■Dice Bible ―sapte―■
ともやいずみ |
【3593】【橘・瑞生】【モデル兼カメラマン】 |
ダイスとは、感染した『敵』を倒すことを目的として存在している。
この街には現在、自分とは別のダイスが存在し、主人と行動を共にして敵を狩っている。
逆らおうともいう気はない。したいようにさせておく。目的は一つだけ。『敵』を破壊すること。
だが協力などしない。協力する意味がない。
ダイスには契約できる主は一人だけ。同様に、主が所持できるのはダイスは一つ。
ダイスの目的は一つ。
たった一つ。
それは生きる目的であり、存在意義。
ああ、だが。
きっとそう、彼らはもう一度自分の前に現れるだろう。目的ははっきりしている。
ダイスの目的は一つだけ。
もしも次にまみえてしまった時――おそらくは、それを遂行するだろう。
(敵を知覚)
自分の感覚に引っかかった。
賽は投げられた。
自分は決意している。
*
この街にいたダイスはやってくるだろう。どちらが先に敵を屠れるか……。
彼らは薄い笑みを唇に乗せる。
燦然と輝くビルの波を眺めながら、風に身を任せ、『敵』の所在を探った。
全てのストリゴイたちに死を。安からな死など、決して与えたもうな――。
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Dice Bible ―sapte―
「敵?」
「はい」
短いやり取り。
橘瑞生は咄嗟に壁にかけられている時計を見遣った。時刻は23時過ぎ。
「ここから近い?」
「……歩いていける距離ですが」
不思議そうなハルを前にして、瑞生はすぐさま立ち上がって、浴室に向かう。
「マスター?」
「着替える」
「なぜですか」
「なぜって、一緒に行くからよ」
瑞生の言葉に彼は驚き、それから追いかけてきた。
「いけません。あなたはここに居てください」
「行くわ。きっと、あの時のダイスたちが居るんでしょう?」
「そうとは限りません」
「でもそうかもしれない」
そう言うと、ハルは黙ってしまう。否定しないところをみると、可能性がないわけではないらしい。
瑞生は足を止めて振り向く。ハルと視線ががっちり合った。彼の赤色の瞳は心配そうにこちらを見ている。
「私もハルも、命に関わる事態になるかもしれない……」
「わかっているのでしたら、大人しくここに居てください」
「行く!」
ぷいっとそっぽを向いて、浴室のドアをぴしゃんと閉めた。
ドアに背を預け、瑞生は背後の様子を探る。このドアの向こうでは、きっとハルが困った顔をしているのだろう。
(だって)
だって。
(誰より大切なハル……。ハルを止めることなんて、できないもの)
彼はストリゴイを倒すために存在している。その存在理由を否定するようなことは、できない。
自分だって、今までの「自分」を否定するようなことはされたくない。
(私はハルの主なんだから……)
彼と共に行く。彼と共に進む。それだけだ。
浴室で部屋着から着替えて出てくると、先ほどと同じように直立のハルが居た。
「……本当に一緒に来るのですか?」
「もちろん」
「…………」
嘆息し、ハルは苦笑する。
「あなたがこれほど頑固な性格とは思いませんでした。わかりました。一緒に行きましょう」
ハルの言葉に瑞生は笑顔で「ええ」と頷いた。
*
きっとハルは、誰よりも先にストリゴイを狩るはず。
二ヶ月前に現れたダイスたちなど、問題にしないはず。
(私は、信じる……!)
