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■玩具のお医者さんと花街巡り?■

清水 涼介
【7321】【式野・未織】【高校生】
「困りましたねえ……一人じゃ面白くないんですけど」

 玩具屋『落葉のベッド』の店内でううんと唸る人影が。
店主らしきその人影は先程から何やらお悩みの様子だ。

「新宿巡りと言っても私、あまり都会に明るくないのですよね……」

 それがこの新宿に居を構えている者の言うことか。
 ともあれ、彼は一緒に新宿(歓楽街)巡りをしてくれるお相手を募集中らしい。
そこへ、また絶妙なタイミングで扉が開く。

 ――からんころん。

 「ああ、丁度良かった。実は……」
玩具のお医者さんと花街巡り?

「今日も〜美味しいお菓子に会えますように〜」

 鼻歌交じりで歩く少女は、この世の不幸から隔絶された幸せ空間に浸っていた。
亜麻色の長い髪を左右に分け、清楚な白いリボンでくくっている。
少女が方を揺らす度に、その髪の毛がリズミカルに揺れて可愛い。

 式野未織は今年で十五を数える歳だが、今の格好はどう見ても中学生。
下手したら小学生に見られる。無論それを未織自身も気に掛かってはいるが、
人からの見た目は本人が努力する以前の問題であることが大きく難しい。
 目下、その見た目が問題であるその最大の理由は――。

「あれえ?どうしたのお嬢ちゃん?こんな時間に新宿なんていちゃ駄目だよー?」
「俺達が駅まで送ってあげようか?迷子?」

「…………結構で、す!」

 語気を強くして茶髪に黒スーツの男達を交わしていく。
夕暮れ時の新宿は、こうしたキャッチの集団に出会すものなのだった。
 そして決まって未織はその手の者達から、子供扱いされてしまう。
まだ迷子だの何だの言われているだけ安全だが《そちらの趣味》の御仁に見つかったらアウトだ。
 未織にとって、この時間の歓楽街がどれだけ危険な誘惑に満ちている場所なのか……。
当然本人は分からずに、今日も楽しみであるお菓子屋さん巡りをしている。

「えへへ!雑誌に載ってたケーキ屋さん。なかなか美味しかったなあっ………っととと?」

 未織の夢はパティシエ。実家がケーキ屋であることが大きく影響している。
趣味のお菓子屋巡りも、最初は「敵情視察よ!」と意気込んで始めたのだが、
現在は将来の夢のための勉強よ!と言いながら、自分の小腹と舌を満足させる毎日。
 今日行ったケーキ屋は大当たりだった、と満足に浸りながら新宿の雑踏を歩いていると、
未織の胸元でキラリと反応するものが。

「……あら。可笑しいわね……私何も探していないのに…………」

 未織には少々変わった能力がある。ダウジングと俗に言われるものだ。
胸元にさがっているペンダントは、単なるお洒落なアクセサリーではなく、ペンデュラムと言われる
ダウジングには欠かせない道具。
 本来ならば、未織の意識が何かを探すということに向かない限り反応はしない……はずなのだが。

「何かあるのかな?うふふ、今日のミオはご機嫌だから探しちゃいますっ」

 そう意気込むと、未織は足取りも軽やかにペンデュラムが指し示す方角へと駆けていった。



「……新宿にこんなところ……あるんだあ」

 新宿の樹海のようなビル群を夢中になって歩いているうちに、どんどん風景は懐かしいものに変容し、
ついには昭和の下町を感じさせる程になった頃《それ》は未織の目に留まった。
 ペンデュラムは役目を終えたとばかりに、ふわっと胸元で静かになる。

「ここなの?」

 ぼんやりと呟いてその建物を見上げる。古ぼけた一軒家が脇道を進んだ突き当たりに建っていた。
こじんまりとしたビル二つに囲まれているものだから、あまり日当たりは宜しくない。
それでもその建物はほんわかと暖かな空気が漂っていた。俄然、未織の好奇心は膨らむ。

「よーし!」

 入ってみようと扉の前に立つ。曇り硝子がはめ込まれた木製のドアには、ブリキの拙い看板が掲げられていた。

“玩具屋 落葉のベッド”

「玩具屋さんかあ……可愛いお人形あるかしら」

 好奇心に扉を開く。と、そこには。

「……困りましたねえ……お招きは有り難いんですけど……とんと私は地元に暗く……っと。おやおや?」
「あ……」

 中には男が一人いた。高校生くらいの顔立ちだが、その造りがあまりにも人形のように整っていて
かえって不気味にすら感じるほど美しい。アルバイトだろうか。
 誰かと話していた雰囲気を一変させて未織が来たことを悟ると、にっこりと少年は笑った。
 ウルフカットされた黒髪に、作務衣というちょっと矛盾を感じさせる格好もその笑顔で様になる。

