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■VamBeat −Incipit−■

紺藤 碧
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
 暗い路地裏。
 大通りからは街のネオンと、車のヘッドランプが流れ込む。
 だが、その人が居る場所だけは、何の光も降り注がなかった。
 腹部を押さえ、きつく瞳を閉じた顔は青白い。
 汗が浮かぶ額に、銀糸の髪がこべりつく。
 腹部を押さえている手の下から、じわりと滲む赤い………

―――血だ!

 思わず駆け出した。
 あふれ出る血は路地に赤い血溜まりを作っていく。
「大丈夫―――!!?」
 声をかけた瞬間、首筋めがけてその人の頭が動いた。




VamBeat −Incipit−



 暗い路地裏。
 大通りからは街のネオンと、車のヘッドランプが流れ込む。
 だが、その人が居る場所だけは、何の光も降り注がなかった。
 腹部を押さえ、きつく瞳を閉じた顔は青白い。
 汗が額から頬へと伝わり、落ちる。
 腹部を押さえている手の下から、じわりと滲む赤い………

―――血だ!

 思わず駆け出した。
 あふれ出る血は路地に赤い血溜まりを作っていく。
「大丈夫―――!!?」
 声をかけた瞬間、首筋めがけてその人の頭が動いた。






 夜神・潤は、流れるような動作でその額を手で押さえ、すっと首筋を引っ込める。
 長いストレートの銀の髪と、真っ赤な瞳の少女。
(吸血鬼…だね)
 どこか正気を失っている眼は、その真っ赤な瞳に潤の姿を映した。
 今自分がこの場を離れたら、この子は他の誰かを襲うかもしれない。
 潤はそう考えると、巻き込む人がいないように、魔力を使って人がいない空間へと転移した。
 彼女は空間―――場所が変わったことにさえ気がつかず、ただ銀色の長い髪をなびかせて荒い息を吐く。
「大丈夫? 落ち着いて」
 ドクドクと命が殺がれていく小さな音が聞こえる。
 吸血鬼だと思ったのだが、腹部の傷は一向に癒えることなくその血で地面を染め上げる。
 思い違いではないはずだ。
 自分とは何かしら根本から違うような匂いを感じるが、確かにこの行動は吸血鬼のもの。
「大丈夫。仲間だよ」
 厳密には違う。けれど、大分類で見れば同じ。
 そんな潤の声に、彼女の息が少しだけ穏やかさを取り戻した。
 潤はそっと彼女の肩に触れて、自身の魔力を注ぎ込む。
 神祖たる吸血鬼の血を引いた自分の魔力ならば、一般の吸血鬼の傷程度癒すことが出来るはず。
「ぅあっ…ぁあ!!」
「!!?」
 しかし、彼女は腹部をきつく押さえ、その場に猫のように丸まってしまう。
 流石にこれには潤も驚いた。
 自分の魔力が通用しない吸血鬼がいたのだ。
「………」
 癒えない腹部から流れ出る血はやまず、彼女の顔はだんだん青白くなっていく。
 吸血鬼が出血多量で死ぬ……洒落にならなさ過ぎる。
 どうしよう。どうしよう。
 潤は考える。魔力がダメならば、どうすれば彼女の傷は癒えるのか。
「そういえば…」
 出会った最初、本能のみで動いたように見えた彼女が行った行動は、首筋からの吸血行為。
 もし自分が今のような生まれでなく、普通の人間だったなら、彼女に素直に血を吸われていたかも知れないが、如何せん自分の血は与えられた者に害を及ぼすような代物。不可抗力なんてことは絶対に起こしてはならない。
 だが妖しいとすれば、あの時の行動だ。
 彼女は未だ傷に呻き、玉の汗が額から流れている。
 潤は空間を転移し、此方も命が1つかかっているのだ。ごめんなさいと思いつつ、輸血パックを1つ拝借した。
「これで、怪我が治るといいけど」
 彼女の身体を抱きかかえ、上を向くように頭を支え、ふたを開けた輸血パックを口元に持っていく。
「飲める?」
 赤い血がまるでただの液体のように口に注ぎ込まれていく。
 彼女の喉がなる度に、殺意で彩られた真っ赤な瞳だけの眼に、穏やかさが戻っていく。
「もう、大丈夫かな?」
 潤は彼女の顔を覗き込み、安心させるようににっこりと微笑む。
 けれど、まだ傷の痛みの後遺症で朦朧としているのか、彼女は顔を動かすだけだった。
 狂ったような表情が落ち着き、彼女の顔をよくよく見れば、瞳は赤かったものの、ちゃんと瞳と白目があり、普通の人間の眼を持った何処にでもいる少女だった。
 あれほど鋭かった犬歯も気がつけば見えなくなっている。
「どうしてあんな大怪我を?」
 潤のもっともな質問が少女に浴びせられた瞬間、空間を割る音と共に高らかに声が響く。
「こういった場所へ逃げ込むのは関心できませんね」
 街のネオンを背景に、両手に銃火器らしきシルエットを携えた―――シスター。
「…イロナ」
 小さく呟いた少女に潤は振り返る。
「まさか貴女に味方がいるとは思いませんでしたよセシル」
 勝手に進んでいく少女たちの会話に潤はついていけない。
 そもそも、少女(多分話の流れで言えばセシルかな)を助けたのもなりゆきだ。
「ねえ、話が―――」