真っ直ぐ前を見て歩くハルはその期待にきっと応えてくれるはずだ。
(あ、でも急ぐなら私は邪魔、かしら)
人間の歩く速度に合わせていては遅くなるだろう。どうしよう。
「ハル、急いだほうがいいんじゃない?」
「え?」
「ほら、あの時のダイスに先に退治されたら困るじゃない」
ね? と明るく言うとハルはしばし無言でこちらを見る。それからゆっくり頷いた。
「わかりました。では急ぎます」
ひょいと瑞生を横抱きにするや、ハルはぐっ、と腰を落とし、上に向けて跳んだ。思わず瑞生は彼にしがみつく。
ずどん、という音をさせて建物の屋上に着地したハルは、目を細めて気配を探るような仕草をした。
「…………」
視線を彼の足もとに向けた瑞生は、目が点になってしまう。ハルの足がコンクリートを抉っていた。着地の衝撃のせいだろう。
(……ダイスって、やっぱり凄いのね……)
「マスター」
「はい?」
すぐ近くから声をかけられ、瑞生は軽く身をすくませる。
「速度を上げて、建物から建物へ跳びます。舌を噛まないように気をつけてください。それと、落ちてはいけないのでしっかりと私に掴まってください」
「ええ」
ハルの首に手を回す。うわっ、不謹慎だけど、こういうのってちょっと憧れる。
「行きます」
短く言うや、ハルが再び跳躍を開始した。圧迫される瑞生は瞼を閉じた。まるでジェットコースターだ。
ハルが完全に動きを停止し、瑞生は恐る恐る瞼を開けた。
そこは見覚えのない場所だ。ひらひらと、目の前に何かの破片が飛んでいる。
「遅かったわね。ちょっぴり」
くすりと笑う声。
瑞生はぎくりとした。
破片が舞う中、黒いドレスの女が笑みを浮かべて立っている。主である少年はいないようだ。
「ほんの少しの差で、こっちが先にやっつけちゃった。ごめんね」
妖艶に微笑んで言う女の名は確か……マディ。
(やっぱり、出た……)
単独で来ているのだろうかと瑞生は視線をそっと動かす。ここはどこかの裏通りだ。人の気配はない。
マディは迷うような素振りをし、それから顔を後ろに向けた。
「どうしよっかな〜。でもタカシからは次はない、って言われてたし。
決めた」
彼女はパッとこちらを見て、にこ〜っと笑顔になる。こういう顔をすると、かなり幼く見える。
「ダイスをぶちのめす、に決定〜」
ぱちぱちと軽く拍手をした彼女は、目付きをがらりと変えた。
「だって、そういう風にできてるもんね、ダイスってのは」
「………………」
ハルは黙って瑞生を降ろし、彼女を庇うように前に出る。
「相手になります」
「ふふん。いい度胸ね。褒めてあげたいくらいよ」
「マスターは安全なところへ」
ハルはこちらを振り向かずにそう呟く。瑞生は二人のダイスを交互に見て、そこから後退していく。ハルの邪魔をしてはいけない。
(大丈夫。ハルはきっと勝つわ)
瑞生がかなり距離をとった後、ハルは腰を落として構えた。
マディは片手を腰に当て、余裕たっぷりに微笑む。彼女もダイスなので、素手での戦闘をするのだろう。そうは見えない外見と衣服だが。
「言っておくけど、容赦とかしないから」
「望むところです」
「すごい自信ねぇ。ふぅん」
一歩、マディが足を踏み出す。ハルは退かない。
ふと気づけば、マディがハルの目の前まで距離を詰めていた。いつの間に、と瑞生が目をみはる。
ハルはマディの、下から振り上げた拳を受け止める。だが、受け止めきれずに体が浮いた。
「こっちのが強いんだから、吹き飛びなさい」
マディの小さな囁きと同時に、ハルが眉をひそめる。上空に打ち上げられた形になったハルを、マディが追いかける。
ハルは空中で器用に体の向きを変え、すぐさま落下して近くのフェンスに足をかけ、後ろに跳んでマディから距離をとった。マディはそれを追いかける。
地上に残された瑞生は、見えもしない上空と屋上の様子を心配していた。
(ハル……)
「マディは戦っているのか」
背後からの声に瑞生は振り向く。
学生服の上からコートを羽織っている眼鏡の少年がいる。平塚宗だ。
「平塚……君」
どう呼んでいいのかわからず、「くん」と付けてしまう。宗は出会った時のように無表情で瑞生を見遣った。ハルの無表情とは、全く印象が違う。宗はまるでロボットのようだ。
「橘さんのダイスはかなり弱っている……。前回の警告を無視しているということは、攻撃されても仕方がない」
「……ハルは負けないわ」
「マディは負けないよ、決して。信じるのは勝手だけれど、圧倒的に差がある。あなたのダイスは勝てない」
淡々と言う宗は、そこに感情を込めない。
「きっと勝てる。必ず勝てる。そう思って、ダイスがぼろぼろになるのを見ているつもりなのか、橘さんは」
「そんなこと、あるわけないでしょ」
「二ヶ月前に戦った時に、すでにあなたのダイスはマディに負けていた。あの時より更に弱くなっているのに?」
「……………………」
そう言われては、言い返せない。
二ヶ月前、ハルは……かなり酷い有様だった。あの時よりさらに弱っているとすれば……。
(……ダメよ。嘘かもしれないじゃない)
騙されてはダメだ。あの時より弱っているなど、なぜわかる?
