立ち上がった。
「ちょっと奈々子の様子を見てくる。えっと、病院、だよな?」
 オートに目配せすると、彼は「はい」と頷く。
 ――そして北斗がいなくなって、二時間が経過していた。
(維緒がムーヴを攻撃するのか……)
 想像して、友衛はそれがうまく映像化できないことに驚いた。
(……アイツが真面目に仕事をするというのがいまいち想像できない……)
 あのへらへらした維緒が本当にやるのだろうか……。
 いや、むしろ。
(俺たちを餌にするかもしれないから、維緒のほうも用心しておいたほうが……)
 なんてことを考えていた友衛は、ふと気づいて目の前に座っているオートに尋ねた。
「ミッシングはどこに居るんだ?」
「どうしたんですか、突然」
 やんわり微笑んでオートはそう返す。
「そういえば、ミッシングとはあまり話したことがなかったと思ってな」
「彼女はフレアに作られた存在ですからね」
 あまり表立って行動をしていないということを含ませた言い方だ。
 化生堂の居間には友衛とオートしかいない。オートはただ黙って何か考えるように視線を畳に向けていた。
「アイツは一ノ瀬とかいう女の欠片を溜めていたんだよな」
「そうです」
「……一ノ瀬が目を覚ました時、ミッシングは……どうなる?」
「知りたいですか?」
「そりゃ……関わったし、ミッシングはおまえたちの仲間なんだろう?」
 友衛の言葉にオートは苦笑いを浮かべる。
「そうですね。
 ミッシングは作り物ですから、消えてしまうでしょう。……フレアといい、ミッシングといい、奈々子さんといい……ボクの仲間は消えていく運命なんですかね」
「おまえは未来予知の能力があるんだろ? みえるんじゃないのか、未来が」
「はは。痛いとこ突きますね。なんなら、菊理野サンの未来をみてあげましょうか?
 でも『未来』っていうのは完全には確定していないんですよ」
「? どういうことだ?」
「実際今だって、ボクはこういう事態を予測できませんでしたから」
 そう言われればそうだ。
 疑わしそうに見てくる友衛に、彼は肩をすくめてみせる。
「無数に分起点がある、というわけではないんです。ある人には一つの未来しかなかったり、ある人には百万もの未来があったりします。
 『結果』が同じになってしまうけれど、『過程』が違っていたりもしますしね。
 フレアは人間ではありませんから、『視る』長さが半端ではなく長くて……予測し辛いんです」
「そういうものなのか」
「集中的に、ある一定の時期を『視れ』ばいいんですけどね。ほぼ百発百中ですよ。
 でも、疲れるのであまりしないんです。強力すぎて、ボクに負担が大きいので」
「百発百中か」
「絶対に当たる占い師はダメだとは思いますが……ボクの場合は用意されている幾つかの未来を同時に『視る』ことができますから、ちょっと違うんです」
「絶対に当たると……いけないのか?」
 首を傾げてしまう。
 そんな友衛にオートは小さく笑った。
「不運だったり、不幸な未来まで絶対に的中するってことじゃないですか。いい占い師はそれを回避できなければ。
 ……ミッシングは最初から一つしか未来がないんです。彼女はそもそも、目的のために創られた存在ですからね。行き着く先は決まっています」
「……ミッシングを助けようとは思わないのか?」
「なぜ? ミッシを助けると、奈々子さんが一生元に戻らないということになる」
 それでは本末転倒だ。
 オートの割り切った言い方に、友衛は黙るしかない。
 どちらも助けたいなんていうのは、都合のいい考えだ。
「ミッシと喋りたいなら病院に行くことです。若槻総合病院の高見沢朱理という患者を探せば、見つけられますよ」
「……ところで維緒はどこに行ったんだ?」
「さて……。ムーヴが近くにいる時は予知ができないのでいつ戻るのかわかりませんねぇ」
 困ったように言うオートは、ふいに表情を引き締めた。
「……表に何か居ますね」
 その言葉に友衛は不思議そうにするが、すぐに気づいて持ってきた包みから日本刀を引っ張り出す。式神は表に出てから召喚すればいい。
 店まで来て、閉められた曇りガラスの引き戸の向こうに誰かがいるのが見えた。
「あれ……は……?」
 帽子をかぶった姿は見覚えがある。
 がらりと引き戸を開けて現れたのは、いつもの白い衣服姿の――。
 友衛は目を見開いた。死んだはずではないのか?
 笑顔を浮かべようとしたその人物は、すぐに表情を引き締めて振り向く。背後には、大きな時計を抱えた少女の姿がある。
「ねえ……どうして? 殺したはずなんだけど?」
 首を傾げたのは――――!
 友衛が緊張に身に力を入れてしまう。
「ムーヴ……!」
 ムーヴはその場でにっこり微笑んだ。
「こんにちは。
 死んでないなら……また殺しちゃってもいい? ふふ。フレアって、飽きないから大好き」
 店の外に飛び出した友衛が式神を呼び出す。炎を纏った鳥は一鳴きするが、ムーヴが軽く息を「ふぅ」と吐くと風に掻き消されるように吹き飛ばされてしまう。
「――邪魔するなら、みんな死んじゃえ」