「こ、こんにちは!」
「いらっしゃい。今日は玩具のご購入?修理ですか?」
「いや……その。何となくフラフラ歩いてたら、ここが目に留まったもので」
「おや、そうですか。何にしても歓迎いたします。…………そうだ!」
「はい?」

 ぽむ、と手を叩く所作が妙だ。

「私はここの店主の落葉です。そのお客さん、宜しかったら助けてもらえませんかねえ?」
「たすけ……ですか」

 にこにこと落葉の屈託のない笑顔からは悪意というか、下心が全く感じられない。
どころか、本当に困っているように今度は顔が暗くなる。未織はこういう人間に弱いのだ。
頼まれると断れないというか、生来の気質が災いして色々と首を突っこみたがる。

「なんでしょう!ミオに出来ることなら落葉さんのお助けになりましょうっ。あ、お人形後で見ても良いっていうなら!」
「どうぞどうぞ。うちの子達もミオさんのようなお嬢さんに見て貰えるなら本望でしょう」
「はわわ」

 この店主いちいち言うことがクサイ。
 言い慣れていない言葉に未織はぼっと顔が熱くなるのを感じた。話題を戻さなければとあれこれ考える。

「あ、ミオは名前を式野未織といいましてですね」
「では式野さん」
「はい!」
「私、ちょっと行きたいお店があるんですけれど……この辺り、どんどん新しいお店が出来ちゃうでしょう?
恥ずかしながら、地元にとんと疎くて……」
「つまり、落葉さんの行きたいお店を知りませんか?ってことですね?」
「その通りです」

 ぴん、と人差し指を立てて落葉がウィンクする。この歳格好で店主というから多少変わった
趣味をしているとは思っていたが、やることが時代かかっていたりわざとらしいのは、どうも落葉の元々の性格かららしい。
 未織は落葉の言葉を受けて、任せてください!と自信満々に答える。

「私これでもダウジングが得意なんですよ」
「だうじんぐ……」
「お出かけする準備してください。出発です!」
「かしこまりました」

 にっこり。
 落葉はタイミングを見計らったように、手元に黒いロングコートを引っかけて勇み足で
店の外に出て行く未織の背中を見ていた。


「……じゃあお店って」
「そうです。所謂歓楽街の中の《そういうお店》に分類されるでしょうね」
「そ、そですか!頑張りますっ」
「ふふ、宜しくお願いします」

 とりあえず落葉の情報を元に未織がペンデュラムに意識を集中させる。
 話に聞くところによると、店は玩具屋からさほど遠くなく、店はバーであるということ。
しかも《花街》のど真ん中だ。

「…………分かりました。こちらです」
「はい」

 未織の手の中でふわりとペンデュラムが方角を教える。落葉は大人しく少女に言われるままに、
半歩後ろをついてきていた。

(こんな格好良い人でも、そういうお店に行くのかしら……)

 ふとそんな考えが頭を過ぎる。だめだめ!と自分を叱責しつつ、それでもちょっぴり店に行く目的が
知りたいなと思う未織であった。

「……式野さん」
「は。はわ!」
「どうもありがとうございます。どうやら無事に到着したようですよ」
「え……?」

 落葉の言葉にふと視線をあげると、そこには“紫の双子”と電飾で描かれた看板ば目に入った。
どうやらまだ営業時間外らしく、電飾は消えたままだ。
 ダウジングに意識を集中するあまり、周囲の景色が見えていなかったなんて本末転倒である。
 未織は何だか自分でダウジングしたのか、落葉に連れてきてもらったんだか分からない状況に
少々情けなさを感じてしまっていた。

「何か私、あまりお役に立てなくて……」
「いえいえ。大変助かりましたよ?ふふ、私こう見えてドが付く方向音痴でして……玩具屋から
出られないのはそういう理由があるからなんです」

 これ、内緒ですよ?と人差し指を唇に当てて笑う落葉と、この紫の双子といういかにも怪しい店との
雰囲気が未織の中で繋がらない。一体全体、ここに何の用が玩具屋の主人にあるというのか。

「良ければ未織さんも逢ってあげてください」
「は?」
「私の友人達です」

 さあ、どうぞ。と、落葉は未織に手を差し伸べる。一瞬だけ迷った。自分が高校生でこの時間帯とはいえ、
このような店に足を踏み入れる――しかもさっき知り合ったばかりの男を連れて――という現実。
しかし、結局。

「んまあ!落葉ちゃんにこんな可愛いガールフレンドが居たなんでっ」
「きぃいっ、悔しい!ちょっとお、私達にも紹介しなさいなっ」
「先程知り合ったばかりですよ。お名前は式野未織さん。私の方向音痴を嘆いて、ここまで連れてきて頂いたんです」

 紫の双子。
 この名前からして、店長が双子であるのだろうな……という想像はしたが、よくその看板を見ていなかったようだ。
彼女たち……いや正確には《彼ら》は、オカマだったのだから。
 軽く自分の想像の斜め上をいく展開に、未織はただただ「はあ……」と生温く笑顔を作るのが精一杯だった。

