■THE BLUE■
唄 |
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】 |
東京のある一部の地域にその張り紙は隠れるようにして貼られている。
例えばそれは、地下鉄掲示板。アイドルの大きく載った金融会社の広告に隠れるように。
そしてまた、何処かのしがない探偵の事務所がある建物の錆びて、くたびれた外装で殆どそれらが見えなくなってしまっているように。
いやいや、もしかしたら夕刊の中に入っている、数ある目立たないビラの一枚だったかもしれない。
何処にでもあって、全く見えないような宣伝広告がもしかしたら日常、ふとした時に目にとまることがある。
カクテルバー・『BLUE』
その紙には地図とその文字だけが印刷されており、紙自体もそれ程高級感が無く、丈夫な厚紙を『それらしく』印刷してあるだけで学校の白いプリント用紙とさして変わらない。
さて、どうしたものだろう。どんな方法でも構わない。そんな広告を目にした貴方、蜘蛛の巣のように張り巡らされた路地を進み、果たしてこのようなバーに行こうと思うのだろうか―――?
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THE BLUE
■体当たり覚悟で(OP)
裁縫という実に地味かつ非常に歴史のある作業もなかなか少ないだろう。針と布、何かをしたいと思えばこの二つで大抵の何かが創作出来る。時代は文明の時、ミシンや工業製品を使えば尚更だ。
「ふんふん、なかなか良い出来だわ…!」
表向きは難病の患者、のわりに大きなアパートの一室で藤田・あやこ(ふじた・―)は満足げに何度か頷いた。作品はセーラー服。東京では減りつつあるデザインだが一般的なのをチョイスして作成したそれは、ミシン等の文明の利器は一切使わずにサイズは丁度良く作られてい、裁縫技術の光る逸品である。
(これで…なんとかいけるかしらね?)
出来た、と感動のため息を一つ。あやこはすぐにお手製のセーラー服を身に纏い姿見の前でくるくると回った。
あやことしてはセーラー服を着た今の年齢は高校三年生程度に見られるだろうか。ふと、予想して結果が気になってしまう。実際は十八やその辺の歳ではなく、肉体年齢も多少上、精神年齢を考えると「高校生です」などと言う言葉は鼻で笑われてしまいそうだが。
「さて、こっちはどう出るかしら…?」
数日前から気になっていたBARのビラ。内容は簡素ながら、さして煌びやかでもない内容があやこの興味をそそったのは注意書きの箇所だった。
『未成年飲酒禁止です。 当BARにお越しの際は紅茶、もしくはジュースをお出しします』
これだ。何があやこをそうさせたのかは誰にも分からない。ついでに彼女自身も分からない。
ただ一つだけ言える事はあやこは今高校生だと言い張りこの店で信じてもらえるか、それを試す事。何より同性でも、異性ならば尚更女性相手に年齢を下として見るのならば別かもしれないが上だとずけずけ言う行為も見てみたくもある。
「でも…ばれないわよねッ?」
再度確認。長い黒髪は初心なストレートヘアーにしてみたし、化粧もいつも濃いわけではないが薄い。アクセサリーも少しチープに拘ってみたあたりあやこの気合がうかがい知れた。
「よし!」
この部屋には自分一人きり。しっかりとスタイルチェックをし、ポシェットそれらしいコートを羽織りビラを片手にあやこは所有地のアパートを出る。何が彼女をそうさせるのか、いや、これはきっと生まれ持った才能の賜物なのだろう。
コスチュームプレイという名の幼稚園児のお遊戯会のような、少しおかしいこの趣味は。
■今時のサンタは三田さんです(エピソード)
蜘蛛路地、この地域は全体的にそう呼ばれているらしい。噂を拡張するかのようにビラの地図にはそう記してあったがあやこはさして道に迷う事無くBAR『BLUE』 へとたどり着くことが出来た。
「徒歩って辛いわー。 せめてタクシーでも拾ってこればよかった…」
流石に、タクシーで来る女子高生もいるまいと矢張り些細な部分に拘って徒歩で店の前に来ればもう夕時、来店時間としては丁度良いのかもしれなかったが如何せん自分に溜まった疲労が酷い。
(気を引き締めないと…!)
