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■時掛館のソウサク■

京乃ゆらさ
【1252】【海原・みなも】【女学生】
 さあ、どんな話にしよう。
 栞は部屋のベッドに横たわって独り考え始める。時掛館の物語の事だ。
 やっぱり館を舞台にする以上、ミステリとかかなー。
 栞は今までになく胸が弾んでいた。なぜならば館の物語を書くからである。つまりどういうことかと言えば。
 何でなのか解んないけど、あんな人間が出てきちゃうくらいだからやっぱり特別なモノにしたいよねー……。
 という事である。
 栞はメイド――舞葉が現れて以来、なんとなく続きを書くのが恐ろしくて敬遠してきていた。しかし逃げてばかりもいられない。栞の作家魂が、館の物語以外にあまり話が浮かばないようになってきたからだ。作家の創作意欲というものは一概にして迷惑なものである。それまで順調に物語を創ってきていたのに、ふと別の面白そうなものに目移りしてしまった次の瞬間にはもはや思いついた事しか考えられなくなっている。特に栞はそのような気分屋の気質が強かった。
 そこで、だったらと栞は逆に進んで館の話を書こうと思い立った。そしていざそうなるとものすごく楽しみになる。難儀なものである。
 そういうわけで栞は今楽しくて仕方がないのだ。
 館の謎を解明していくなんていいかも!
 栞がベッドから跳ね起きて妄想する。
 まず玄関が開かなくなっていて、重要な部屋には鍵がかかっている。そこに行く為に舞葉と誰かもう一人とかは鍵を探すんだけど、どこにあるのか解らない。しかも館は謎の解明を拒むように様々な障害を設ける。舞葉たちはそこで知力体力精神力を尽くして――――。
 謎なんて私が知りたいくらいだけど……よっし!
 栞は立ち上がって古い木の椅子に座り、机に向かう。もはや愛用となった万年筆はいつも机にスタンバっている。
 そして原稿を書きやすい位置にセットして。


 ぎ、ぎぎぃ……。かたん。

 ――――栞が書き始めた頃、物語に迷い込むように誰かが玄関をくぐった。

時掛館のソウサク

 ひくちっ!
 可愛らしいくしゃみとともに館に転がり込んできたのは、海原・みなもだった。みなもは鼻をずるずるさせ、髪からセーラーから水を滴らせている。
「うぅ――――……純良さんのウソツキぃ……」
 せめてもの気晴らしに天気予報士への恨み言を呟いていたその時、突然雨音に混じって何かを叩く音が聞こえてきた。
 ひゃいぃぃぃぃいぃぃ!!!!
 みなもがびくりとして入ってきた扉から逃げ出そうとする。ガヂャリガヂャリ。しかし開かない。音は段々大きくなってくる。みなもは生唾を飲み込み、意を決して恐る恐るホールの方を振り向く。
 そこには……、
「栞様! いらっしゃいますか、栞様!」
 見事に美しくメイドさんしていらっしゃる女性が、部屋の扉を叩いていた。
「あ、あの……」
 みなもは胸を撫で下ろしてゆっくりと近づく。
「しお……っ、あ、申し訳ございません! 栞様のお客様でしょうか?」
「あ、いえ、その……あ、雨宿り、させていただけませんか? あ、あぅごめんなさい突然……や、やっぱりいいです! 失礼しま」
「よろしいですよ。どうぞゆっくりして下さいませ。可愛らしい女性が風邪などお引きになられては大変です」
 満面の微笑。それにつられる様にみなもも頬が緩んだ。
 一時はどうなるかと思ったけど、いいおうちで良かった……あれ、でもさっき扉が……。
「あの、ところでこのお邸の扉って、自動で閉まったりするんですか?」
「その様な事はございませんが」
 え、ちょっと、でもさっきガチャって、え……?
 みなもが見るからにうろたえると、メイドはくすりと嗤って言う。
「ですが、少々不思議な館ですから、人を閉じ込めたとしてもおかしくありませんわ」
 ひ、ひぃぃんっ! やっぱりヘンなとこだったよぅ……!!
「まずはゆっくりと致しましょう。館の鍵で開くかもしれませんし、手伝っていただければなんとかなります」
 手伝う?
 みなもが不思議に感じて辺りを見回す。しかし何もなかった。ホールの割に、普通の館の玄関ホールを縦に二分したように縦長になっている以外は。玄関から見て左にはメイドが叩いていた扉があり、右は変わった色の歪な壁。天井を見上げようとすると、霧で全容が知れない。
 ……霧?
「手伝うって……」
 何を。みなもが言いかけた時、何かが上からぽたりと降ってきた。みなものすぐ真横を通ったそれは、木の床に落ちると……、