 ドドドドドドドド――――!!

 交差した両手の先から繰り出される銀の弾丸。
 それは、一緒にいる潤さえも巻き込んで辺りに打ち放たれた。
「っ!」
 突然の奇襲に潤はセシルを抱きかかえ、横に跳び避ける。
 やはりついさっきまで倒れこんでいたセシルには、そのまま壁にもたれこむように荒い息をついたまま、未だしゃべるだけの体力は無いのか、心配そうな面持ちで、潤の服の裾をぎゅっと引っ張った。
「心配しないで」
 これでも、吸血鬼だし。
 禁忌の存在であるとか、突然変異であるとかは言わない。それはきっと必要ないから。
 セシルの眼が驚きで一瞬大きくなった。
 潤はシスター・イロナに振り返る。
「えっと、俺には君と戦う理由が無いから、できればその銃を収めてほしいかな」
 精一杯、できるだけの笑顔をイロナに向けて、両手を挙げてお願いしてみる。
「同感です。わたくしも貴方とは戦う理由がありません。そこをどいてください」
 ホールドアップしている潤の後ろには、今だ本調子ではないセシル。
 ここをどくわけには行かない。
 シスター・イロナはカツカツとブーツの音を響かせて潤に近づいてくる。その手から銃の武装は解かれていない。
「止めようよ。そんな物騒なものしまってさ。もう夜も遅いし、女の子がこんな時間出歩いていたら危ないよ」
 本心だった、かなり。
 セシルもイロナも一般人から見ればかなり高い戦闘力を有していても、女の子なのだ。
 そう思って、出来うる限りの言葉を並べたつもりだった。
 だが、
「……粛清します」
 それが、シスター・イロナの口から出た、最期通告だった。








 辺りに飛び交う銃弾の音。
 どこにそれだけの弾丸があるのかと問いたいが、彼女のスカートの中はある意味武器庫だった。この程度造作もないのだろう。
 セシルはぐっと唇を噛み締める。
「……ごめんなさい」
 すっと、潤の横を風のように駆け抜けた銀糸の髪。
「あ、ねえ!」
 立ち尽くすイロナの横をわざと跳び去り、セシルは街のネオンに飛び込んでいく。
 挑発されたイロナは、潤に一瞥をくれることなく、その後ろを追かけていった。
 残された潤は……
「まさか、まともな台詞が“ごめんなさい”だけ、なんてね」
 二人が駆けて行った先を見つめ、苦笑気味に呟いた。














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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7038 / 夜神・潤 / 男性 / 200歳 / 禁忌の存在】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −Incipit−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 回復までに少々時間がかかってしまったので、ほとんどしゃべらずに終わってしまいました。
 加え今回はかなり顔合わせのみとなってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
 それではまた、潤様に出会えることを祈って……