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■警笛緩和■

水綺 浬
【7321】【式野・未織】【高校生】
 赤い夕日が朧気に浮かぶ。今にもそのまま消えるかのように。

 左手には幅三十メートルの川が海へと緩やかに流れていた。日に照らされて小さく波打つたび、星のように輝く。それを遠目に土手を歩いていると、連続した水音が耳に入ってくる。音を辿れば、十代の少年が黒い学生服を身に纏い、小石を川へ投げていた。
 水面を小さな欠片が五回も飛び跳ねていき、そして沈む。
 赤く陰るその後姿。悲哀に満ちて、瞳に映る。
 おもむろに私の足は少年へと引き寄せられていた。

「何してるんだ?」

警笛緩和 - セピアからの色づき -


 赤い夕日が朧気に浮かぶ。今にもそのまま消えるかのように、そっと。

 煌く琥珀の髪と青い瞳をもつ少女が一人歩いていた。辺りを見回して落ち着かない。
「あれ? 変だな」
(お菓子屋さんを探していたはずなのに)
 式野未織は首を傾げる。いつも胸元に下げられているペンダント状のペンデュラムで穴場の菓子店を探していた。幼少の頃から好きな甘いものを口にほおばりたいのに、なぜか海に連なる川岸まで導かれている。ダウジングの指し示す先はここなのだ。
 左手には幅三十メートルの川が海へと緩やかに流れていた。水面が日に照らされて小さく波打つたび、星のように輝く。
「まぶしい……」
 空のように青い瞳を細める。
 それを遠目に土手を歩いていると、連続した水音が耳に入ってくる。音を辿れば、河原で十代の少年が黒い学生服を身に纏い、小石を川へ投げていた。
 水面を小さな欠片が五回も飛び跳ねていき、そして沈む。
 赤く陰るその後姿。悲哀に満ちて、瞳に映る。
 おもむろに未織の足は少年へと引き寄せられていた。

「何してるんですか?」

 一瞬、少年の肩が跳ねる。さきほどとは打って変わって背中が強張っていた。小石を踏みしめる足音に気づかなかったかのように素早く振り向く。
 夕日に埋もれた黒い髪と――
(!)
 未織は僅かに驚く。逆光で分かりづらいが、確かに瞳の色が銀に染まっている。
 何も言わず、その瞳は強く睨んでいた。
「あ、あの」
「……」
 未織はその尋常じゃない瞳に動揺してたじろぐ。だが気をしっかり縫いとめると、胸元のペンデュラムを軽く持つ。少年によく見えるように。
「学校帰りに、ダウジングでお菓子屋さんを探していたんです。そのはずなのに、何故かあなたに反応しちゃったみたいで、連れて来られちゃいました」
 射る瞳に負けず、声が震えることもなく言えた。
 少年はダウジングの言葉に興味を示したが、ペンデュラムを一瞥しただけで川へ瞳を向ける。けれど、無意識に一歩未織が近づこうとして。
「それ以上、来るな!」
 薄い紙さえ通さないと拒絶を表す。その差は半径二メートル。
 少女は固まった。間に鉄壁を張りめぐらせたかのように、その細い足は重く圧力がかかり前へ進もうとしなかった。
「ご、ごめんなさい……。初対面の人に声かけられたら警戒するのが当然ですよね。ミオだって警戒しますもの」
 少年から瞳を外し、目線を下げる。
 一瞬、脳裏に蘇るあの時の――

「でも!」
 半歩、身を乗り出す。
 少年は同時に後ずさる。隙を与えないかのように。
「ミオは決して怪しいものではないんです! 生徒手帳も見せますから!」
 持っていた手提げバッグの中から生徒手帳を取り出し、開いて少年に見せた。
 そこには神聖都学園の高校一年である証明と名前が表記されている。
 少年は未織の威勢に押され面食らう。懸命な少女の瞳は嘘をついてなかった。手帳には確かに顔写真と同じ顔が目の前に存在する。低い身長とは裏腹に一学年年上だ。
「あ、ごめんなさい。つい……」
 揺れる銀の瞳で我にかえった。うなだれて顔を隠す。

 少女はなぜそうまでして必死なのか、と疑問が浮かんだ。同時に興味をひいた。
「……いい。オレは、魄地……祐だ」
「え?」
 顔を上げるとすでに、祐は背中を向けていた。確かに今、少年は名前を名乗った。
「魄地、祐さん?」
 聞き間違えなのかと思った。
「あんたの名前を知ったからな」
 祐は名乗られたら、自分も名乗り返す律儀さを持っていた。それを一つ知った未織はふわりと笑う。
「ありがとう」
 ちょっとだけ祐に近づけた気がして嬉しくなる。そして自分を拒み続ける少年の背中は、夕日のせいか小さく見えて、拒絶の色だけじゃない何かが漏れているようだった。