 ――じゅっと音を立てて木が溶けた。

「っきゃああああぁあぁぁぁ!!!」
 みなもは咄嗟にメイドに飛びつく。メイドの方は慣れたように冷静に受け止めて見上げている。
「このように館がそれはもう」
 先程と変わらぬ微笑。むしろその笑みが恐ろしい。
「わ、わかった! 分かりましたから早く逃げましょう! ほら、奥の部屋に!!」
「ありがとうございます。あ、わたくしは舞葉と申します。あなた様は……」
「みなも、海原みなもですっ! それより早く――――っ!」
 みなもが舞葉を引っ張るようにして奥の部屋に走る。時に前、時に真上に落ちてくるそれを必死に避け続ける。
 そして部屋――応接室に辿り着いた時には、みなもは早くも満身創痍だった。一方後ろの舞葉は涼しい顔だ。
 ……あぁ、普通にビニール傘買って帰ればよかった。

◆メイド2人

「それで、あの……」
 濡れた服をキッチン横の洗濯乾燥機に脱いで身体を拭きながら、差し出された服を見る。綺麗なパフスリーブとひらひらスカートのそれは、みなもの目の前ににこやかに立つ舞葉の服と寸分違わないものだった。
「……メイド服、ですよね」
「申し訳無い事に今ここにはわたくしのスペアしかなかったもので……お嫌ですか?」
 少しの悪意もなさそうなつぶらな瞳だった。
「……わかりました……」
 嫌々着るみなもだったが、なかなかどうして、ぴちっと着てみると、きちんとカチューシャまでつけてみたくなる。そしてタイミングよく渡されたそれを頭にして。
「お似合いでございます、海原様」
「そうですか?」
「はい!」
 むず痒くはにかむみなも。
 きっぱりと言われると、やはり気持ちが良いものである。みなもは気付けば、次のバイトはメイド服もいいかもなどと思っていた。
「あ、それとみなも、でいいですよ。舞葉さん」
 みなもが笑いかけると、かしこまりましたみなも様、と舞葉が応えた。

 セーラー服を乾燥機に突っ込んで応接室のソファで話したところ、舞葉も大して事態を理解できていない事が分かった。舞葉はキッチンで夕食の準備に入ろうかという時に、館全体が振動したように感じ、主人の部屋の前に行き扉を叩いていた、と言う。頭上の霧やホールを左右に完全に区切るモノ、酸などはそれから現れたようだった。しかし確実に言えるのは、館の部屋それぞれの鍵はホール右の使用人室にあり、脱出、あるいは主人の部屋に入る事のできる可能性はそれだけだという事。そこでみなもは、先程ヤケで約束した通りに鍵を取りに行く手伝いをする事にした。
「じゃあ早速行きましょう」
「はい。わたくしがご案内いたします」
 スカートを翻して颯爽と前を行く舞葉を、みなもは素直にカッコいいと思った。

◆海原みなもの景色

 部屋を出て再び酸を避けつつ近くの階段に辿り着くと、そこでは酸は降っていなかった。しかし館の中では何が起こるか解らないので、用心して上がる。1階ホール左から時計回りに、2階に上がって右に行き、1階ホール右に下りて使用人室に行くという計画だ。
 2人は無事に上りきり廊下にきたところで、舞葉が後ろのみなもに振り返って微笑む。みなももそれに癒される。
 が、その表情は何秒経っても変わる事無く、さすがに怪訝に思ったみなもは正確に舞葉の視線を追ってみる。
 その視線は自分を通り過ぎ、古びた2階廊下奥に鎮座まします黒い3つ首のお犬様等身大ぬいぐるみへと向かい、
「あは……こんなぬいぐるみ、どこで買ったんですかー、あはは、あたしも欲しいなぁ」
「信じたくないお気持ちは解りますが、その……残念ながら」
 向かい合う2人。絡み合う視線。縮まるキョリ。閉じられる瞳と震える唇。腕は互いの腰。触れ合う双丘。そして……、

