■Dice Bible ―sapte―■
ともやいずみ |
【6678】【書目・皆】【古書店手伝い】 |
ダイスとは、感染した『敵』を倒すことを目的として存在している。
この街には現在、自分とは別のダイスが存在し、主人と行動を共にして敵を狩っている。
逆らおうともいう気はない。したいようにさせておく。目的は一つだけ。『敵』を破壊すること。
だが協力などしない。協力する意味がない。
ダイスには契約できる主は一人だけ。同様に、主が所持できるのはダイスは一つ。
ダイスの目的は一つ。
たった一つ。
それは生きる目的であり、存在意義。
ああ、だが。
きっとそう、彼らはもう一度自分の前に現れるだろう。目的ははっきりしている。
ダイスの目的は一つだけ。
もしも次にまみえてしまった時――おそらくは、それを遂行するだろう。
(敵を知覚)
自分の感覚に引っかかった。
賽は投げられた。
自分は決意している。
*
この街にいたダイスはやってくるだろう。どちらが先に敵を屠れるか……。
彼らは薄い笑みを唇に乗せる。
燦然と輝くビルの波を眺めながら、風に身を任せ、『敵』の所在を探った。
全てのストリゴイたちに死を。安からな死など、決して与えたもうな――。
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Dice Bible ―sapte―
ダイス・バイブルを前にして、書目皆は深呼吸一つ。
(応えて、ください)
お願いだから。
皆は本と対峙していたのだ。
シンクロ率を上げる方法の答えは、きっと本の中にあるんだと感じているからである。
(……限界まで上げたら、最期はあの人のように……)
なるのだろうか?
アリサの前の主。皆の前任者。
彼女のような最期を迎えるとしても……それでも構わなかった。皆にとってアリサは大切なダイスだ。モノだなんて、微塵も思っていない。
「マスター」
呼ばれて、振り向く。
そこにはアリサが立っている。
「敵が出ました」
*
「いけません」
アリサは拒絶した。
「マスターはここに居てください。すぐに戻ってきますから」
「ストリゴイを狩るのが僕らの一番の目的だよ」
「ワタシにはそうでも、あなたは違います。あなたにはここでの生活があります」
彼女の言い分に思わず頭に血がのぼった。
「アリサを選ぶよ!」
彼女は皆の怒声にきょとんとする。意味を理解できなかったのだ。
「……一人で決意を固めるなんて、ズルい」
涙を滲ませている皆に気づき、彼女ははっきりと困惑の色を浮かべる。
「アリサが傷つき、僕の前から消滅なんて……想像しただけで絶叫したくなる」
「マスター……なぜ、それほど……」
「好きだからに決まってるよ」
アリサが目をみはった。そして眉をひそめ、苦渋を浮かべた。
「……それは、よくない選択です。もう一度よく考えてください」
「よく考えた! この一ヶ月、考えてたよ、ずっと!」
彼女がいなくなるほうが、苦痛だ。絶望してしまうほどに。
「僕はアリサと共に行く。その道を選ぶよ」
「ダメです」
彼女は首を振った。
「いけません。家族が心配します。友人が不安になります。
マスター、ワタシは」
「大事だよ、この家も家族も!」
「ではどうして」
「今まで僕を育ててくれた家族や、大好きな古書店・書目。全部大切で、心が……胸が痛む。けど僕は、どちらか選べって言われたらやっぱりアリサを選ぶ。
――全てを引き換えにしてもね」
「………………」
アリサは俯いた。
「……なぜこうなってしまうのですか……。そういう運命にあるというのですか」
ぶつぶつと小さく呟くアリサの瞳は、怒りや悲しみなどが混ぜられた複雑なものだった。
しばらくして、アリサは顔をあげた。にっこりと微笑む。いつものような、儚い笑みではない。
「わかりました。そこまで決意をされているのでしたら止めません。一緒に行きましょう、マスター」
「アリサ……!」
「例え誰が相手でも、ワタシは決して負けません。だって、ワタシはあなたのダイスですから」
満面の笑顔のアリサに、皆は何度も頷く。
彼女はふいに普段と同じような、薄い笑みになった。
「消滅などしません。負けません、必ず」
*
アリサは足を止めた。それに倣って皆も立ち止まる。
人通りの少ない場所。こんなところに敵がいるのだろうか?
