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■玄冬流転・壱 〜立冬〜■

遊月
【2703】【八重咲・悠】【魔術師】
 朱夏も、白秋も、巡った。
 次は、自分。
 朱夏のような悲願も、白秋のような制約もない自分は、『封印解除』をすることに対してなんら思うことがない。
 何度季節が巡っただろう。気の遠くなるようなその間、『彼』は待ち続けた。
 だから、『彼』の願いを叶えることは、当然なのだ。

 ――そのためだけに、自分たちは居るのだから。
◆玄冬流転・壱 〜立冬〜◆


 自分の身を取り巻く空気の質が変わったことを、八重咲悠は正確に察知した。
(これは――)
 異質、と呼ぶしかない空間。建物や風景は変わりないはずなのに、全てが闇色に染まっている。その通常在り得るはずのない光景にもさして取り乱すことなく、彼は静かに微笑みを浮かべさえした。
 それが誰かの手によって作り出された結界によるものだということを、悠は誰に教えられるでもなく理解したのだ。それ故に、愉悦の笑みを浮かべた。
(――…興味深い)
 好奇――その根底にある知識欲こそが彼を動かす。
 魔術に関しては豊富という言葉で片付けられないほどの知識量を誇る悠だが――この、今現在自身が居る場を囲う『結界』は、全く未知のものだった。何らかの『目的』のためだけに作られ、それに特化した『結界』であろうことは感じられるが、逆に言えばそれ以上のことは分からない。
 この結界の主はどのような人物で、どのような目的を持ち、どのような力を以ってして、この結界を作ったのか――。
 それを『識りたい』、と――悠は思った。故に、最も効率的で確実な行動を悠は取った。
 ――この結界の主であろう人物が居る場所へ向かう、という行動を。