「■■■■――――――――!!!!」

 甘くある種官能的な現実逃避を、黒い獣が無惨に打ち破るや、2人は一斉に駆け出した。幸い2階左に獣はいた為、このまま右に行き一目散に1階使用人室へ逃げ込める。
 力の限りに足を前へ。体育祭でこれができればおそらく上位に食い込める走り。それは生命を賭けたかけっこだった。だがなかなか差が広がらない。それどころか右の階段にも近づけない。つまり走っているのにその場から動いていなかった。いや、正確には。
 恐怖で脳が、筋肉が命令を拒否するかの如く足も動いていなかった。
 近付いてくる3つ首。
 その時、舞葉が獣とみなもの間に立ち塞がる。お客様を守るのが自らの存在理由のように。
「なにしてるんですか舞葉さん!」
「わたくしは命などなきも同然です。みなも様はお早く……」
 震える声。
 獣が一気に飛びかかる。反射的に。頭上の霧を仰ぎ見る。
 いける!
『水衣』を纏って獣の前に躍り出るみなも。衝撃。3つ首獣の体当たりを、展開した薄い膜で受け止める。
 獣を見据える。よく見るとそれは、顔のパーツがどこかアレに似ていた。原初の昔から行き続ける、おぞましく平べったい黒い悪魔に。震え上がる身体と、漲る憎悪。
「いけぇっ!」
 膜から細い水槍を伸ばす。狙いは3組の眼球。手応え。しかし1つを外す。鋭い前足で払われるのをかばう。右の肩から袖が裂ける。だがみなもも反撃に出る。さらに霧から水を奪い、水球を創り上げる。丁度、3つの顔の先端――呼吸器の周囲に。
 神話の獣がもがきよろめく。そこに間髪入れずに前足を掠める。咆哮。
 廊下を遮るように水の壁を張る。突進してくる。しかし阻まれる。よろよろと倒れる獣。立ち上がる。しかし方向も定まらず、みなも達と反対方向へ突っ込む。もはや虫の息となっていた。そこでようやく水球を解いた。
「ッ……は……!」
 みなもが肩で息をする。
「さ、早く階段を」
「え、ええ」
 急いで2人が下りる。
「あ、あの……」
 みなもはか細い声で。
「なんでしょうか?」
「その……今のは、えっと……」
「?」
 舞葉がきょとんと音が聞こえるように美しく小首を傾げる。
「……驚かないんですか?」
「さっきの、お水がくにくになったのが、ですか?」
 擬態センスには同意しかねるものの、みなもが首肯すると、舞葉はふわりと彼女の頭を撫でた。
「館は以前からこんなものですし、なにより……」
 1階に辿り着き、舞葉が傍にある扉を開ける。
「わたくしはこの館で栞様に創り出されたものですから」

◆古きもの、きみに捧ぐ

 鍵の保管場所には、何の異状もなかった。それでも用心して抜き足で侵入する。舞葉が地下書庫への階段の横の壁に掛けられた鍵の束を取り、扉前で待機していたみなもの許に戻ってくる。
「さっきの……創り出されたって、何なんですか?」
 みなもは訊いた後で無神経だったかと心を痛めるが、舞葉はさも当然と。
「言葉通りですわ。わたくしは、館の紙とペンを使って我が主が執筆なさっている、この館の物語の登場人物でございます」
 むしろ、それを誇るように。
「じゃあ今、舞葉さんは生きてるの?」
「生きるという定義によって異なりますね。ですが独立したわたくしという人格がわたくしの意志で栞様に仕えている、という意味では生きております」
「命は?」
「現実に影響を及ぼし、意志を持って行動しているのに、正確な意味での『命がある』事に拘る必要が?」
 涼やかに柔らかく目を細める舞葉の姿は、まさに人間だった。
「です、ね」
 つられてみなもも明るく笑う。
 人間がなんだろう。人形がなんだろう。幻想がなんだろう。そこで、確かな自我を持っている。ただ、それだけ。
「じゃあ、戻ってシオリサマの部屋に行きますかっ」
「早く行かないとお腹を空かせているかもしれません」
 舞葉が冗談めかして答えた。