何に。という質問はここまで来てしまえば愚問だ。寧ろここまで来て聞こうものならあやこ自身の存在意義が失われてしまいそうで。馬鹿らしくも真剣勝負と手にかけたドアは開けると同時に。
「いらっしゃいませ、お席はご自由に」
「は、はい…。 あの…」
酷くあっけない。セーラー服姿のあやこを見て同じ黒髪のバーテンダーは高校生がBARに居て当たり前とでも言うような、もてなしの言葉一つだけで済ませてしまう。
「ええと、高校生でもいいんですか?」
思わず丁寧な言葉になるあやこにバーテンダーは少しばかりセーラー服を見、何か吟味するようにして顔をチェック。
「…は?」
「だからッ! 高校生でもいいのって! おーさーけぇー!」
顔は老けていない、筈だ。多分。だが、バーテンダーの男はさも「年齢をごまかしているだろう」と言うようにあやこを見るのだから、失礼極まりない。
「今時の高校生はそんな鞄は持たない…と思いますが?」
表情を凝視してしまったのは謝ります。と付け加えて男は言った。確かに、持っている鞄は形こそ学生の持つ物と似ている物を繕ったが結局は大人の持つ高級品。それを見抜かれてしまったのだから。
「あ…あーーー」
負けた。何に、そう言われれば困るが気分的な敗北感を覚えてカウンター中央の席に座り込む。
「ねぇ、でも本当に顔で判断しなかったわよね?」
「化粧につきましてはなんとも…詳しくもないですが、貴女の雰囲気から見て多少慣れている方だとはお見受けしましたよ」
つまりは、だ。化粧は薄くともその薄くする技術が既に大人の範囲であるという事なのだ。
「はぁ…。 バーテンダーさん上手いわね。 やっぱそういうのってオバンに見えるって事でしょ?」
肩を竦ませ上目遣いに見ればそのバーテンダーのネームプレートが目に入る。萩月・妃(はぎつき・きつき)と言うのか、自分を負かせた店員は。そんなはたから見ればどうでも良い事を考えながら来たからには何をしようとまた、策をめぐらせる。
「極端ですね。 そういう意味合いでいったつもりはありませんが…」
「ふう。 いいのよ、萩月さん。 とりあえず…何かお酒頂戴な。 ばれちゃったからにはキツイのでも、あればビールなんかでも良いわよ」
カウンター席に清楚なセーラー服の娘が足を組んで酒を注文している。見るものからすればきっとそう映るだろう。が、至ってすんなりとあやこの年齢を見抜いてしまった妃は頷くと、手早い動きでカクテルグラスに透明な液体を作り目の前に出して見せた。
「どうぞ」
説明は一切しなかったが、何を基準に選んだのだろうあやこにはこのカクテルの名前が分かった。名前はギブソン、なかなかこれは優雅なカクテルで底には美しいパールオニオンが沈んでいる辛口な一品である。
「これってちょっとキツイわ」
笑いながらグラスを傾ける。
「甘口の方がお好みでしたか?」
「いえ、どっちでもオーケーよ」
一口で酒が回る事などとりあえずあやこには無い。が、一口で意識を歪ませてくれる具合もなかなかにして良いものだ。
「今日はいっぱい飲むつもりだから、出来るだけ持ってきてね」
セーラー服で年齢偽装敗北記念だ。これから来る誰かを驚かせてやろう。そこにたどり着いたあやこはジュースよろしくこれから数杯のカクテルを平らげるのである。
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「だだいまー。 ん? うあ、めずらしっ! 妃ちゃんがちっさい子にお酒飲ませとるわっ!」
カウンター席、あやこの手前には飲み干したカクテルグラスが並び、彼女自身中年親父よろしくしゃくり上げながら大きく開け放たれ矢のように飛んできた声の主を見る。
「馬鹿な事を言わないで下さい。 この方の…」
「あやこよぉー。 ふ・じ・た・あーやーこぉー!」
ひくり。またあやこの喉が鳴る。その様子は見ようによっては色っぽいが、ここ数分「お客様もうやめたほうが」「まだ持ってきて頂戴」の押し問答が続いていた。
「なになに? 二十歳上でセーラー服きてはるの? えらい趣味やねぇ…」
今まで相手をしていた妃より随分派手なイメージのある男は格好からしてバーテンダーだと理解は出来た。ネームプレートには暁・遊里(あかつき・ゆうり)という文字が酔った目でも認識出来る程度ではある。
「わるいっ!?」
カウンターを思い切り叩く。勿論、怒りからではなく酔いからだ。
ある種その方がたちが悪い気もするが。
「悪くない。 わるくなーい」
ぶるぶる、遊里は何度も蛇に睨まれた蛙のように首を振るとすぐにカウンターに入り妃の横でロボットの玩具らしき品を弄り始める。仕事はどうした、酒を持って来い。酔った意識でそう考えながらもついあやこの目はその玩具を眺めてしまう。
「ねーぇ、その変なの。 お子さんのクリスマスか何かぁ?」