「マスター」
アリサが振り向く。
「敵の気配が消えまし……」
そこまで言ってからアリサが表情を険しくした。背後を見上げる。
月を背後にして、何かが飛んできた。長い髪が舞う。
(あれ、は……!)
皆が目を見開くと同時に、皆の目の前にそいつは着地した。
「こんなとこまで来たおまえらを褒めてやりたいぜ。立派なダイスと、その主人だ」
青年の背後からアリサが回し蹴りを放つ。青年はそれを軽く避けた。
青年はアリサを見る。
「どうあっても邪魔するってのか」
「当たり前です。その本はワタシの本です。易々と渡しません」
皆が抱えている本を一瞥し、青年は呆れるように目を細めた。
「素直に渡せよ。おまえも『ダイス』なら」
「渡せません」
「……そうかよ」
青年は薄く笑う。
「じゃ、遠慮しねぇよ。潰れろ……!」
素早く足を振り上げ、下ろす。その動作には無駄が一切ない。アスファルトの地面が抉れ、飛び散る。
アリサはその攻撃を避け、皆の前まで移動していた。
「マスター、離れていてください」
「あららぁ? いいのかぁ、離しちゃって。言っとくが、オレが狙ってんのは本のほうだぞ〜?」
青年の挑発に皆は乗らない。じりじりと後退していく。
アリサは青年を睨みつける。
「二ヶ月前のようにはいきません……。いざ!」
ぐっと腰を落とし、構えた。
*
アリサはダイスの青年と共にビルの屋上を目指して跳ぶ。皆のいる場所からでもその様子はうかがえた。
「本をこっちに寄越しなさいよ」
突然背後から声が聞こえ、皆は振り向く。
あの少女だ。ダイス・バイブルの主。
「悪いこと言わないから」
どこか疲れたように彼女は言う。
「渡せないよ」
はっきりと皆は拒絶した。
「これを渡すってことはアリサを渡すってことだから」
渡せない。決して。
皆の言葉に彼女は腕組みし、やれやれと嘆息した。
「二ヶ月前にあれだけ痛めつけたのに、懲りないのね。いや、懲りてないのはあんたのダイスかしら」
「アリサを馬鹿にするのはやめろ」
「馬鹿にしてないけど、呆れちゃう。ちゃんと警告したのに」
「え……」
「あんなに弱っちゃって……。パッと見た感じじゃわかんないけど……これからもどんどん弱っていくわよ、あんたのダイス」
胸を。
抉るような言葉だった。
直線的で、この少女の性格がありありとわかる、言い方で。
だってアリサはいつもと何一つ変わっていない。出会った時と、なに一つ。
「さっさとあんたを捨てて別のヤツと契約すれば、こんなことにはなってなかった」
「…………」
もしも、彼女の言うことが本当なら……なぜ、アリサは契約を破棄しなかったのだろう?
弱っていくのに。それがわかっていたのに。
少女は人差し指を皆に向ける。指差す先は、心臓、だ。
「ダイスから破棄するということは、あんたを殺す、と同意義だから」
――アリサは、優しいから。
どっと、冷汗が出た。
(だったら、なんで言ってくれなかった……?)
その理由を皆は知らない。アリサが言ってくれなかったからだ。
(言ってくれたら……契約を破棄、したり……方法が……あったのに)
少女は静かに言う。
「見逃すのは一回だけ。二ヶ月前であれだけタギにやられた以上、こっちが負ける気はしない。
……あんた、なんて顔してんのよ?」
頭の中が、完全にショートしそうだ。
だが、言った。首を緩く左右に振る。
「この本は渡せない……。
見逃して、って頼んでも……ダメなの? この街を出るよ。アリサと一緒に」
「……ザンネンだけど、ダイスは、他のダイスを見つけたら排除するのも役目の一つなの」
もしかして、この子は見た目は派手だけど、優しい子なのだろうか?