**

 北斗はぎゅ、と握りしめた。握ったそれは、フレアの残した帽子だ。真っ赤に染まったそれは、彼女の死を象徴するようだった。
 フレアの為にも、ムーヴに負けるわけにはいかない。
 北斗はフレアの帽子を手放さなかった。オートも所有権を言わなかったので、なんとなく北斗が持ち歩いていた。
 周りからは……何もできなかった悔しさから持ち歩いているように見えるのかもしれない。忘れられないだろうとも、思われているに違いなかった。
 間違ってはいないが……それだけではないのだ。
「そういやオートは時計を気にしてたな……。多分真正面から向かっても俺じゃムーヴには勝てない……。
 フォローに回るしかないよな……」
 だが、北斗はフォローが得意ではないのだ……困った。
(でも今は、そんなこと言ってられないよな。うん)
 化生堂を抜けてきたのは明確な目的があってのことだ。ムーヴが現れるならきっと奈々子のいる病院だと踏んでのことだ。
 友衛やオートにそのことを話そうかとも思ったのだが……本当に現れるかどうかわからないため、言わずに来たのである。
 若槻総合病院の正面玄関の前に立つ。病院を見上げるとどうしても思い出してしまい、女々しくなってしまう。
(……会いたいな)
 前は、フレアがここから出てきたのだ。自分はそれを待ち構えていた。彼女は自分にとんでもない提案をしてきて、戸惑って……。
 オートも維緒も戻らないとは言っていたが……。
(俺は、まだ信じてる)
 フレアがきっと戻ってくると。だから彼女のためにもムーヴを止めなくちゃ……!
 自動ドアをくぐり、受付まで歩く。奈々子がいる病室を北斗は知らないのだ。
「えっと……一ノ瀬奈々子の病室はどこですか?」
「イチノセナナコさん……ちょっとお待ちを」
 受付の者は何か調べていたが、首を振った。
「そういう患者さんはいらっしゃいませんが」
「えっ!? で、でも」
 そこでハッとする。
「高見沢朱理はいますか?」
「タカミザワアカリ……。あ、はい」
 いらっしゃいますね、と答えられて、北斗はやはりと思うしかなかった。
 バカ正直に奈々子の名前で入院させるわけがないのだ。だとすれば、フレアが自分の名を使うに違いない。
 北斗は病室の番号を記憶し、エレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターを降りて、左に曲がる。この階の一番奥側の個室に居るのだ、奈々子が。
 どんな状態なのか、北斗は知らない。この通路をフレアは一体何回通ったのだろう? その時の気持ちを考えると、胸が痛くなる。
(あ、あった。ここだ)
 北斗は病室を確認し、引き戸を開ける。そしてそこで、完全に動きを止めてしまった。



 ミッシングはゆっくりと身を乗り出して、ベッドの両脇に手を置いた。ぎしり、と重さを訴える音が響く。
 すぅすぅと、緩やかな呼吸音だけが聞こえる。開かれた奈々子の唇はかさかさだ。
 そんな乾いた唇に、ミッシングは己のそれを重ねた。ゆっくりと、自分の唇を押し付ける。
 微かにしか開いていなかった唇をこじ開け、眉をひそめた。それから――瞼を閉じる。



 そんな衝撃のキスシーンを目撃してしまった北斗は硬直している。
 頭の中は大混乱だ。
 ミッシングは一体なにをしている!?
(え……? ミッシングが、奈々子にキス……し、てる……???)
 目の前で起こっていることに思わず何度も瞬きをしてしまった。
 みるみるミッシングの姿が奈々子似のものから、フレア似になっていく。それは何かの悪夢のようにも、化かされているようにもみえた。特に北斗には……どちらかといえば、前者のほうが強く感じた。
 だって、わかってる。
 目の前に居るのはフレアじゃなくて、ミッシングで。
 体つきも丸みや肉付きが若干減る。全身を包むライダースーツが、少しだけ縮んだような気もした。
 短かった髪が伸び、さらりと揺れた。その様子が北斗の胸を焦がす。違うとわかっているのに、どうしても期待してしまう。これは、かなり辛い。
 唇を離した彼女は起き上がった。ミッシングはフレアと瓜二つだ。虚ろな瞳で、ドアのところに立っている北斗を見遣った。
 思わずその視線に北斗は後退った。怖かったのだ。別人だとわかっているから、余計に。
 彼女は無表情で近づいて来る。かつかつと、足音をさせて。
 逃げようとする北斗の両肩を掴んだ。
「な、なんだよ……」
 声が震えた。
 なんでこんなに似てるんだよ。ひでぇよ。フレアは戻ってくるって信じてるけど、ミッシングってわかってるのに――。
 北斗を吟味するように見て、ミッシングはゆっくりと顔を近づけてくる。
 喉が引きつってしまう。物凄い力で肩を押さえつけられているためだ。
「や、やめ……っ、ん」
 重なった唇はとても冷たく、北斗は恐ろしさに悲鳴をあげそうになった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 病院ではとんでもない光景を目撃してしまいました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。