コミュニティトップへ



■不夜城奇談〜come across〜■

月原みなみ
【7315】【仁薙・隼人】【傭兵】
 近頃、巷で話題になっている名前がある。
“十二宮”。
 失踪したと騒がれていた人々が戻って後、行方知れずだった間の記憶を何一つ持たなかった彼らが唯一認識していたのが、その名前だったと言うのだ。
 都を代表する観光名所、東京タワーの展望台で原因不明の爆発が起きた夜、その真下から発見された三十人以上の人々も同様。
 彼らは“十二宮”の名前しか覚えていなかった。

 とある興信所に、その名を探る者達が集う。
 とある出版社に、その名の過去を知る者がいる。

 そして、とある世界には。
 ――その名の主となるはずだった神がいる。


 闇の中に蠢く影。
 光の中に潜む嘘。
 いま、その存在は総べての命の前に暴かれようとしていた――……。


不夜城奇談〜come across〜


 ■

「十二宮ねぇ…」
 多種多様な人々が行き交う雑踏の中で意味深にその名を呟いたのは仁薙隼人だ。
 近頃は何処に行っても聞く名前。
 もちろん、そういった人々が集まる場所に行くからこそ聞くのだろうが、彼はそれ以前からこの名前に覚えがあったような気がしていた。
「何だった十二宮…」
 低く呟く外観は、幼い子供を持つ母親ならば確実に避けて通るだろう屈強で厳ついものながら、自身の内側に燻る疑問を解消しようと悩む姿は、不思議と幼さすら感じさせる。
 小首を傾げながら渡る横断歩道。
 すれ違う無数の人々。
 誰が、誰と何を話しているかなど、誰一人気にも留めない、それが東京。
 だが――。
「月刊アトラスの編集長が十二宮を?」
 不意に耳を掠めた言葉に振り返る。
「正確には、その編集長の祖父さんってのが関係者らしくてな」
「当時の捜査記録を持っていると?」
「そういう話だ」
 自分達の会話を拾った者が居るなど気付いてもいないらしい彼ら二人――それが草間興信所の所長・草間武彦と、十二宮と敵対する一族の狩人・影見河夕の二人だと隼人が知るのは、まだ先の話しだったが、その会話は彼に一つの選択肢を与えた。
「アトラス編集長の祖父さんの捜査記録、か…」
 これは面白そうだと彼の口元に弧が描かれる。
 ただ悩むのにも飽きてきたところだ。
 しばらくは退屈せずに済みそうだという予感を抱えながら、彼は目的地を定めた確かな一歩を踏み出した。




 ■

 月刊アトラス編集部の長は、名を碇麗香といい都内のマンションで一人暮らしをしている女性だった。
 様々な手を使って彼女の情報を集めた隼人は、昼時が過ぎたせいか、人気のなくなった公園の片隅で移動準備に取り掛かっていた。
「まぁ…多少は気が引けないでもないがな」
 自嘲気味に呟いた後、彼の腕が描いた軌跡は大気中の景色を歪めた。
 ぐにゃりと形を崩した空間は、まるでパレットの中で絵の具が混ざり合った姿に似ている。
 それを眉一つ動かさずに潜り抜けた男は、直後に公園から姿を消していた。
 瞬き一つの間だった。


 ***


 消えた彼が何処に現れたかと言えば、もちろん碇女史の部屋である。
 部屋の主が仕事中ということもあり、ひっそりと静まり返った部屋に彼以外の気配は皆無。
 よほどきちんとした女性なのか、部屋は清潔感に満ちており、シンプルながら趣味の良さが伺える装いだ。
 ただ一箇所、この部屋には場違いだと思える古びたノートがリビングのテーブルに積まれていた。
 一番上の表紙には【捜査日誌・十二】の文字。
 つまり十二番目のノートということなのだろう。
「さて、と…」
 隼人は自分という侵入者の形跡を残さないよう、注意深く、ノートの山を一冊ずつ崩して行く。
 出来れば一番目から目を通していきたいところだが、表紙に描かれた数字に【二四】や【三〇】があるのに比べて、テーブルに詰まれているのは十冊前後。
 調査している者達が持ち帰ったりもしているらしかった。
「ま、それも仕方ねぇか」
 アンフェアな行為に出ているのは明らかに自分の方だ。
 個々で持ち帰られたとしても責めるわけにはいくまい。
 隼人は気を取り直すように軽く息を吐くと、最も数字の大きなノートを手に取る。
 パラパラと捲る内に、十二宮の名を数箇所に見つけ、前後の文章を読んでいくが、どうにも納得がいかない。
(書いたのが人間なら、どうしたって人間側の主観になるからな…)
 手元の資料から得られる情報は多くない。
 だが、十二宮と呼ばれるのが十二人から成る組織の名であり、彼らの目的が人類の滅亡であること。
 地球から争いを失くすこと。
 更には、彼らの正体が異郷の能力者達だということは確かなようだ。
(ふぅん…)
 そして十二宮を過去に滅したとされる人間側の能力者。
 文月佳一という名に、指を滑らせる。
(この文月って奴がボスになるのか)
 捜査資料を見る限り、これらが書かれたのは数十年も前になる。
 果たして文月佳一という男が現在も指揮を執っているのだろうかという疑問は残るものの、この男に話を聞けるならば、資料を読み漁るよりはよほど有効的な情報を得られそうだ。
 十二宮が過去に起こした騒動は日本全土を騒がせた失踪事件のようだし、当時の関係者でまだ存命の者も少なくないはず。
 ノートには文月佳一が北海道の人間であるとも書かれているし、現地に飛べば、この男が何処にいるのか、その情報を集めるのは容易だろう。
(行くか、北海道)
 この季節にわざわざ寒い土地に出向くのはどうかと言う気もするが、仕方あるまい。
 どこで聞いたかも判らないが、ずっと気になっていた「十二宮」の名前。
 これが組織だと知れ、倒そうとしている者達の存在も知ってしまった今、自分の取るべき行動を決めるためには何よりも正確な情報が必要なのだ。
 組織の目的が人類の滅亡であるとは言え、それを望む彼らの事情を知りたい。