なんとなしに、そう呟けばロボットを弄っていた遊里は盛大に振り向き、妃は笑いを堪えるように口元に手を当てて肩を震わせた。
「ガキなんておらへんっ! 自分にプレゼントやねんっ! ねーちゃん何、ロボット好きなん?」
なんだ、あやこは小さく呟いて違うとばかりに首を振る。
「好きってゆーか、あれよね。 まだそのクオリティの品で喜んでくれるならいいもんよねー」
「ねーちゃん、ねーちゃん。 そやかてこれこのシリーズの最新作やで?」
大の大人が二人、一人は大人という年齢など鼻で笑ってしまう程だと言うのにプラスチックで出来た今時簡単過ぎるロボットの話をし始める。お陰で横目で見ていた妃はついていけないとばかりに奥へと行ってしまったが、半分あやこが酒を飲むのをやめた事実にどうやらほっとしたらしい。
「あまり仕事をサボらないで下さいね」
遊里の方にそう告げるとあやこが飲み干したグラスを洗い場へ持っていってしまった。
「わーったわよう! こちとら仕事も大変なのぉっ!」
「いやいや、それこっちにゆーてんねん」
今のあやこにはどんな言葉も素直に心に響いてしまうらしい。単に酔いつぶれているだけ、と表現してしまえばそれまでだが、遊里が持って来たロボットの玩具を無造作に取り上げると手を弄り、足を弄り。他愛無い遊びを始めてしまう。
「なんかねー、こう夢が足りないのよ。 夢が」
「はぁ」
傷つけないようにしてくれと懇願する遊里の言葉に頷きながらあやこは話し出す。自分の大切な品が取り上げられ、聞きながらも内心冷や汗をかく相手を前にして。
「イブにね。 孤児院を訪問したのよ、ほらっちょっと位良い事したいじゃない? ――」
十二月二十五日はクリスマスだ。そして前日はイブ。世界の人間の夢に見るような二日間はサンタクロースという赤い服を着た年配の男性が空から橇を引き、トナカイ達を引き連れて煙突から寝ている子供達に贈り物をあげるのだ。だから一年は良い子に過ごさなければならない、悪い子の所にサンタは来ない、と言い伝えられている。
そう、あやこが孤児院内で話した後に続いた子供達の言葉はこうだった。
「ばっかじゃねーの! 煙突なんか何処にあんだよ、なぁ?」
事前に孤児院側で集まっていた子供達は次々とあやこにそんな言葉を浴びせかける。
「そそ、だってさ煙突なんて無いし。 大体知らない人が来るなんてふほーしんにゅーでしょっ!」
「なっ…」
これには孤児院の保護者も、当然あやこ自身も閉口するしかなかった。確かに、今時の建築物に煙突など無いだろうし、クリスマスに人影が見えてもそれはそれ、サンタだと思う子供が何人居るだろう。
「サンタ、じゃなくてみょーじが三田さんの間違いじゃね?」
微妙に違う。が、三田という宅があるのならその家庭のお父様方がサンタの役割を果たす事になるのだろう。
(なんという…)
嫌な子供。頭の中でそう呟くが孤児院内、夢も希望も無いままで終わらせたくないのもまたあやこの気持ちである。申し訳御座いませんと仕草で謝って見せる孤児院の職員達を余所に子供達は。
「出直してこーい! あんこーるっ!」
矢張り多少、意味合いが違う気もするがつまり今この子らが納得するようにサンタクロースという人物像を改造して来いと。そういう意味のようで。
「いいわ! 本当のサンタクロースって物を見せてやろうじゃない…!」
言うが早いが携帯電話、すぐさま去る準備をしたあやこの従者が現れ、自分を攫うようにしてとある物を開発する為に出発する。
背後からはもういいです、有難う御座います、という職員達の声を背にあやこのやる気はマックスだ。
ここで、サンタクロースを見せると言ってしまうあたり既にこの世にサンタクロースが居ないという証明になる事を考えもしないあやこもあやこだが、子供達の突っ込みがないあたりそれはそれで良いのだろう。
「――ってな事があったのよねぇ」
意識を戻すように。ここはBAR『BLUE』 のカウンター席である。あやこはまだ酔いの回る中、遊里のロボットのスイッチを押す。すると聞こえてくるのはBARに全く似合わぬロボットアニメのテーマソング。
「ねーちゃんも大変やなぁ…んで、なんや、そのリベンジサンタっちゅーんはできたん?」
「そこよ!」
もう一度、カウンターをあやこの拳が直撃する。驚く遊里にまだ残っていたカクテルグラスが小さく跳ねた。
「いい? まずは暖炉の変わりに電子レンジを使うの――」
あやこの話が始まると多少興味を引かれるのか、遊里の煩そうな口が閉じる。
サンタクロースはまず出会い頭が大切だ。とはいえ暖炉は無く、実際の人物として実証するのはほぼ不可能。そこで登場するのが電子レンジとなる。これは暖炉は暖かい、暖かくなるもので四角い形から来る発想であやこの中ではとりあえず筋が通っているのだ。