◆ ◇ ◆

 どうして『そこ』にその人物がいると分かったのかと聞かれれば、『そう感じたから』と答える他無い。
 そういう『感覚』に導かれて、悠は『そこ』に辿り着いた。
 『結界』の中心。――そして同時に異質な空気の中心。
 そこに居たのは、漆黒の髪に夜色の瞳を持つ、1人の少女だった。長いとも短いとも言えない中途半端な長さの髪を、無造作に放って置いている。それは少女の外見年齢――恐らく十代前半だろうそれには似つかわしくなかったが、むしろそれが少女の浮世離れした魅力を引き立たせているようにも思える。もちろん、そんなことは悠の興味の対象にはならないが。
 悠の興味を惹くのは少女の外見ではなく、内面――その力と、行動原理なのだから。
「……相性が、いいのかな」
 地面に何かを――恐らくは魔法陣に類するものを描いていたその少女は手を止め、そして悠をちらりと見て言った。
「相性? ……いえ」
 その言葉に問いかけようとして、思い直す。
「私は、八重咲悠と申します。――貴方のお名前をお伺いしても?」
 ぱちり、と一度瞬いて、そして少女は答えた。
「……クロ……」
 名のみの簡潔な――簡潔すぎる答えにも、悠の浮かべた笑みは崩れない。
 対する少女――クロもまた、誰が見ても好感を持つ――しかし何か不吉な雰囲気が漂う悠の容貌にも、何ら反応らしきものは示さなかった。
「貴女は此方で何をなさっているのでしょう。何らかの類の、解呪を行っているようにお見受けしますが」
 最初問おうとした問いと違うものを言の葉にのせたのは、気付いたからだ。
 クロが描く魔法陣の下に、既に不可視のものとなり、ただ力の軌跡だけが僅かに残るだけの、全く別種の魔法陣が在ることを。
 そして彼女が描く魔法陣はその魔法陣を完璧に打ち消すためのものであると、自身に読み取ることの出来た魔法陣の構成から推測したのだった。
「……そう。わたしは『解除』をしてる……」
「『解除』――それが貴方のなさっていることの総称ですか?」
 問えば、クロはこくりと頷く。その瞳からは、何の感情も読み取れなかった。
「『解除』……は、『封印解除』の、こと。……一族の、『封破士』がやるべきこと。わたしは、『玄冬』の『封破士』だから……」
 フウハシ――恐らく『封破士』と字を当てるのだろう。『玄冬』は、四季の『玄冬』だろうとあたりをつける。
 言葉を紡ぐ間にも、クロはその『封印解除』のためだろう行動――魔法陣を描くこと――をし続ける。
 魔法陣を描き終わったのか、立ち上がったクロは全体を確認するように視線を巡らせる。魔法陣の全体は直径四メートルの円と同じほどだが、その中に描かれている文様が凄まじく細かい。一体どれ程の時をかけてこれを描き上げたのか――悠がそう考えるほどに、その構造の細密さはいっそ病的であった。
 魔法陣を眺めたクロは納得するように小さく頷く。そしてどこからともなく鈍く銀に光る短剣を取り出し――。
 自らの腕に、何の躊躇も無く滑らせた。
 黒の世界の中。白い素肌に、紅が伝う。
 ゆるりと腕を伝った紅は重力に従い、魔法陣の描かれた地面に――落ちる。
 瞬間。
 ――ぞわり、と。
 怖気が走る感覚を、悠は覚えた。
 先までとは比較にならないほどの異質さが、辺りを包み込む。
 それは時間にすれば数秒のことであったが――感じる重圧で言えば、何時間も経ったかのように思えた。
 クロが無表情のまま魔法陣の中から出る。同時に異質さは薄れ、悠が結界に入った瞬間に感じた程度――否、それより僅かに濃い異質な空気に落ち着いた。
「もう少ししたら……多分、出られるようになる…と思う…」
 ぽつり、とクロが言う。それが悠に向かっての言葉だというのは、言われずとも分かった。
「この結界は、自由に出入りすることが出来るものではないのですね」
「うん……この結界は…一族の封破士にしか、作れない…し、壊せない、から……。通れる人も、普通はいない……。特に、玄冬のは……完全に空間を閉ざす、から……」
「だから、『相性がいい』と?」
 問えば、クロは頷いた。
「…そう……。稀に、封破士と相性がいい人間が、居るんだって……。『白秋』は、それを感じ取れる…らしいけど……。『玄冬』には…その能力が…ないから…推測に、過ぎないけど……」
「成程…」
 彼女の言葉の真偽は分からないものの、悠がこうして何の抵抗も無く結界内に入ることが出来たことには何らかの理由があると見て間違いないだろう。現時点で最も有力な理由が『相性がいい』ということなのは確かだ。
 とりあえず情報を頭に刻み込んだ悠は、今も尚血を流し続けるクロの腕に視線を遣る。彼女は全くそれに頓着していないようで、止血をしようという意思も感じられない。
 少し考えて、悠はクロに尋ねた。
「『痛い』――とは、思わないのですか」
 悠の視線から何に対して問われたのかは分かったのだろう。クロは僅かに首を傾げて答える。
「……よく、分からない…。『痛い』のかもしれないけど……わたしは身体とか、命とかを『大事』にしようと思わない、から。…ヒトは、『死にたくない』と思うから……『痛み』を恐れるんじゃ、ないのかな…。わたしは、『痛い』…のかもしれないけど、それを意識…しない、し…」
 『分からない』――『感じない』ではなく、『分からない』と彼女は言った。それは、付随する感情の希薄さゆえか、それとも――。
 ゆったりと口元だけで笑んで、悠はまた、問いを投げかけた。
「――貴女は、何を成し遂げようとしているのですか?」
 『封印解除』について詳しいことは分からないが、それによって何らかの事象が引き起こされるだろうことは確実だ。術とはそういうものなのだから。そしてこのような決して簡単とは言えない術を通してクロが引き起こしたい『事象』に、悠は多少なりと興味を惹かれたのだ。
 クロは、その無感情な瞳を一瞬だけ揺らす。
「『願い』を……」
「『願い』?」
「当主の…『願い』を、叶える、こと……。もともと、わたしたちは、そのために……生まれた、から……」
 『当主』。それが――その人物の『願い』が、彼女の行動原理なのだろうか。
 この異質な空間を作り出し、自らの身体を躊躇いも無く傷つける――その、理由。
 くつり、と悠は笑う。
 彼女の抱くそれは――…狂気とは、呼べない。狂気と呼ぶには、あまりに淡々とし過ぎている。
 ……けれど。
「今日、貴女に出会えて良かった。貴女は非常に───興味深い方だ」
 ――…悠の興味を惹くには、充分だった。
 告げた言葉は、嘘偽りなく悠がクロに対して抱いた感想。
 彼女について――彼女がしようとしていることについて、詳しく識ることが出来たわけではない。
 それでも、興味を惹かれた。『識りたい』と――そう思ったのだ。
「あなた………」
 言いかけて、クロはじっと悠を見つめる。
「………変わったひと、だね………」
 僅かに不思議そうな感情を滲ませた声音と瞳で、彼女はそう――告げたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2703/八重咲・悠(やえざき・はるか)/男性/18歳/魔術師】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、八重咲さま。そしてほろびのうたではお世話になりました。ライターの遊月と申します。
 「玄冬流転・壱 〜立冬〜」へのご参加有難うございます。

 クロとの初接触、如何だったでしょうか。
 八重咲さまに興味を持っていただける風になっていたらよいのですが…。
 この接触で、クロも多少なりと八重咲さまに興味を持ったりしているようです。分かりにくいですけれども…。
 八重咲さまの雰囲気やイメージなど崩してしまっていないか不安で一杯ですが、精一杯書かせていただきました。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、書かせていただき本当にありがとうございました。