 そうして使用人室を出ると、今までホールを分けていた妙な壁が消えていた。そして代わりに。
 巨大な手のようなものが中空に浮いていた。肘の辺りから下だけの、ホールに入りきらんばかりの歪な腕。先程の壁と同じ色をしていた。
 みなもは心の準備をする間もなく、声も出せずに隣の舞葉に抱きつく。
 その『腕』がどこからか声を発する。
『我に安らぎを与えよ』
 朗々と、堂々たる口調。
 あまりの事に唖然としていると『腕』から同じ質問が繰り返され、やっと我に返る。
「安らぎと言いますと……」
 舞葉が若奥様のような仕草で考える。
「栞様に料理を全て召し上がっていただいたと」
「それは舞葉さん個人の安らぎかと」
「でしたら……きゅうりの浅漬けを食べ」
「好きなんですか?……きゅうり」
「はい! みなも様は何がお好きなんですか?」
「はぁ」
 構ってられない。秘かに嘆息するみなもである。
 それにしても。安らぎ、とは。そんなもの人それぞれであり、ましてや突然現れた謎の『腕』が安らげるものなど想像のしようも……。
 みなもはふと閃くものがあった。スカートのポケットをまさぐる。着替えた際に大体入れたはずだった。スカートのポケットとはすなわち4次元空間に等しい、と誰かが言ったとか言わないとか。
 目当てのものを探り当てる。
 ソレから一本の短い棒を取り出し、恐々と『腕』に近づくと、凶悪なその手には塵のようなその棒を握らせ、僅かに振らせる。するとその棒の先からちょっとした炎が上がる。それはすぐに消えたが、その割に異様な量の煙が円状に立ち昇っていく。やがて『腕』全体を包み込んで煙が形作られて。
 光景をしばらく見守っていると、かつての幸せを夢想したのだろうか、『腕』の姿が薄らいでいく。そして煙が霧散する頃、それと共に旅立つように消えていった。
「…………。今の、なんですか?」
「わたくしにも。化生の者、というやつでしょうか」
「ま、まぁ無事だったからいい、ですよ、ね」
「ええ。それよりも早く栞様のお部屋へ」
 最後の障害は、全く事態を飲み込めないままに、解決していた。



 カチャ。
 持ってきた鍵は期待通りの働きをしてくれ、無事に栞の部屋が開かれた。軋む扉を開けて中に入ると、そこには大量の紙くずと、
「ん――――もうちょっとこう……」
 机でうなる栞がいた。
 舞葉が一目散に駆け寄る。
「栞様! ご無事でしたでしょうか?」
「へ? 舞葉? 何かあったの? ってお客さ……メイドさん希望?」
「メイド服には触れないで下さい……」
 ひとまず挨拶を済ませると、舞葉が今までの事情を説明した。多少、誇張した表現で。
 しかしその話を聞くにつけ、栞はその出来事への恐怖というより、既視感を覚えたような驚きの表情をしている事にみなもが気付き、尋ねてみる。さもありなん。答えは、
「あはは。この館って不思議だなーとは思ってたんだけどさ。……私が今書いてた内容とそっくりなのよね。ケルベロスとか『腕』とか」
 だった。
 ひとしきり栞を責め立てたのち、みなもは玄関を開けてもらうようにお願いする。栞はさすがに悪いと思ったのか、即座に書こうとした――のだが。
「あ、あははは……何でだろう」
 嫌な予感がたっぷりである。先を促す。
「なんか、原稿に書けないのよね。えへへへ。ご、ごめんねっ」
 じと。
 きっとそんな書き文字が自分の横に見えているに違いない、と自ら思うみなもである。
 そんな時に舞葉が画期的な提案した。
「この部屋も鍵で開いたのですから、玄関も普段の鍵で開くのではないでしょうか?」
 古い洋館の場合、内も外も鍵で閉めるタイプの扉が多いという特徴を捉えた案だ。
 半信半疑のまま玄関に移動する一行。入って来た時に恐怖を味わった酸は、どういうわけか、なくなっていた。
 そして。
 カチャリ。
 いともあっさりと、解放の音は鳴った。かくして、海原みなもの捜索行は……。
「ところで、おふたりはこれからどうするんですか?」
「どう……?」
「こういうオモシロイおうちにそのまま住むんですか? って事です」
「そっか……さすがにもう謎のまんま暮らすのは怖いかもね」
「じゃあ引」
「そうね。今から館の謎を本格的に調べてみようかなー」
「……すごいですね」
「ありがと。ところでみなもちゃんはどうするの?」
「どう、とは?」
「ん――。舞葉のご飯、美味しいわよー」
 栞が思案顔で。舞葉は誇らしくしているせいで、少々控えめだったそこも今は自己主張している。
 そしてみなもは、それを聞き意味ありげに微笑を浮かべた。

「そうですね。じゃあ――――」

 ――終――

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
◆PC
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】
◆NPC
【4891/舞葉/女性/18歳/女中的乙女】

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■         ライター通信          ■
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 はじめましてありがとうございます、京乃ゆらさと申します!
 続き物だけど続かなくても構わないような続ける事もできるような。そんな終わりを目指しました。お気に召したのでしたら、いつかは分からないのですが出す予定の続編でもお会いできれば感無量です。……でももう少しメイドさんるっくを活かせばよかったかもしれません。が、そうするとチラリズムなんかにイってしまいそうなので自重します。

 それでは、お楽しみいただければ幸いです。ありがとうございましたー!