「ふんふん、で? サンタはんはどーなんの?」
遊里の言葉にあやこは続ける。少しと思っていたがかなり興味がそそられるらしい。
「炉の変わりにターンテーブルが勇ましく回るのよ!」
クリスマスに現れる精霊のような。人外にしてしまえばサンタクロースの実証も可能であろう。行き着いた先はそれだった。改造された電子レンジはそうして赤いつなぎの今時のヒーローのような若い青年が出てくる。老人という発想からして古いのだ。今時は小さな小人のヒーローサンタクロースの時代にしてやろう。
フィギュアで出来たヒーローサンタはロック調の曲と共に子供達へプレゼントを配る為、発射していくのだ。
「んで、完成っちゅーわけやな?」
「違うわ」
何やら商談のような、商品開発の会議のような。二人の声色はどこか真剣さを帯びていたが、ここがアルコールを出す店であり、話の主体がヒーロー物の話となると雰囲気は随分滑稽に見える。
「何かが足りない…そう。 何かが足りないのよ!」
完成された料理の味に一つだけ、たった一つの何かが足りずに怒るシェフのような。あやこの気持ちはそれだった。
「そりゃ、そうやろなぁ…」
「何よ、なんかいい案でもあるの?」
漆黒の瞳が遊里を見つめる。眉間に皺を寄せ、縋りかつ意見を吟味するように。
「四天王がおらん! ええか、ねーちゃん、ヒーローはな倒す敵がおらへんとヒーローやないねんッ!!」
何にスイッチが入ったのだろう。今度は遊里が立ったかと思えばカウンターに腕を叩きつける。怒鳴っているというよりは熱が入ったと言った方が正しいだろうか、あやこも首を引いて彼の真剣な瞳を見据えた。
「してん…のう…」
「そや! まず子供達を攫う四天王がおらへん! そやなぁ…数人の子ら相手に一人でええやろ…」
「つまりは…中ボス…ってヤツね!?」
師匠、なんだ弟子よ。そんな風に掛け合っていてもとりあえず違和感の無いあやこと遊里の会話はどんどんとエスカレートしていく。
四天王を倒すヒーローサンタはプレゼントを奪った魔王と対決する。それには子供達の応援という力が必要であり、どこぞのアニメのようにヒーローを思う心が無ければプレゼントは得られない。
(…何、しているのでしょう、ね…。 あの二人は…)
途中、妃が様子を見に来、呆れて何処かへ行っても二人は全く気づかない、寧ろ遊里は飲みすぎたあやこに今度は甘いカクテルを作り勧め、あまつさえ互いに不慣れであろう関西弁の駄洒落まで飛ばしあう始末なのだから。
(ほっておき…ましょうか…)
見つめる先の光景は妃にとって理解できない物らしい、何しろ一人でも大変な店長に加え、面白発想の女子高生もどきが共にクリスマスソングを歌っているのだ。これは見てみぬフリが一番良い策だろう。
「ねーちゃん、いやーあやこちゃん? ほーんまたっのしーわぁ」
酒の一つも飲んでいないというのに、遊里は泥酔しているあやこと同じ調子で肩を組み笑いあう。
「わたしもぉー! このところ大変だったから、いーいきぬきだわー」
大変だな、と返ってくればあやこは大きく頷いてカウンターにもたれ掛かる。今度孤児院に行った時は四天王達が活躍する一大傑作ヒーロークリスマスがやってくる。はずだ。
ロールプレイングゲームで言う所のボスはツリーが改造された通天閣に有り。
――いざ、出撃。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 7061 / 藤田・あやこ(ふじた・―) / 女性 / 24 / IO2オカルティックサイエンティスト】
【NPC / 暁・悠里 / 男性 / 27歳 / カクテルバー『Blue』店長】
【NPC / 萩月・妃 / 男性 / 27歳 / カクテルバー『Blue』副店長】
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■ ライター通信 ■
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藤田・あやこ 様
はじめまして、こんばんは。ライターの唄と申します。
初めてお目にかかった時は本当に面白く、かつ弄り甲斐がある方だなぁと思い、色々書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか?
暁達の行動と共に、あやこ様の描かれた世界がまた大きく広がってゆけば幸いと思っております。
また、今回は事件物よりは遊びノベルの方向性となっております。楽しんで頂けるよう願いつつ。
シチュノベなり依頼なりにて、またお会い出来る事を切に祈っております。
唄 拝
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