「どうして魄地君が、人を遠ざけようとするのかは分かりませんが」
 その言葉に祐はピクッと体が反応する。
「その気になればミオを傷つける言葉だって言えます。それをしない魄地君は、優しい人だって思います」
 祐はゆっくりと未織に瞳を合わせる。少女は静かに微笑んでいた。海から運ばれて紡ぐそよ風のように。
 一度もそんな事を言われたことがなかった。そう、封禅天理以外には。
「人を傷つける時、言うのが楽ですよね。自分は、傷つかないですから」
 ふたたび、蘇るセピア色の記憶。
 どうしたらいいか分からず、心が荒れていた頃。
「ミオは昔、自分の能力が嫌いで、八つ当たり気味に色んな人に酷い事ばかり言っていました」
 刃物を持って人を切り刻むように、他人の心に土足で入り傷をたくさんつけていた。微かな傷でも血が噴き出すデリケートな心に。その度に、人の顔が歪み警戒心を抱かれ、線を引かれていた。
 自分の能力を受けとめる度量の広さがないばかりに。
「ミオが魄地君くらい強ければ、人を傷つける事なんてなかったのに……」
 未織は足元を見つめていた。今にもその瞳は、涙の粒を零しそうだ。

 人の背負った過去など全く知らなかった祐。境遇こそ違っても苦しむ姿は一緒だ。
 小さな重みが肩から落ちて、ちょっとだけ軽くなる。だが、その微かな変化に祐自身は気づかない。

  *

 零れ落ちそうな涙を拭き、未織は笑顔で気を取り戻す。
「魄地君、私もしていいですか?」
 その指先は、祐が集めた平たい小石に向けられていた。
「あ、ああ」
 祐はまだ未織と距離を空けながら、自分がいた場所を譲った。
 少年にやり方を説明してもらうと、早速、小石を水面に向かって平行に投げた。
 しかし初めてのことで手が思い通りにいかず、波の上すれすれに跳ねただけで落ちてしまう。それから何度繰り返しても、祐のように連続で跳ねることが出来なかった。
「駄目かあ……」
 がっくり肩を落とす。
「凄いですね、魄地君。簡単にできると思ったのに、こんなに難しいなんて」
 はあ、とため息をつく。
 そんな未織に見えないところで、祐は思わず穏やかに微笑を浮かべる。少年の周囲には、こんな少女はいなかった。一族だけに限らず、大抵の人間は瞳の色で避けるばかりだったのだ。
 そこで、はたと気づく。
「あんたは――」
 言葉が詰まる祐に少女が見上げる。夕日に溶ける琥珀の髪がさらりと流れた。純白のリボンが次を促すように揺れる。
「この目が気に、ならないのか?」
 しっかり見つめてくる瞳に、未織はふっと笑う。
「そうですね、その色は珍しいけれど……外国には色んな髪色が、瞳の色があります」
 だから気になりません、と朗らかに笑う。
「ミオはハーフだから、瞳の色が青いです」
 だが、祐は生粋の日本人だ。けれど、目の前の少女はそれでも気にしないだろう。天理以外にも、そんな人間がいたことに、仄かに心が温かくなる。

「今は変な女ってだけかもしれませんけど、いつかお友達になれたらなって思います」
 意外な申し出に祐はたじろいだ。
 未織の手には綺麗にラッピングされた小さな袋。微かに香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「ミオの焼いたクッキーです」
 味はいまいちなんですけど、と前置きを入れて。
「いつか食べてもらえたら、良いな……」

  *

 また来ます、と言って未織は別れた。

 祐はクッキーを受け取らなかった。人が作ったものに手が出せなかったからだ。
 しかし、甘いものは嫌いではない。ちょうど夕食時なのもあって食指が動いたが頑なに心は拒否してしまった。

 でも……、ふと思う。
 いつか食べてみたい、と――



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 7321 // 式野・未織 / 女 / 15 / 高校生

 NPC // 魄地祐 / 男 / 15 / 公立中三年

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■         ライター通信          ■
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式野未織様、はじめまして。
この度は、当異界のゲーノベ「警笛緩和」にご参加くださり、ありがとうございました。

ちょっと祐に変化が起きています。
現時点では祐は受身になっていますが、次回機会があれば何か変わってるかもしれません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