■『表の門』 有人の花壇■
桜護 龍 |
【7321】【式野・未織】【高校生】 |
霞谷家の大黒柱・有人の趣味の1つに庭いじり―園芸がある。園芸と言ったら草花だけ、と想像する方もおありだろうが彼は野菜類や果実と言った園芸から逸脱しているものも草花と一緒に育てていたりする。
「異常気象が激しいから庭にも影響が出るとは思っていたが・・・・」
「ここまでだとちょっと引くよね」
有人とブレッシングが立ち呆けて眺めているのは自分たちの庭。何故なら今年の例年になく激しい異常気象のせいでどの植物たちも大量に繁殖し、庭中を埋め尽くしているからだ。このままだと近くの山から食料を求めに動物が下りてきそうで怖い。
「近所に分けても余るだろうな」
「『お譲りします』とでも看板つくる?」
その方が『処分』と言う最悪なことをしなくてもいいし、他のところで喜んでもらえるならその方がいい、と言うことで霞谷の壁には『うちの草花、畑のものをお譲りします』と言う看板を貼る事となった。
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有人の花壇〜兄弟像〜
「ミオ、ケーキは持ったか?」
「果物とお花は私達も喜んでたって霞谷さんに伝えてね」
「うん、じゃあパパ、ママ、いってきまーす」
両手に2つの箱を持って、ケーキ屋を飛び出していったのはこの店の1人娘である式野未織。彼女がこれからお礼に行く家はつい先日知り合った人々の家で、何故お礼に行くのかというのは数日前に遡る。
その日、未織は本屋に行った帰りにピンクやら黄色やらの可愛い色が沢山散りばめられている庭を見つけた。
「うわー、綺麗」
やや数は多すぎる気はするが、それでも彩を考えて植えられたであろう花壇や、美味しそうな果実が並んでいるその家の庭は、未織にとってはお伽の国のように見えた。
「入ってみたいなぁ」
「入る?なんなら今、貰ってくれる人も大募集なんだけどね」
「ひゃう!?」
庭に気をとられ、近寄ってきた人に気付かなかった未織は突然声をかけられて飛び上がる。隣りを見ると、未織より年上のにこにこと人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている少年にも青年にも見える男の人が、未織の見ていた庭を指している。
「え・・・と・・・」
「あぁ、驚かせてごめんね。僕はここの住人なんだけど、見ての通り、お使いしてきたら君が庭をじーっと見てるからもし良かったら貰ってくれる人なのかな、と思って声かけちゃった。ほら、そこに貰ってくださいって看板あるでしょ?見てくれたかもしれないけど」
確かに、今まで気付かなかったが、門の横に『草花、果実等お譲りします』と書かれた看板が貼られている。
「ね?よかったら貰ってやってくれない?今年、異常気象のせいであんなに大繁殖しちゃってさ」
「だから普通よりたくさんに感じられたんですね・・・ミオのお家はケーキ屋さんだから果物とかお野菜を使うし、お花もママが好きですし、本当に頂けるのなら嬉しいんですけど本当にいいんですか?ミオ、看板に気付かないでお庭見てただけですよ?」
「いいよ、いいよ。処分しちゃうより誰かに貰ってもらって喜ばれた方があいつらも嬉しいと思うんだよね・・・ってまぁ僕が主で育て訳じゃないんで偉そうなこと言っても仕方ないんだけど」
いきなり声をかけられた時は少し警戒もしたが、まぁ入ってよ、と照れ笑いながら門を開けてくれた彼はとても悪い人には見えなくて、未織は微笑を浮かべてその門をくぐった。
「アルトー、サキチー。可愛いお客さんがこいつら貰ってくれるって」
未織が庭の中へと案内されると、そこには案内してくれた人―ブレッシングと言うらしい―より更に年齢が上であろう眼鏡の青年と、土作りの埴輪が苺の収穫をしていた。
「そうか。はじめまして、私は霞谷有人と申します。うちの草花を貰ってくださるとは、助かります」
「はっ、はじめまして、式野未織です。綺麗な庭だなーっと思って覗いてたらブレスさんが入ってもいいよって言ってくれて。パパもママも果物とかお花とか持って帰ったら喜んで貰えそうなのでご好意に甘えてしまおうかと」
「ミオちゃんのお家、ケーキ屋さんなんだって。だからその材料になりそうなもんを貰ってもらおうと思うんだけど」
お勧めは、とブレッシングに訊ねられると、有人は庭を見回して、見当が付いたとでも言うように頷いた。そして、先程、埴輪と摘んだ苺のカゴを未織に渡した。
「とりあえず定番、ですね」
「いいんですか!?今、霞谷さんとそこの埴輪さんが採ってたやつなのに・・・!!」
急に押しかけてしまったのにいきなり頂く訳にはいかない。ブレッシングに果実が貰えると言われて、収穫はここの人達の手を煩わせずに自分でしようと未織は思っていたからだ。それにこの苺、この人達が自分達でおやつにでもしようとしていたかもしれないと考えてしまい、余計に貰うわけにはいかないと感じる。
「悪いです。ミオ、自分で収穫しますから」
「しかし、木の実もありますし、女性には危ないかと」
「大丈夫です!ミオ、頑張ります」