 この名前が記憶の片隅にあった理由が、どうしても知りたかった。

 カタン、と。
 不意に部屋の前で止まった足音に、隼人は意識を研ぎ澄ませる。
「仕事中にすまなかったな」
「気にしないで。面白い記事を書かせてくれる約束さえしてくれれば、祖父の資料はいつだって貸し出すわ」
 どうやら部屋の主が、客を連れて帰って来たらしかった。
 さすがに遭遇するわけにはいくまい。
(とりあえず此処から出るとするか)
 決まれば行動は迅速だ。
 崩したノートの山を元通りに戻し、空間を捻らせ、歪に潜り込んだ隼人はあっという間に部屋から姿を消した。
 誰一人、その異変には気付かない。
 彼と、彼らの遭遇すべき時は、いまではないのだから。




 ■

 碇麗香の部屋へ移動した時と同じ場所に戻った隼人は、北海道に行くのなら、防寒などそれなりの準備が必要だと気付き、とりあえず自分の部屋に戻ろうと考えた。
 しかし、公園に出た彼を思いがけず迎えた人物がいた。
「おかえり」と、笑顔と共に柔らかく投げ掛けられた声。
 驚きを露にすることはなかったけれど、それでも不意を突かれたことに些か眉根を寄せた隼人が見据える先には、大学生と見られる若い男が佇んでいた。
 何処にでもいるような、今風の外観だ。
 どちらかと言えば整った顔立ちには邪気の無い笑みが浮かんでおり、一七五前後の体格は細身。
 腕っ節ならばまず負けることはないだろう頼り無さげな風貌なのだが、……何かが奇妙だった。
 青年の醸し出す雰囲気は、常人のそれではなかったのだ。
「…てめぇ何者だ?」
「そう警戒しないで下さい」
 青年はにっこりと微笑んで続ける。
「十二宮の名を口にされながら敵意を抱かない方と久々にお会いしたので、嬉しかっただけです。一度、お会いしておきたかったので戻られるのを此処で待っていました」
「どういう意味だ」
 聞き返す彼に、青年は更に笑みを強めた。
 向けられる警戒心さえ楽しむような雰囲気に、まさかと胸中に湧く疑問。
「十二宮の一人、か?」
 多少の確信と共に問い掛ければ、彼は頷く。
「ええ。僕が、十二宮ですよ」
「おまえが?」
 個人かという意味を含めて聞き返せば、青年は肩を竦める。
「かつては十二人の組織でしたが、いろいろとあって散り散りになってしまいましたからね…、敵に囚われたままの仲間もいれば、転生を果たした者も、…仏教用語を使えば、いまだ輪廻に戻れずにいる者もいる、…“十二宮”は僕達の絆でもあるのです。その名前を口にされると、ここが反応するんですよ」
 そうして右手を自身の胸に当てる。
「文月佳一の名を知りましたね?」
 そう確認してから残されたのは、近い未来の約束。
「北海道で彼と会うんです」
 青年は言う。
 もし望むのならば貴方もどうぞ、と。
「能力の有無、記憶の有無、転生の有無…、それを僕が知る術はありません。知るのは、貴方だけ」

“十二宮”を選ぶか否かは、貴方の選択次第――。

 冷たい風が吹き抜けた。
 気付けば青年の姿はどこにも無い。
「…何だってんだ」
 隼人は呟く。
 背筋を駆け抜けた震えは、果たして北風の冷たさ故だったのか。




 ■

 青年は言った。
 もし望むのならば来るといい、と。
 選ぶか否かは、自分次第。
「別に人類の滅亡を望むつもりはないんだがな…」
 今の世界を謳歌しているし、破壊願望があるわけでもない。
 そんなつもりは一切ない。
 ただ。
「十二宮を殺されるのはいただけねぇな…」

 ただ、それだけが本心。
 善悪の狭間。
 中立に存在するもの。
 天秤の――。

 約束の地、北海道。
 隼人の心は、決まっていた。




 ―了―

===============================================================
【登場人物】
・7315 / 仁薙隼人様 / 男性 / 25歳 / 傭兵 /

【ライター通信】
初めまして、ライターの月原みなみです。
今回は当方の異界シリーズ「不夜城奇談」にご参加くださいましてまことにありがとうございます。
本当に十二宮に立候補して下さる方がいらっしゃるとは思わず嬉しさと驚きでいっぱいです。お届けした物語は如何でしたでしょうか。
十二宮に関しては、創始者となる遊介にも誰が転生かなどは判りません。共感してくれる能力者が選ぶか否かが全てですので、隼人さんの前世が十二宮だったかどうかもPL様のご判断にお任せします。
前世もそうであれば、今後そのように対応させて頂きます。

今回の物語をお気に召していただけること、また、いずれ別の機会にもお逢い出来ます事を祈って――。
ありがとうございました。


月原みなみ拝

===============================================================