そう思う皆に、彼女は続けて言う。
「ダイスの存在がどういうものかは、いくらなんでも知ってるでしょ?
あたしたちと同じような外見のくせに、パワーは桁違い。短い稼動時間。呼吸をするようにストリゴイたちを破壊しに行く。彼らはそれが生きることと同じことだから。
あたしたちの魂にも刻まれている、『制約』。彼らはほぼ自動的にこなしているわ……。
同じように、ダイス同士は相容れない性質を持っている」
会えば、潰しあう。
それを回避するには……。
(――――あっ)
アリサは「旅をしていました」と言っていた。
旅……? それはもしかして。
(同じ場所に居続けないようにするため……!?)
ショックで佇む皆を、彼女はじっと見てくる。
「……本を渡しなさい。大丈夫。あの子はあたしが面倒みてあげるわ。あんな風に弱らせたりしない。
ここで本をくれるっていうなら、約束してあげる。あのダイスを破壊しない。タギにちゃんと命令してあげるわ」
それは、とても魅力的な申し出だった。
アリサを助けてくれるという。この本を渡せば、彼女は助かるのだ。消滅しなくても済むのだ。
(でも)
ぎゅ、と本を抱きしめる。
(アリサ……僕、どうすれば…………?)
*
「おまえに勝ち目はないぜ」
青年の言葉をアリサは否定しない。
勝ち目がないのは本当だ。
両腕を拘束されていたベルトを外し、彼はアリサを破壊する準備にかかる。
「どうしてそこまでする。さっさとおまえから契約を破棄しちまえばいいだろ」
「…………」
「あの調子じゃ本とのシンクロは望めねぇしな」
「……本当は」
ぽつりとアリサは呟く。
ビルの屋上にいる二人を、強い風が吹き付ける。
「契約を破棄するつもりだったんです、早々に」
だができなかった。理由は色々ある。だが一番は――。
(ワタシが、離れたくなかった……)
彼のダイスでいたかっただけなのだ。彼の生活を脅かさないようにしていた。彼の負担になるのは避けたいから。
半年ほどで契約を破棄してやろうと思っていた。『敵』を狩る際に新たな主になれそうな者はいないかと密かに探していたほどだ。
それなのに。
彼は一生懸命だったから――!
一緒に戦おうとしたり、補佐をしようとしてくれた。『敵』になんの恨みもないというのに。
ああそうか……。
(ワタシは……カイが好きなんですね……)
簡単なことだったのだ。
アリサは……ただ、彼のことが好きだったのだ。それが恋慕なのか、愛なのかはわからない。ただ、「好き」だと感じたのだ。
今までの主とは違うから戸惑っているだけだと思っていた。それだけだと。
好ましいだけだと思っていたのに、皆が、アリサに告白をした。「好きだ」と。
それはアリサが抱いていた生易しい、移ろい易いものではなく、確固たる感情だった。
愛と呼ぶのか。恋情と呼ぶのか。
自分は、彼にとっての「特別」になってしまったのだ。
恐ろしい愉悦が生まれた。自分はニンゲンではない。性交はできるが子供は産めない。生きる長さも違う。それなのに。
彼は、自分を『選んで』しまった――。
簡単に切り捨てる存在にしたかった。手頃な、新たな主を見つけたら契約を破棄するつもりだったのだ。でも。
……できなかった。
アリサはゆっくりと構えた。自身の瞳が薄暗く輝く。
「あなたをカイの元には行かせません」
「そうかい」
ダイスの基本的な戦闘は素手によるものだ。拳自体がすでに恐ろしい武器なのだ。
(カイ、お願いですから本を守ってください……!)
たった一つの小さな願い。
朽ちていくのがわかっていても、あなたの傍で最期まで――――!
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【6678/書目・皆(しょもく・かい)/男/22/古書店手伝い】
NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、書目様。ライターのともやいずみです。
本を渡すか、渡さないか……いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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