「やってみなきゃ、わからないじゃない」
「いいや、わかる。本とシンクロできていない主では、ダイスは弱っていく一方だから」
彼はふと、自身の言い方に不思議になり、軽く首を傾げた。
「……今の言い方は少し変か。体調不良という意味ではないし。
だが、まぁ……このままではあのダイスは消滅する、可能性もある」
「消滅……」
死、ではないのか? まるで存在そのものが抹消されるような言い方だ。
困惑する瑞生を気にもせず、宗は感情のない声で続ける。
「役割を果たせないダイスは、存在意味がなくなる。当然だろう?」
「それは……」
彼はストリゴイを退治するために存在している。それができないのならば……それもありえるかもしれない。人間ではないのだから、彼は。
じっと瑞生を眺めていた宗は呟く。
「本を渡してくれたら、これ以上マディに彼を攻撃させないが」
「え?」
「このまま弱らせて消滅させてしまうよりも、こちらで預かったほうがいいのではないか……という提案だ」
「あなたに、ハルを渡すってこと?」
「こちらとしても、マディをムダに戦わせたくないというのが本音だからね」
「だったら、攻撃させないで。争いをしたくないなら、止めればいいじゃない」
「そうはいかない。本とシンクロしていないあなたにはわからないかもしれないが、これはいわば『本能』というか……なんと言えば的確なのだろう。『そうしなければならない』と、いうことなんだ。
素直にこちらに渡してくれるなら……戦う意味はなくなる。こちらのモノになるのだから、戦わなくてもいいだろう」
本を渡さない限り、どうあっても彼はハルを潰す気なのだ。ここで退いてくれるほど、優しくないということだろう。
黙り込んでしまう瑞生を眺め、宗は無表情のまま言う。
「あのダイスの本をこちらに渡せば、見逃す。
そうでないなら、ダイスを破壊する」
はっきりとした声を聞いて、瑞生は目を伏せた。
このままだとハルが弱っていくとしたら……。自分は彼の主なのに、結局信じることしかできていない。
目の前のコイツに本を渡せば、ハルは助かる? でも……それは。
(私は……)
「あなたのダイスが勝てる見込みは、万に一つもない。僕のダイスは無敵ではないが、弱っているダイスに負けるほどお人好しじゃないから」
「あなたは信じているの……? 自分のダイスが負けるはずがないって」
「信じる、信じないという話ではない。ダイスと主は一心同体。本に完全に同調していれば、おのずとわかる」
本に同調できていない瑞生にはわからない言葉だ。自分だって、少しは本を使える。だが、この少年は自分とは明らかに違う。
これが本来の主の姿。本と完全に同調し、ダイスと共に在る者なのだ――。
ハルは負けないと信じている。きっと勝てると信じている。
だが宗の言動は、マディとハルの間に圧倒的な力の差があることを物語っていた。そして、マディは油断などしないとも。
瑞生の手の中の白い本は、何も応えてはくれない……。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【3593/橘・瑞生(たちばな・みずお)/女/22/モデル兼カメラマン】
NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
敵のダイスが先に倒してしまったようです。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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