「あたしの名前はキャサリンよ」
「あたしはミーナ。宜しくねえ、未織ちゃん」
「み、ミオも宜しくです……」

 ごつい手二人分を自分の手に重ねられて、最初は戸惑っていた未織だが、
見た目の派手さほど彼ら……失礼、彼女たちは恐い存在ではなさそうだ。
夜の住人というだけで先入観のあった未織は、彼らの巧みな話術にすっかり気分を良くしていた。

「そうなの、ミオちゃんはパティシエになりたいのね〜」
「良いじゃない、良いじゃない。将来有名になったら私達のウェディングケーキ作って欲しいわあ」
「はい!その時は是非っ」

「式野さん」

 楽しい時間はそれでも長くは続かない。
 招かれていた本来のゲストは小一時間もの間、ただ未織とバーの店主達が談笑に耽っている様を
静かに見ているだけだった。失礼な話だが、未織はお喋りに興じていた間すっかり彼のことを忘れていたくらいだ。
 それだけ、落葉は何も喋らなかった。ただ傍で最初から同じように笑っていただけ。

「あ……」
「そろそろ、おうちの方がご心配なさる時間ですよ?」
「え?え?やだ!夕飯の時間に間に合わなくなっちゃうっ」
「あらあ、それは大変。お母さんのご飯は大事よ、ミオちゃん」
「そうねそうね。残念だけど、今日はここでお開きにしましょ。また来て頂戴?」

 キャサリンとミーナは心底残念だという顔をしていたが、それでも大人の領分は分かっている人間である。
高校生とはいえ、まだ半分子供の未織がこのような店にいることを快く思わない人間がいることも、熟知していた。

「落葉ちゃん。ちゃんと駅まで送り届けなさいね?」
「ええ。かしこまりました」

 ミーナの釘を刺すような言葉にも、落葉は《にへら》と頼りない微笑みだけで応えて未織の手を引いた。

「あ!」
「どうしました?」
「キャサリンさん、ミーナさん!こ、これ良かったら食べて下さいっ。私の手作りですっ。
あんまり上手くできなかったんだけど……」

 何も、この楽しい一時の御礼がないのは忍びない……。
 そう思って、未織は自分の鞄の中から今日家で作ってきたオリジナルマフィンの試作品を二人に手渡した。
実は言葉の通り、あまり良い出来ではない。けれど、何かこの時間を二人に覚えていて欲しくて。
 渡してしまった後に、語尾は弱々しいものに変わった。

「んま!ありがと、ミオちゃん」
「ううーん。斬新なお味。今度来る時はもっと上手くなって来てちょーだい」

 二人は迷わずそれを口にすると、にこりと満面の笑みで手を振る。また、逢いましょうという言葉に
未織はほっこりと胸が温かくなるのを感じた。

「はい!」


 夜の帳が降りてくる。新宿を歩いている人々も、いっそう多種多様な背格好、人種に分かれて
それぞれの住処へと忙しなく歩いていく。目的のある人、ない人。ごっちゃまぜ。

「……今日は本当にありがとうございました。急な私の願いを無理に聞いて頂いて……」
「い、いえ!私の方こそ自分だけ楽しんでしまって申し訳ありません……その、落葉さん喋ってなかったから」
「ああ」

 良いんですよ。と落葉は静かに言うと、僅かに笑みを深めただけだった。

「私にはあの位置が丁度良い。キャサリンさんもミーナさんも式野さんのお蔭で楽しめたようですし、万々歳です」
「そうですか……」
「お約束の玩具の件。いつでもお待ちしておりますから、また是非どうぞ……」
「あ……は、はい!是非っ」

 忘れられていた――実際未織自身も忘れかけていた――と思っていた最初の約束を持ち出され、
未織はやっとそこでまともに落葉の顔を真正面から捉えて、笑った。
 また、来てみよう。あの不思議な玩具屋の店主に会うために。

「それでは、さようなら」
「はい、さようなら落葉さん」

 駅への階段を下りる。ふと、落葉がまだ後ろで見ているのではないかと期待して、振り返ったが。

「……?」

 既にそこには誰の人影もなく。




「またのご来店、お待ちしております……未織さん」

 猫の笑い声だけが、新宿の雑踏に一声紛れるのみ。



閉幕

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【PC名(整理番号) / 性別 / 年齢 / 職業】

式野・未織(7321)/ 女性 / 15歳 / 高校生

NPC/落葉、キャサリン・剛、ミーナ・留夫

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■         ライター通信                    ■
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お待たせいたしました。今回ノベルを担当させて頂きました、清水大です。
この度は、当店にご来店頂きまして有難うございました。
店主とのやりとり、バーでの一時、如何でしたでしょうか?
不可思議な空間にひっそりと現れる玩具屋の謎は始まったばかりです。
宜しければまた、別の物語で会えますことを祈って……これにて、閉幕とさせて頂きます。