1歩も引くわけにはいかない。
好意にそこまで甘えるのは悪い。
未織のそんな頑なな意志を表情から読み取ったのだろう。有人は苦笑を浮かべ、
「そこまでおっしゃるのならばブレスに案内させますので、ご自分でお願いします。ただし、苺は収穫期に入っていたものがそれだけなので、それは未織さんが貰ってやってください」
と、折れてくれた。
「すみません」
「いえ、貴女は良い子ですね。ブレス、三脚と枝きりバサミを持って彼女と果樹の方へ行け。林檎と蜜柑が採れる筈だ。あと、本来なら少しずれているが、ブルーベリーも今朝見たら収穫期だった」
「OK、OK。ミオちゃん、こっちついてきて」
「はい!」
庭仕事用具の入っている小屋の方へ未織がブレッシングに連れられていった後、佐吉がつんつんと有人のズボンの裾を引っ張った。有人が何だ、と佐吉を見ると、佐吉は有人のズボンを掴んでるのとは反対の手で苺畑を指して納得のいかない顔をしている。
「有人、まだ摘める苺あったのにどうしてあの未織とかいう奴にウソついたんだよ」
ウソは泥棒の始まりだろー、と非難してくる佐吉を抱き上げ、有人は言う。
「嘘は時として、ヒトを救うためならついてもいいものなんだ」
その後、未織はブレッシングに手伝ってもらいながらも林檎、蜜柑、ブルーベリー、人参、南瓜を収穫し、花好きなお母さんに、とピンクの薔薇を切ってもらった。更には車で家まで送ってもらい、といたせりつくせりだったので、本日はお土産を持ってお礼に出かけたのである。
「こんにちわ〜」
「いらっしゃーい、ミオちゃん。久しぶり」
「こんにちわ、未織さん」
「未織だ!!」
今日も庭弄りをしていた霞谷家の2人と1匹。門の外から声をかけた未織を居間へと案内してくれた。
「何か甘いにおいがする」
未織の持ってきた箱の傍によって、くんくんと匂いを嗅ぐ埴輪の佐吉。何処に鼻があるのだろう。
「ケーキを作ってきたんですけど、お口にあうかどうか――」
「ケーキ!有人ー、お茶の時間だーー!!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねながら台所の有人のところへむかう佐吉。未織は前回話す機会がなかったので、埴輪だし、年齢が上の雰囲気だろうと勝手に思い込んでいたのだが、彼はかなり幼いようだ。幼稚園児くらいだろうか。隣りに座ったブレッシングに訊ねてみる。
「佐吉?ああ、あいつ4歳だからねー。子供だよ?すぐにわがまま言うし、思ったことすぐにやっちゃうし、僕も兄貴もよく困らされるんだよ」
「兄貴って、霞谷さんですか?」
「うん。『アルト』って名前で呼ぶ事もあるけど、大抵は兄貴かな。僕、実家では1人っ子だし、兄貴が欲しいと思ってたから」
「あー、わかります!ミオも1人っ子ですから兄弟が居たらなって思うことがあります」
「やっぱそうだよね、1人っ子ってのはさ。僕、兄貴も弟も出来たようなものだからあの2人に会えて良かったなぁ、って思うだ」
「おにーちゃんと弟かぁ」
もし、自分もここの住人になれたらおっとりとした有人おにーちゃんに、優しくて気遣い上手のブレスおにーちゃん。それに埴輪だけど甘いもの大好きの可愛い弟ができるんだろうか。それはとても理想の兄弟じゃないか。
「いいなぁ」
ポツリと漏れたその一言はブレッシングが聞き取れることがなくて聞き返してきたが、勝手な想像を知られるのが恥ずかしかった未織は赤い顔で気にしないでください、と返した。
そこにお茶の用意が出来たらしい有人が帰ってきたので一安心。これで話題がそれる。
「ケーキ、ケーキ」
「佐吉、未織さんにいただきますと言わない内から食べるな」
「いただいてます」
もう既に口周りにクリームをつけて、ペコリと一礼する佐吉に未織は慌ててもう1つの箱―親から渡されたケーキも差し出す。
自分はまだ腕が未熟なので、味のことを心配して口直しにと持たせてもらったケーキだ。
「ミオのケーキ、不味くないですか?」
「おいしいぞ?」
「でも、ミオはあんまりお菓子を作るの上手じゃないんで、やっぱりパパの作ったケーキの方が・・・」
「貴女が我々のために作ってくださったケーキでしょう?心の篭ったものが最高の食物です。ありがたく、私とブレスも頂きますよ」
微笑まれてかけられた温かい言葉に未織は嬉しく思い、また、やっぱりこんなおにーちゃんが居たらな、とも思って、
「ありがとうございます!」
と、笑顔で返した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7321 / 式野・未織 / 女 / 15歳 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、式野未織様。
受注ありがとうございます!
未織さんのケーキ、霞谷家一同ありがたく頂きました。
ちょっと有人がくさすぎだったかもしれませんが、お気に召していただければ幸いです。
また、よろしければ霞谷家に足をお運びください。
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